進撃の飯屋   作:チェリオ

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 中々元の投稿に戻せない…。
 今度の三連休で何とか戻したいなぁ。


第76食 インスタント

 調査兵団団長エルヴィン・スミスはお客としてではなく、仕事の一環として食事処ナオに訪れていた。

 面子はリヴァイ・アッカーマンにハンジ・ゾエ、ミケ・ザカリアスの調査兵団要職持ち四名。

 食事処ナオの店内には看板猫のナオに店主の総司が居り、休日であるというのにわざわざ開けてくれた事に感謝している。

 

 休みの日にこうして集まったのは他でもない。

 ハンジが研究している携帯糧食の研究開発が上手く行っていないからである。

 戦場では圧倒的に娯楽が少なく、その中で食事と言うのは重要な役割を持っており、栄養摂取だけでなく精神面にも多大な影響を与えて兵士の士気にも関わって来る。

 自軍の支配地域であればちゃんとした食事を取れることも多いが、敵地となるとゆっくりと食事の準備も出来ず、大概がとりあえず栄養を詰め込み、低コスト重視のビスケットで済ます事になる。

 このビスケットは美味くも不味くも無く、英気を養うには味気なさ過ぎるのだ。

 以前より携帯糧食の事は議題に何度も挙げられてきたが、壁外調査を行うたびに莫大な予算を消費する調査兵団ではさすがに食事面まで気を回す余裕がなかった。

 しかし現在はマーレとの関係改善により時間的にも予算的にも余裕が出て来たので、ようやくエルヴィンにより研究開発の指示が出たのだ。

 周りの環境に影響されず、長期間に渡って保存が利き、簡易に食すことが出来る携帯糧食は、戦場だけでなく自然災害などに見舞われた災害地や、料理が苦手だったり時間がない家庭でも重宝される事だろう。

 で、いきなり開発を進めるも中々上手く行かず、一週間以上にわたってハンジ班が検討と実験と反省を何度も繰り返した結果、ハンジを除いたハンジ班が知恵熱と睡眠不足、それと重度の過労から倒れる騒ぎに発展してしまった。

 エルヴィンは一時的な研究の停止も視野に入れていたが、食事処ナオの従業員であるアルミンから“インスタント食品”や“レトルト食品”なる食べ物を耳にし、是非に教えてほしいと頼んで今に至る。

 

 「アルミン君からインスタント食品やレトルト食品をと言う事でしたのでお持ちしましたけど」

 

 店で料理の提供でなく、出来上がった物を出す事に抵抗があったのか顔を顰めながら総司はカウンターにカップ状の物を置く。

 なんだこれは?と四人が見つめ、好奇心の塊であるハンジが我先に触る。

 

 「材質は紙かな。にしては妙にツルツルしてるけど」

 「おい、あまりべたべた触るなよ。壊したらどうする」

 

 ジト目で注意するリヴァイを他所にハンジはカップの蓋となっている紙を剥がし、中から乾燥した麺の塊としおっしおに干からびた肉や海老などを手に取る。

 熱心なのは良い事なのだが説明もされる前に行動を取るのは止めて欲しかった。

 幸い総司はそんな行動を咎める事もなく、微笑ましいものを見るように微笑んでいる。

 

 「かったぁあああい!。そして塩辛いぜぇえええ!」

 

 …ここにモブリットが居れば突っ込みを入れていただろうが、残念なことに彼は休養中。

 麺を砕いて、肉などと一緒に試しに齧ったハンジにため息と呆れた視線を向ける。

 

 「すまないが続けて貰えるかな?」

 「えぇ、畏まりました。えっと、こちらに湯を注いで三分、物によっては五分ほどお待ち頂ければラーメンが出来る“カップ麺”というものです」

 「湯を入れるだけ!?」

 

 齧っては反応を見せていたハンジが食い気味に近づき、その鬼気迫った様子にナオが落ち着けと言わんばかりに頭の上に乗る。

 上手く着地したからかダメージこそないが、いきなり重さが加わった事でハンジの動きが止まった。

 さらに上にナオが乗っていると解っては下手に動けず、その隙に総司は四人分のカップ麺を用意する。 

 カップの蓋を開けては湯を注いでいき、再び蓋を閉めてカウンターに置かれたカップ麺は、蓋の隙間より美味しそうな香りを漏らす。

 その匂いを良く嗅ごうとミケがスンスンと鼻を鳴らして嗅ぐと、ある匂いを嗅ぎ分けて目を大きく見開いた。

 

 「カレーの匂いがする」

 「あ、そちらのカップ麺はカレー味ですよ」

 

 匂いからカレーがあると理解し、総司に肯定されたことでミケは何も言う事無くそのカレー味をそっと自分の前に置く。

 誰も突っ込むことなく三分経つのを待ち、総司に告げられてからそれぞれフォークを手にしながら蓋を開ける。

 蓋を空ければふわりと蒸気と共に香りが立ち、その匂いに思いっきり食欲が駆り立てられる。

 

 まず我先にとフォークを突っ込んだのは時間を察して頭よりナオが飛び退いて自由が利くようになったハンジであった。

 麺をすくいあげて口元に近づけ、食事処ナオでは普通になった音を立てながら啜る。

 先ほどまで乾燥していた麺がまるで茹でたばかりになっており、くねった麺がスープを絡めとる。

 醤油の香ばしさと塩気が程よく、ぷりっとした海老に柔らかくも噛み応えのある肉は湯を注ぐ前までは干からびていたようには思えない。

 たった一杯のラーメンでこうも疑問に溢れるとは思いもしなかった。

 どうやって麺や具を乾燥させ、湯を注ぐだけで出来立て取れたてのように戻せるのだろうか? 

 カップは紙のようだが何故水気に触れてもふやけないのか?

 液体である醤油を粉末状にした技術は?

 などなど疑問が浮き上がるハンジを他所にそれぞれ食べる。

 すっきりとした塩気に海の香り漂うシーフード味。

 濃厚な味噌の風味にネギとコーンの旨味と甘味はしっかりしている味噌味。

 ピリッとスパイスを利かせ、とろりとしたスープカレーは風味はそのままに飲みやすいカレー味。

 四人ともずるずると啜る音だけを響かせ、黙々と食べ続ける。

 最後にはスープの一滴まで啜って、熱の籠った吐息を吐き出す。

 

 「美味いな。とても即席(インスタント)で出来たものとは思えないな」

 「あぁ、しかもこの手軽さで結構満足できた」

 「味の種類を選べるというのがまた良いな。俺はカレー一択だが…」

 「それよりもどうやったらこれが出来るのか…」

 

 四人とも呟き始めたところで総司はカウンターに料理を置く。

 その様子に戸惑うもすぐにエルヴィンは何種類か出して貰えるように頼んでいたのを思い出して納得―――どころか分かったからこそ首を傾げた。

 並んだ料理はシチューにカレーライス、ハンバーグに串から外された焼き鳥、酢豚に八宝菜、さらにガトーショコラまで置かれていたのだ。

 即席で出来るものを頼んだはずなのにこうも料理が並ぶと困惑するのも無理はない。

 しかし総司の一言でさらに困惑することになる。

 

 「言われていた通り何種類かのインスタント食品を用意したのですが、これぐらいで宜しかったですか?」

 

 並んだ料理の数々が即席と聞いて耳を疑った。

 カップ麺も技術的に驚いたが、食事処ナオで扱っているラーメンとは違いがあったというのに、今並んだのは見た目的には違いが無いように窺える。

 驚きから言葉を失う四人を他所に総司は説明を続ける。

 シチューにカレー、ハンバーグは詰められた袋ごと湯煎するだけで、焼き鳥とガトーショコラは缶詰、酢豚と八宝菜は材料の一部を炒めつつ用意されたソースを混ぜるのみ。

 説明を聞きながらも半信半疑で、動き出すまで時間が掛かってしまった。

 

 ゆっくりとシチューに手を付けるとクリームシチューにチーズの風味が溶け込んでおり濃厚。

 具材である人参とジャガイモはしっかりと煮込まれたように柔らかく、芯まで味が浸み込んでいた。

 鶏肉も小さいながらも噛み応えがあり、噛めば鳥の旨味が漏れ出す。

 これほどの完成品を長時間保存が利かせれるとは信じられるものではない。

 原理を考えるより先にスプーンの方が動いていた。

 カレーは風味だけでなく、見えない野菜類の旨味が溶け込んで豊かで深いコクを生み出し、具材のジャガイモは柔らかくも触感をちゃんと残し、牛肉は噛めばほろりと崩れる。

 肉汁溢れるハンバーグは肉らしい味わいが強いも、トマトソースがさっぱりと脂っこさを中和して食べ易い。

 焼き鳥は出来たてに比べて多少硬いが、その分噛み応えが良くて噛めば噛む度に鳥の旨味だけでなく染みたタレの味が溢れて来る。

 酢豚と八宝菜は食材として買い込んでいた具材を切って、炒めたこともあって香ばしくも柔らかく新鮮。それにそれぞれの濃い目のソースが絡んで癖になる脂っこさもあって食べる度に食欲が刺激される。

 デザートに口にしたガトーショコラは濃厚で苦味のチョコレートにしっとりとした舌触りが良い。

 

 口にした誰もがこれを流通させることが出来ればどれだけ食の楽しみが増えるかと思い、期待の眼差しを研究開発を担当するハンジに向けられる。

 当然その視線を向けられた事を知ってもハンジは気にせずに悶々と悩み始めていた。

 今は周りの声も聞こえない程集中している様子なのでとりあえず放置し、エルヴィンは総司に振り向く。

 

 「今日は無理を聞いてもらってすまなかった」

 「いえいえ、またお気軽に―――とはいきませんが大丈夫ですよ」

 

 お気軽に声をかけて下さいと言おうとしたのだろうが、扉の隙間より視線を感じて総司は言葉を変更した。

 総司の都合より総司を気遣っている方を優先した方が良いだろうな。

 帰り際に幾つかインスタント食品とレトルト食品を頂き、調査兵団本部への帰路につく。

 勿論代金分のお金は払ってだ。

 

 馬車に乗り込むまでに視線を感じ、一応釘を刺しておく。

 

 「これは研究資料用であり、お土産の類ではないぞ」

 

 さっと視線を逸らすミケとリヴァイ。

 レトルトカレーの箱にガトーショコラなどのデザート缶詰が入っていただけに狙っていたのだろう。

 分かっているとさも当然のように呟いたが、表情が残念だと語っているのを見逃さなかった…。




●現在公開可能な情報
 
・共同開発
 新しい携帯糧食の研究開発に取り掛かったハンジ班であったが、さすがに圧倒的技術差を覆す事は出来ず、失敗に失敗を重ねる日々が続いた。
 さすがに自分達だけで開発は難しいと断念。
 新たに助っ人を求める事になり、化学分野で優れた人物を探す事に。
 その事を知ったカーリー・ストラットマンは“市場に売り出す場合は自分の実家を噛ます事”を条件に協力を申し出たのであった。

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