進撃の飯屋   作:チェリオ

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 すみません。
 最近色々あって遅れました。
 前週分書けなかったので今週中にもう一話投稿したいなぁ…。


第78食 キッツ・ヴェールマンの一日

 キッツ・ヴェールマンの朝は早い。

 真面目さからピクシスより信頼が厚く、生真面目過ぎるがゆえに融通が利かない彼は、仕事以外に時間を潰す趣味などが存在しなかった。

 多少の酒は飲むも翌日に影響を及ぼすような飲み方や多量の摂取は行わない。

 真面目一辺倒ゆえに一日の行動予定に変化はなく、本人はそれを気にもかけずに一生続くかのように思われていた。

 変化が起きたのはピクシス司令が食事処ナオに連れて行ってからである。

 その時に食べた“海鮮丼”に魅了されたキッツは、今まで不変だった日常に食事処ナオが追加されたのだ。

 

 まず彼は朝食を食事処ナオで食べたいと思ってピクシスに相談した。

 それは任意の者だけ始業時間を速めて、その時間分だけ始業内の時間を自由にすること。

 就業時間よりも早く帰りたい者や、混雑する昼時を回避したい者が賛同し、ピクシス司令自体もこの案に賛成を表明した。

 これにより食事処ナオの常連客は混む時間帯を回避できると喜んだものだ。

 特に認可したピクシスと精鋭班の班長三人組など…。

 

 キッツはその時間を朝食に使う事にしている。

 以前より二時間も早くに起床するとベットの上でゴロゴロとのたうち回ることなく起き上がり、身支度を済ませようと洗面台に向かう。

 寝起きでまだはっきりとしない思考を叩き起こすように顔を水で洗い、口を一度ゆすいでそのまま歯磨も行って、口髭の手入れを行う。

 食事処ナオの開店時間は九時なのでそれまで時間がある為に、軽食として乾パン一つと牛乳一杯を胃に収めて、駐屯兵団本部へと赴く。

 交代制である本部警備隊の者と挨拶を交わすと自分のデスクに向かって、本日予定していた書類仕事に取り掛かる。

 カリカリカリと書き綴る音だけが響き渡り、徐々に時間が過ぎて行けば他の兵士達も姿を現し始める。

 始業時間になると行われる朝の朝礼に参加し、業務連絡を行ってからまた書類仕事を再開した。

 時間が九時に近づくにつれて時計を確認する回数が増え、頃合いになると出る事を告げて少し遅めの朝食へと向かう。

 道中は歩きでは時間が掛かり過ぎ、お金なら普段使う事が少ない上に役職的にも余裕があるので馬車で行く。

 到着後は実にスムーズだ。

 なにせ平日の九時などは客入りが少なく、ほぼ空席で貸し切り状態がほとんど。

 たまに朝早くから訪れてすき焼きを食べている前エルディア王が居る事もあるけども今日は居ないようだ。

 

 カウンター席に腰かけたキッツはいつものように“和食セット”を注文してから、本日の和食セットの品書きを見つめる。

 和食セットは日替わりでメニューが変わり、基本は白米に味噌汁、焼き魚に副菜と玉子焼きで構成されている。この中で変わるのは味噌汁の具と魚の種類、副菜の三つ。

  

 「おぉ、今日はきんぴらに鮭か」

 

 品書きを見たキッツは運が良いと喜びながらも困ったように笑った。

 そうしている間にも目の前では総司が調理をし、一人だけであるためにすぐに出来上がってカウンターに置かれた。

 ほかほかと湯気を立てる白米に豆腐とわかめの味噌汁。

 明るく綺麗な黄色の玉子焼きに小鉢に添えられたきんぴらごぼう。

 そして私が主役と言わんばかりに中央に居座る焼き魚の鮭。

 

 並んだ品々を満足そうに眺め、まずは味噌汁を頂こうかと器に口を付ける。

 味噌の香りを楽しみながら鰹と昆布が織りなす旨味たっぷりのスープを啜り、温かな安堵によって身体がほんのり温まってホッとする。

 もう一口と口当たりの良い豆腐とわかめを箸で含む。

 朝食時においてこの時が一番心地よい。

 温かさが身体を起こして落ち着きをもたらし、味噌の塩気と風味に合わさった旨味が体内を駆け巡る。

 味噌汁の余韻が消え去る前に一口白米を含み、噛み締めれば溢れるほんのりとした甘みと共に飲み込む。

 この味噌特有の濃い風味と塩気だけでも白米がいける。

 が、他にも白米に合うおかずがあるのでここで食べきる事はしない。

 

 箸できんぴらごぼうを摘まむと中から小さくもレンコンが顔を覗かせた。

 これは余計に嬉しいなと微笑ながら食べる。

 人参とゴボウの食感に、醤油にみりん、砂糖に野菜と鶏肉の旨味が合わさった甘じょっぱい味わいが広がる。

 鶏肉を含むと味が出た分少し硬くも感じるゆえにゴボウなどの食感に合う。

 なによりレンコンのシャキシャキした食感が堪らなく良い。

 そしてこれも白米との相性が良いんだ。

 

 美味しいんだけど誘惑が多すぎる今日の朝食は…。

 卵焼きもふんわりと柔らかく、少し濃い目の甘味もまた白米と合うんだよなぁ。

 もぐもぐと頬張りながら主役へと視線を向ける。

 綺麗なオレンジ身に箸を入れ、ふっくらとした身を解して口へと運ぶ。

 刺身の時は脂が強い甘みを持っているが、焼かれたことで脂が落ちてすっきりとした味わいに成りつつも、旨味と程よい塩気が白米を進ませる。

 多少焦げた皮も香ばしくも旨い。

 

 あー…本当にこの店はけしからん。

 朝っぱらから何杯食べさせる気なのか!

 白米と合うおかずによる数の暴力に茶碗は空となり、早速白米のおかわりを注文しまう。

 美味い飯にありつける反面、美味し過ぎて最近腹回りが多少気になり始め、今日から巡回の回数を増やすかなと思いながらも食べるのであった。

 

 

 

 

 少し遅めの朝食を摂り、本部に帰還したキッツは早速書類仕事を再開した。

 午前の巡回に出ようと思ったものの、腹八分目どころか満腹まで食べてしまったがゆえに難しく、巡回は午後にするとして書類仕事を片してしまおうと集中する。

 勿論途中途中でちょっとしたアクシデントの対応や、部下からの相談や申告を受けつつ仕事を熟す。

 そうすると次第に満腹だったお腹にも余裕が生まれ、時刻は昼休憩へと近づく。

 大概の者は近くの飲食店や駐屯兵団本部内の食堂、または自身が持って来た弁当などで済ますだろうけどキッツは本日二度目となる食事処ナオへ向かう。

 さすがにもろに昼時の時間に押し掛けたために少々店内が手狭に感じるほどには客が入っていた。

 運悪く席が埋まっていたので少し待ち、自分の順番が来るまで入り口に置いてあるメニュー表を手に取り、午前の失敗からランチセットや重く感じる丼物は避けようと、メニュー表をペラペラと捲って“麺類”のページで止める。

 パスタやスパゲッティは元より親しまれていた分、注文する常連客は多く居る。

 今回キッツが選んだのは親しまれたそれらではなく、手短ですぐ食べれる麺類の一つ“ざるうどん”であった。

 決めた頃に丁度席が空き、腰かける前に注文を済ます。

 

 食事処ナオの麺類の大半は衝撃的な物であった。

 基本エルディアの麺類はソースが絡まっているパスタやスパゲッティであり、温かなスープに浸したり浸けていたりするなどの食べ方はなかった。

 それゆえに最初に注文した者は戸惑っただろうと思う。

 今では大人気となったカレーうどんもあって浸透したけど、中々注文している者を見かける事がないのは悲しい所だ。

 

 まぁ、あの黄色い悪魔(カレーうどん)は賛否両論(飛び散るカレー)であるが…。

 

 そんな事を考えていたら出来上がったざるうどんが運ばれてきた。

 湯がいたうどんを湯切りして角座敷ザルに盛り、汁入れに汁を注いで蓋の上にウズラの卵と山葵、刻んだネギを乗せてある。

 残った水気が純白のうどんを艶やかに湿らし、ライトに照らされててかてかと輝きを発す。

 美しいと思いながら箸で摘まみ、ネギとウズラの卵を混ぜたつゆに浸けて、ズゾゾゾと啜り上げる。

 

 勢いよく啜る事で汁の香り立つ。

 音もけたたましく立つも、麺類ではよくある事なので食事処ナオでは気にする者はいない。

 噛めば確かな弾力のあるコシがあり、呑み込めば喉につるりと良い喉越しと共に駆け抜けて行く。

 つゆの旨味にネギの風味が合わさり、ウズラの卵のなめらかさが全体的にまったりとさせる。

 

 あー…美味い。

 胃にすとんと落ちるこの感覚が癖になる。

 

 一息つきながらもう一口食べ、次は山葵を乗せて食べる。

 先ほどの旨味と食感に加えて鼻孔を突き抜けるわさびの風味が清々しい。

 

 美味しいだけでなく気持ちまで良くなるとは二度おいしいと言うのはこういう事なのだな。

 一人で納得している間もツルツルと無意識に食べ、気が付くとうどんは綺麗さっぱり消えて胃に収まっていた。

 午前にあれだけ食べてしまっていただけに、昼食は控えたい所であるのに物足りなく感じてしまう。

 腕組みをし、残っていた汁のお茶のように飲みながら決意したキッツはおかわりを注文する。

 最終的に二回ほどおかわりして満足気に本部へ戻るのだった。

 

 

 

 

 

 昼食を終えたキッツは予定していた外回りを行うも、やはり食べ過ぎた腹部が悲鳴をあげて早めに切り上げる事になってしまった。

 それでも食べ過ぎた分動かねばならないので、書類仕事などで時間を潰して少しでも胃が収まった頃にもう一度外回りに出た。

 摂取したカロリーを燃やすように少々駆け足で長い距離を歩き、終わって戻ってきた頃には汗がタラリと垂れる程度には身体が温まっていた。

 息を整えつつ本日分の仕事を終えて、就業時間通りに帰路に―――つく事は無い。

 夕食はピクシス司令にハンネス、精鋭班の三人など駐屯兵団所属の常連客と共に馬車に乗り込み

 皆はそれぞれ何を頼むかと悩んだり、新しく食した品の情報を教え合ったりして時間を過ごす。

 楽しく情報交換していたキッツであるが、彼だけは悩む事は無かった。

 一日の仕事の疲れを癒やし、締めくくりの一品はアレと決めているのだから。

 

 到着して予約して取っておいたテーブル席に六名が座り、何を注文しようかとメニューを覗く中でキッツは先に注文を口にする。注文したのは初めてここで食べた思い入れの強い料理。

 未だに度胸試しとして扱われる事のある生魚を盛った丼物―――海鮮丼。

 少し温めた米酢に塩と砂糖を溶かし、ホカホカの白米に合わせて団扇で扇ぎながら掻き混ぜて行く。

 出来上がった酢飯を丼によそって新鮮な刺身などを乗せ、醤油や山葵をかけて食べる。 

 これが非常に美味いんだよなぁ…。

 

 心待ちにしながら来るまでの間、会話で時間を潰していると皆より先に注文しただけ早く届けられる。

 本日はなんだろうなぁと覗き込むと酢飯の上には甘エビ、タコ、鯛、ネギトロの四種類が四分割に並んでおり、美味そうと思うと同時に頬が自然と緩んでしまう。

 

 「お先に頂きます」

 

 一言告げてから会話を切り上げて、海鮮丼に醤油を垂らして頂く事にする。

 まずは鯛を味わおうと箸で摘まんで含む。

 歯応えのある弾力にさっぱりとして澄んだ淡白な味わいが口に広がる。

 もはや食事処ナオで生魚を恐れる事は無い。

 寧ろここより安全な所があるのかと言い切れるだけの信頼を寄せている。

 

 しっかりと鯛を味わい、後味が消え去る前に酢飯を掻き込む。

 米酢の酸味が疲れていても食べ易く、甘味が酷使した脳を癒やし、塩分が汗を掻いた肉体に沁み込む。

 そして何より刺身と酢飯と醤油の相性の良さ。

 幸せ過ぎて目尻から緩む。

 

 ムニムニと柔らかくも歯応えのある弾力のあるタコは噛めば噛むほど旨味が溢れ、甘エビはぬるりとした食感にエビの甘味と旨味が凝縮していて噛めば弾けるように口の中を満たす。

 ネギトロはふわりと軽く、赤身と脂身のなめらかな舌触りがなんとも言えない。

 旨味の宝庫とも言えるだろう。

 食べれば食べるほど食欲が増していく。

 魚の旨味と甘味で満たされたらさっぱりすべく、山葵を少し乗せて含めば爽やかな風味が突き抜けリセットしてくれる。

 リセットされたのならまたしっかりと味わおうと掻き込み始める。

 

 美味しそうに食すキッツにまだ料理が届いていない者は羨ましそうに眺め、自分の品はまだかなと厨房へと視線を向ける。

 そんな視線を気にもせずに食べ続けるキッツは思う。

 何と罪深い料理なんだろう…と。

 美味さに舌が喚起し、胃が次を求めてしまう。

 しかし総司曰く糖質やらカロリーやらが高くて量を食すと瞬く間に腹回りについてしまう悪魔的側面を持つ。

 いつものようにぺろりと食べきった器を見て、これに関しては悩む間もなくおかわりを注文し、日課のように明日は量を減らし、運動量を増やそうと心に決めてはおかわりが来るのを心待ちに待つのだった。

 

 こうして日々に食と言う楽しみを持ったキッツは、満足そうに腹を満たしては帰路につき、明日は何を食べようかと思いを馳せて夢の世界へ旅立つのだった…。

前回の投票ありがとうございました。今回は前回の投票で一番多かった“黄金チャーハンと担々麵”を踏まえてサイドメニューの投票を行おうと思います。前回同様宜しければお願いいたします。

  • 春雨サラダと小籠包
  • 紫蘇の肉巻き
  • チリコンカン
  • フランクフルト
  • アメリカンドッグ

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