魔女のヒーローアカデミア   作:陽紅

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MP21 高く翔ぶために 上

 

 

 ──USJ襲撃事件の二日後。一日の臨時休校を挟み、特ダネだとばかりに群がるマスコミのディフェンスラインを突破した一年A組の面々。一人、また一人と登校してきては自分たちが経験したプロヒーローの世界の感想を語り合っていたのだが……時間が経つにつれ、少しずつ不安そうな雰囲気に包まれていった。

 

 もう数分とせずに朝のホームルームが始まるのだが……現在、登校してきているのは二十名。

 

 未だ一名、登校してきていないのである。

 

 

「……早乙女、まだ来ないね」

 

「です、わね。一昨日の時点で『大丈夫だ』と先生方はおっしゃっていましたけれど……」

 

 

 後ろから聞こえてきた女子二人の会話を聞いて、障子は目の前にある空席を意識する。

 

 ──立った時の身長はなかなかに高く、背の順ではクラスでも後ろの方なのだが……後ろの席から見る体格はとても華奢で、肩幅もあまり広いとは言えない。さらに座高の低さも相まって、障子はその背中を小さく感じた。

 

 

(だが、あの時……あの背中は、とても大きかった。俺の方が、ずっとずっと体格が良いはずなのに)

 

 

 空席の右隣──尾白もなにか思うところがあるのか、たまに左を見て、そして時計を見てを繰り返している。

 

 ……あの時、自分は頼ることしかできなかった。最後こそ後ろから支えたが……それさえも、果たして意味があったかどうかさえわからない。

 

 ヒーローを志す者としては……かなり情けなく、とてつもなく歯痒い結果である。

 

 

 

「……『怖くとも、悔しくとも、それでもなお、前へ』か」

 

「その言葉、たしかオールマイト、だっけ。俺は聞けなかったんだけど……」

 

「ああ。かなり響いた──流石に、支えることしかできなかったのは、悔しいからな」

 

 

 先生たちに大丈夫だとは言われたが……正直、一昨日の状態を見た者としては、到底そうは思えなかった。外傷こそほとんどなかったが、あの襲撃で一番の重症者は間違いなく彼だろう。

 

 

 

 

(……あのようなことの、()を望む、わけではないが)

 

 

 次こそは。──何もできずに終わるのは、もう御免だ。

 

 そう誓い、拳を固く握り締めた時……ガラリと音を立てて、扉が開いた。

 

 

 開いた扉は後方……つまり、先生ではない。

 

 

 

「ふう、良かった。まだ相澤先生は来て「「「「早乙女さん!!」」」」にゃああ!?

 

 

 ──……。一瞬だけ。本当に一瞬だけ、早乙女の頭と腰に黒い猫耳と尻尾が見えた気がした。あれだ、猫がビックリした時に跳ねた感じの。普通に似合ってゲフンゴホン! ……俺はどうやら疲れているらしい。なんだ、尾白。お前もか? 目頭を押さえて唸ってるが。

 

 

 

 

 ……予鈴ギリギリで駆け込んできた天魔に突撃したクラスメイトたち。クラスのほぼ半数以上が参加し、先鋒の面々は飛び付き押し倒す勢いだ。というか押し倒されていた。

 

 

 

「うおぉおお! 早乙女無事だぁああ!! ごめんね"アタジ何にも"でぎなくっでぇぇぇええ!!」

「ふおぉお! ふ、ふぉおおお!(泣)」

 

「早乙女くん! 君、本当に大丈夫なのかい!? 一昨日のあの状態は……くっ、きつかったらすぐに言ってくれたまえ! 保健室まで俺が全力で!!」

「ほ、本当に大丈夫なんですか!? ──個性の使い過ぎ(オーバーユース)は軽度なら問題ないけどたまに個性が暴発する要因になるって聞くし、だとしたら早乙女さんの場合はやっぱりこの前に言っていたMP的な何かの総量を超えてしまったんだろうかそもそも」

 

 

 矢継ぎ早に告げられる言葉は多く、しかしどれもが天魔の身を案じ、無事だったことを喜ぶものばかり。飛びつかれた時こそびっくりしていたようだが、状況を理解してからはにっこりと──それこそ、背景に百花繚乱とばかりに花が咲く様が幻視できるほどに、穏やかな笑みを浮かべた。

 

 

「ふふ……ありがとう……はい、無事です。ご心配おかけしました」

 

 

 

 それを見て、教室の空気が……止まった。

 

 絶世やら傾国などの装飾が付きそうな魔性の美女(注:男子)が浮かべた心からの笑みは……弱冠15歳の少年少女には少しレベルが高かったらしい。

 

 惚ける芦戸と麗日の涙を拭いて頭を撫でて、鼻を擤ませて。他に集まった面々にも、一言二言告げて、時間を示唆して着席を促していく。

 

 そして自身も席へ座り……障子の前に、最近少し見慣れてきた背中があった。

 

 

 

「はあ……」

 

 

 ……しかも、いきなり深いため息込みで。

 

 

「──気を付けて、いたのに……変な悲鳴を……! 『にゃあ』ってなんですか『にゃあ』って……!」

 

 

 その慟哭を聞いた葉隠が腕を突き出している。……透明なので断定はできないが……間違いなくサムズアップしているのだろう。確実に追い打ちになるのでやめてあげてほしい(いいぞもっとやれ)

 

 

 

「──おはよう。全員揃ってるな。先日は……」

 

 

 その直後、HRのためにやってきた相澤。顔と腕の負傷はそれぞれ天魔とリカバリーガールによって完璧に治療されているため、襲撃前となんら変化はない。

 そのことに安堵している生徒たちからの視線にも特に反応を示さず……連絡事項を告げようとして、肘突き指組みの懺悔スタイルの天魔に思わず言葉を止めた。

 

 ……体調は問題ないと連絡は受けているので別の何かだろう。そして、どこかほっこりしている教室内の雰囲気で大体察する。

 

 

「……一昨日は、だいぶイレギュラーな案件だったが、まあ、全員無事で俺もホッとしているよ」

 

 

((((……サラッとスルーした!))))

((((現在進行形で一名全然無事じゃないけど))))

 

 

 そんなツッコミが視線で殺到するが、これも淡々とスルー。

 

 

「だが、まだ気を抜くなよ? なぜなら、既に次の戦いは始まっているからだ……!」

 

 

 そして、ほっこりと充満していた雰囲気は、相澤の発する剣呑な気配によって一蹴される。襲撃の折に相澤が見せたプロヒーロー(イレイザーヘッド)としての一面がまだ尾を引いているのか、全員が「まさかまたヴィランが……!?」と緊張を強いられた。

 

 その相澤が、重い呼吸を一つ挟み──

 

 

 

()()()()()が迫っている……!!」

 

 

 

 一瞬の間。

 

 ……長年の経験と長年の危機察知能力から、相澤と天魔がすかさず耳を塞ぐ。

 

 

 

「「「「「一大イベントキタァアアア!!!」」」」」

 

 

 

 ─*─

 

 

 

「わわっ、なんだい今の声……?」

 

「あー、そういえばオールマイトは初めてっしたね。雄英名物『イベントハウリング』! 主に一年のヒーロー科が年間行事の通達の際に返す()()()()()()だZE!」

 

「んー……言葉の揃い、タイミング、声量……全部がここ数年でもダントツね! これは期待できるわ!」

 

「そ、そういうのもあるんだね……でも、他のクラスから苦情とか」

 

「むしろリアクションしないほうがダメ出しされるわよ? 特にヒーロー科ならなおさら『雄英体育祭に気合が入れられない』なんて、もうヒーロー目指してないって公言してるようなもんじゃない」

 

「年に一度、世間へ堂々と自分をアピールできる大舞台! ここで活躍すればするほど、将来の道が拓けると言っても過言じゃあないっ! ……なのに去年なんて、そりゃあ静かなものだったぜ。結果も散々でやる気も皆無……あれから一気に加速したもんなぁ、相澤の除籍率」

 

「……なるほど。本気だからこそ、ってことか。……ん? あれ? じゃあ逆に、残った早乙女少年は凄いやる気だったって事かい? 彼がそういうリアクション取るなんて、あんまり想像できないんだけど……」

 

 

 

「「あの子(アイツ)は別枠。色んな意味で完全に」」

 

 

 

─*─

 

 

 

 そして、お昼休み。

 

 

「コー……ホー……コー……ホー」

 

 

「……あの、蛙吹さん? 麗日さん、どうかしたんですか? なんか、『暗黒面に落ちた黒い仮面の某卿』みたいな呼吸してますけど……」

 

「けろ。梅雨ちゃんと呼んでほしいわ。

 ……えっと、一昨日の件で『これから頑張る』って気合いを入れていたけれど……そこに雄英体育祭って起爆剤が投下されちゃった感じかしら。というか、早乙女ちゃんもそういうの知ってるのね? 何ていうか、ちょっと意外だわ」

 

「あはは……僕も蛙吹さんに同意、かな? あのシリーズ、どちらかというと早乙女さんと対極のジャンルだからね」

 

「む? 俺はあの作品はSFファンタジーだと思っていたんだが……」

 

「まあ、人並みには……魔法の可能性探しで色々なジャンルを見(せられ)ましたからねぇ」

 

 

 ちなみに()()を感じることはできなかった。他の方向性から似たようなことを出来るようにはなったが。

 

 何はともあれ、雄英体育祭を頑張る、というのはヒーローを目指すものならば当然のことなのだが……お茶子のそれは頑張る以上に、なにやら『頑張ならなきゃいけない』という鬼気迫るものがある。

 

 

「……飯田さんや緑谷さんのように、『ヒーローになりたい強い理由がある』ということでしょうか」

 

 

 『オールマイトのようなヒーローに』

 

 『インゲニウム()のようなヒーローに』

 

 

 二人が隠すことなく堂々と宣言した目標は、クラスの大半が知っている。明確にして確固たる目標は、これから努力していく上で重要なものとなるだろう。出久の場合は大言壮語とわずかに笑われたが、その笑いは本人の本気の表情の前にすぐに消えた。

 

 漠然にしか目標を定めていなかった面々にとって、それは眩しく、同時に微かな焦りを募らせるものだった。

 

 

 

 ……その二人に例えられたお茶子の肩が、ビクリとわずかに跳ねる。図星だったらしく、呼吸も元に戻っていた。

 

 

「あ、や、確かに目標はあるっちゃああるんやけど、その、デクくんたちみたいに大きな目標とかそういうんやないよ!? 二人に比べたら私のなんてちっこいし、しょうもないしで……」

 

 

 そして、肉球の付いた指先をちょんちょんと突き合わせながら、ボソボソとお茶子は自分がヒーローを目指した原点(オリジン)を語る。

 

 

 

 両親が建設業を営んでおり、昔からあまり業績が良くないこと。

 

 そんな中、お茶子に『無重力』という個性が発現し、それで両親を手伝えると思い、それをすぐに伝えたこと。

 

 どう考えても楽になる上に業績も上がることがわかっているのに……それでも、両親はお茶子が最初に抱いた夢……『ヒーローになる』という夢を追いかけることを望んだこと。

 

 苦しい生活を切り詰めて、こうして自分を雄英に通わせてくれたこと。

 

 

 

 

 だから──麗日 お茶子は……お金のためにヒーローを目指す。

 

 父ちゃんと母ちゃんに──いままでたくさん苦労してきた、大好きな両親に、少しでも楽をさせてあげたいから。

 

 

 

 そう告げて、顔を上げた瞬間──お茶子は、あったかくて、すっげぇ良い匂いがする何かに包まれていた。

 

 

 自分が抱きしめられていて、抱きしめているのが天魔で、ブラボーブラボーと高い位置で拍手しているのが飯田で、感動して震えているのが出久で、梅雨も天魔に続くように抱きしめていた。

 

 ……数秒ほど状況が理解できず混乱していたお茶子だが、すぐ真上から声が来た。

 

 

 

「──もう。どこが小さいんですか。どこが、仕様もないって言うんですか。……私が聞いたことのある理由の中で、一番素敵で、一番綺麗な理由ですよ?」

 

「けろ。早乙女ちゃんの言う通りよお茶子ちゃん。他の人と自分を比べて卑下なんてしたら、絶対にダメ。だって私、今こんなにも感動しているんだもの」

 

 

 

 そう言ってまた少しギュッとしてから、肩を押して距離を置く。なお肩は離さず、しっかりと掴んだまま。

 

 

 

「──本当は、相澤先生からは『他の生徒への過剰な肩入れはできる限り控えろ』って言われてたんですが……」

 

 

 ──かなり贔屓になるかも知れないが、天魔は色々と凄い。現時点ですでに『プロでも十二分に通用する』と教師たちに太鼓判を押されているのだ。

 

 だが、そんな現時点でさえ、彼は未だ()()()()

 

 だからこそ相澤は敢えて強い言葉で突き離し、『他の生徒たちよりもまず自分を高めろ』と言いたかったのだろう。……そもそも、生徒たちを教え導いていくのは自分たち教師の役目なのだから、と。

 

 

 

「──これ、もう無理です。私、全力で肩入れしちゃいますね!」

 

 

 ……どこかで、深い深ーいため息が吐かれた気がしたが、きっと、気のせいだろう。

 

 そのまま、お茶子の肩を押しながら『ルンルン♪』と効果音が付きそうな足取りで食堂まで進み……目撃した全生徒をほっこりさせたのは余談である。

 

 

 

─*─

 

 

「ウチの生徒が健気過ぎて辛い……! やっぱり奨学金制度作ろう! 緊急会議だ!」

 

「ふざけてないで仕事してください校長」

 

「ふぐ、うぐ……っ、まさか麗日少女があんな……! 相澤くん! 私も、私にもなにかできないかな!?」

 

「それを考える前に貴方は早乙女のとこに行って飯食ってきてください。あと謝罪するって駆け出してなに戻って来てんですか」

 

「それを言うならアンタも飯行きなイレイザーヘッド。あの子から聞いたよ。アンタと13号の治療、食事による栄養が足りなくて、必要以上に力を使ったってね! なんであの子が食事関係にうるさいと思ってんだい! いくら医者が頑張ってもね、患者が不摂生したら元も子もないんだよ!」

 

「……はい、昼飯行って来ます」

 

 

 

 ──その後。担任と校長、保険医と新米教師が、なにやら半数以上集まった一年A組のメンバーとお昼を一緒にしたそうな。

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました!

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