魔女のヒーローアカデミア   作:陽紅

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MP10 やってるその、裏側で

 

 ──笑顔には力がある。

 

 人々の不安を消し飛ばし、『もう大丈夫』と心から思わせるためには、圧倒的なパワーもそうだが……何よりも、力強い笑顔が必要なのだと、私は思う。

 

 どんなピンチも逆境も、笑って解決する。私の信念が、そうであるように。

 

 

 

「……はい、一先ずの応急処置はこれで終わりました。この授業の終わりに治癒を掛けますので、それまでは痛み止めだけで辛抱してください。

 

 

 くれぐれも 安静に していて くださいね……?

 

「は、はひ! わかりましタァ!」

 

 

 

 聖母の微笑み。写真に収めて飾れば、それだけでそんな題名の絵画として飾れそうな絵面だが……写真では決して伝わらない現場の空気が、それはもう凄まじいことになっていた。

 

 

 笑っている。口角が緩やかに上がる弧を描き、目尻は下がる表情は笑顔に違いないだろう。

 

 ……だが、その背後に幻視するのは、聖母でも女神でもなく……あれはどう見ても、間違いなく怒髪天の鬼子母神だった。

 

 

(あ、あの微笑みは、間違いなく『一周まわった後の笑み』……か、彼はまだ16.7歳だよね!? なんであの方々と同じ笑みを!?)

 

 

 うん十年前。オールマイトがまだ我武者羅だったヤング時代。その頃は色々と無茶したり無鉄砲だったりしたわけだが、余りにも度がすぎるオールマイトに『あの方々が』見せたのが、今の天魔が浮かべているような、とても優しげな笑顔だった。

 

 

 脳裏を過ぎる、もう走馬灯じゃねぇのそれっていうレベルのトラウマたち。

 

 ……そのランキング上位にある記憶は、必ずあの笑顔の後に来るのだ。

 

 

 生まれたての草食動物の様に足がガクブルしそうになったが、『生徒の前』と『平和の象徴としての信念』を駆使してなんとか抑え込み、授業を続行させる。

 

 

 

 ──爆豪・飯田ペアと緑谷・麗日ペアの対戦が終わり、次の対戦カードがスタートして、ヒーローが動けない五分の待機時間。

 

 天魔は一学期開始二日目にして、すでに恒例のようになっている緑谷の治療を行なっていた。

 

 

 尤も。それは、魔法を用いた治療ではなく……包帯や軟膏・ガーゼなど用いた一般的な治療だ。

 

 

 

 至近距離で爆破を防いだことによる左腕の火傷と、個性発動による右腕の骨折。地下にあるモニタールームに運ばれて来た際、その負傷の生々しさに生徒たちは息を呑んだ。

 

 そして、それを見て即座に魔法による治療を施そうとした天魔だが、それに待ったをかけた人物がいた。

 

 

 雄英高校の裏のボス──ではなく、雄英高校の医療管理を一手に引き受けるヒーロー、リカバリーガールである。

 

 なんでも、1ーA担任である相澤から『個性制御が甘く、自爆しかねない生徒がいるので万が一のため控えていてほしい』と頼まれたとのこと。

 『あの子(天魔)がいるだろう』と返せばしばし沈黙し、『……新任教師であるオールマイトさんでは万が一がありそうなので』と滲ませるように返され、オールマイトが時折見せるポンコツ具合を思い出して納得。

 

 

 

 そんな感じで、別所からこの訓練を見ていたリカバリーガールが天魔を止め、一言。

 

 

 

 『緊急手当の手本になるんじゃないかい?』

 

 

 

 災害や事故、事件に携わるのがヒーロー。……ゼロを目指すのが最大目標であるが、それでも、後手に回らざるを得ないため、どうしても被害者・負傷者が出てしまう。

 

 

 医療施設に迅速に搬送することが求められるが、現場での初期治療が生死を分けることが十分にある。

 もちろんヒーロー科の授業で緊急治療の座学・実技はあるが……実践に勝るものはないと判断したらしい。

 

 

 外傷治療の百戦錬磨たるリカバリーガールが緑谷の怪我の状態を見て問題ないと提案し、雄英高校で彼女の教えを最も受けている天魔がその提案に噛み付いた──のだが、当事者である緑谷がそれを了承してしまったのである。

 

 

 本人と監督者(リカバリーガール)が認めてしまった以上は覆しようがなく……そうして、痛覚麻痺と意識を保つための魔法を使うことを譲歩として、臨時の緊急治療の課外授業が始まったのである。

 

 

 

 一つ一つを丁寧に、しかし迅速に。注意点や基礎知識……さらには、治療のための道具が尽きてしまった場合の代用品の例えなどを、自らが学んだことを呟きながら進めていき、ものの数分で初期治療は完了。

 

 周りで真剣に見ていたが、完璧に理解できた者はきっといないだろう。今すぐに『実際やってみろ』と言われても無理難題だ。……だがそれでも、『実際に目にした』という経験は何物にも代え難い財産になるはずである。

 

 

 対戦後……少し離れた場所で茫然自失──とまではいかないが、俯いてどこか意気消沈していた爆豪も、他の面々からは少し離れてこそいたが治療の手際を食い入るように見ていた。

 

 緑谷の負傷。その左腕の火傷は、彼が負わせたものだ。

 

 

(『思うところがある』よりも『やっと気付いた』……そう、思いたいですね)

 

 

 訓練の内容は、八百万が散々に扱き下ろした。絶対の自信を持つ彼が、格下(爆豪目線)である緑谷に気圧され、敗北したのだ。

 その心境は、筆舌に尽くし難いものがあるだろう。

 

 

「さて。今回、鎮痛と鎮静を魔法で省略しましたが、まず痛みで暴れると思ってください。治療の際には周囲に居合わせたヒーロー、最悪は──無事だった一般の方に協力を頼んで抑え付けてもらうことも考えないといけません。

 最後に、最も大切なことですが……治療にばかり目が行って、現状の安全確保を怠らないように。『ここならば安全に、確実に治療できる』レベルの安全確保が最優先です。こんなところでしょうか。何か質問はありますか?」

 

「──れ、連続でびっくりし過ぎて気が付いたら治療が終わってた件」

 

「お、おう、すげぇな……っつか、一個上ってだけでここまで差があるのかよ。包帯ってあんなに早く綺麗に巻けるもんなのか?」

 

(虚空から多様な道具を取り出していたのは、そういった魔導なのだろう。くぅっ……! 空間魔法か!)

 

 

「HAHAHA! 純粋に経験の為せる技だね! ……正直、私もちょっと驚いてるんだけど。早乙女少年? 君、魔法で治療できるのにどうしてそんな治療技術のレベル高いんだい?」

 

「いえ、逆ですよ。魔法で治療できるようにするために、一般の治療を覚えたんです。私の魔法は良くも悪くもイメージが重要でして……『結果』を鮮明にイメージすることが何よりも重要なんですが、同じくらいに『過程』も大切なんです。

 

 ……ところで、あの、オールマイト先生? もう五分くらい軽く経ってますけど、大丈夫ですか?」

 

 

 HAHA……はっ!? と、慌てて時計を確認。配置についてから既に七分が経過している。

 

 モニターを見れば、三人が……一人は透明なので多分四人だろうが、それぞれ首を傾げたりボーッとしていたり。

 

 

「そ、それでは、ヒーローチーム! 行動開始!」

 

 

 

 

 ──世界が凍ったのは、その直後だった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 ……吐き出す息が白く、歯がカチカチと音を鳴らす。

 春だった季節が本来一方通行である順番を無視し、真冬のような凍える寒さが地下室内を満たしていた。

 

 否、地下にあるモニタールームだけではない。

 

 

 ──ビル全体が、完全に凍結していた。

 

 

「び、ビルごととっとと凍結ささささせることで、相手のこっ行動を封じるとは、へっくち! やることがすごいな轟少年!」

 

 

 ──「さみぃ! 上半身ほぼ裸なんだけど俺!?」

 ──「の、のんびり階段登ってんじゃねぇよぉ!? マイペースか!?」

 

 

(……階段も凍結しているから、思うように急げないんじゃ……?)

 

 

 核爆弾はビルの最上階。ヴィラン役の尾白・葉隠ペアがいるのも最上階。どちらを確保しようにも、一番上まで登らなければ勝利条件が達成できない。

 幸いにも障子が事前に核と二人の場所を知らせていたため、一部屋一部屋確認して──という最悪は回避できたようだが……。

 

 

 見渡せば、およそ三人。放置しては拙い生徒がいる。

 

 

 まず、怪我人である緑谷。出血はしていないので急を要するわけではないが、それでも大怪我だ。低温下に放置していいわけがない。

 

 続いて、八百万。彼女は純粋に……薄着過ぎる。殆ど水着のようなヒーローコスチュームに耐寒性能などあるわけもなく──個性を使用して暖を取ろうか、後に控える訓練のために温存すべきか悩んでいるようだ。

 

 

 そして。

 

 

 

「……け、けろぉ……」

 

 

 個性『カエル』の梅雨。冬眠する動物系個性のため、寒さは天敵とさえ言えるほどの弱点だ。……必死に耐えているようだが、本能には抗えないらしい。四つん這いになりながらも天魔の足元になんとかたどり着いて丸くなってしまった。

 

 ──なお余談だが、カエルは大抵の場合土の中で冬眠する。それは、地中の方が外気よりも温度が高く、越冬をしやすいのと、身動きが取れない冬眠中、冬眠しない肉食動物から身を守るためだとされている。

 

 つまり……すでに彼女の中では天魔の側が『本能レベルの安全地帯』と認識されるまでになっているらしい。

 閑話休題。

 

 

 

「……こちらでなんとかしないと拙いですか」

 

 

 ……現状に有用な魔法をピックアップ。そして、現状では使えない魔法をドロップオフ。

 

 地下室であることを考えると『炎で暖を』は致命的だ。空調設備は当然あるだろうが、機能してるかどうかが少し怪しい。酸欠はまだしも一酸化炭素中毒は危険がすぎる。

 

 

 一番楽な方法が使えない上に、縛りが中々に多い。

 

 

 

「……致し方ありませんね。八百万さん、緑谷さんの近くに来てくれますか?」

 

 

 腕を摩り足をすり合わせながら八百万が首を傾げるが、たった二日とはいえ天魔の人柄とその力の程は理解しているので反論はしない。むしろ、どうにかできるのだろうと若干喜色が浮かんでいる。

 

 天魔も天魔で丸くなった梅雨を抱え、基点に定めた緑谷の下へ向かう。そして、ひと塊りになっている三人を前にして──

 

 

「よいしょ」

 

 

 

 脱いだ。

 

 

 

 本人曰く『すげぇ『着/脱ぎ』づらい』という黒衣。……いつ、ウエストに何重にも巻かれたベルトを緩め、無数にある留め具を外していたのかさだかではないが、多分魔法だろう。

 

 

 

 

 

 

「ええぇえええくぁwせdrftgyふじこlpっっ!!!!???」

 

「きゃぁああああああああっっ!!!???」

 

 

 

 

 一拍ほどの間を置き、フル・オープン。その内側にいた二人の凄まじい悲鳴(梅雨は冬眠中のため静かだ)が上がる。

 どちらの意味でかは敢えて問うまいが、八百万は咄嗟に手で顔を覆っている。……チラチラと指に隙間が出来ているのはきっと気のせいだ。

 

 

 

「ななな、何やっとんの早乙女さぁん!? 男子もおるのにいきなり脱いだらあかんよ!」

 

「ちょ、男子! こっち見んなぁ! 緑谷も目閉じろよなにガン見して……うっわ、目を開けたまま気絶してる」

 

 

「あの、一応訂正しておきますね? ──言うべき人の性別と、言葉にした性別が逆転してます。緑谷さん、貴方なんで気絶してるんですか……」

 

 

 何やら物凄く女扱いされていることにげんなりしながら、脱いだ黒衣で三人を覆い隠すように包む。

 

 なお、念のためお伝えしておくがローブの下にもしっかりと着ている。余裕たっぷりでゆったりとしたデザインのローブとは真逆の、上半身のボディラインが浮き彫りになるデザインだが、肌の露出という点ではほとんど脱ぐ前と変わっていない。

 

 

 

「ちょっとの間、我慢してくださいね……『ヒートドーム』」

 

 

 四人の中心……正確には、天魔を中心に、半径にして1メートルほどの温かい熱を孕んだ空間が形成される。黒衣の外側にもそれは及んだが、冷たい外気に晒されてすぐ霧散し──入試試験から改良されて耐寒・耐熱性能に優れた魔女の黒衣が断熱材の役割を果たし、内側の熱を保った。

 

 

 

 

「……あっ、温かい。それに、いい香りも……人を落ち着かせる魔法ですの? 素晴らしいですわね」

 

「…………。あ、はは、そっ、そう、ですか?」

 

 

 スンスンと鼻を鳴らして、温もりとは別件でほっこりしている八百万に、天魔は何も言えず顔を逸らす。

 天魔が使ったのは純粋に空間を温めるだけの魔法だ。そして、匂いというものは温度が高い方がよく香る。さらにそして、彼女たちが包まれているのは──

 

 

 

「あ、あの、早乙女さん? お顔が真っ赤ですけれど、大丈夫ですか? も、もしかして。先ほどの魔法に何かデメリットが!?」

 

「いえ、そういうのは特に、はい。

 

 あの、オールマイト先生? もう切り上げてもいいと思うんですけど……ほら、葉隠さん素足ですし、凍傷とか……あのぅ」

 

 

 

 ──体感温度とは別件で、どこかほっこりした笑顔の一同から衆人環視される謎状況は、元凶たる轟が核に触れるまで続いたそうな。

 

 

 

***

 

 

 

「えっと、八百万さんだっけ。ちょっといい? ……さっきの、どんな匂いだった?」

 

「耳郎さん、でよろしかったでしょうか。ええと、どんな、と言われると言葉にし辛いのですけれど……そうですわね、とても懐かしいと言えばいいのでしょうか? 嗅いだことがあるような、無いような……とてもホッとするんです」

 

「何それ、やばい。すごい気になる」

 

「(ホットにホッと、地味にダジャレってるんは……うん、言わんとこ)懐かしい上にホッとする、かぁ……蛙吹さんか緑谷くんが起きとったらなぁ」

 

 

 

「……はっ!? 早乙女さん!? ──……って、アレ?」

 

「HAHAHA! おはよう緑谷少年! そしてナイスタイミング。早乙女少年ならもうスタンバイしてるぜ!

 

 早乙女・蛙吹ペアがヴィラン側! そして上鳴・芦戸・青山トリオがヒーロー側だ!

 数の上では三対二! よってヒーロー側はちょっと厳しめに採点する……つもり、なんだけど。

 

 ねぇみんな……あのさ、私だけかな? むしろ『優しく採点してあげなきゃ』って強く思ってるんだけど。どうしたらいいだろう…?」

 

 

 

 




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