魔女のヒーローアカデミア   作:陽紅

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 『空気が変わる』

 

 

 ──慣れ親しんだその感覚に、オールマイトは一先ずの安堵を得た。

 

 平和の象徴として人々には安心を、ヴィランには脅威をそれぞれ齎す。ヒーローとしての日々の活動ももちろんあるだろうが……『そういう存在』になることで、彼は日本という経済大国で、それは多くの犯罪を抑制してきた。

 

 

 ……自分の姿を見た生徒たちの表情から、絶望が消えた。

 

 第一段階としては、これで十分だろう。

 

 

(しかし……凄い力だ。私が今まで相手をしてきたヴィランの中でも、これほどのは早々いない。っていうかこれ、私並みか?)

 

 

 左手で受け止めた拳から、並々ならない巨大な力を感じる。プロヒーロー……それも、ランキング上位陣が複数人で掛かるような相手であることに間違いはない。

 オールマイトにとっても、ここ数年で一番の脅威だろう。

 

 ──割り込む直前、僅かにだが13号と相澤を見た。両者ともに負傷が見られたが……状況を考えるともっと重傷だったはずだ。にも関わらず、経験則から見て『命に別状はない』と断言できるレベルまで治療が行われている。

 

 

(誰が……って、考えるまでもなく決まってるよなぁ。凌いだんだ。彼が……早乙女少年が、たった一人で──最後まで諦めることなく……!)

 

 

 

 天魔の顔を狙っただろう一撃を、力で無理矢理押し上げる。体格上どちらもやや屈み気味だったが、まっすぐ立てる高さにまで引き上げた。

 止めた一撃の重さは、人の命を奪うには十分なほど。それを再確認して……思わず握力にも力が入ってしまって、相手の拳から乾いた音が断続的に聞こえたが──まあ些細なことだろう。

 

 

 ……凄い子だと、会ったその日から思っていた。自分の半分にも満たない年齢の少年だが、もうプロのヒーローとして十分にやっていけるだろうと確信できるほどに。

 

 だが、それでも……まだ認識が甘かった。

 

 

 プロヒーロー二人が脱落し、その治療をしながら……守らなきゃいけない年下の同級生を励ましながら。No1ヒーローが戦慄するヴィランを相手に、時間を稼ぐ。

 

 

 

 いつ来るかわからない。

 

 もしかしたら……来ないかもしれない助けを、ただただ信じて。

 

 

 

 ──右の拳を握る。硬く、強く……筋肉が膨れ上がり、スーツやワイシャツの縫い目が破れ出すが、構うものか。

 

 

 

「……『DETROIT』……ッ」

 

 

 踏み込み、腰を入れる。

 

 そして、今にも爆発しそうな感情を、迷うことなく爆発させた。

 

 

 

「──『SMASH』!」

 

 

 

 渾身の一撃。反射だろう防御が間に挟まれるが、知ったことかとその上から捩じ伏せる。

 

 轟音が着弾し、自分より大きく重い巨体を、重力を無視して水平にぶっ飛ばした。

 

 

「「は……?」」

 

 

 地面を跳ね、呆然とする死柄木と黒霧の間をまた跳ね──水切り石のように水面を数回跳ねて、湖の向こう岸の結構な範囲を崩壊させて、巨体はやっと止まる。

 

 

 

 「──おおおおい、今なんかデカイのが吹き飛んでいったぞ!? なんだあれ、なんだよあれ!」

 「うっせぇぞクソ髪! いちいち状況説明すんなその口縫い付けるぞ!?」

 

 「……。なんだ、お前らか。……危ねぇ、危うく氷漬けにするとこだった」

 「おいコラ待てやクソ紅白! テメェそりゃどういう意味だコラあ"あ"!? やれるもんならやってみろや爆破したるわぁ!」

 

 「けろ。あの声は爆豪ちゃんね。元気そう……っ! 早乙女ちゃん!?」

 「オールマイトがいる! けど、せ、先生たちも倒れてるぞ! 緑谷、これ様子見とかじゃなくて合流した方がいいって!」

 「う、うん……!」

 

 

(い、今の"デトロイトスマッシュ"? だけど……威力が前に見せてもらったのと桁違いだ。オールマイトは衰えているって言ってたのに……?)

 

 

 

「…………」

 

 

 方々からやってくるのは各所に散らされた生徒たちの声だろう。特に怪我らしい怪我もない様子に一安心……いや、そうするのはまだ早いだろう。

 安心(それ)は全員の無事が確認できたらだ。

 

 

 そのためにも戦わなければならないのだが……オールマイトはたった今ヴィランを殴り飛ばしたばかりの、己の右拳を見る。

 

 ……出久が感じた違和感は、本人であるオールマイトも薄々感じてはいた。

 

 ワンフォーオールを出久に譲渡してから、目に見えて短くなった活動時間──そして、笑顔の裏で必死に隠していた、如実に落ちて焦りを覚えていた出力。

 それが、当の本人が困惑してしまうほどに、かなり改善されているのだ。

 

 

 ……根津校長に活動限界について指摘され、違和感に首を傾げた先頃。

 根津が計算違いをしたのではない。実際に『先日までならば』、高校に到着した時点でとっくに活動限界だった。

 

 つまり、この数日の間──改善されている原因が何かと考えれば……それは、一つしか思い浮かばない。

 

 

「ハハ……本当に、どんなお礼をしたらいいんだろう……」

 

 

 『ヒーローは身体が資本』──正しくその通りだった。

 

 そして、その身体を作るのは『食事』であり、身体を整えるのは『睡眠』である。

 それらの事でここ数日での変化となれば、もう一つ……というか、一人しかいない。

 

 

(──うん。土下座しよう。誠心誠意、お昼の約束を違えちゃってすみませんって。あとお詫びとお礼で、美味しいお店とか、色々諸々)

 

 

 

 だが、その前に。

 

 

 終わらせよう、この騒動を。

 一刻も早く、全力を以って。

 

 

 

 

「──オールマイ、ト……先生」

 

 

 そのためにも……の一歩を踏み出そうとして、後ろから聞こえた微かな声に止められる。

 

 呼吸は荒く、顔色は青白く……目もどこか虚ろで焦点が合っていない。すぐに安全なところへ運ばなければならない様子の天魔が、最後の力を振り絞るように、告げる。

 

 

「あの、脳無というヴィラン……ですが。個性無しで、強個性以上──の身体能力があります……加えて、おそらく──打撃がほとんど効果がない上に、痛覚も……かなり薄いようです。

 さらに厄介なことに、四肢の、欠損も──数秒で()()()()()レベルの、再生能力もあります」

 

 

 耐えるように唇を噛み、続ける。

 

 

「そし、て……憶測、ですが。あの白髪のヴィランの命令で、行動しているように思えました。逆に言えば『命令がなければ動かない』可能性が、あります」

 

 

 

 何度も止まり、声のほとんどが掠れてはいたが……それは、彼が自らの攻防の中で得た、ヴィランの詳細な情報だった。

 

 

 ──それを聞いたオールマイトは、現場であることも忘れて、戦闘中であることすらも本気で忘れて、ポカンと呆けた。

 

 

 

 

 『もう大丈夫』

 

 『私が来た』

 

 

 もうオールマイトの代名詞と言っていいほどになったこのセリフ。多くの市民を安堵させ、そして、多くのヒーローを安心させたことだろう。『彼が来たからもう大丈夫』と、意図した言葉の意味通りに。

 

 そして、ヒーローたちは今まで自分が相手をしていたヴィランとの戦闘を譲り、そのまま市民の避難誘導を始めるのだ。

 

 

 

 間違いじゃ……ない。なに一つ、彼らは間違っていない。

 

 オールマイトが強過ぎたという事実もある。このことで彼らを責めることは、誰にも出来はしないだろうが。

 

 ……『自分が得た程度の情報なんかなくったって、オールマイトなら大丈夫だ』と。

 

 

 

(……初めて、じゃないかな? ああ、いや、多分初めてだ。そうか、うん。こんな感じ……なのか)

 

 

 

 胸の奥に──炎が、灯った。

 

 

 『託された』のだ。

 

 

 

「……ありがとう、早乙女少年。君の『最高の援護』、確かに受け取ったぜ! 

 

 だから──あとは任せて。もう休むんだ」

 

 

 握りしめた右の拳で、己の胸を強く叩く。そして会心の笑みを浮かべれば、天魔も苦しそうな表情の中に微かな笑みを返してくれた。

 そして、それを皮切りにしたように一気に顔色は悪くなる。呼吸もか細くなり、抱き抱えていた女子たちが慌て出した。……伝えるべきことを伝えるまでは、と必死に消滅を抑えていた分身体が、とうとう限界を迎えたのだろう。

 

 

「……皆、三人を連れて下がってくれ。もうすぐ、他の先生方が応援に来てくれるはずだ」

 

「オールマイト! で、でも、早乙女さんの情報が正しいなら、少しでも手が多い方がいいんじゃ……僕らだってなにか出来るはずです!」

 

「だからこそ、だよ緑谷少年。……相澤くんと13号は大丈夫そうだが、早乙女少年は絶対安静だ。少しでも、彼の守りを厚くしたい。

 ──『助けられてばっかりじゃ、悔しいだろ? ヒーロー』」

 

 

 初戦闘、初勝利。さらに、初めて個性を暴発せずに使えた興奮が残っているのだろう。慎重な出久らしからぬ発言をやんわりと諭す。

 

 

 ザバリ──という音が聞こえ、前を向けば……特に負傷の見られない脳無が湖から這い上がっているところだった。

 

 

 打撃が効きづらい、痛覚が無い、再生能力がズバ抜けている。

 

 どうやら……天魔の情報通りらしい。

 

 

 

「それにね……」

 

 

 前へ進みながら、上着を脱ぎ捨てる。

 

 ネクタイを引きちぎり、ワイシャツの袖も深く捲り……気炎を吐いた。

 

 

 

「不謹慎だけど、不思議とね。私今、絶好調なんだ。負ける気が、これっぽっちもしないのさ……!」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 『素のパワーでオールマイト並み』

 

 『その上、【ショック吸収】の個性だ。彼は基本……というか殆ど打撃技しか使わないからね。これで十分だろう』

 

 『──けど、念には念を。合わせて、【超再生】の個性も付けておこう』

 

 

 『殴られても殆ど効かない上に、その僅かに効いた攻撃も即座に再生できる。しかも攻撃力は自分と同じ……君がよく使う言葉で言うなら、『チート』っていうやつだね』

 

 

 

 『……不安かい? なら、とっておきの情報だ。彼はもう衰えている。弱くなっていると言ってもいい。そろそろ彼もいい歳だ。引退させてあげようじゃないか』

 

 

 

 

 

「どこがだよ……!

 

 

 なあ! あの化け物のどこが、弱ってるってんだ!」

 

 

 殴り合う? ああ、確かにその表現で間違っていない。だが、それでは誤解を招きかねないので正解ではない。

 

 初撃。脳無が標的に突撃するのに対し、オールマイトは生徒たちに被害を出さないために同じく突撃。小細工なしの右ストレート同士がぶつかり合い──脳無だけがその衝撃に『たたらを踏んだ』。

 

 次撃。オールマイトはさらに一歩、地面に蜘蛛の巣状の亀裂を走らせる踏み込みで、捻りこむような左。脳無がその機械染みた超反射で同様に左を放つが……紙一重で躱され、オールマイトの左拳が顔面に直撃。

 

 

 三、四、五……と、もはや説明する意味はないだろう。

 

 

 殴り合ってはいるが……どう見ても、どう判断しても、脳無が一方的に押されていた。

 

 

 ──ショック吸収があるから、超回復があるから、辛うじて殴り()()()いるに過ぎない。

 

 

「早乙女少年の情報通り! すっごい打たれ強いなぁ! ここまで耐えられたのは久しぶりだ! パワーも凄い。私並みだ!」

 

 

 だけど。

 

 

「──ただ我武者羅に打つだけの攻撃だから()()()()()! せっかくのパワーが台無しだぞ!」

 

 

 連打。ここでも打ち合いになるが、オールマイトの攻撃が胴体やら顔面やらに吸い込まれるように炸裂するのに対し、脳無の放つ連打は外されるか掠るばかりで有効打は一つとして無い。

 

 

 

 

「は、早過ぎて何してんのか全然見えねぇ!? で、でもこれ、オールマイトが押してんのか!?」

 

(パワーもそうだけど、ただ無闇矢鱈に打ってるんじゃない……技術だ。『拳を打つ動作』の中に、回避と受け流しを組み込んでるんだ……! で、でも……)

 

 

 

「ハッハッハ!  ……『私らしく無い』ってぇ? ああ、()()()()()()()! だけどここで怪我したら──笑顔が曇っちゃいそうな子が、いそうでねぇ!!」

 

 

 

 踏み込む。強く、さらに強く。

 

 徹底的に打ち込み、姿勢を盛大に崩した。すぐに立て直されるだろうが、その僅かな時間で十分だ。

 

 

 振りかぶる右。上から叩き付けるよう軌道を描くその(かいな)は、天候すら吹き飛ばす暴風を宿していた。

 

 

 

「──『TEXAS』!!」

 

 

 直撃。巨体が地面へと叩きつけられ、そして反動で僅かに弾んだその隙間に、地面を擦過するほどの低さから、打ち上げるような左が来た。

 

 

 

「──『FLOoooRIDA』!!!」

 

 

 高く、高く天へ。何も無ければ雲を超えていただろうが、ドームの天井に直撃してめり込むことで止まる。 体勢を立て直し、愚直にまた突撃しようとすれば……すでに飛び上がり、両腕をクロスさせているオールマイトが目の前にいた。

 

 

 

「──『CARO、LINA』!!!!」

 

 

 天井に巨大な十字を刻み、蹴る足場を失った脳無は体勢を崩したまま重力に捉われる。どうしようもない……そんな状態でも視界にオールマイトを捉え続けたのは、彼なりに役目を果たそうとした気概なのだろうか。

 尤も……視界にいるオールマイトの姿は、凄まじい回転をしているため、まともに容姿を確認できなかったのだが。

 

 

「──『CALIFORNIA』ァッ!!!!」

 

 

 

 着弾。もう比喩が隕石の直撃としか例えようの無いその中で、ついに脳無が限界を迎える。限界とはいっても、十秒とない行動停滞だろうが……彼には十分すぎる猶予だ。

 

 

 

 

 

 

「理不尽な悪意。……怖かっただろう」

 

 

「何もできず見ていることしかできなかった。……悔しかっただろうっ」

 

 

 

 

「それでもなお……『更に向こう』へ進む、未来のヒーロー達へ! この一撃を送ろう……!」

 

 

 

 

 ──受け継がれて来た、その灯火。

 

 そこに新しく胸に灯された、新しき炎をそこに焚べて。より一層の輝きを放ち、眩いばかりに行く先を照らす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『SMASH OF』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 刹那、静寂。

 

 そして──。

 

 

 

 

 

 

 

 

「『Plus ULTRA』!!!!」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「…………黒霧。撤退だ」

 

「──はっ、あ、いえ! しかし脳無が!」

 

「……面白いこと言うなお前。なに? アレ見てもう一回言ってみろよ、同じこと」

 

 

 瞬きした記憶は……ない。怒涛の必殺ラッシュに圧倒され、最後の一撃に至っては気付けば脳無が消えていて、爆発音でやっとドームの天井を突き破ってはるか彼方までぶっ飛ばされたのだと理解した。

 

 

「情報が間違いだらけだ。弱ってるはずの化け物はピンピンしてるし、馬鹿げたチート生徒はいるし……! なんだこの糞ゲー……俺は悪くない。帰って先生に報告──っが!?」

 

 

 

 右肩に激痛。焼ごてでも当てられたような熱が貫通し、堪らず倒れこむ死柄木。倒れ切る前に、続けて三発。両足と左上腕を『撃ち抜かれた』。

 

 

「……狙撃!? くっ……!」

 

 

「──すまない。随分待たせてしまったね。でも、敷地内に散らばったヴィランは全員捕縛済み、USJ内に分散された生徒たちも全員保護済みさ」

 

 

 銃口から硝煙を昇らせるガンマン……スナイプを筆頭に、雄英高校に在籍する全ヒーローが集結する。その側に、息を切らし汗に塗れた飯田が、その光景に歯を食い縛っていた。

 

 

 地面に乱雑に倒れるチンピラと未だに健在のチンピラに顔を顰め、生徒たちに支えられた二人の同僚に目を見開き……。

 

 生徒たちに守られ、弱り切った一人の生徒を見て……その表情を消した。

 

 

 

「……ああ、本当に自分自身に腹が立つのさ。『これで大丈夫』だなんて、よく思えたものだよ。徹底的に見直さないと。でも、その前に……終わらせようか。この一件を」

 

 

 

 合図は、ない。

 

 

 幻影のように現れた分身が高速で駆け抜け蹴り抜き、鉄爪が掘り上げた穴に叩き込む。

 

 大音量に耳を塞ぎ、それが終わったと一息付けば強烈な眠気に抗えず昏睡していく。

 

 猟犬が駆け抜けて軒並み吹き飛ばし、血の鞭がそれらを縛り上げていく。

 

 人質を取ろうとすれば、すでにコンクリートが壁を成していた。

 

 

 

「黒、霧! さっさとワープしろ! 急げ! ……次だ! いいか社会のクズ! 次こそお前を殺してやる! あのチート女もだ! 纏めて粉々にしてや──」

 

 

 

 そんな怨嗟のような声の下に個性による攻撃が殺到する。殺到したが……主犯格二人は、影も形もなく消え失せていた。

 

 

 

 少しずつ消えていく緊張感に、張り詰めていたものが解けたのか。へたり込み、座り込む生徒たち。

 大きな安堵の吐息を最後に……雄英高校始まって以来の大事件は、静かに幕を下ろした。

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました!

オリジナルスマッシュで『フロリダ』を出しました。

昇拳→空へ打ち上げる→スペースシャトル
という感じで候補を絞りました。既存であればご指摘ください。

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