この結果を元に一話書こうと思います。
ミカサもアルミンも隣に居らず、
これから先に
厳しく辛い訓練を仲間と共に励みつつ過ごしたウォール・ローゼ南方面駐屯の訓練兵団。
始めて人類が
幼い頃は遊び、喧嘩し、駆けまわった故郷のシガンシナ区。
楽しい思い出に触れる事もあったけども、それ以上に辛く悲しい悲痛な体験に憎悪の限りを抱いた光景の方が脳裏に浮かぶ。
小さな頃は子供らしい憧れを抱いていた調査兵団に、母さんが
強くなって巨人を一匹残らず駆逐してやる。
自分一人でもやってやるんだって行き込んでいたあの頃が懐かしい。
……現実はそんなに甘くないっていうのにな…。
多くの者が死んでいった…。
仲間が食われて突っ走って負傷した際には同じ部隊の同期はアルミンを残して全滅。
トロスト区の壁の穴を塞ぐ際には暴走した俺を護る為に文字通り命を賭して周囲の巨人から守ってくれた駐屯兵団精鋭班。
兵団に潜んでいた巨人化能力者を誘き出すために一騎当千ともいえる調査兵団のベテラン兵士の多くを失い、俺を護ってくれていたリヴァイ班の皆の言葉を素直に信じてはその場に居なかった兵長以外全員を失った。
俺が攫われた際には救出する為に多くの者が生け贄にされ、幼い頃から面倒を見てくれていたハンネスさんが目の前で食われた。
母さんが食われたあの日より世界は地獄と化した。
だけどようやくここまで来たんだ。
巨人を駆逐し、壁の向こうへ進み、俺達は海を見た。
そしてその海の向こうに俺達の敵を知ってしまった…。
木綿
だからこそ俺は今まで味わった感情を強く呼び起こそうと歩き回ったのだ。
「なんだお前?」
行くところには行ったので戻ろうとトロスト区まで帰って来たところで、黒猫が足元にすり寄って来たのだ。
人懐っこい猫だなと思いながら眺めていると、ジッと顔を見上げて来る。
真っ直ぐと見つめて来る瞳に見透かされたような気持になる。
目を合わせ辛く感じて追っ払おうとも思ったが、何と無しに頭を撫でた。
撫でると掌に頭を擦り付けて来てくすぐったい。
微妙に頬が緩むと世界が
気のせい…と言いたいところだが変なのだ。
何処がと明言することは出来ないが、感覚的に何かが変わった事だけは理解して周囲を見渡す。
先ほどまでと変わらぬ道に人ごみ。
ただ雰囲気が明るくなったような…。
曖昧な疑問を抱くも腹の音が空腹を知らせたことで薄れる。
少し昼には早いが朝から歩き回った事で結構空いていたらしい。
何処かで食事にするかと動こうとするも、黒猫が裾を噛んで引っ張ろうとする。
「……ついて来いって事か?」
「ナァオウ!」
頷きひと鳴きした様子に眉を潜めつつ、少しぐらいなら良いかと気まぐれに猫を後を付いていく。
路地裏の奥へと進んでいく様子に警戒感を示すよりも、こんなところがあったのかと興味の方が大きく、辺りを見渡しながら歩を進める。
着いた先には一軒の店屋。
路地裏の店にしては綺麗で整っており、ゴロツキが屯する酒場でもないようだ。
入り口の看板には飲食店らしいマークと品書きがあり、食事は出来るらしいと知る。
「ここに入れって事か」
「ナウ」
そうだと言わんばかりに猫をまた撫でて、これも何かの縁だと店の扉を開ける。
カランと澄んだ鐘の音と温かな空気が流れ出て自分を包み込む。
この風は何だ?と疑問を抱く前に店内の顔ぶれに驚く。
「いらっしゃいま―――え?」
疑問を口にしたいのはエレンも一緒であった。
挨拶した従業員はミカサ。
それも数年前に調査兵団に入団した頃の若い頃…。
トロスト区の作戦で俺が傷つけてしまった頬の傷跡もない。
それだけではない。
店内には同じく数年前のアルミンとクリスタに居る筈の無いライナーやユミル、結晶に包まれたままのアニまでも居る。
いや、それだけじゃない。
厨房に
これは一体どういう事なんだ?
俺は白昼夢でも見ていると言うのか?
謎が脳内で渦巻く。
呆然と立ち尽くすミカサに厨房のエレンが首を傾げる。
「どうしたんだよミカサ?」
「え…いや……うん、何でも。どうぞこちらへ」
「あ、あぁ…」
ようやく戸惑いから立ち直ったミカサに誘われるまま席に向かう。
メニュー表を渡され、テーブルでは透き通って曇り一つないガラスのコップに水が注がれていた。
まだ戸惑いから立ち直れていないミカサが去って行き厨房あたりで話し始めた。
どうも俺の話らしい。
会話の端々が耳に届く限り俺は“エレンに似た青年”として会話の種にされている。
確かにあの頃の俺に比べたら今の俺は違い過ぎるか。
髪は肩まで伸ばし、顎髭と口髭を多少伸ばし、血気盛んだったあの頃に比べて歳を重ねた分だけ落ち着きが出て来た。
とはいえ血気盛んであることは変わりなく、それを随時表に出すか内に秘めているかの違いは大きいだろうな。
なんとも可笑しい夢だ。
ため息交じりにメニュー表を開くと色んな品の名前と共に安い値段が並んでいた。
これなら手持ちのお金で払えるなと夢なのに金の計算をする事にクスリと笑ってしまう。
メニュー表を眺める
調理をしている俺と言うのは何とも想像し難いものだが、若い俺もミカサもアルミンもクリスタも楽しそうに働いているようだ。 それにライナーやアニまでも…。
アニ…特にライナーを見ると殺意や憎しみが籠るも、楽し気に皆で接している様子は訓練所を思い返させてほっこりと和ませられた。怒りと安堵が共存するなど可笑しな感覚だ…。
肩を竦ませていると昼時が近づいた事で客が次々と訪れ始め、俺は目から涙が零れ落ちそうになるのを必死に堪えた。
知っている顔も多い中、トーマス、ミーナ、ミリウス、ナック、ハンナ、フランツ、ポルコ…死んでいった同期が居た。
俺を護って命を落とした駐屯兵団精鋭班のイアンにミタビ、ペトラ達リヴァイ班の皆。
ミケ分隊にハンジ分隊、シガンシナ区奪還時に入団したての新兵、そしてエルヴィン団長…。
死んでいった同期が、先輩が、仲間たちが和気藹々と騒いでいる。
彼らは
こんなところで泣けば不審な人物だろう。
かといってどう声をかければいいかもわからない。
黙々とメニューを眺めながら感情を抑えているとミカサが近づいて来た。
どうしたのかと向くと男女の客を連れていた。
母さんと父さん………カルラ・イェーガーとグリシャ・イェーガーを。
「相席宜しいでしょうか?」
あまりに驚いて頷くしか出来なかった。
母さんと斜め向かいに、父さんは隣に腰かけてメニュー表を開く。
どうしても気になり視線を向けると母さんと視線が合ってしまった。
たまたま―――ではないようで、母さんは俺の事を凝視している。
「ごめんなさいね。貴方と似ていたものだから」
そう言って隣の父さんと見比べる。
あまり似ていないと評された事もあったが、母さんだからな。
似ていると思う部分があったのだろう。
微笑ながら申し訳なさそうに言い、対して父さんは顔を青ざめていた。
「先に言っておくが身に覚えはないからな」
「本当ですか?大きな息子が居たんです。あと二人や三人出てきても驚きませんとも。えぇ、驚きませんとも」
「もう居ない。これは嘘じゃない」
焦って弁明する様子に首を傾げると「恥ずかしい話ですが…」と騒がした謝罪のつもりか語ってくれた。
どうも母さんとダイナ・フリッツは出会ったらしく、マーレで結婚して
それは焦る筈だ。
今の関係も危うい橋の上に出来ているというのにさらに隠し子が居たとなれば崩壊してしまう。
一応俺もそれを否定して(隠し子である事)安心させておいた。
こうして会話をしているだけでも何と幸せな事だろうと噛み締め、あの頃の俺はどうしてもっとしっかりと話をしなかったのだろうと詮無きことを考え込んでしまった。
話に華が咲くのは良いが、飲食店だと言う事を忘れてはならない。
注文していない事に三人とも気付き、慌てるように注文しようとメニューを再び眺める。
「私はシチューにしようかしら」
「シチューならいつでも食べれるだろう?」
これには父さんに賛同した。
ここにある品は全部珍しいものばかり。
中には肉料理も安値であるというのに、家でも作れるシチューを選ぶのはもったいない感じがしたのだ。
だけど母さんは頑なに変更する様子はなかった。
それが非常に気になって俺もシチューを注文することに。
注文が届くまでは他愛ない会話に参加し、噛み締めながら時間を過ごす。
そうしているとアルミンとクリスタが料理を運んできて、ようやく胃に食べ物が収まると解った身体が喚き出し、特段大きな腹の虫が鳴き始めた。
もう少し待てばいいものをと思うも時すでに遅し。
聴いた母さんも父さんも笑っていた。
気恥ずかしさを抱きつつ、届いたシチューに目を移す。
野菜だけでなく肉もごろごろしている具材たっぷりのシチュー。
これは豪華だなと鼻孔に入った匂いに余計に空腹が刺激される。
我慢の限界だとスプーンでひとすくいして口に含む。
―――予想以上に美味しかった。
鶏肉はボソボソしたものではなく、脂もしっかりと乗り柔らかい。
シチューに鳥の旨味が染み出ているというのに、噛めばしっかりとした味わいが残っている。
こんな肉らしい肉を食べたのは久しぶりだ。
サシャあたり酷く興奮して暴走してしまうだろうな。
肉だけじゃない。
ほろりと崩れるジャガイモ。
中まで浸み込んで柔らかな人参にブロッコリー。
蕩けるほど柔らかい玉葱。
口に収まる程よい大きさで、それがいかに贅沢な事か。
シチューのスープは濃厚で野菜と肉の旨味が溶け込んで味わい深い。
美味過ぎる。
一緒について来たパンはふっくらとして、味もしっかりとしていた。
匂いだけでも美味いのが解るほどに良く、シチューとの相性は最高だ。
そして
シチューだからと言う訳ではなく、薄っすらと母さんが作ってくれたものに近しかった。
二度と味わう事の出来ないと思っていた味に感極まり、涙がジワリと瞳に溜まる。
隠すようにシチューを含み、パンを貪り食う。
「あの子ったら家の味に寄せちゃって…」
嬉しそうに微笑む様子に魅入ってしまう。
幼かった頃の俺はそれに気付く事無く、その尊さを認識することなく当たり前のように受けていたんだな…。
凄く眩しく、目が霞んでしまいそうだ。
「元気が有り余っていて我侭で、何をしでかすか分からない。手も掛かる子だけど…いつの間にか大きくなるものね」
慈愛を含む眼差しがエレンに向けられ、もう向けられる事のない俺はそれを羨む。
感情も口にしている味わいも噛み締めながら淡々とシチューを平らげて行く。
一杯では足りず、二杯目三杯目とおかわりを注文する。
単に腹が空いていただけ…違うな。
まだこの味を味わっていたかった。
二度と目にする事のない光景を見ていたい。
出来る事なら覚めないで欲しい。
このまま甘く儚く心地よい夢の中で生きていたい。
少しでもここに居座る為に頼んでいるのもあるんだろうな。
だが、ずっとは居られない。
腹も結構満たされ、食べ続けるにしても財布が空になってしまう。
今ある皿を食べきった俺は席を立つ。
会計を済ませてここを立ち去ろう。
俺はやらなければならない事がある。
ここに居ては想いは陰り、立ち上がる事すら出来なくなってしまうと解る。
―――エレン。
母さんに呼ばれた気がした。
“エレン”と…。
腰を浮かせた状態で止まり、顔を向けるとあの瞳を向けられた。
俺はぼそりと「…ありがとう」と呟き入り口へと歩き出す。
会計を済ませて、店内を一望して店外へと足を踏み出した。
後ろ髪を惹かれるも強固な意志を奮い立たせて振り返らず店外へと出た。
あの黒猫が鳴く。
呼び止めようとしていたのか、それとも送り出してくれたのか判らない。
決して振り返らない。
今俺は揺らがない決心を抱いたからだ。
二度と目にする事も出来ない光景を目にした。
それは俺は護れなかった。助けれなかった。足りなかった後悔に当時の感情を取り戻すには充分過ぎた。
もう俺は立ち止まらない。
振り返らない。
引き返さない。
ただ
飲食店など
それがどのような未来に繋がるのか…。
どのような結末に繋がるのか。
まだ誰も知らない…。
●現在公開可能な情報
・大人びたエレン似の男性
ある日ナオが連れて来たお客がエレンに似ていた事が食事処ナオで話題となった。
鋭い眼光はそのままだが、物静かで落ち着いていて大人の余裕が伺えた。
元々エレンも顔立ちは整っており、騒がしくも慌ただしくもない彼は多くの女性客の目に留まった。
鋭い目も大人びた雰囲気に合い、それがまた良いという者も…。
それにミカサも同意してしまったがゆえに、数日間エレンの機嫌は悪いままであった…。