建物を丸ごと凍結させ、内容的にはほぼ瞬殺してみせた紅白野郎。
「…………」
体からあらゆる物を創り出し、どう見ても足手まといなチビを相棒にしながらも余裕で凌ぎ切った露出女。
「………………」
そして……今の今までずっと俺の後ろにいて、うざってぇあだ名で呼んでいた──……クソ雑魚野郎。
「…………ッ!」
『あのまま戦っていたら勝ったのは俺だ』──なんて、アホみてぇな言い訳なんざいらねぇ。
そもそも、あのクソナードと『戦いになってる』時点でありえねぇんだ。あっちゃ、いけねぇんだ。
だってのに。
だっていうのに、そのクソナード野郎の策にまんまと乗せられて、結果負けたのはどこのどいつだ……!?
「はっ。ざまぁねぇな。
なあ、クソ野郎……!」
……手を伸ばせば相手も同じように動く。掌が重なり──互いが互いを握り潰そうとしているかのように力を込めた。
爆豪 勝己は目の前にいるクソ野郎……鏡の中の爆豪勝己を、そのまま爆破して消し殺したくて堪らなかった。
勝って当然の雑魚に負け、端役だと思っていた連中にも圧倒された。
『勝てねぇ』と、ほんの一瞬でも思ってしまった事実に、体がバラバラになってしまいそうなほどの怒りが、体の奥底から際限なく溢れかえってくる。
(んなクソみてぇな気分なはずだろうがよ……)
「なに、『笑って』やがんだよ、てめぇは……!」
──最悪なはずなのに、最低なはずなのに。
爆豪 勝己が浮かべるのは、凄い笑顔だった。
ただでさえ鋭い目付きはさらに鋭く、剥き出しにした犬歯は今にも噛みつきそうなほど獰猛で……ヒーローどころか一般人としてもやっちゃいけない類の笑顔である。
凄い、というよりも凄まじいが適切だろう。
──敗北し、圧倒された直後に見た、別の意味での蹂躙劇。
数の差を物ともしないその一方的な攻防は、終始、蛙吹 梅雨一人によって行われ、そのまま勝利した。
もちろん、彼女の優秀さも勝因だろう。だが、それも飯田が指摘したように相棒である早乙女 天魔が罠を備えたからこそだ。
蛙吹が他の誰がペアとなったとしても、あのような完全試合にはならないだろうと断言できるし、誰もが出来ないと口を揃えることだろう。
そして、エゲツない罠の数々と最上階で泰然として待つ姿に、全員が思ったに違いない。
『全ては、魔女の掌の上』──と。
……ただ、一人。途中であることに気付いた、爆豪 勝己を除いて。
「『手を出すまでもねぇ』ってか? はっ、ずいぶん上から見やがるじゃねぇか」
もしも天魔が単独であったなら……あの三人はおそらく、建物に入ることすら出来なかっただろう。
その証拠に、天魔は
「……おもしれェ……!」
純粋に、強いと感じた。
認めたくないが、凄いとさえ思った。
個性が優れているのもあるが、もともと優れていた訳ではないだろう。あれは、劣らぬように優れるようにと……努力と研鑽によって養い培われた代物だ。
天才肌かつ才能に溢れた爆豪とは正しく正反対。にも関わらず、たった一年の時間でここまで差が明白に付いている。
(『更に、向こうへ』……はっ! 上等じゃねぇか。超えてやるよ。てめぇも、オールマイトも!
そうすりゃ、俺が、No.1だ!)
──それは『挑戦者の気概』。
これまで彼が対峙したのは同年代か、年下だからと舐めてかかってくる巫山戯た年長者だけ。それはある意味で幸運であり、それ以上に不幸でしかなかった。
……ライバルさえいなかった彼が出会ったのは、すでに前にいるに関わらず、こちらのことなんぞ気にもとめずに前へ前へと進んでいる相手。
──年齢差は僅かに1。ならば、超えられぬ訳がない。
「『一年以内』だ……!
それまでに、『完膚なきまでにあのクソ男女を超えてやる』……!」
無論、その一年の内に相手が先へ進むことも考慮している。
その上で『超える』と誓うのだ、他の誰にでもない、己自身に。
その為にも──……。
「おっ! いたいた。おーい爆ご……うおぁ!? ど、どうしたお前!? これからどこにカチコミに行く気だよ!?」
「あ"あ"? ……ンの用だクソ髪」
「そのアダ名固定させる気か!? いや、その……これから皆でさっきの実技の反省会やろうって思ってよ! お前もどうかなって」
「あ"あ"!? んなもん──……」
その、為にも。
「や、やっぱそういうのは余計な感じか!? 無理にとは言わねぇけ──」
「おい」
……あのクソ男女は、来るんだろうな。
***
「……え? 爆豪さんの改善点ですか? あの、その前に──反省会なのにさっきから私が皆さんの改善点を指摘してるだけな気がするんですけど……それでいい? さっさと吐けって……。
えと、これと言って特にありません。強いて言うなら『感情的にならない』と『少しだけ慎重に』ですかね」
「……あ? それだけかコラ。他にはねぇのか」
「はい、ありません。そして、今から詳細を話すので、流れる様に掴んだ胸ぐらを離しましょう。
──コホン。爆破という個性を上手く使ってあの狭い室内で縦横無尽に動けてましたし、予備動作ほぼ無しでも攻撃力は十分。感情的になっていたみたいですが、最後のあの籠手を使った爆破以外で建物の被害はほぼゼロ。……あれだけの細かい制御を無意識でしてるんですか?」
特に意識はしていなかった爆豪が無言で肯定し、指摘した天魔が苦笑する。……爆豪の個性がド派手なため盲点となっていたのか、一同はそこで初めてそういえば、と認識を改める。
そして次いで、想像する。
……もし自分の相手が爆豪だった場合、自分たちに何ができたのだろうか、と。
「緑谷さんと麗日さんには失礼ですが……冷静な爆豪さんが相手だったら、十回やったら十回とも負けていたと思いますよ? 緑谷さんの最後の一撃も、正直かなり分の悪い賭けでしたし……一歩間違えれば、麗日さんや核爆弾に直撃していた可能性もありました」
「い、言われてみればそうやね……勝てたー、って喜んでられへんやん」
「うう、課題が山積みだ……僕はそもそも個性が使いこなせてないから特に……」
机に突っ伏すようにして落ち込む二人に、また苦笑する。
そして、おそらく、この反省会で人一倍悩んでいるのは緑谷だろう。なにせ大前提である個性の使用が覚束ないのだ。一度使えば複雑骨折確定の自爆な上に、威力が強すぎて人間に当たろうものなら……最悪、命を奪いかねない。
(どうしよう。練習するにしても一回やるごとに骨折してたら体が持たないし、そもそも場所は? 屋内だと今日の訓練のときみたいに大穴を空けてしまうかもしれないからそれなりに広い場所が必要だ。独学でやれるだろうか……いっそ、オールマイトに監督をお願いして……ダメだ、下手に近付いて怪しまれる。ワンフォーオールの秘密もあるし……)
課題が山積みだが、それに付随する問題も、また山積みだった。
「──緑谷さん、一つ提案があるんですが」
頭上から降ってきた声に、突っ伏していた顔を上げる。
「個性の訓練。もしかしたら、なんとかなるかもしれま──」
「本当ですか!?」
いきなりの大声に、教室に残っていた全員の視線が集中する。やはりというべきか、そこには天魔がいた。
……かなり勢いよく喰いついてきた緑谷に驚いたのか、身を竦ませた姿勢で静止している。
視線を受け、姿勢を正して咳払いを一つ。……恥ずかしさからか、ほんのり顔が赤いが、気にしてはいけない。
「──まず場所ですが。事前に申請しておけば、放課後や土曜日に学校の一部施設を使用できるんですよ。まあ、放課後は夕方5時半までですし、土曜日は3時までかつ当番になっている先生の許可が必要です。また、ほかの申請者と重なった場合は抽選になってしまいますが」
天魔がこの一年間で、一番お世話になった雄英の制度だろう。申請回数でもおそらくここ十年で最多を誇り、その最多申請を受理した担任がその書類枚数に呆れかえるほどだ。
申請書類の記入時の注意事項は当然として、天魔は膨大な敷地内に多様に用意された無数の施設をほぼ完全に把握している。『こんな訓練がしたい』と天魔に告げれば、きっと最適な施設を紹介してくれるだろう。
……また、あまりにも天魔の提出した申請件数が多過ぎて、最終受理先の根津校長が
『利用する生徒がいなかったら一声かけてくれるだけでいいのさ! ほら見てこの書類タワー! 全部君の申請書類──(以下略』
という例外措置まで作ったほどだ。
もちろん、後片付けやら報告やら、相当数の前例があるからこその特別措置であり、裏を返せばそれだけ天魔が教師陣に信頼されている証拠である。
「そんな制度が……いや、むしろあって当然か。雄英高校はヒーロー育成の名門……自発鍛錬に最適な施設を遊ばせておくわけがない」
「ってことは、申請さえすれば今日の市街地みたいな所も使えるんかな?」
「大きな施設は競争が激しいですし、相応にしっかりした申請理由や訓練内容を提出しないといけませんけどね? 細かい内容はまた追々で説明しますけど」
飯田と麗日のつぶやきにもしっかり答え、緑谷に向き直る。
訓練の場所、という問題はこれで一先ず解決。そして──
「そして、緑谷さんが個性を使った際に負う負傷ですが……私の治療魔法の訓練題材にさせてもらいます」
「訓練、題材……?」
「けろ。……必要なのかしら。緑谷ちゃんほどじゃないけれど、私も入試の時に足の怪我を治してもらったわ。もう十分プロの現場で通用するレベルだと思うのだけれど」
梅雨の言葉に一同は緑谷を──正確には彼の腕を見る。一時間ほど前まで粉砕骨折と火傷が確かにあったはずだが、今では跡形もなく綺麗さっぱりだ。
「治すこと自体はちょっと自信があるんですけどね? その……力を込め過ぎると言いますか……『5で治せる負傷』を『20も30もかけて治してる』んです。そのロスを少なくできれば、ほかに回せる余力が生まれると思うんですよ」
魔女の個性。その一つであり、最大の特徴とも言える魔法。天魔の感覚ゆえに明確な数値化こそできないものの、ゲームなどでいうところの『MP』が存在している。
ほかの魔法であれば天魔がいうロスは殆どないのだが……彼の性格なのだろう。治療関係の魔法になると一気にロスが増えるらしい。
「なるほどぉ……『ケ○ル』で全快できんのに『ケア○ガ』使っちまってる感じか? だとすると、確かにちょっともったいねぇな」
「「今の瀬呂の説明でわかった!」」
「早乙女さんの説明だけで分かると思うのですけれど……。あの? 耳郎さん、表情が優れないようですけれど……?」
「な、なんでもない。うん。なんでも……(い、言えない……瀬呂の例えの方で納得したとか……!)」
なお、瀬呂の例えで納得した二人は上鳴と峰田だけである──閑話休題。
「話が少し逸れちゃいましたけど、概ねそんな感じでして……どうでしょうか?」
「や、やります! むしろ、お願いします!」
勢いよく立ち上がり、机に頭突きをしかねない深さで頭を下げる。
課題に挑むために生じた目下の問題が、即座に全て解決してしまった。
あとは、自分自身が全力で頑張るだけ……そう自覚して、緑谷は静かに決意を固める。
……入試試験から始まって、一体何度、天魔に助けてもらったのだろう。怪我の治療もそうだが、背中を押されたり導かれたり、オールマイトのことでさえ頼ってしまった。
(……絶対に、無駄にできない……!)
──顔を上げた緑谷の強い意志を宿した目に、魔女は静かに笑みを浮かべた。
***
「──どうでした? 初めての授業は」
「あ、相澤くん。……うん、とても難しくて、とても大変だったよ。今思い返しても、かなり粗だらけでさ。君にも気をつけろって言われたのに緑谷少年が結構な怪我をしてしまったし、その治療も早乙女少年に任せきりになっちゃったし。
……人にモノを教えるって、こんなに大変なことなんだね……改めて実感させられた気分だよ」
「……と言う割には、随分と良い顔してるじゃないですか」
「ハハ、わかるかい? 実はさっき、爆豪少年を励まそうと思って教室まで行ったんだけど、いらないお世話だったみたいでね。
……生徒たちの『我武者羅に前へ進める若さ』って言うのかな。それが少し眩しくてさ。──私も、ヒーローとして負けてられないなって思ったよ」
「そこは嘘でも『教師として』と言って欲しかったですね。同僚兼教師先達としては」
「──あ!? ご、ごめんっ! も、もちろん教師としても超頑張るよ!?」
「ええ、お願いします。
それじゃあその宣言どおり。この書類の手続き、お願いします」
「しょ、書類の手続き? わ、私にできるかな? あんまり難しいのは──……? あれ? これ、早乙女少年と緑谷少年の名前が書いてあるけど」
「雄英高校内にある施設の使用申請書です。日付が明日のなので、出来れば今日中にお願いします。
……『我武者羅に前へ進む』のは、確かに若い生徒たちの特権です。が、その向かってる先が『意味のあるモノになるのかどうか』はわかりません。だからこそ、『意味あるものに少しでも近付ける』のが、俺たち教員の仕事で……俺たち先生の使命です」
「…………」
「──合理的じゃないな。無駄に語り過ぎました。それじゃあ、それの手続き済ませて根津校長に認可してもらってください。早乙女が記入してるなら、基本生徒にさせる手直しはないはずですんで」
「わわ、待って待って! 初めてだからちゃんと教えてくれないかい!? 早乙女少年に不備がないなら余計に失敗できないから! ねぇ、相澤くん!」
読了ありがとうございました!