「いやぁ早乙女くんって、本っ当に反則だよね!」
「Oh……いきなりどうしたんだ根津校長! 確かに早乙女リスナーがいろいろ反則染みてるのは否定しないけ──……あれ? なんか心なしか、毛並み良くなってないすか?」
「わかる? わかっちゃうかいこのキューティクル!? いやーブラッシングもしてもらっちゃったよ!
……やべぇよあれ、マジ天国だわ」
「……あっれ? 校長ってこんなキャラだったっけ」
「コホン。まあ、ちょっとキャラが変わっちゃってもしょうがないのさ!
うん……『個性の関係性』を舐めてたよ。もしかしたら私、早乙女くんに逆らえないかもしれない」
***
お昼休みの終わり。春先の麗らかな陽気と満腹感が合わさって、なんとも眠気を誘う時間帯だが、そこに集まる二十名は、欠伸の一つも……それどころか、眠気を欠片ほども感じていなかった。
欠伸の代わりの、生唾を飲み込み。
眠気を淘汰して、知らず高くなっていく鼓動を抑え。
──……ドドドドドド。
──はーっはっはっは!
──「オールマイト先生! 授業中です! 静かにっ! あと廊下を走らないでください! 貴方は注意する側でしょうが!」
──「す、すみませんっ」
「…………むぅ」
「? どうかしましたか? 障子さん」
「早乙女か……いや、なんでもない。なんでも……」
障子は口元のマスクを、特に乱れてもいないのに直す。
……これは、胸中にしまっておこう。後ろの席に座る耳郎も呻いているが、それだけだ。彼女が黙るなら自分も黙るべきだろう。
「私が────! 普通にドアから静かに来た!」※小声
そして、大袈裟な動作のくせにやたらと静かにやって来たのは、平和の象徴。No1ヒーロー、オールマイトだ。
「うぉおすげぇ! マジでオールマイト来たぁ!!」
「しかもあれ、シルバーエイジのヒーローコス!? やべ、俺生で初めて見た! しゃ、写メ撮っても良いかな……!?」
「早乙女さんとは別のベクトルで画風が違う……!」
「少女漫画とアメコミが奇跡のコラボだね! ……交互に見ると余計に差が凄い!」
「HAHAHA! 興奮するのはわかるけど、少年少女たちよ! 今は授業中! 他のクラスに迷惑だから静かにしようね!」
「「んん……っ!」」
天魔の後ろに座る二人が同時に苦しそうな咳払いをするが、憧れのトップヒーローを前にした興奮で誰も気付いていない。
……唯一気付いて心配したどこかの魔女が、二人の机の上に喉飴を二、三個魔法を使って出現させたりしたが、まあ余談で良いだろう。
「コホン──さあ! ヒーロー科一年、記念すべき最初の実技のお時間だ! 気になるその内容は、これ!」
バチン! と豪快に鳴らした指を合図に、デカデカと表示される『BATTLE!』の単語。
「そう、戦闘訓練! そして今回の授業にはぁ──!」
オールマイトは手元の、リモコンか何かを教室の窓側の壁に向けて操作する。僅かな機械音の後、そこから一から二十一のナンバリングされたケースが迫り出してきた 。
「君達が入学前に申請した『ヒーローコスチューム』! これを着て行ってもらう!」
注意された手前、叫び出すことはしない。だが、その溢れんばかりの熱量をオールマイトはしっかりと感じ、笑顔を深める。
「──君達はまだヒーローじゃあない! ヒーローになるための第一歩を踏み出したに過ぎない!
だけど、憧れてしょうがないよな!? いてもたってもいられないよな!? だったらまずは形から! 夢に描いた姿になって、より一層実感しようぜ!」
『自分は今、夢に向かって突き進んでいるんだ』と!
「各自、コスチュームに着替えてグラウンドβに集合!
──さあ、気合い入れろよ有精卵供!」
***
「──それで、なんで私より先に早乙女少年が訓練場に着いてるのかな……? 廊下、走ってないよね?」
「はは、大丈夫ですよ。空を飛びながら着替えましたから。
この黒衣、普通に着るともの凄い時間がかかるんです。ベルトとか無駄──結構多くて……だから『
「え、何それ素直に羨ましい! 日本というか、世界中のプロヒーローが欲しい魔法だよそれ!」
「ちなみに換装パターンは幾つかありまして、部分的に変わって行く『少女アニメ式』と、一定のポーズ後に変身する『ライダー式』。そして、特になにもない『瞬時換装』です。
……いや、大変でしたよ。ミッドナイト先生とマイク先生を筆頭にした先生たちの大討論が五時間くらい続きまして……何十回も制服とコスチュームを着替えまして……」
白熱したのは主に二つの派閥だが、それぞれ先生方の推しがあり、その推しの数だけ派生。その画像を見ながらあーでもないこーでもない。……ミッドナイトが女性が少ないことを不利に感じて、普通科の女先生方を巻き込んでさらにヒートアップ。
……怪我の功名ではないが、魔法考案の参考になるものを多く見られたので、結果的には良かったが、『光の線』や『モザイク』を真剣に議題にするのはやめてほしい。『謎の光で隠しながら全裸のシルエットを』とか……いえ出来ましたけど。
「HAHA……うん。プロ入りしたら、あれだね。ファンサービスには困らないよ、きっと」
オールマイトはどこか遠い目をしている天魔にいまいちズレた慰めをして、そのコスチューム姿を改めて見る。
着づらい、というゆったりとした黒衣と、長さ二メートルほどの黒い棒を携える姿は中々堂に入っており、新人特有の『コスチュームに着られてる感』は殆どない。
……全員が揃うのにはまだ少し時間がかかるだろう。そう判断したオールマイトは、昼休みの件を話すことにした。
「──早乙女少年。君には、どれだけ感謝してもしたりないよ」
「それは……八木さんの事、でしょうか」
「ああ。その、お昼休みの終わりに彼に会ってね。……あんなに生き生きした姿を見たのは、本当に久しぶりなんだ。
……だから、本当にありがとう」
頬はこけて目は窪み……やせ衰えて血色の悪い姿は、骸骨やらゾンビと見紛うばかりの姿だった。
それが──たった一食の食事と、ほんの二十分の眠りで、劇的に変わった。
流石に肉付きは変わらないが、顔色は明らかに良くなっていたのだ。それに、ずっと抱えていた空虚感も消え失せ、外見からは想像もできないほど活力が湧き上がっていた。
「──すみませんが、その感謝は
私ができたのは、その場しのぎに過ぎません。あのレベルの内臓強化は一日一度が限界ですし、『魔法をあらかじめかけておく』なんてこともまだ出来ませんから、毎日かける必要がありますから」
「……………………え"? ちょ、ちょっと待って。ま、毎日やってくれるの?」
「むしろ、毎日やらないでどうするんですか? 食事と睡眠ですよ?
あ、それで忘れてました。授業の後──放課後でいいので、八木さんの連絡先を教えてもらえますか? 学校がある日は食堂で済みますが、学校がお休みの日は八木さんに連絡取れないと困りますので」
「お休みの日まで!? え、いや、気持ちは嬉しいけど──さ、流石に大変でしょ……? 無理はしないでいいからね?」
オールマイトは愕然とする。今後、余裕がある時でいいからまたお願い出来ないかな? という希望的観測をしていたところなのに、その希望をはるかに上回る好条件が相手から提示──いや、もう決定事項とされていたのだから当然だろう。
「はは、言うほど大変でもないですよ。今日ので八木さんの体の状態は大体把握できましたし、魔法自体は十秒もあればかける事ができます。食事の用意もランチラッシュ先生にお話ししたら快諾していただけましたので、特に問題はありません。
休日はどうしても外食か私が用意したものになっちゃいますけど、普段から自炊してますので、一人分も二人分も、あんまり変わりませんし」
行動が早い。どうやら、自分が呑気に寝ていた間に計画は煮詰められていたようだ。
それに、と。気のせいではなく、明らかに声のトーンが落ちた言葉が続く。
「……今後、出来るだけ早く、魔法自体の改善か、別のアプローチからの魔法を作ってみます。
……それまでは、ごめんなさい。八木さんには、我慢していただくしかありません」
本当に悔しそうに、本当に申し訳なさそうに……そんなことまで言っている。
(……どこが、魔女なんだよ。こんなに優しいこの子の、一体どこが、魔女だって言うんだよ)
そこまでしてもらうのは流石に……! という遠慮の感情がある。
だが、それと同じくらいに、ここまで本気で考えてくれているなんて……! という喜びに近い感動があった。
──ちょっと込み上げてくるものを感じて、咄嗟に空を仰いだほどに。
オールマイトが言葉を失っている中、やがて天魔が手を高く伸ばして、左右へ動かす。
何事かと天魔が見ている先を見れば、二十名。真新しいコスチュームに着られた生徒たちが、駆け足で向かって来ているところだった。
授業が始まる。今は、自分のことは後回しにするしかなかった。
「おーい早乙女さーん! ……黒いね!」
「感想小学生かよ。いや確かに黒いけど……それいったら常闇だって黒いだろ」
「……我が眷属。いや、違う……だが、これが運命と言うのならば、是非もなし」
「や、八百万は露出がすげぇからエロいのに、なんであんな……! 違う……っオイラはノーマルオイラはノーマルオイラはノーマルオイラはオイラはノ、ノマっ、ノマ……!」
「うわぁ、うわぁ……! オールマイトのシルバーエイジが見られるなんて……ヤング・ブロンズエイジから改良を重ねられ、今に続くゴールデンエイジのコスチュームの原型になったとされている伝説的なコスチューム……!」
「……緑谷ちゃん。いきなりブツブツ言い出さないで? ちょっと怖いわ。……早乙女ちゃんは……けろ。けろけろ」
「皆静かに! もう授業は始まっているんだぞ!?」
「……あ、ありがとう。飯田少年。コホン! みんないいな! 格好いいぜ! それじゃあ授業を始めよう! さて、これから何をするかだが」
(今は切り替えよう。後で必ず話し合うとして……私は、教師なのだから)
屋内対人戦。二人一組のチームでヒーロー役とヴィラン役になり、それぞれの勝利条件を満たせば勝ち。
ヒーローはヴィラン二人を捕獲テープで確保するか、ヴィランが仕掛けた核爆弾に触ることで勝利。
ヴィランはヒーロー二人を戦闘不能にするか、核爆弾を制限時間守り抜けば勝利。
両者とも、戦場となる建物への被害を最小限に抑えること。一定を超えるとその時点で判定負け。戦闘訓練であるが、明らかな危険行為であると監督官(オールマイト)が判断した場合、そこで強制中止。
ヒーロー側はスタートの合図から五分後に行動が出来る。ヴィラン側はその五分間、直接攻撃以外のあらゆる行動が可能。
なお、人数の関係上一組だけ三人になるが、その組は他のチームより判定が少し厳しくなる。
(最後の人数分けの件って、まず間違いなく私が留年しちゃったせいですよねぇ)
──フィールドとなるビルの地下、そこにモニタールームに集まった十七名の生徒と一人の教員は、一組目の開始を待っている。
30はあるモニターに映し出された、ビル各所の様子。
一同は、その内二つのモニターに映る、言い争う二人と相談する二人を眺めていた。
「──水と油、ですね。爆豪さんと飯田さんは」
「けろ。どっちが油でどっちが水か、多分満場一致で決まるわね」
……火を点けたらよく燃えそうだ。というより爆発するだろう。誰とは言わないが。
対して、ビルの外で相談しているのは緑谷・麗日ペア。誰かが『緑茶』と呟いていたのを聞いてしまってからそれが離れない。チームワークにポイントがあったとしたら、すでに圧倒的大差が生じているだろう。
「現場に行ってみたら『他のヒーローも来てる』なんてことはしょっちゅうだからね。だから、私たちは常に臨時チームを組む事も想定していないといけない。
……場合によっては、自分の個性が足を引っ張ってしまう可能性だって十分にあるんだ。ヒーロー側ヴィラン側、どちらに割り当てられてもそれを考慮し、各チームで作戦を考えてごらん」
チラチラとカンペを見ながらの説明だが、内容は正論であり納得が出来る。惜しむらくは、四人が配置に着く前に言わなかったことだろうか。
天魔は画面の一つ、その向こうにいる、緊張した面持ちの緑谷を見る。
筋力増強系の個性……その増強倍率が高過ぎて脳がリミッターを掛けていた為、一年前まで無個性として生活していたらしい。
個性発動で強大な力を発揮するが、その代償として身体が壊れてしまう。諸刃の剣という言葉がこれほど当て嵌まる個性もそうないだろう。
彼の課題は──個性に慣れる云々の話ではない。まず何よりも、己が個性への理解だ。
(今日の放課後にでも、一度誘ってみましょうか……)
「──ちゃん。早乙女ちゃん? 大丈夫?」
その声は、かなり至近……というより目の前から聞こえた。
身長差から、下から見上げる様に覗き込んでくる。顔と顔の距離が20センチも離れていない至近距離に緑色のコスチュームを着ている蛙吹 梅雨がいた。
「っ!? あ、ご、ごめんなさい蛙吹さん。ちょっと考え事してました……なんでしょうか?」
「けろ。ちょっとお話しようと思ったの。……オールマイト先生が言っていたから作戦会議を……したほうがいいんでしょうけれど、聞いて欲しいことがあるの。
その、とてもおかしいことだから、変な子だって思われるかもしれないのだけれど……」
モジモジと指を彷徨わせ、キョロキョロと視線を落ち着きなく。コスチュームのデザインとして顔に描かれたペイントの下を、ほんのり赤くして。
──芦戸・葉隠の乙女センサーが一気に振り切れる。モニターの向こうではヒーロー側が行動開始し、爆豪がチーム無視の単独行動を取っているが、見てすらいなかった。
「私……貴方を見ていたり、貴方の側にいると、とても不思議な気分になるの。それは決して嫌じゃなくて、むしろ温かいというか、気持ちい──えっと、ホッとするというか。上手く言葉にできないのだけれど……」
好意であることに間違いない。だが、それがどのタイプの好意なのかが、梅雨にはわからなかった。
幼い頃からヒーローに憧れて努力をしていたから色恋沙汰なんて気配もなかったし、むしろ、カエルという個性で男子からは遠巻きにされていた節すらあった。
入試の時には、両親に守られているような安心感があったのだが、昨日から状況が少し変わってきている。
頭を撫でられてから妙に落ち着かず、昨夜なんてまともに寝れていないのだ。表情にこそ出ていないが、ちょっと気を抜くと顔が緩みそうになる。
「こんなこと初めてだから……どうしたらいいのか、ちょっとわからなくて……」
──爆発音。それとほぼ同じタイミングで、天魔は片手で額を抑え、「やっちまった」とばかりに小さく呻く。
緑谷の告白騒動やら天魔の性別公開やら、八木氏の治療やらで慌ただしくてすっかり失念していた。
(これは、もう完全に魔女の個性に、惹かれちゃってますよね……)
ここで余談だが、世界に数多ある『魔女が登場する物語』。その中で、魔女は何かしらの動物や昆虫を相棒にしていることが多い。
だからだろうか、天魔もそれらの動物たちに大変好かれやすい体質をしている。そのレベルは、猫カフェに行こうものなら他の客から凄まじい嫉妬を向けられるほどだ。(担任Aの証言)
……そしてそれは、動物だけに留まらず、その個性を発現している者も同様である。
根津校長は、個性は『ハイスペック』であるが、そもそもがネズミ。この影響を強く受けている。よく『生徒は皆平等……!』と自分に言い聞かせている姿が目撃されているらしい。たまに撫でられたりブラッシングされてご満悦になっている、という噂もちらほら。
そして──蛙吹 梅雨の個性は『カエル』。
魔女の使い魔と言えば? と聞かれれば、真っ先に候補に挙がる黒猫やカラスと言った有名どころには及ばないものの……それでも、数多の作品の中で、静かに魔女に寄り添ったパートナーだ。
……一難去って、また一難。
ドキドキワクワク(若干ハラハラ)して遠巻きに眺めている女子たちの視線を感じながら、天魔は苦笑を浮かべた。
「え、えっと……と、とりあえず、今は授業に集中しましょう……?
──あの、オールマイト先生? なんで貴方まで一緒に『えー?』って顔してるんですか」
***
「いまいちわかんないんすけど、具体的かつ簡潔に言うと、どんな感じだったり?」
「『スライム が 仲間になりたそうにこちらを見ている !』 がエンカウント直後に出るのさ! 『いいえ』を選択しても戦闘にならないよ! 残念そうに何度も振り返りながら帰っていくのさ!」
……もう、仲間にしてくれないのなら、いっそ
「Oh...…そいつは結構なお点前のシヴィー……ってあれ、イレイザーどした? なんでお前が凹んで……なに? もしかしてお前、早乙女リスナーの状況を自分に置き換えて猫相手に想像しちゃった感じぃ!? ってんなわけ……?
……あ、うん。ごめん」
『梅雨ちゃん が 仲間になりたそうにこちらを見ている!』
『仲間にしますか?』
読了ありがとうございました!