吐き出す吐息が辺りの暗闇も相まって白く浮かび上がる。
息が白く染まると言う事はそれだけ体温と外気で温度差があると言う事。
無論体温が急激に上がった訳ではない。
外気が季節に合わせて下がって来たのだ。
道理で寒いわけだとしみじみ納得する。
寒さによって空気が澄み、夜空に浮かぶ星が綺麗に見える。
眺めるだけなら良いが、この寒さは身体に堪えるな。
ぶるりと身を震わせ、両腕を擦って僅かだが摩擦熱で温めて誤魔化す。
こういう時は温かい食い物が欲しい。
それに酒だ。
度数の高い物が良いな。
高ければその分身体が温まる。が、酔うのが早くて長く楽しむのは難しいが…。
この寒い季節では物流も止まるので温かいものと言えばシチューなどのスープ類に、火を通しただけの簡単な炙り物。
比べて食事処ナオは天国のようだ。
いつ何時だって豊富な種類の料理に酒を味わえるんだから。
けど生憎今日は定休日。
温かな食事に美味い酒はお預けとなる。
残念がるハンネスは就業時間を終え、トロスト区駐屯兵団施設より出た。
白く染まるため息を吐き出し帰ろうとすると、暗がりに灯りが灯っているのに気が付いた。
曲がり先から薄っすらとした灯りはどこか温かそうで、何処か惹き付けられる。
それだけ温かさを身体が求めているんだろうな。
そう思いながら灯りの下へと向かってゆく。
曲がり角より顔を覗かせるとそこには一軒の移動式屋台があった。
温かそうな湯気を暖簾の先より上がり、美味そうな匂いが周囲に漂う。
シチューでもない。
だからと言って炙り物の感じでもない。
食事処ナオも休みである事から今日はここで食事を取ることにしよう。
というか冷えた身体を温めたいし、腹も空いている事もあるしな。
「らっしゃい――っと、ハンネスさんじゃないですか」
暖簾をくぐって覗く。
挨拶と共に向けられた視線の主は食事処ナオの従業員の一人で、エレンの同期であるライナーだった。
驚いたのはこちらも一緒だった。
「何やってんだこんなところで。小銭稼ぎか?」
「まぁ、それもありますが料理修行の一環です。定休日の夜にはこうやって屋台をやっているんですよ」
「頑張り過ぎだなぁ。エレンほどじゃないないだろうがほどほどにしていろよ」
などと言っても無理な話だろうな。
返事はしても聞くような目はしていない。
無理に止める気もないので一応の忠告だけはしておく。
そしてそこで意識は移る。
「で、これらはなんていう料理なんだ?」
屋台には多くの枠があり、それぞれ別の食材が透き通った液体に浸かっている。
これらは全部別の料理だと認識してしまった。
それは間違いだったとライナーは否定する。
「ここに並ぶ食材全てを合わせて“おでん”という料理ですよ」
「全部でか…あぁ、頼むだけ値段が加算されていくんだな」
頭上に貼り付けられた一品一品の品書きに値段が記されていた。
「何にいたしましょう?」
「あー…そうだなぁ。とりあえず牛筋にジャガイモ、ごぼ天かな」
「大根も良く染みていて美味いですよ」
「ならそいつも貰おうか。酒は…あるな。日本酒で」
「畏まりました」
酒はビールもあったが日本酒の所にオススメとも書いてあったので注文する。
注文すると汁の中から串にささった牛筋。
円柱形の練り物の間にゴボウが挟まっているごぼ天。
太めに切られているにも関わらず汁が染みて色が茶色っぽくなっている大根。
皮をむいてままのような大きくごろんとしたジャガイモ。
どれもこれもほかほかと湯気を放ち温かそうだ。
「牛筋、ジャガイモ、ごぼ天、大根、それと日本酒。お待ちどう」
「おお!出来上がっているだけ早いな」
美味そうだと早速フォーク―――の前にまずは日本酒で喉を潤す。
爽やかでフルーティな香りが鼻孔を抜け、喉に潤いを身体にアルコールを齎して、身体がほのかに温まる。
「カァー、美味いな」
突き抜ける感覚を味わい、思わず感想を漏らす。
日本酒の余韻を楽しみながら今度は“おでん”に手を伸ばした。
まずはライナーが勧めてきた大根から。
フォークがすんなり通り、切れ目より濃い湯気が漏れ出した。
一口サイズに切り取って含むと口内が熱さで満たされ、逃がすようにハフハフと吐息を外に出しながら噛み締める。
柔らかく解れた大根よりカツオと昆布の旨味たっぷりの出汁が溢れ出て、大根の味と溶け合っている。
美味く温か。
食材の味わいに汁の旨味だけでありながら味わい深い。
そこに日本酒を含むと突き抜けるほどの美味さが出来上がる。
これは酒に合う。
いや、この寒さに合う。
蕩けるほど煮込まれた牛筋は口に含むとすぐに濃厚な牛の旨味を溢れ出し、ジャガイモは素朴な味わいが身と共にほろりと崩れ広がり、煮て柔らかくなったごぼうが練り物の食感とぶつかることなく調和した味わいを作り出していた。
美味しく食べて、身体が温まり、酒が進む。
料理も酒も美味いというのもあるが、季節による寒さも相まって美味いのだろうな。
次々と齧っては酒を飲んで、身体が温かくなったが皿の上は空となってしまう。
「他のも行くか」
同じのも良いけど全種コンプリートしてみるもの良いな。
と言う事で今食べた以外の品書きのものを注文する。
自分で言うのも何だが頼み過ぎたと少し思う。
タマゴにこんにゃく、厚揚げに茹蛸、結び昆布に餅入り巾着、さつま揚げにちくわ、それと浸かっていないがはんぺんが皿の上に積まれて現れた。
ついでに酒の追加は忘れずに。
揃ったところではんぺんにフォークを伸ばす。
このはんぺんと言うのは知らないのだが、なんでも食感を楽しむものらしく、漬け込まれてはいない。
食べる直前に汁をかけると説明されては先に食べた方が良いのだろう。
早速口に含むとふんわりと柔らかく滑らかな舌触りが堪らなく、あまり時間が経っていないというのに半面ほどは汁の味わいを吸っていた。
面白いなコレ。
舌触りを楽しみながら日本酒を含み、飲み干すとまた口にする。
「――熱っ!?」
はんぺんを食べて次にタマゴを口にしたところ、火傷はしなかったが熱すぎて口より出してしまった。
今度は先の反省を元に息を吹きかけて多少冷まして齧りつく。
ぷりっと張るような白身を歯で貫き、ほろりと解れて滑らかな舌触りの黄身が広がる。
汁も良く浸み込んでいるが、どうも物足りない。
口にタマゴが残っている状態で皿に注がれていた汁を口にすると、黄身の滑らかさが加算されて深みが増す。
美味さもあるがアルコールがだいぶん回って来たのもあってフォークが進み、日本酒を飲む速度が格段と上がっていく。
大きめの三角形のこんにゃくに大口で齧りついて弾力のある食感を噛み締め、幼い頃なら苦手だっただろう独特な風味を持つ結び昆布をゆっくりと味わい、汁が浸み込んで色が変わったちくわをガブリと噛み千切る。
舌触りが優しく仄かに甘いさつま揚げ、しっとりと外側がふやけて中はプリンのように張りのある二つの食感を楽しめる厚揚げ、噛めば噛む度に蛸の旨味と染みた汁が溢れ出す茹蛸。
どれもこれも美味い美味いと口の中に消えては、胃に収まって行く。
最後に残った餅巾着は薄い揚げにお餅が包まれており、弾力が強くて伸び縮みする餅の食感を噛み締め、酒ではなく汁を啜る。
「あ~、美味かったぁ」
「満足していただけたようで良かったです」
「お!なんかその台詞、総司っぽかったぞ」
気分が良くてライナーと会話を交わしていたら、暖簾越しにも食べている様子が伺えたのか客が寄って来た。
食事処ナオではないので見知らぬ者が多い。
途中イアンやミタビ、リコなども来て、顔見知りと見ず知らずの客変わらず騒ぎながら酒を飲む。
程よく満たされたぐらいなのでまだ入る事から酒を飲みつつおでんを摘まむ。
温かな湯気と食欲を誘う匂いが客を誘い、人が多くなった事で駐屯兵団施設より椅子と机を引っ張り出して、より大人数で騒いで楽しむ。
あまりに楽しみ過ぎた結果、一人で帰る事が出来なくなったハンネスはミタビとイアンに支えられて帰って行くのであった。
●現在公開可能な情報
・移動式屋台
ライナーが料理修行の一環で定休日限定で始めた移動式の飲食店。
冬の間はおでん屋をやっていろんな所で腕を振るっている。
場所を変えるので次に訪れるのを待つ者も居れば、予定を聞いて追い掛ける熱狂的な客も居るらしい。
そしてその話を耳にして、移動式屋台を出そうという者が急増したとかしないとか。
ちなみに露店を出す許可は総司の伝手込みで三兵団と商会、総統と女王陛下から賜っている。