──お前は、どんなヒーローになりたい?
それは、休憩の合間。
疲労で倒れるように座り込んでいるとき……渡されたスポーツドリンクで喉を潤していると、隣にいる元担任兼未来担任が、顔を合わせることなく呟いた。
……トリッキーな動き。留年が決定してからほぼ1ヶ月間、ほとんどマンツーマンで訓練してきて、やっと目で追えるようになった男は、しかし息一つ乱していない。
──昨今、多くのヒーローが世に出て競うように活躍している。戦闘に特化したヒーローや救助に特化したヒーロー。最近じゃあ、そのどちらでもない多様な方向に尖ったヒーローも出てきた。
萎んだゼリー飲料の容器を口に咥えたまま、上下に揺する。口調は淡々としているが、その言葉には……隠しきれていない『熱』があった。
──お前の個性は万能性が高い。いずれは、あらゆる状況で高水準の活躍ができるヒーローになるだろう。……だが、特化して極めた連中には、どうしても劣らざるを得ない。
一つ例として挙げたのは、水難事故。
魔法を用いれば水中での活動もそこそこ問題なく行えるだろうが、現在では水難を専門にしているヒーローたちがすでに各地に複数存在している。経験も十分で、後方支援も十分熟しているだろう。
そしてそれは、火災現場、山岳救助、潜入捜査。敵との戦闘でも、言えること。
『何でもできる』のは、確かに大きな強みかもしれない。
だが、一歩間違え……なくとも、ただの器用貧乏になりかねない綱渡りな個性だと。
──『どんなヒーローになるか』。お前の場合、それを決めるのに早すぎるということはない。だから……
「……ンぅ」
……あどけなくも、どこか艶めかしい微かな呻き声。そんな声がベッドの上から聞こえてしまえば、純な少年少女は顔を真っ赤に染めるだろう。
薄っすらと開けられた目は──普段の、穏やかながらも知性と理性を合わせもったそれではない。やや垂れ目気味な寝ぼけ眼は胡乱げで……これまた純な少年少女には目に毒だろう。
ゆっくり起こした上半身を、癖一つない絹糸のような黒髪がスルリと流れていく。
寝癖だけではない。魔女の個性が一切を認めないかのように、寝起きの際にあるだろう無様は一つもなく……完成した寝起きを作り上げていた。
(フフ、懐かしい……って言っても、まだそんなに昔でもないのですけど……)
途中で目覚めてしまったが、見ていた夢の続きを思い出してクスリと笑う。
担任の『キョトンとした顔』を見たのは、今の所、あれが最初で最後だ。考えておくように促そうとしたら、明確な答えを即答されたのだから当然だろう。
……思い出し笑いを一段落させ、そしてついでに、自分が目指すモノも再認識して──
「さあ。今日も一日頑張りましょうか」
そう決意も新たに、台所へ向かう。
ヒーローは体が資本。つまり、しっかりとした食事が重要なのだ。
なお余談だが……白いパジャマの上からお気に入りの黄色いエプロンをつけた若奥様に扮した飯テロリストが、毎朝ルンルンとご機嫌に
***
「すみません! 雄英高校の生徒さんですよね!? No.1ヒーロー、オールマイトが今年度から雄英高校で教師として勤務されている件について一言お願いします!」
雄英高校、校門。登下校の時間帯はもちろんだが、今朝はいつにも増して人口密度が高かった。マイクを持つ者とカメラを持つ者のコンビ(稀にそこに+α)が群がる様に集まっている。
もうお分かりだろうが、マスコミだ。昨年度も月に2・3回、数人が来る程度の頻度でやって来ていたのだが……オールマイト効果なのだろう。適当に数えただけでも数十人は軽くいた。
人垣の外側から、どもりまくっている緑色の髪と、若干意味不明な四字熟語を返している茶髪を発見。他にも数名、聞き覚えのある声が聞こえる。
何人かは突破できた様だが、律儀にも足を止めてしまった数人が包囲されてしまう。
時間にはまだ余裕がある……だが、あの包囲網を突破できるかどうかはわからない。
……天魔はスマホをタップし、連絡先一覧で結構な割合で一番上にいるだろう担任の番号を選択した。
『……早乙女か。朝からどうした?』
「おはようございます、相澤先生。今学校の校門付近にいるのですが……かなり大勢のマスコミの方々がお見えの様でして」
『そうらしいな。今、警備システムを起動しているところだ。当然アポ無しの連中だから、わざわざ対応する必要はないぞ』
「いえそれが……すでに緑谷さんや麗日さんとほかに何人か、完全包囲レベルで囲まれてしまいまして。……オールマイト先生の話が目的みたいですから、確実にヒーロー科の皆さんを狙ってますね」
少しの間の沈黙。額をおさえて唸る担任がやすやすと想像できてしまう。
……今度クッキーでも作って差し入れしましょうか、とこっそり計画を立てるだけの時間を経て(実際は2秒もかかっていない)、相澤の深い溜息が聞こえた。
『はぁ……アポ取りゃしっかりと対応するって言ってんだけどな。これだからメディアは嫌いなんだ。
……わかった。念のため俺も向かう。可能な範囲でいいから捕まった生徒の救出を頼む』
そのアポを取るための手続きで一週間以上掛かることもあるのだが、生徒のプライバシーやら何やらでマスコミ各社も精査が必要なのだから致し方ないだろう。
了解しました、と短く返し、気合を入れる。
寄ってくる数名を愛想笑いで回避した経験こそあるが、数十人の中に突撃は初めてだ。その上で級友を救わねばならないのだから、なかなかにハードなミッションだろう。
「いざ……!」
《以下ダイジェスト》
──すみません! 通してください! 通ります! 通りますから! ……緑谷さん確保!
──さ、早乙女さん!? ちょ、待ってくださ、あの、腕組、うわぁ!?
──はっ!? カメラ回して! あの凄い子撮っておいて! デヴュー後に使えるわ! ちょっとそこのカメラマン邪魔!
──麗日さん確保……! 女の子がカメラの前でマッチョアピールなんてしちゃいけません……!
──ごめん母ちゃ……ふ、ふぉぉおお!? 抱き、抱きとめ……って腰細ぉ!? コルセット、え、ないん! ? うっそやろおい!?
──ひゃん!? あ、ちょ、うらりゃかさっ、脇腹はダメ……っ
──マイクも回して早く! 何やってんの!?
『校内放送ジャァァアアアック! Hey! 呼んだかマスコミリスナー! 生徒の艶ボイスは
──く、飯田さん! 丁寧な応対はそこまでにして! もう直ぐ門が閉まりますから!
──何!? それはいかんな! それではマスコミの皆様! 時間が押している様なのでこれで失礼します!
──前途ー?
──……門、しまっちゃいますよ?
──あ、うん。はい……
──ふえ、ふええ……早乙女くん、私も連れてってぇ……
──え、もしかしてミッドナイト先生?
──ヒーローコス着てないとOFFになるそうなんです。性格がほとんど真逆に……はい、香山先生、ついて来てくださいね。
──う、うん!
ダイジェスト終了。そして雄英バリア、起動。
……雄英高校の巨大な正門を完全に閉ざす特殊合金製の門戸である。開放時は地下に埋まっており、有事には勢いよく迫り上がって部外者を完全にシャットアウトする。
『オールマイトが殴っても大丈夫!』という謎のキャッチコピーを聞いた新米金髪教師が、小さく「……デトロイトならいけるもん」と言っていたとかいないとか。
「……ったく、情報の秘匿だって非難する前に、プライバシー侵害を気にして欲しいもんだ。
朝っぱらから悪いな早乙女。で、ミッドナイト先生は?」
「全力疾走で走っていかれました。多分、更衣室だと思います」
ピンヒールであそこまで早く走れる女性も早々いないだろう。……よもやこんなところでヒーローらしい運動能力の高さを見ることになるとは思いもしなかった。
「相変わらずオンオフ激しいなあの人は……それで、その……今にも世界を呪いそうな麗日と、魂が抜けてる緑谷はどうした?」
──負けた。ちゃう、数字的に勝って……勝っちゃだめやん。うおお……!
──……///////(腕を組んだ際に肘が天魔の胸に当たってしまいオーバーヒート)
「……そっと、しておいてあげてください。ええ、はい。私も含めて」
……ウエストで女子に大ダメージを与えてしまったことにか、それとも、女子扱いがいまだに抜けないことにか。流れる様にorz体勢になった天魔も合わせて、三者三様で中々にエゲツないダメージを受けていた。
落ち込む三人をどうにかしようと、飯田が盛大に空回りしているのがなんとも言えない。
どうしようかこの状況、とポリポリと頭を掻きつつ思考し……吐息を一つ。
「……ホームルーム、遅れるなよ?」
「相澤先生! 諦めないでください! それは完全に放置では!?」
──相澤消太はクールに去った。
***
「……と、言うことがありまして」
「はは……な、なんかごめんね? 私の──っ身内! 私の身内が迷惑かけちゃったみたいでさ! ホントゴメンね!」
ホームルームどころか午前授業を飛び越えて、お昼休み。
飢えに飢えた育ち盛り共が我先にと押しかける大食堂の一角で、金髪の骸骨と男装の魔女が隣り合って座っていた。
もうお分かりだろうが、金髪の骸骨はオールマイト……真実の姿という事でトゥルーフォームと称した八木 俊典。もう一人は男装とわざわざ分ける必要の無い男子生徒、早乙女 天魔である。
食事前……ランチラッシュが「座って待ってて! 腕によりをかけて作るから!」というので、教員用の卓で待っているのだ。
──クックヒーロー、ランチラッシュ。彼は雄英の教師でこそないが、オールマイトの怪我やその後遺症を知っている一人だ。
また、セメントスと同様オールマイトのファンであり、そのことから長年の『オールマイトに料理を振る舞う』という夢を抱き、そして怪我の後遺症の件で諦めていたのだが……天魔に八木(オールマイト)への食事提供の話を持ちかけられた事で、長年の夢が今叶おうとしているのだ。
──閑話休題。
「まさか。迷惑だなんて思っていませんよ。
それに……ヒーローとして活躍すれば、良かれ悪かれマスコミの方には騒がれます。将来そうなった時の対応の練習だと思えば、良い経験ですよ……まあ、前提条件でプロヒーローになり、かつ活躍できる様になってないといけませんけど」
そう言って、天魔は苦笑を浮かべる。彼の言葉や表情に嘘や世辞は感じられない。それが本心からなのだと理解できた。
「……そう言って貰えると助かるよ。それじゃあ、マスコミ対応の先輩としてアドバイスだ。『招集がかかっていますので』って言えば、基本大体は引いてくれるんだ。ヒーロー活動は公務だから、それを妨害しちゃうと度合いによっては
──それ、プロヒーローにならないと使えませんよね?
──あ……。そっか、学生だと……遅刻、くらいじゃ通してくれそうにないなぁ
まだもうちょっとかかるかな? と調理場のほうをチラリと見た八木は、聞き辛いことを聞くために、静かに深呼吸する。
「あのさ……早乙女少年。彼──オールマイトの授業は、どうだった? 私もカメラ越しには見ていたんだけど、その、やっぱり身内だからか、色眼鏡で見ちゃってね。どうにも、私の所見が正確なモノとは思えなくてさ。
キミから見て、どうだったかな?」
……身内どころか御本人なのだが、そこは気にしない。
「どう、と言われましても……私が言えるのは生徒側の意見でしかありませんよ?」
「いや、むしろそれが聞きたいんだ! 授業を受けてみて、どうだったのか。生徒側の率直な意見が聞きたくて! どうか!」
少し離れた教員卓でスーツを着た白いネズミが頭を抱えていたのだが、丁度天魔達の死角となる位置にいたので気づかれることもなく。
昨日の戦闘訓練の内容を思い出し、純粋に思ったことをまとめ……言葉を選ぶ。
「その……カンペの丸読みは、ちょっと、驚きました」
「うっ、そ、それはたしかに……うん」 1Hit!
「あと、戦闘訓練中の人から意識を逸らしてしまうのも少し危ないかな、と。複数同時にやっているのなら難しいですが、一組ずつの戦闘訓練でなら十分できますよね」
「がはっ」 2Hit!
「これは生徒の視点ではありませんが……訓練場になったビルですけど、緑谷さんの組で若干倒壊の可能性があったり、轟さんの組で全体凍結とか……施設管理科の職員の方に連絡しましたか――?」
「……oh、先生以前の問題だねソレ。報連相必須な社会人としてアウトだねソレ……そうだよね、普通に考えたら修理修繕いるもんね!」 3Hit!
……天魔の三連撃が見事に決まり、テーブルに突っ伏す八木ことオールマイト。
カンペは自覚していたが、二発目がボディへと見事に決まり……三発目がフィニッシュブローとなりノックアウト。……非公式だが、オールマイトを倒した人レコードにノミネートされた。
(うう、教員を疎かにしていたつもりはないんだけど……ヒーロー活動に意識を割きすぎた。もっと腰を据えて、ああでも……緑谷少年の育成だってあるのに)
昨日の相澤との会話では無いが、とっさに『ヒーローとして』と言ってしまうあたり、まだヒーローに重きがあるのだろう。
今日も教師としては非番なのだが、食事と休息のためにこうして雄英に来ている。……その道中に5件ほどヴィラン捕縛などのヒーロー活動を行っており、速報のニューストピックスにも掲載されていた。
ヒーローとしてのオールマイト。
教師としてのオールマイト。
そして、ワンフォーオールの継承者として……次代である緑谷 出久を育てなければならないオールマイト。
二足草鞋どころか、まさかの三足草鞋である。ただでさえ『人に教える』ということが苦手だというのに……。
それでも、やり遂げなければならない。
ヒーローとしても、教師としても、師匠としても。全てを十全にこなさなければならないのだ。
「あ、あの、列挙した私が言っても説得力ないとは思うんですけど……オールマイト先生はまだ一年目、なんですよね? それも教育実習も教員課程も修めた訳でも、ですから──……あれ?」
食堂に現れた時のルンルン気分。からの、急降下な八木の落ち込みっぷり流石に罪悪感があるのだろう。それらしいフォローをしようとして、自分の言葉に疑問を抱く。
「あの……ふと思ったのですが、なんで『補佐役の先生』がいらっしゃらないんですか?」
「……え"っ?」
「失礼な言い方をしてしまいますが、オールマイト先生は新米教師、な訳ですよね? ヒーロー免許に教育権が付随しているとしても、いくらなんでもいきなり一人で授業をさせるのは、どうなんでしょう……?」
「いやそれは──……あれ? どう……なんだろう?」
二人揃って「あれぇ?」と仲良く首を傾げるその姿は――側から見れば、似てない親子か年の離れた友人か。
「待たせちゃってごめんね! ランチラッシュ特製『満漢全席・ライトバージョン』お待ちどうさま!」
大きめな四人掛けの卓に、所狭しと並べられた皿。店に行けば五桁は確実にかかる食事を前に二人は目をパチパチと瞬かせ、さらにアイコンタクトを交わし、一先ずの疑問を放置。周囲にいたヒーロー教員に緊急招集をかけた。
***
「イレイザー、ちょっといいか? クラス委員の件なんだが……む?」
「ああ、ブラドか。今朝決まった。うちのクラスは委員長が緑谷で副が八百万……どうした?」
「いや、お前がゼリー飲料以外の物を口にしているのを久々に見た気がしてな。どうした、そのおにぎり」
「……うちのクラスのナチュラルマザーが、『作り過ぎた』らしい」
「……三つも?」
「三つも」
「「…………」」
「まあ、だが美味そうだな。俺にも一つ──「おい待てこれは俺のだ」……いや個性使ってまで睨むなよ……しかし、あれだな。委員長は早乙女だと思っていたんだがな」
「あいつは投票が始まる前に辞退したよ。……まあ、今回の理由は去年と違ってある程度まともだったから認めたが」
──『すみません。放課後はあまり残れないんです。
スーパーのセールを逃してしまうかもしれないので……!』
「ふざけてるのかと思ったら、マジだったからな……親がいないから仕送りなんかも当然無い。あの孤児院もなんだかんだで余裕がないからな」
「思い出した。結構な苦学生なんだよな……早乙女は」
***
「ごめん早乙女くん! お昼休みちょっとバイトしていかない!?」
「満漢全席なんて作ってるから……報酬はなんでしょう?」
「卵2パックに各種調味料、お米とパン各種に、満漢全席全作るときに余ったいいトコの肉類全部で計5キロ!」
「──
「……校長先生! 早乙女くん食堂にくれませんか? 割とガチで」
「ふふふ! ダメなのさ!」
読了ありがとうございました!