「フンッ、ここがお前が――お前たちが書き記していた飯屋か」
「その一件は色々とすみませんでした元帥閣下」
正式にエルディアに残留することが決まったジーク・イェーガーは、戦士隊に戦士候補生、そしてかつての上司であり、現マーレ軍元帥となったテオ・マガトを連れて食事処ナオに訪れていた。
鼻を鳴らしながら開口一番に嫌味の籠った一言に苦笑いを浮かべる。
正直あの頃の報告書は苦しい言い訳でしかなかったなと懐かしくも面倒臭かったなぁと思い出す。
毎回マーレに存在しない技術の使用やエルディアにない筈の食材が使われたなど言い訳をしてはいたが、結局は食レポみたいな報告書を受け取っていたマガト隊長は怒りも技術は兎も角食レポにとやかく追及する事は無かった。
だからこちらからも問う事は無かったが、この反応からやはり不満を持っていたらしい。
大変迷惑をおかけしましたと一緒に居るベルトルト・フーバーにマルセル・ガリアード、そして食事処ナオで働いているアニ・レオンハートとライナー・ブラウンは心の中で謝罪するのであった。
「さぁ、好きな物を注文するといい。今日は私のおごりだから」
ジークの一言にベルトルトとマルセル、ピークは嬉しそうに返事をして、コルト・グライスに戦士候補生のファルコにガビ、ウドにゾフィアはその三人の様子に驚きつつ返事をする。
唯一ポルコ・ガリアードだけはむすっとした表情を浮かべていたが…。
「私はロースカツ定食を頼もうかな。元帥閣下は如何なさいますか?」
「なら私は
「さすがに注文し過ぎでは?」
「これぐらい何ともないだろう。私が夜中に報告書を目に通して襲われた空腹感に比べたら」
「あ、ハイ」
圧の籠った言葉と瞳にジークはさり気なく財布の中身と相談を始めて大きく肩を落とした。
しかも「デザートには
コルト・グライスは戦士長と元帥のやり取りを耳にしながら安堵のため息をつく。
彼はジークより戦士長の座を引き継ぐ者としての責任と立場があり、色々と問題を抱えていた食事処ナオへ訪れる事に危機感を覚えていた。
まず関係改善が始まったと言ってもマーレ間の恨み辛みはそうすぐに消える事は無く、この店は人目に付き辛い裏路地にあって、憎悪を抱く連中にとっては格好の襲撃場所となる。
精鋭揃いの戦士隊の面々ではそう易々とやられたりはしないが、今回は戦士候補生も随伴となり、もしもの時は彼ら・彼女らを護りながらで不利になるのは避けられない。
そもそも候補生の中には自身の弟であるファルコも居るので、危険からは極力避けたい。
ジーク戦士長の判断を仰ぎながら道中の安全を確保する為に、
対外的な危険は排除可能でも内部も内部で揉めている。
というのもマルセルの弟であるポルコ・ガリアードと食事処ナオで働いているライナー・ブラウンは犬猿の仲で、万が一でも店で騒ぎを起こせば元戦士隊所属で格闘能力に秀でたアニ・レオンハートの一撃を受ける事になるだろう。
加えてここは各兵団の幹部以上も贔屓にしている飲食店と言う事で、下手に騒ぎを起こして関係悪化を招くような真似だけは避けたいところだ。
内も外も爆弾を抱えた状態で焦りと不安を募らせていたが、道中に予想していたような事柄は起きず、店内でポルコは不機嫌そうであるが騒動を起こす気はないらしい。
「ほら、コルトも食べるといい。元帥閣下が山のように頼んだからな」
「あ…では、いただきます」
安堵するばかりでまったく料理に手を付けておらず、勧められるがままに唐揚げを一つ口に放り込んだ。
カリッと香ばしい衣に中から肉汁溢れる柔らかく噛み応えのある鶏肉の旨味。
それに塩気と深いコクを持つ
溢れ出た脂で喉が潤い、美味さと共に噛み締めた唐揚げをゴクリの飲み込む。
「報告書通り…いえ、報告書以上の旨さですね」
「そうだろうそうだろう。全員力を入れて書いていたがさすがに伝わり切らなかったのは残念だが」
「力を入れるところを間違っている気もしますが…」
「ちゃんと仕事もしていたさ。ですよね元帥閣下?」
「―――聞きたいか?」
「いえ、今の反応で概ね了解致しました」
次期戦士長を引き継ぐこともあって今までの報告書に目を通す事のあったコルトは、感想を聞きたがっているジークに答えると満面の笑みを返された。
ただ投げかけた疑問への解答は元帥の威圧の籠った視線によって、藪蛇を突いたと察して引いたために答えられる事は無い。
クスリと微笑んだコルトは、皆が以前に比べて表情豊かになっている事に気付く。
ライナーとポルコを除いて別に仲が悪かった訳ではないが、周囲の目を気にしていただけに何処か余所余所しさがあったのは確かだ。
が、今ここに居る皆の瞳にはそういった柵はなく、それぞれが生き生きしているように映る。
不愛想で冷めた視線を向けていたアニは以前に
アニに片思いを抱いていたベルトルトはそんなアニを見て嬉しそうに微笑むが、それが誰によって引き出されたかを知っているがゆえに総司に嫉妬のような感情を向けては、ピークが微笑ましくニヤニヤと微笑む。
こんな日が来るなんて…としみじみ思い、何か食べようと手を伸ばす。
伸ばした先には適当に注文した焼き飯が置かれてあり、添えられた大きめのスプーンで小皿に装って一口何気なく食べる。
電流が身体を駆け巡るような衝撃に襲われ、口にスプーンを突っ込んだまま膠着する。
含んだ瞬間ガツンと襲い掛かって来るニンニクと醤油の風味。
しかも醤油は唐揚げの時より味に香ばしさがあって深みが増し、香りも強く惹き立っている。
良く火が通ってライスと玉子はパラリと仕上がり、浸み込んだニンニクに醤油、鳥肉や豚肉の旨味などが絡み合った味わいが一粒一粒より顔を覗かせる。
刻まれた豚肉は濃い目の味付けを施され、噛めば噛むほど濃厚な味を噴き出す。
ゆっくりと飲み込みもう一口をすくい上げて、今度はじっくりと眺める。
先ほどは何気に含んだために見ていなかったが、細かく人参や青ネギが混ざっており彩も豊か。
見た目は美しく、味は病みつきになる。
こんなの反則だろうと思いつつガブリと二口目を頬張る。
今度はゆっくり味わうとゴマ油の香ばしさや隠れていたネギの風味に気付き、味わいがさらに広大で深くなったように感じる。
口は食べるのに忙しいので、鼻より食べたことで体内に生じた熱気を排出する。
「兄さん?」
様子がおかしい事に気付いたファルコが声が掛けるも、小皿に盛った焼き飯に集中しているコルトに声が届いていない。
図らずも魅了されて常連となった全員が同じ道を辿ったなと確信して笑う。
「ここの料理は本当に惹き付けるよな」
「・・・」
「どれ私も―――あっ!?」
肩をポンっと叩きながらジークも声をかけたが反応は無し。
あまりに集中して食べるものだから、自分も味わおうと小皿を手に取って焼き飯が盛られていた大皿に寄せようと振り返ると、大皿は空間だけを空けて消失していた。
一瞬の戸惑いを見せたジークは、皆が驚きの表情を浮かべながら見つめる先へと視線を向け、驚きの余りに声を漏らしてしまった。
そこには大皿を口元に運んでがっつくように食べているコルトの姿が…。
「オイオイ、気持ちはわかるが全部食う奴があるか?…一口寄越しなさい」
「お断りします!戦士長は潜入時はよく訪れていたそうですから良いじゃないですか」
「それはそれ、これはこれだ」
「子供かお前ら…」
現戦士長と次期戦士長の争奪戦を目の当たりにしながら呆れたようにマーレ軍の最高責任者は口にするが、その手にあるスプーンには隙を見て取った焼き飯が乗っているのである…。
呆れやら笑いやらを含んだ空気がゆるりと流れるのでだった。
ポルコ・ガリアードとライナー・ブラウンは戦士候補生の同期だった頃から仲が悪かった。
正確に言うとポルコがライナーを嫌っていたが正しい。
訓練兵団のライナーは頼れる兄貴分と言った感じであったが、戦士候補生時代は泣き虫でどんくさく、必死に訓練に励むもどの種目においても秀でたものは無い少年だった。
何とか成績上位に入り込むも最下位と言う事と、その性格を嫌っていたポルコが見下しては強く罵り、当然反発したライナーとは喧嘩が絶えない。
喧嘩と言ってもエレンとジャンのように同等に近い者ではなく、性格的にも差が出て一方的にやられるというもの。
相手が言動両方で毛嫌いするばかりか暴力で訴えかけてくるのであれば、誰だって相手を同様またはそれ以上に嫌うというもの。
最悪の関係を築き上げた二人は、当時の戦士隊の座をかけて競う事になる。
戦士隊入隊数は六名で、候補生の成績上位者に選ばれたのは七名。
確実に一人は入隊出来ないので、誰もが最下位のライナーがその一人だと予想し、結果はポルコが落ちてライナーが合格するというものであった…。
この合否には裏があり、弟まで戦士隊に所属して兄妹揃って危険を負う事を恐れたマルセルが掛け合ったのだ。
後でその事を教えて貰ったポルコは兄を恨む事は無く、家の事と自身を大切に想っての判断だと納得できた。
ただそれでも勝ち誇ったような面で見下して来たライナーには本気で殺気立つほど腹は立ったが…。
それからほどなくして潜入組がエルディアへと旅立ち、次の募集でポルコは戦士隊入りを果たす。
情報の共有の名目で潜入組からもたらされる情報を目にし、状況を理解する度に苛立ちは増して行った。
確固たる戦果は得られないばかりか、ライナーの行動は兄貴の模倣としか思えない。
大嫌いな奴が大事な兄貴の振る舞いをして、それなりの評価に信頼を得ていたのに怒りを覚え、情報もアニがすでに詳細に送っている食事処ナオの技術力などで見劣りするレベル。
しかも時が流れるにつれて潜入組の動きは停滞し、最終的にはジーク戦士長がマーレ首脳部を抑える結末で幕を下ろした…。
俺はライナーが嫌いだ。
少しでも視界に入るだけで苛立つほどに。
なのに…。
だと言うのに…。
どうして…。
この手は止まらないんだ。
悔しく顔を歪ませながら、ポルコ・ガリアードは丼を口元に寄せ、口の容量ギリギリまで掻き込み、咀嚼はほどほどで飲み込むようにマルセル一押しの“カルビ丼”を喰らっていく。
「美味いだろ?」
口一杯に頬張っているので声を発せれず、大きく頷いて同意はする。
けれどやはりライナーが調理した料理を素直に称えるのは気に入らず、表情は渋いままである。
厚みのある牛のカルビは噛み応えがしっかりとしているも柔らかく、噛めば旨味と甘味が詰まった脂が浸み込んだ甘辛なタレと共に溢れ出す。
この一枚だけでライスが丼で平らげれそうだ。
ライスに掛かった脂とタレだけでも食が進み、僅かな時間で食べきってしまった。
「表情は渋っているけど食べっぷりは誤魔化せないな」
「…シェフの教えが良いんだろ」
どうしてもライナーを認めるのは癪なので、料理を教えたであろう人物のおかげだと言うと苦笑された。
子供っぽい事を言っている自覚はあるも素直に言えないし言える訳はない。
昔からライナーとの関係を知り、ポルコの気持ちを察しているマルセルは何も言わず次の丼を進める。
「他にも何種類か頼んだから食べてみるといい。ここの丼物は最高だからな」
「知ってるよ。兄貴の報告書には毎回書かれてたからな」
勧められた次の丼を受け取りながら笑い合う。
本当に報告書と言うよりは食レポ以外のなにものでもなかったんだが良くあれで上が納得したもんだ…。
同情に似た視線をマガトに向けると、鬱憤を晴らすかのようにビールを飲み、料理をかっ喰らう様子にやはり色々と溜まっていたんだろうと推察する。
受け取った“ステーキ丼”を掻き込むとカルビ丼と全く違った味わいに目を見開く。
同じように肉が乗った丼物だから同じような味付けだろうと思い込んでしまっていた。
ステーキ肉はカルビ以上に噛み応えがあり、塩コショウが利いていて肉の旨さが際立つ。
そこに掛けられたのは焦がして香ばしさが加えられた醤油に風味の強いニンニク、まろやかで香りの良いバターなどを混ぜたバター醤油。
醤油をかけた“醤油ご飯”やバターを混ぜた“バターライス”があるように、バター醤油もまたライスに合わない筈がない。
さらにちょこんと端に乗せられたわさびの鼻を抜ける清々しい風味が心地よい。
脂っぽさの中ですっきりとさせられ、またも食欲を抑えられずに掻き込んでしまう。
「けどこれはほんと病みつきになるな」
「まだ種類あるけど食べるか?」
兄弟揃って丼物の追加を頼み、互いの限界に挑むのである…。
ガビは今日の食事会を大いに満喫していた。
今まで口にした事のない料理も含めてどれも美味しく、お腹が張って動けなくなるほど食べに食べまくった。
どれだけ食べるんだと誰かしらが注意する者なのだが、誰一人として注意する者はいない。
大皿の焼き飯を食べた後に弱いくせに酒を飲んで歯止めが利かずに食べ過ぎたコルト・グライス。
アニの様子に抱いた感情と最近口に出来なかった餃子をやけ食いするかのように十人前近く食い溜めしたベルトルト。
まるで大食い大会みたく丼物を次から次へと胃に収めたマルセルとポルコのガリアード兄弟。
羽目を外し過ぎて確実に明日に支障が出るレベルで酒を飲みまくったテオ・マガト。
精鋭揃いとは思えない惨状で、誰が注意など出来ると言うのか。
さらに戦士長のジーク・イェーガーは身軽になった財布に少しばかり心ここにあらずの状態に陥り、周りに気を回すなど出来なかった…。
帰るにしても動ける程度には回復しなければ店を出る事も叶わないので、動けない者はそのままで、まだ食べれる者や余裕がある者は会話やジュースやデザートを楽しんでいた。
そこに休憩がてら顔出しに来たライナーも混ざり、会話は弾んでガビも耳を傾けて驚きを露わにする。
「店を持つの!?」
「俺の…って言う訳ではないがな」
初耳だっただけに思いのほか大きな声で聞いてしまった。
なんでも常連であるリーブス商会が、多くの汚職に手を染めた貴族が失脚した際に空いた王都の土地を手に入れ、そこを富裕層をターゲットにしたレストランを開設しようと検討していたのだ。
しかし総司が店を大きくしたり、地位や名誉や認知度を得たりとかには興味がなく、誘ったところで良い返事は返ってこない。
そこで食事処ナオで総司の技術や味付けの感覚を学んだ者を引き込みたいと話を持ち掛け、ライナーはそれに応じて修行後はリーブス商会のレストランのシェフとして働く事に。
料理人の技術を盗んで他の店に移るなど褒められたものではないだろう。
リーブス商会も
料理技術を短時間で向上させる為にニコロと同居して日夜研鑽に励んでいる。
「凄い向上心ですね。尊敬しますよ」
「…少しでも早く一人前に成りたいからな」
「素直にヒストリアの為って言えばいいのにな」
「ユ、ユミル!?」
ファルコが感心して言葉にするも何処かばつが悪そうに答える。
そして話を耳にしていたユミルがニヤニヤと嗤いながら割り込む。
慌てふためくライナーを他所にユミルがファルコとガビに近づいて小声で告げる。
「こいつな。ヒストリアが女王に成るって聞いて、ここに訪れない事に残念がっていたのを知ってリーブス商会の誘いに二つ返事でのっやんだぜ」
「あの先日即位された?ここの常連だったんですか!?」
「女王陛下御用達なんだぞここ」
「その割には有名店ではないんですね」
「そりゃあ総司がそう言ったのに興味がないのと、常連客が店の混雑しないように秘密主義でいる結果だな」
「にしても…ねぇ?」
「なんだその言いたげな視線は?」
ユミルと同じくニヤニヤとするガビに、ライナーはムッと睨むが揶揄う雰囲気はそのまま。
やり取りを眺めていたピークは酷い違和感に顔をしかめた。
ライナーがエルディア人…それもフリッツ王の血を引く者を想っている事と、エルディア人のユミルが近づいても気にしないどころか普通に接している。
これはガビを知る者からすればあり得ない事である。
「らしくないわね。以前の貴女なら前政権が言う“悪いエルディア人”に目くじら立ててそうだけど」
ぽつりと告げて来たピークにガビはキョトンとし、少し唸りながら考え込む。
言われて気付いたのか他の者もそういえばと振り返って注視する。
視線を一心に受けながらも
「…うん。そう決めつけて答えを急ぐこともないし、騒ぐのもどうかなって」
あの頑固そうで手が早く、口の悪い爺さんとまんまると太った三毛猫を思い出しながら答える。
ついでにあの時に食べたかつ丼を思い出してしまえば、今日注文した
「あー…
その発言に戦士候補生達は確かにと納得するも、“源治”を知らない者は誰だ?と首をかしげるばかり。
ただ総司だけはその名に反応して、珍しく持っていた皿を落とす程に動揺するのであった。
以前活動報告で行ったアンケートで名が挙がった“食べたい料理”投票を行いたいと思います。後に物語に反映しようと思いますので、もし宜しければ投票のほどお願いいたします。
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ビーフシチュー
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ドミカツ
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黄金チャーハンと担々麵
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ジャンバラヤ
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しゃぶしゃぶ