最近、メッセージやご感想などで、
『現実的に考えてこうなるのはおかしい』
『物理・科学的にこんな現象はありえない』
という旨のご指摘が増えて参りました。
私自身それらの知識は高校生で止まっておりますので、浅学無学を晒すようで大変お恥ずかしいのですが……。
『パンチ一発で天候を変える』
『触っただけで重力無視』
『何もないところから発火・凍結』etc.etc.
と、そもそもこれが日常の世界です。
あまり難しく考えず、お読みいただければ幸いです。
か細い呼吸。今にも止まってまうんやないかって、不安で胸がキュウってなった。
青白い顔。綺麗な肌で羨ましかった。でも……だからこそ、余計に血の気がないのがようわかる。
冷たい体。まるで真冬の……雪ん中に埋まっとったんやないか思うほど、冷え切ってもうて。
「……っ」
「……大丈夫? お茶子ちゃん」
「あ……梅雨、ちゃん」
オールマイトがヴィランの主力を倒し、主犯格が逃げ出し。捨て駒のように残されたヴィランたちも早々に対処され、もう放課後の遅い時間帯。
終わって状況を再確認してみれば……雄英高校全体で捕縛されたヴィランが百名を軽く超える大事件であった。
しかもマスコミにも襲撃直前にヴィラン側から情報がリークされたらしく、校門付近にはマスコミ車両がごった返しとなり、警察の到着を盛大に遅らせた原因となったらしい。
──それを知った根津が、水底を彷彿とさせる笑みを浮かべたのだが、幸いにも誰も見ていなかったそうな。
「……けろ。先生たちは二人とも問題ないって、さっき連絡があったみたい。リカバリーガール先生の個性で治療して、二・三日で快復するそうよ」
「うん。早乙女さん、すごいがんばっとったもん……」
お茶子はそれを、目の前で見ていた。
13号を治療するところも、分身して相澤を治療するところも。
そして、時間を稼ごうとして──でも、それすらもできそうになくて……覚悟を決めた、あの時の顔も。
……お茶子はそれを、ただ、見ていることしかできなかった。
(オールマイトが来てくれる前の、あのすごいやつ……あれ、多分やけど──あかんやつや。
あの時、何かしなくてはと焦り……気付けば瀬呂に続くように、芦戸と共に飛び付いていた。A組でも体格とパワーに優れる砂藤と障子がすぐ後ろで支えてくれたが……それでも吹き飛んでしまいそうな余波に、必死で耐えた。正直あの行動に意味があったかどうかはわからないが……。
そして、あの場で一番天魔に触れている部分が大きかったからだろうか。
──撃ち続ける天魔の体から、どんどん熱と力が失われていくのを、文字通り肌で感じた。
今すぐ止めさせたい。止めさせてあげたい。……なのに、できなかった。
それ以上の手段を麗日お茶子は持っておらず、思い付くことさえできなかったのだから。
でも、それでもダメで──もうダメだと絶望してしまったとき、また天魔に庇われた。
結果的にはオールマイトが来てくれたから大丈夫だった。しかし、もし彼が間に合っていなければ……あの場にいた全員が危なかっただろう。その中でも、確実に天魔は死んでいたはずだ。
結果として助かったものの……『結果良ければ全て良し』などと開き直れるほど、今回の一件は軽くない。
「……ねえ、梅雨ちゃん」
「けろ、なにかしら?」
「──強うなるには、どうしたらええんやろ」
ヒーローになる。それまでの過程を楽観視していたわけじゃあない。雄英高校に入って、勉強も実技も、相当以上に頑張らないといけないという覚悟はあった。
だが、今日目の当たりにした……してしまった、プロの世界。
そこで活躍するだろう自分の未来を、お茶子はわずかにでも想像することができなかった。
「難しい問題ね。……とっても難しくて」
梅雨は、お茶子が言葉にしなかった部分を含めて、その真意を察した。
──『早乙女 天魔』を助けられるくらい。そうでなくとも、肩を並べるくらいに、強くなりたい。
「そして……とっても残酷な、問題だわ」
実技試験でペアを組んだ梅雨だからこそ、その目標が、どれだけ難しいことなのかがよくわかる。
正直、『どんな状況』になれば『自分が助ける側』になれるのかさえ、皆目見当が付かないのだ。
跳躍力? 高速で空を飛べる。
舌が伸びる? その気になれば制圧弾幕を張れる。
水中で活動できる? わからないが……思いつきでなんとかしてしまいそうだ。
「うっわぁ、梅雨ちゃんでそれやと私なんかもうボロッカスやん」
「けろ。でも……」
「うん。でも……」
「「あきらめたくない」」
ニコッとお日様のように、けろけろと喉を鳴らすように、お茶子と梅雨はそれぞれ笑う。
「まぁ、あきらめはしないんやけど……でも、どういう努力したらええんかなぁ。ただ我武者羅にやってもダメやろうし……うーん」
「けろ。そうね……『先生たちに相談する』っていうのが一番確実なのだけれど」
そう言って梅雨がふと思い出したのは、一人の少年だ。
個性発現が遅く、使えば超威力でも自爆してしまっていた彼だったが……水難再現の場でいきなり個性制御を成功させた。
……今まさに話題となっている魔女の、ほんの少しの助言を受けただけで。
「……」
それに合わせて、その彼に放課後の訓練を提案していたことも思い出して。
にっこりと笑うまで、さして時間はかからなかった。
「あ、あとな、梅雨ちゃん。あ、あんな? その、すっごい変なこと、聞くんやけど……」
「けろ? なにかしら」
躊躇い、戸惑い……意を決して。ほんの少し、頬を朱に染めて。
──早乙女さんに触ってる時、その……変なカンジ、せんかった……?
***
──「俺は後でいい。先に早乙女……生徒たちの保護を頼む」
左腕全体が複雑骨折しているにも関わらず、強く言い放った相澤に、プレゼントマイクは苦笑を返す。そして……なるべく傷に触らないようにして彼を肩に担いだ。
──「おう、言われなくてもお前で最後だぜイレイザーヘッド。……
──「確かに、な。……すまん。あとを頼む」
──「おう、頼まれた。……おつかれさん」
出口から差し込む逆光。それに二人のシルエットが浮かび──
「……有りね! アラサー男の友情も、これはこれでイイわね! 青春だわ!」
「うん。そうだね。教師陣の仲が良いのは私もうれしいことさ! でもちょっと自重してね! 欲しいのは敵方の情報なのさ! っていうか操作もなにもしてないのになんでドンピシャでこの場面が出てきたんだい!?」
──
……セキュリティ強化の一環で増設された監視カメラ。異常を通達する警報類は軒並み電波障害で無効化されていたが、USJ内に設置された監視カメラは問題なく作動しており、そこから少しでも情報を引き出せないかと教師たちが集まっていた。
「主犯格は、やはりこの三人と見て間違いないだろうな。二人には逃げられたがあの黒い……脳無、だったか。身柄は警察に預けたが、大丈夫なのか? オールマイト並みのパワーだと聞いたが」
「ソレナラバ警察カラ連絡ガアッタ。暴レル様子ハナイソウダガ、逆ニ、何ノ反応モ無イラシイ。黙秘云々ノ話デハナイ以上、情報ヲ得ルノハ難シイダロウ」
「『命令が無ければ動かない』……これも早乙女少年の情報通りというわけか。……ところで早乙女少年ですが、本当に大丈夫なのでしょうか? 先ほどリカバリーガールから『問題ない』とは聞きましたが……」
「ベッドの上で元気にゾンビみたいに呻いてるさね。以前と同じなら、朝まで寝れないだろうが、そんくらいさ。
……ただ、ちと気になるのが……『入試の時のレベルで済んでる』ってことさ。明らかに前よりも無理をしてるし、あの子の分身が消えた後なんか、正直画面越しでも命の危険レベルの消耗に見えたんだがね」
リカバリーガールのその返答に、トゥルーフォーム状態のオールマイトが苦虫を噛み潰したように顔を歪める。
『最初からあの場にいたならば』と……そんな『
「……『無理をしないで』って言いたいけど、今回は確実に『無理をせざるを得なかった』パターンね。相手はNo1ヒーローが全力で戦ってやっとどうにかなる相手……イレイザーや13号を悪くいうわけじゃないけど、プロ二人がやられてしまったあの状況下で、あの子は最善の行動を取り続けてたわ」
「だな! それに早乙女リスナーが筆頭だが、他のリスナーたちも頑張ってくれたZE! USJ各所に分散された後、殆どのリスナー達が俺たちが行く前にヴィランとの戦闘を終わらせてたしな! 今年の一年は一味違うぜ!」
「生徒達の頑張り。そしてオールマイトのおかげで、今回のヴィランによる襲撃の被害は最小限に抑えられた。それを踏まえても──……本当に申し訳ない。今回の件の責任は、全て私にある。先んじてオールマイトを止めてしまったことも、ヴィランの行動を読みきれなかったことについても、ね」
「根津校長! それはッ、私も自身で半信半疑だったことですし、報告を怠った私にも非はあります! それに、彼らは明らかに私個人を狙って……」
「まあ聞いてくれ。確かにヴィラン連合と名乗るあの集団は君を狙っていた。でもね、『
──これがどういうことか、わかるかい?」
「教えた? ……では、この主犯格の背後に何者かがいる、と?」
「ああ。それも、相当大きな力を持つ組織だろう。あの脳無というヴィラン、死柄木 弔という主犯格の言葉を鵜呑みにすれば、対オールマイト用に作られたらしい……俄かに信じがたいけれど、複数の個性を持つような存在を連中は人工的に生み出せるということさ。
あの一体だけだと思いたい。だけど、最悪を想定したなら──」
根津の言葉に、一同に緊張が走る。
オールマイトが全力で相手をするようなヴィランが、複数体いるとしたら? それを、工場のように延々と生産できるとしたら……?
「……話を戻すのさ。
今回の一件の全責任は私にある。この一件の責任を追求されたら、校長職を辞するつもりだ。だけど……この一件は氷山の一角に過ぎない。『もう大丈夫だ』と、全員が安心できるようになるまで、私に雄英高校の校長をやらせてほしいんだ」
部屋の中を沈黙が覆う。しかし嫌な気配は欠片にもなく、全員が根津の校長継続を望んでいた。
そもそも『もう大丈夫だ』となったとしても、誰も辞任なんて認めないはしないだろう。
「──ありがとう。
さて、それじゃあ、皆覚悟してくれよ。なんせ、もうすぐ特大のイベントがやって来るんだからね!」
げっ。と顔を歪める満場一致。教師陣はより一層結束を固くしたそうな。
***
「■■■■■■───…………」
地獄の底から湧いて来る呪詛のような呻き声は、既に文字として表現できないレベルのものと成り果てていた。
ベッドの上で悶えるゾンビは、魔女から一時的にジョブチェンジしている早乙女 天魔である。分身時の魔法使用による反動による頭痛が、今まさにピークを迎えていた。
後悔はない。反省もしない。だって、あの時あれ以上の最善はなかったのだから。だからこの痛みも甘んじて……甘んじ、て──……。
「■■■、■■……」
無理ですイヤ待ってホント誰か助けてくださいお願いしますってバファ■ン効いてませんズキンズキンって止まる気配が…………っ。
いっそ気絶できれば楽なのだろうが……気絶したところですぐに痛みで目が覚める。故に、耐えるしかない。
そして、一時間、二時間と時間が過ぎていき……やっと、インフルエンザや大風邪なみの頭痛に落ち着いていき、考える余裕が生まれる。
時刻は日付が変わって、草木も眠る丑三つ刻。
やはり……前回よりも、落ち着くのが圧倒的に早い。
「嗚呼、本当……最悪ですね」
シンと静まり返る室内に、大きな大きなため息とともに零したそれは、嫌悪。自分自身へ……さらに的を絞れば、己の『
──個性が発現した当初。それが何がなんだかわからず、何もかもが手探りだった。
朝起きて身支度の鏡前に立ち、激変した己の容姿に思考停止からの悲鳴。今よりずっと高かった声は、どう聞いても女の子。『女の子になっちゃった』と焦ったが、変化は容姿だけで性別は無事だった。
……それから、天魔にとっての暗黒時代の始まりである。誘拐やら監禁やら、力のない美しい子供に向けられる、ありとあらゆる悪意のオンパレード。
だが、皮肉なことに──『日に四度の不幸』が天魔をギリギリのところで救っていた。
犯罪に遭遇する、でまず一回。
そして残った三回。そこで大体、犯罪者の家やらアジトやらに不幸が突っ込んできて騒ぎとなり、ヒーローや警察がやってきて犯罪者が御用。早ければ即日、遅くても大体三日と掛からずに解放なり脱出なりしていた記憶がある。
──その時既に、両親も……身元引き受け人になってくれそうな親族も、周りにはいなかった。
『誰にも頼れない』
そして
『誰をも巻き込むわけにはいかない』
そして、小学校に入る前の年齢で、早乙女 天魔は子供であることをやめた。
日頃から感覚を研ぎ澄まし、なにが起きても即座に対応できるように。
周りに迷惑をかけないように、なにが起きても即座に事態を収束させられるように。
小学校はほとんど通っていない。
施設を転々とするたびに転校したし、まだ個性制御も全くできていない状態だったので、子供が密集する学校に近寄ることすら躊躇った。──それ故に平日の昼間から出歩いているせいで誘拐なりの可能性が激増したのだが、子供が巻き込まれるよりは断然良いだろう。
そして中学。二次性徴を迎えた天魔の、魔女としての妖しさがある意味ピークだった時期。
そこで初めて半年という長期監禁が成功(?)し、現在の養護施設『月見園』に引き取られ、初めての友達もできてようやく落ち着いた……のだが、一年二年は殆ど学校へ行っていない。
幸いなことに勉強はもともと地頭が良かったし、勉学で頼りになる姉のスパルタ教育で叩き込まれたので、雄英高校の受験にも特に問題はなかった。
そして雄英に入り……恩師とも言える先生方に恵まれ、結果として留年してしまったが、素敵な級友たちもたくさんできた。
やっと。やっと……。
……そう思った、矢先。
──また、『魔女の個性』が、牙を剥いた。
不幸は良い。いや良くはないが、命でもなんでもかけて振り払おう。その為の力は付けた。今回の件で新しい課題が見つかったので、なんとかなるだろう。
最悪なのは……。
「
懸念はずっとあった。サブカルチャーの師である田中くんに色々と教授された時から、魔女という存在を調べていた時から。
──MPの回復方法は、一体なんなんだろう。
基本的に休んでいれば少しずつ回復していく感覚があり、その速度は体調の快悪に比例した。睡眠を取れば大体全快し、いままでならそれで丁度トントンだったのだが。
「ああ……っ、ほんとうに、最悪です……!」
──『
魔女狩りの歴史よりも、真っ先に目を逸らした『魔女の伝承』の一つ。文献の違いによる見解の違いがある為諸説あるが、今回の件で自分に対応する『
魔力が枯渇、もしくはそれに近い状態に陥るか……今回やった、内包する生命力を大幅に削られた時に発動するのだろう。
「『接触した異性から吸収する』……ギリギリまで濁して、これくらいですか。ただでさえ蛙吹さんの事があるのに……」
どの程度の接触でどれだけ吸収するのか。また、吸収した相手にどんな影響を与えてしまうのか。
そして……おそらくあの時。声をかけ、手を握ってくれたのはお茶子だろう。
その彼女から流れてくる『ナニカ』の、甘く、苦く……蕩けるような──
「……黙りなさい」
ねじ伏せる。踏みにじる。徹底的に、完膚なきまで。
普段の天魔からは絶対に想像できない声は、極寒の冷気を湛え……言霊となって天魔の内の何かを凍て付かせた。
「──……」
深呼吸。やがて浮かんできた苦笑は、いつも通りではあるが……疲れ果てていた。
「まだ足りませんね……もっと、もっと頑張らないと……」
そう誓い……魔女は静かに、眠りについた。
読了ありがとうございました!