魔女のヒーローアカデミア   作:陽紅

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MP14.5 双方の水面下

 ──振り上げた手が、拳を作る。

 

 『死んでいたかもしれない』という、明確な危険。結果だけみれば無傷だが、一歩間違えれば……そんな最悪を想像してしまい、『なぜすぐに連絡をしなかった』と憤りが先行する。

 

 ……その時、自分は群がるマスコミ相手に、無難な時間稼ぎをしていたというのに。

 

 

 

(……()()を見りゃ、そんな暇がなかったことなんて……一目瞭然だろうが)

 

 

 

 ──拳が開かれ、躊躇いの後……手刀を作る。

 

 独断による戦闘行為。ヒーロー免許はおろか、仮免ですら持っていない一生徒の行動としては、決して褒められたものではない……それどころか、世間に露見すればヒーローとしての未来が危ぶまれる可能性だって有り得るのだ。

 

 ……『もっと後先を考えろ』という叱責の言葉は……すぐに閉じた口の中に押し止められた。

 

 

 

(……もし、あそこで時間を稼いでいなければ。そして、ヴィランを撃退できていなかったら……)

 

 

 近くにあったのは、大勢の生徒がいた大食堂。しかも、当時は混乱の真っ只中。

 

 見つかっただけで容赦なく殺しにかかるような危険人物である。もしあの時、食堂に辿り着かれていたら……雄英高校開校史上、最悪の大惨事になっていただろう。

 

 

 

 ……深呼吸。

 

 目の前には……両目をキツく閉じて、首を縮めている天魔がいる。

 避ける素振りも、驚いている様子もなく──叱責を承知で、あの行動を取ったのだろう。

 

 

 

「な、なあ。イレイザー……? その……」

 

「……。ああ、わかってる」

 

 

 

 同期兼同僚の、珍しく声量を抑えた声に溜め息を返す。

 

 力んでいた手刀から力を抜き……身構えている生徒の頭に、少し強めに()()()

 

 

 乗せた瞬間にビクリと肩が跳ねるが、予想していたものとは違ったのだろう。目を恐る恐る開けて、キョトンとして目を瞬かせている。

 

 

 

「……本当は、色々と注意したいんだが、な」

 

 

 だが。

 

 

「……よくやった。上出来だ、早乙女」

 

 

 

 

 

 

 『マスコミ侵入騒動』──表立ってはそう世間に公表し、雄英はその事実を実質的に隠蔽した。

 

 

 ……強固な城壁のような壁を跡形もなく粉々にし、マスコミの侵入を促した者がいる。

 

 ヒーロー育成の名門にして、平和の象徴たるオールマイトが勤務する雄英高校を相手に、だ。

 

 

 考えなしの大胆不敵か、それとも、大いなる悪意の尖兵か。

 

 

 どちらにせよ、してやられた事に変わりはない。

 

 今後の対策を立てるべく、根津校長の号令の下、急遽緊急会議を開いた教員たちの元に、驚くべき一報が飛び込んだ。

 

 

 

 『侵入したヴィランと思しき人物と交戦しました』──と。

 

 交戦したご本人、早乙女 天魔から。

 

 

 そして会議の場に呼び出され、状況を『説明』し……冒頭の相澤の行動へと繋がるのである。

 

 椅子を倒すような勢いで立ち上がり、普段以上に感情を殺した顔で天魔に迫る相澤のらしくない行動に呆然とし……そして、その結果にホッと息をついた一同は、改めて『それ』を眺めた。

 

 

 

「……シカシ、百聞ハ一見二如カズ、トハ言ウガ……」

 

「一見にしたことを一見として伝られるって、何気に凄い便利ね」

 

 

 会議場の中央。多くの教員の視線が集中するそこには、天魔が先ほど交戦したばかりの白髪の男がいた。

 時間が止まっているかのように微動だにしないその男は、消え失せる際に向けた殺意を迸らせる目付きで、誰もいない虚空を睨んでいる。

 

 

 もちろん、あのヴィラン本人ではない。『自分の記憶を立体映像として投影する魔法』──見たままを、見たままに。口頭での説明では限界があると感じた天魔が即席で作ったものだ。

 

 あくまでも記憶であるため、時間が経てば経つほど投影される虚像は朧げになっていくという欠点があるが……十代の記憶力が一時間もせずに朧げになるわけがない。

 

 人相こそ顔を覆い隠す手でわからないが……少なくとも外見的な特徴は周知できるだろう。それで満足しない魔女は、会敵から撤退後までの一連の流れをそのまま投影してみせた。

 

 

 

 生徒の上半身が崩壊する様子は……いかに分身体と言えど、教師たちの気分を最悪にするには十分だったようだ。

 そして、そんな最悪な気分故だろう。その後の戦闘におけるヴィランの一挙手一投足を、全員が前のめりになるようにして観察し、長年の経験から弱点や最適な対応などを思慮する。

 

 

「五指で触れれば発動するタイプか……確か、今年の一年にも同じ条件の子がいたな」

 

「ああ。俺のクラスだ。麗日と違ってコイツは応用力という点では皆無だが……逆に、触れることさえできれば防御無視かつ、触れた場所によっては即死だ。早乙女の取った『近付かせず一方的に制圧』が最適解だろう」

 

「問題は……この転移系ね。クロギリ、ってのはコードネームかしら。警報がこのヴィランじゃなくてマスコミにだけ反応したのは、転移系の個性で敷地内に直接侵入してきたから……頭が痛いわね。向こうは奇襲し放題じゃない」

 

 

 投影された映像を何度か見るが、映るのは黒い靄だけ。つまり、遠隔での発動も可能だと言うこと。ミッドナイトの言う通り、その気になれば今この瞬間でさえ、ヴィランは攻め込んで来れるだろう。

 

 さてどうするか……と言うところで、根津校長は立ち上がり、一同の注目を集める。

 

 

 

「さて、皆も理解できたと思うが、現状はかなり厄介な状況だ……でも、ありがとう早乙女くん。君のおかげで、ボクらは『敵を知る事ができた』。だから、ここからはボクらの仕事なのさ」

 

 

 そう言って、にっこりと笑う。

 

 ──()を知り己を知れば百戦殆うからず。その言葉を現実のものとするために、雄英の最高責任者はその個性を全力で行使した。

 

 

「…………よし。まず、各先生。昼休み後、生徒たちへの説明はマスコミが侵入したことだけを伝えてほしい。ヴィランが侵入したことは絶対に知られないように。今まで通り、平常通りを心がけてほしいのさ。

 もちろん、早乙女君もね。他言無用でお願いするよ」

 

 ――生徒たちに知られれば、まず混乱は避けられないだろう。ヒーロー科の生徒ならまだしも、全生徒の八割以上は普通科やサポート科・経営科だ。その混乱の対処に人員を割いては、それこそヴィランに付け入る隙を与えるようなものである。

 

 

「それと同時進行で、()()()()()()()()()()()()()()()()

 ……ただ『敷地内に侵入する』だけでマスコミまで利用したとは思えない。施設やセキュリティになにかしらの細工か、生徒たちの個人情報が盗まれていないかなど、徹底的にだ」

 

 

 ――そして、必ず次がくる。それも、恐らく一週間以内に。

 

 今回は下見であり、実際に侵入できるかのテストなのでは……とも思ったが、天魔が交戦したヴィランの発言で『これは準備なのだ』と確信した。

 相手方に転移がいる以上、侵入を防ぐことは確実に不可能。ならば、目的を確定することでカウンタートラップをかけるしかない。

 

 

「セキュリティの強化、および防犯面の強化はボクが主導して行う。……パワーローダー先生とセメントス先生は、ボクの補佐に入ってくれるかい?」

 

 ――どこか恐竜と重機を合体させたようなコスチュームの男と、比喩抜きで全身が角張った男が頷く。

 

 続いて、天魔が提供したヴィランの情報を警察の一部に渡し、水面下にて捜査を依頼、などなど。

 

 

 その様子は正しく『矢継早』。いくつもの指示をおよそ一息のうちに伝えているのに、急いでいるように全く見えないから不思議である。

 

 

「……最後に、セキュリティの強化が終わるまで、各先生には授業以外の時間に敷地内の警邏をお願いすることになる。夜間も含めてね……かなりハードなスケジュールになってしまうけど、ボクもできる限りセキュリティ強化を急ぐから、なんとか耐えてほしい。

 

 ここが正念場だ。ヒーロー社会の象徴の一つである雄英高校が、ヴィランに良い様にされるわけにはいかない。頑張ってくれ、ヒーロー」

 

 

 根津は淡々と言っているが――その内容の濃さに、天魔は思わず冷や汗を浮かべた。

 

 そして同時に、生唾を飲む。

 明らかに過酷すぎる要望に、しかし教師全員が、当然だとばかりの表情を浮かべているのだから。

 

 

 

  ――これが、ヒーローの現場……!

 

 

 

 戦慄にも、感動にも近い感情。去年の夏からこの場にいる何人もの教師たちに師事を受けていたからだろうか、その光景には、中々に()()ものがあった。

 

 

 

 

 

 

「あ、早乙女くん! そんなわけだから、しばらくは放課後の自主訓練は禁止なのさ!」

 

「……あの、校長先生? 状況が状況ですから理解も納得もできるんですけど、もっとこう、言い方とか伝え方とか……色々と台無しなのですけれど……」

 

 

 

 

―*―

 

 

 

 

「……さて、残ってもらってすまないね。手短に話すけど……」

 

「――早乙女のこと、ですね」

 

 

 相澤とも根津とも……吐いたため息は、途方もなく重かった。

 

 

「話が早くて助かるのさ……。

 

 ヴィランは、なんらかの目的があって雄英に侵入してきたのだろうけど……侵入した先で『もう一つの目的』を作ってしまった。ボクらからしたら、作らせてしまった、だろうか」

 

「あの殺害予告ですね。本人は割と平気そうでしたが……正直、あのヴィランの殺意は本物でした。教師ですら、虚像とわかっていても何人か身構えてましたから」

 

「私もちょっと毛が逆立ったのさ。

 ――真面目な話、こんな事があった直後に、何事もない、なんて楽観視はできないんだ。特に彼は、その個性体質故に悪意を寄せやすい。今回のことだって、無関係と言えないかも知れない。不幸中の幸いは、彼の詳細情報がまだ知られていない、ってことくらいだ」

 

 

 

 

 

「雄英のついでか、雄英に合わせてか。

 

 

 ……それとも」

 

 

 

***

 

 

 

 薄暗い一室。集客なんて微塵にも考えていない怪しげなバーは、案の定無人であり……訂正――無人だった。

 

 真っ黒い靄が突然湧き出し、そこから躓いたような危うさで一人の男が現れる。黒い靄は揺らぎながら形を整え……洋服を着込んだ靄が平然と立っていた。

 

 

 

「……くそっ! あのクソ女、よくも……っ! おい黒霧! もう一度ゲート出せっ、あの女の面バラバラにしてやる!」

 

「落ち着いてください、死柄木弔。これ以上現段階で騒ぎを起こしますと、貴方が立てた計画に致命的な支障が出る可能性が……」

 

「良いからやれ! それともお前から粉々にされたいのか!?」

 

 

 ――その様子に、黒霧は内心で大きくため息を零す。……駄々を捏ね、思い通りに行かなければ癇癪をおこす子供。それを成人を迎えている男がやるのだ。見苦しいことこの上なく、子供と違ってなまじ実行できる力があるため始末が悪い。

 

 

 どう宥めたものか……そう思案しだした黒霧に、思わぬ助っ人が現れる。

 

 

 

 

『――どうしたんだい? 随分荒れているじゃないか、死柄木弔。大切な仲間に、そういう言葉を向けちゃいけないよ』

 

 

 

 

 その声は、店にあるレトロなテレビから聞こえてきた。電源を入れた覚えはないが……映像はなく、音声だけが届いてくる。

 

 ……ただの声にも関わらず、聞いているだけで底無し沼を目の前にしているような怖気が背筋を走った。

 

 

「先生……っ! 情報が違うぞ! 情報さえ正しかったら俺は……あんな奴がいるとわかっていたらもっと……っ」

 

 

 上手くやれた、こんなはずじゃなかった、と言葉に出てくるのはそれの類。声の主はただBGMとして聞き流し、思案する。

 

 

(あんな奴? 弔と黒霧には雄英高校に所属しているヒーローは全員伝えているはずだが……クソ女ということは、女性だろう。在籍している女ヒーローは数えるほどにもいなかったはずだけど……)

 

 

 瑣末なことだ――そう断じれない自分に首を傾げるが、今は大切な生徒に意識を向ける。

 

 

『――情報通りではないイレギュラー、それはあって当然だよ死柄木弔。あらゆる可能性を考慮し、万全を期さなければいけない。それが組織のトップというものさ。

 

 さあ、早速復習の時間だ。

 

 『君の存在が露見し、君の計画も読まれている可能性がある』……このまま進めては失敗は目に見えているね。この状況、君はどうする?』

 

 

 伝えるだけ伝えて、音声だけを伝えてきたテレビの電源がひとりでに落ちる。

 

 相変わらず底知れぬ自身のボスに背筋を冷やしつつ、黒霧は静かになった死柄木弔に視線を向けた。

 

 ……忙しなく眼球を動かし首をガリガリと掻き毟る様は、その様相もあって大変不気味だが……それが彼の集中している時の癖だと知っている。

 

 

 

 しばらくその状態が続き、そして……。

 

 

「……おい、黒霧」

 

「――はい。なんでしょうか、死柄木弔」

 

 

 

「時間ギリギリまで兵士を集めろ。最悪、小突いたら暴れるような小物でもいい。方法云々は一切任せる。とにかく数だ」

 

「数で攻める、と?」

 

「とーぜん。昔からあるだろ? 『数の暴力』ってさ。俺の存在が知られてようが、計画が読まれてようが……それくらいじゃ意味がない、って感じにすりゃいいんだ。

 ゴミみたいな日陰者なんて、文字通り掃いて捨てるほどいる。それをぜーんぶ、平和の象徴様に綺麗にしてもらおうぜ」

 

 

 

 

 そして――ゴミ掃除で疲れたあの象徴様を。

 

 

 

「こっちの秘密兵器で潰す。ほらな? 平和の象徴(オールマイト)殺し』達成だ」

 

 

 

 笑う、笑う。

 

 愉快に、不気味に。

 

 

 悪意はすぐそこまで、やってきていた。

 

 




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