魔女のヒーローアカデミア   作:陽紅

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MP17 魔女ノ弱点

 

 

 

──『あの子に弱点があるのか』って? ……そりゃあ有るさ。いくら万能性が高いって言っても、使ってるのは人間さね。むしろ、挙げようと思えばいくらでも出てくるよ。でも一個ずつ指摘してやんなよ? そうしないと、指摘された弱点を一気になんとかしようとして無理しちまうからね。

 

 

──まあ、本人もいくつか同時に気付いたりしてるから、その点は担任が上手いこと塩梅見て調整するさ。ただ、『どうしようもない弱点』ってのが、いくつかあってねぇ。無理しなきゃいいんだが。

 

 

──どういうのかって? そうさねぇ……例えるなら『両手でペン持って左右で違う文章書きながら、口頭で数学問題を解いていく』

 

──……。そう嫌な顔すんじゃないよ。今、あの子が本気になって克服しようとしてる事なんだ。アンタも教師なら、ちっとは案考えてやんな。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「つ、強ぇ……! 相澤先生超強ぇ! すげぇよ、ヴィラン吹き飛びまくりじゃねぇか!」

 

 

 ──興奮冷めやらぬ……むしろ現在進行形でヒートアップ中の切島が、その光景を見て一同の心情をほぼ代弁した。若干語彙が乏しいのは致し方ないだろう。

 

 

 『悪意ある数の暴力に対し一人立ち向かい 、圧倒する』

 

 ヒーロー目指す少年少女たちとって、それは目指した夢の一つの完成形だ。画面越しではないその光景を目の当たりにして、興奮しないわけがない。

 

 

「──本当に凄いいや凄すぎるいくらイレイザーヘッドがアングラ系ヒーローだったとしてもあんなに強かったらもっと有名になっていたはずだしそもそも個性を鑑みればあの身体能力の高さは異常だということはつまりやっぱり早乙女さんが使った魔法なのだろうけどだとしたら──……」

 

「うるせえキメェんだよクソデク。ワンブレスでブツブツすんなブッ殺すぞ」

 

 

 という幼馴染の遣り取りの最中も、その視線は外されなかった。

 

 

『……さあみんな! 先輩が時間を稼いでいるうちに、ボクたちも移動しますよ!』

 

「え、でも先生。これ時間稼ぎ必要なくないですか? なんかもう、相澤先生一人で片付きそうっすけど……」

 

 

 瀬呂の返しに、しかし13号は答えない。生徒たちはその表情すらも見えないが……それで良かったのかもしれない。

 

 

 確かに状況はこちらが圧倒的に有利だ。相澤自身の戦闘力もさることながら、それを後押しする天魔の強化が凄まじい。

 

 時間を稼ぐどころか、このまま全員倒してしまうのではないか? と思えるほどのペースだ。

 

 

 

 ──だが。

 

 

(……先輩、明らかに急いでますね。それに……)

 

 

 空間転移の個性を持つヴィランの行方がわからない現状、それを封じることができるのは『抹消』の個性を持つ相澤だけだ。ならば、最初の予定通りに余力を残しながら時間を稼ぎつつ、全体に注意を払い他のヴィランの足止めをする──のが、ベストであった。

 

 しかし、相澤はそのベストを早々に捨てた。いや、捨てざるをえなかったのだろう。

 

 イレイザーヘッドとして長年培ったヒーローとしての勘が、その脅威を前に『急がなければならない』と警鐘を連打したのだ。

 

 

 ──13号とて経験豊富なプロヒーローであるが、主な活動が災害などの救助現場であるため、戦闘経験やら戦闘能力は他のヒーロー科教員と比べると、どうしても一歩二歩劣ってしまう。

 

 故に、彼()が感じた、第六感的なナニカを得ることができなかった。

 

 

 だが。

 

 相澤に強化魔法をかけながら、天魔は瞬き一つせずにその一人を警戒している。

 

 天魔に強化魔法を施されながら、相澤は幾度となくその個性を一人に向けて、何度も発動させている。

 

 

 

 その先を辿れば……脳みそ剥き出しの黒い大男。先程から一切動かないその姿からは、人間どころか動物的な雰囲気も感じられない。

 幾度となく抹消の個性を受けながら、何一つとして変化がない──これが、どれだけ異常なことなのか。

 

 

(転移個性も不安要素だけれど、あの大男の脅威がそれ以上ということ。早乙女くんの強化を受けている先輩が焦るほどに……?)

 

 

 冷静に分析するが、すべてが仮説。ならば、とにかく生徒たちを少しでもヴィランから遠ざけるべきだ、と。

 

 

 

『!?』

 

 

 13号の右足……否、両足が()()()。踏ん張ろうとした足が空を踏み抜き、ただでさえ機動性の悪いコスチュームのせいで体勢が完全に崩れる。

 

 

(何が……!?)

 

「──まあそう焦らずに。どうか、ゆっくりと……これから始まるショーを、皆さんで楽しんでいってください」

 

 

 崩されたバランス。完全に沈んだ両足。そして、後ろ……まるで相澤の視線から隠れるように13号の体を障害物に、足元から黒靄が吹き出していた。

 

 

「遅ればせながら名乗りを。我ら『ヴィラン連合』。現代社会に異を唱える者共です。そんな我らがこの度催すショーの演目名は──」

 

 

 

 

 

 

 

 ──『平和の象徴(オールマイト)の最期』──

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

「「!?」」

 

 

 二人はその異常を、片や気配で、もう片や自身に及んでいる強化の僅かな揺らぎで、即座に察知した。

 

 

「っ、ダメです、13号先生!!」

 

 

 天魔の悲鳴の様な静止はしかし届かず。なんとか反撃しようと個性を発動させた13号の背中が、背後に現れた黒靄へと塵になって吸い込まれた。

 

 

「なん、で……!?」

 

「おお、危ない危ない。『ブラックホール』……どんな物質でも塵にして吸い込んでしまうんでしたね。

 広範囲無差別なので一見強力な個性に見えますが──『スーツの指先を開いて発動させる』なんてわかりやすい挙動のお陰で、対処はさほど難しくないのですよ。奇襲さえできれば、これこのとおり。どうやら私の個性の方が強かったようですね」

 

 

 指先に転移空間を作り、そして本人の背後に出口を作る。それだけでブラックホール封じの完成だ。

 13号も咄嗟に個性の発動を止めるが、それも遅い。コスチュームの背面は消失し、そこから皮膚と肉が深くはないが広範囲に削られた背中が覗く。致命傷とまではいかないだろうが……出血量からして放置していい負傷でないことは確かだ。

 

 

 

「さて、次は……」

 

 

 視線が向けられる。恐らく、初めてだろう『自身に向けられる害意と殺意』に多数が息を呑み込み、身を固く構えるその中から、二人の生徒が飛び出した。

 

 

「舐めんじゃねぇぞクソヴィランが! 次はてめぇ自身だクソモヤ! 瞬殺してやらぁ!」

 

「13号先生から離れやがれぇ!」

 

 

 爆豪の掌の爆発による加速から、同じく爆発による攻撃を。その爆豪と同時に飛び出し、数瞬遅れて全身を硬化させた切島が体当たりを、それぞれ黒靄に叩き込む。

 

 

「っ!?」

「なん、だこりゃあ!?」

 

「爆豪、切島ぁ!」

 

 

 しかし、手応えがない。それどころか、ズプズプと沼に落ちたかのように自分の体が沈んでいった。

 

 

「ふふ、危ない危ない……流石は名門ヒーロー校。一年生とはいえ、優秀な人材がいるようですね。ですが──所詮は卵。丁度イレイザーヘッドへの『対策』が欲しかったところでして。

 

 おっと……いいんですか? イレイザーヘッド。今私の個性を消したら、この二人の体は真っ二つになってしまいますが」

 

「っ!?」

 

 

 

 その言葉で、自分たちが『人質』になってしまったことを察した二人がなんとか抜け出そうと足掻くが──黒靄はその体を離すことはない。

 

 それどころか……。

 

 

 

「きゃあ!?」

「な、ウチらも!?」

「けろっ!?」

 

 

 悲鳴は女子だけだが、驚いて声が出ない男子も数名。半数以上の生徒の足元に黒靄が出現し、その体を飲み込んでいく。

 

 

「フフフ、人質は数名いれば事足りる。有能な金の卵、侮ることなどいたしません……優秀だからこそ、散らして殺す。──戦力分散は、戦略の基本でしょう?」

 

 

 勿体ぶるような言葉の終わりと合わせるように、靄に飲み込まれた生徒たちが消える。

 そして、最早ここに用はないとばかりに、当人も黒靄の中へと消えていった。

 

 

 ほんの少し前まで優勢だった……優勢だと思っていた状況が一気に逆転され、残された生徒たちの背筋に強い悪寒が走る。

 

 

 

「──ちっ、遅いぞ黒霧! なにモタモタしてた!」

 

「……申し訳ありません死柄木 弔。なにせ雄英高校は敷地が広すぎまして……ですが、計画通り。数十名の雑兵をばら撒いてきました。最低でも他のプロヒーローたちが来るまで、一時間は稼げるでしょう」

 

 

 『USJ(ここ)だけじゃない』──その事実が、力なく倒れた13号の姿に合わせて生徒たちにさらに重くのしかかる。

 

 最低でも一時間、雄英高校からの助けが来ない。しかも目の前には、プロヒーローを奇襲とはいえ易々と倒せるヴィランがいる。

 

 

 

「……しかし、オールマイトが不在とは。なにかありましたか? イレイザーヘッド」

 

「……。さあな、本人に聞いてくれ。それよりも……生徒たちをどこへやった」

 

「さあ? ご本人たちに聞いてみては如何ですか? もっとも──……『生きて再会ができたら』の話ですが」

 

 

 逆転し、圧倒的な優位を得たからだろう。『死柄木 弔』と『黒霧』が愉悦を滲ませた会話に興じ、少なくなったヴィランメンバーもニタニタと嗜虐的な笑みを残った麗日たちに向ける。

 

 

 

 

「──ああ、そうさせてもらうよ。……すまん早乙女。そっちは()()()

 

 

 相澤……イレイザーヘッドがため息とともに、覚悟を決める。

 

 

 

    ──かしこまりました。

 

 

 

 

 

 何故、挟み撃つようにゲートを開いた自分の背後から、声が聞こえるのか。

 

 何故、『手の届く』よりも内側の至近から、声が聞こえてくるのか。

 

 

 

  何故、何故。何故。

 

 

 

 自身の背面、その全域に生じた激痛と衝撃。遅れて三半規管が伝えてくる『吹き飛んでいる』という情報。

 

 痛みでチカつく視界に捉えたのは……黒い棒と白い指揮棒(タクト)を構えて、『姿を滲ませるように現れた黒い魔女』。いつ移動したのか、本気でわからなかった。これは──

 

 

 

「馬鹿、な……まさか、私と同じ個性を!?」

 

「いえ? 姿を消して気配を殺して不意打ちしただけです。ああ、個性を使えませんので着地……気をつけないとまずいですよ?」

 

 

 

 やってきた重力と、内臓が浮かび上がるいやな感覚に、冷や汗がドバッと出た。

 

 

 

 

***

 

 

 

 ゼロ距離で発動した空気の爆弾。以前手の……黒霧が言うには死柄木 弔に対して使用したそれよりも指向性をかなり限定したことで数倍近い威力になった風の暴力で、成人男性を高く遠く吹っ飛ばす。

 

 

 

 

(というか、この襲撃も私の不幸だったり……いえ、悔やむのは後にしましょう。それよりも……)

 

 

 吹き飛んでいくのを確認し、残心もそこそこにうつ伏せに倒れる13号に駆け寄る。

 

 ……傷はそこまで深くはないが、とにかく範囲が広い。そして、ブラックホールによる吸引でかなりの血液も失っている。

 まず何よりも止血が最優先。その上で、傷の治療をするべきなのだが……

 

 

(これは、止血と併せて増血もしないと拙いですね──感染症が怖いから、外気に触れた血液は戻せない。時間があれば分離できますが……)

 

「さ、早乙女さん、先生……13号先生大丈夫なん……!?」

 

 

 気付けば、黒霧のワープから逃れた麗日たちが近くに集まっている。障子、砂藤、飯田、瀬呂たち男子は顔に焦りを滲ませながらも、ヴィランへの壁にならんと立ち塞がり、二人残った女子の麗日と芦戸は何かできないかと天魔の側にいた。

 

 六人は皆、不安そうだ。

 ……当然だろう。いくらヒーローを目指しているとはいえ、まだ15・6歳。ほんの一月前まで中学生だったのだ。取り乱していないだけで十分過ぎる。

 

 安心させるために嘘を言えればいいのだが……残念ながら、今の天魔にはその嘘を真実(ほんとう)に捻じ曲げられるだけの力はない。

 

 

 

「──正直、かなり危険です。集中して治療に当たれば安全域まで持っていけますが……それでも、最低でも一分は掛かります」

 

 

 なお『治療に一分かかる』のではない。失血量と出血量を計算して、おおよそ一分以内に最低限の処置を完了しなければ重篤な後遺症が残るか、最悪命に関わる可能性があった。

 さらに背面全体に傷があるので、下手に移動させればそれだけ危険だ。

 

 

(『治療は安全を確立できてから』──自分で言っておいて、自分ができてないですねこれ)

 

 

 内心でそう苦笑しながらも、天魔は凄まじい速度で処置を進めていく。

 二代目リカバリーガールとして初代が仕込んでいると豪語するだけあり、損傷した血管の大半はほとんど塞がりつつあった。

 

 問題は増血だが……さて。

 

 

 

「……指示をくれ、早乙女くん! 申し訳ないが、今の僕らでは君の役に立てない。だからせめて、君の足手まといにならないように!」

 

 

 一番前に立つ飯田から、伝播するように次々と声が上がる。

 

 

 

 

 ……その姿に、天魔は純粋に『凄い』と、思わず治療魔法の制御を乱しかねないほどに驚いた。

 

 一年前。自分と、今はいなくなってしまったかつてのクラスメイト達は……果たして彼ら彼女らのように、恐れ焦りながらも、決然と立つことが出来ただろうか。

 

 

 ──深呼吸を一つ。

 

 怯えている。しかし、立ち向かおうとしている。そんな意識と視線を、しっかりと感じた。

 

 

「では……まず飯田さん。今すぐに校舎へ向かってください。ヒーロー科の先生達、出来れば根津先生に『本命はここだ』と伝えてください。今なら相澤先生の個性であのヴィランも転移は使えないので、USJからの脱出は容易なはずです。……先ほどの言葉が正しければ、雄英高校全体にヴィランが散っています……一番危険な役割ですが、お願いします」

 

「わ、わかった! 待っていてくれ、必ず先生方を連れて戻ってくる!」

 

 

 一息。出入り口へと駆けていく飯田の背を見送り、視線を戻す。

 

 

「次に……障子さん。この場から見える範囲、聞こえる範囲で構いません。他の場所に転移された他の皆さんを探してください。

 瀬呂さん砂藤さん、芦戸さんは前方のヴィランの警戒を。麗日さんは先生の治療が終わり次第、先生を個性で浮かせてください。そのまま皆さんはUSJから脱出を」

 

「わかっ……ちょ、ちょっと待って、早乙女はどうすんの!?」

 

「私は残ります。残って足止めをしないと、本気で拙いヴィランが一人……ああ、もう、13号先生ダイエットでもしてたんですか……!」

 

 

 血液が増えない。増えてはいるが、想定よりも遅い。栄養が足りないのだ。

 

 一分。急ぐ、急げ。もっと早く増えろ……!

 

 

 

 焦るが、冷静に。乱さぬように、繊細に。

 

 だが、もうすぐ一分。というところで……。

 

 

 

 

    ──グシャリ。

 

 

 と、そんな……『肉と骨を力任せに潰したような異音』の後に……明らかに13号よりも重傷であるイレイザーヘッドが、まるで、水切り石のように──地面を跳ねて飛んできた。

 

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました!


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