『いやー、今年もやってきましたねこの時期が! 私もう今から楽しみで楽しみで!』
『貴方そのセリフ、去年のちょうど今頃も言ってましたよねぇ。っていうか毎年?』
『そりゃあ意図的にやってますもん。この十年、一語一句テンションすら違えずに……!』
『『来るぜ雄英体育さ──
スピーカー越しの芸能人の声。そして、薄暗い店内をそれなりに明るくしていた映像の光源が、消える。
リモコンを操作して電源を落とした……のではない。テレビ画面の中央から、一気に『崩壊』したのだ。
……粉々となった残骸と、かろうじて残った電源コードからの漏電による喧しい音が、そこにテレビがあったのだという唯一の名残となり……バーカウンターの奥から深いため息が聞こえた。
「死柄木 弔……あまり、店の物に当たるのは止めてほしいのですが」
「──ならお前が
血走った目は狂気に濁っている。ここで言い返せば、間違いなく彼は自分に飛びかかって来るだろう……そう判断した黒霧は、沈黙を選びグラス磨きを再開する。
「クソ……俺たちが襲撃してすぐさまこれかよ。どいつもこいつも脳味噌お花畑なんじゃねぇの?」
雄英……その言葉を聞くだけで頭が沸騰する。
そして、苛立ちのままに動いたことで両腕両足にできた真新しい四つの傷から鋭く強い痛みが走り──また苛立つという悪循環。
……USJ襲撃に失敗してからというもの……死柄木 弔は荒れに荒れていた。
途中まではうまく行っていた。
雄英高校のセキュリティを突破し、十分な時間を稼いだ。
しかし、集めた兵隊たちが弱すぎた。
その上、ヒーロー教師の実力が直前に入手したものと全然違った。
何より、切り札であるはずの最高戦力がガキ相手にもたついた。
そもそも……弱っているはずの
何故失敗したのか、怒りに狂いそうになりながらも思考する。そして結論が出るその度に、オールマイトと同じくらいに一人の顔が浮かぶのだ。
「やっぱり、あのチート女だ。あいつが殆どの起点になってやがる……!」
食い縛った奥歯がギシリと軋む。
事前情報通りの教員配置だとするのならば、普通に考えて学生だろう。……学生にも関わらず、二人の教員に勝るような活躍をし、脳無を相手に時間を稼いでみせた実力の高さははっきり言って異常だ。
事前に潜入したときも煮え湯を飲まされた。あの時殺しておけばと思うが、逆に手も足も出なかったことを思い出しまた苛立つ。
そんな死柄木 弔の様子を見ながら、自らも同じように吹き飛ばされ、嫌な汗をかかされた黒霧も、彼の表現に内心で同意する。
(チート……ゲーム用語で、違法改造でしたか。なるほど。確かに当て嵌まる)
炎やら水やら雷やら風やら、終いには分身もして、さらには命に関わる重傷すら治療できる。
(行いに一貫性が無さ過ぎる。それこそ……)
『ふふ……随分荒れているようだね、死柄木 弔』
──かの存在が作り上げた、かの兵器のように。
……拭いていたグラスを落とさなかった自分を、思いっきり褒めてあげたい。それに、今までずっとテレビの映像と音声を使っていたものとばかり思っていたのだが……どういう原理か、声は変わらず聞こえてきた。
「先生……!」
『……まずは落ち着くんだ。言っただろう? 失敗を悔やみ続けても意味がない。悔やむのはソコソコに、次に思考を向けるんだ。まずは傷の治療だよ。癒え切らないまま無理をすれば、あとあと後悔するからね』
穏やかな低音。内容も、それこそ心理カウンセラーが用いるような言葉が並ぶ。
『──あれから少し、ボクの方でも調べて見たんだ。君たちが言っていたその『起点となった生徒』が少し気になってね。ただ……どれだけ調べても、今年の新入生にそういう子が見当たらないんだ。有能そうな子はいるにはいたけど、脳無の相手を出来るとは思えない。
今そっちにデータを送るから、君たちも確認をしてくれないかい?』
二人の持つ携帯端末がそれぞれの着信を告げる。
言われた通り確認すれば……そこには男女二十名の名前と個性、そして、おそらく中学生の時と思われる顔写真が載っていた。
『……最低限の情報しかないのは目を瞑ってくれよ? なにせ、君たちの襲撃以降デジタル・アナログの両面で雄英のセキュリティが相当に強化されてしまってね。急ぎでは、その程度が限界だったんだ。
さて、君たちの襲撃したクラスの女子は六人なんだけど……聞いた内容に近しい事が出来る可能性があるのが……『創造』という個性を持った子だね。『物質の構成を理解していればなんでも作れる』──だったかな? 彼女は推薦枠で入った秀才だけど……所詮は『学生レベルの秀才』だ。脳無や君たちを翻弄出来るとは思えないんだ。念のため全員を調べて……』
「……ない」
『……うん?』
「先生──あの女は、この中にいない」
「……私も同意見です。ですが、ここに載っている全員もいました。ですが、見間違いでは」
音声が途絶えるが、わずかなノイズがあるのでまだ繋がっているのだろう。その沈黙はおよそ十秒ほど続き、小さな笑い声が聞こえてきた。
『く……ふふ、盲点──いや、固定観念かな? だとしても上手く隠されていた。これが偶然? だとしたらそれこそ……ふふ、ふふふ』
それが、その楽しげな……心底から愉快だと思っているような笑い声が、一体どれほど異常なモノか。
死柄木と黒霧が思わずお互いに視線を交わし合い、伺い合う。どちらも経験がない上にこんな状況の対処法なんて知るはずもなく、ただ黙って聞いていることしかできなかった。
またややあって咳払いをし、しかし弾んだ調子を抑えられない声で、男は続けた。
『いやごめん、すまないね。件の彼女だけど、随分な『イレギュラー』みたいだ。ここまで情報が手に入らないなんて、ちょっと驚いたよ』
でも。
『しかし、聞けば聞くほど興味深い。そして、有用だ。どんな個性なんだろう、気になるねとても』
「そんなこと言ってる場合かよ先生……! 俺は──」
『逆に考えるんだ死柄木 弔。……脳無と競った戦闘力はもちろんだけど、『強力な治療能力』を持っている彼女を
諭され、論じられ……不意に、今まで興じてきたゲームの数々を思い出す。
──優秀な
「……勝算はあるのか」
『今はまだ何も断言できないね。ただ……それだけの能力を持っているなら、さぞ今の世の中には抑圧されているんじゃないかな? 如何にヒーロー志望とはいえ、未熟な十代だ。力に溺れ酔ってしまう可能性は十分にあると思うよ?』
もしだめだったなら……という言葉は、誰も言わない。一番穏便なやり方を言っただけで、『穏便じゃないやり方』など、それこそ腐る程あるのだ。
死柄木 弔は想像する。辛酸を舐めさせられた相手だが、なるほど、確かに強くて有能だ。手駒にできるならば、それに越したことはないだろう。
──あの美しい黒を己に跪かせる光景を想像すれば……今までの苛立ちは、嘘のように静まっていた。
─*─
「っ……!?」
「早乙女? どうした? 今めっちゃ『キュピーンッ!』って効果音が合ってる感じだったけど」
「いけないっ……
今日はスーパーの大安売りの日でした」
「「「主婦かよ!? (いや似合ってるけど!)」」」
「お、大安売り!? どこ!? どこなんそのスーパー!? 目玉商品なんなん!?」
「今日は卵1パック15円です♪ お一人様1パックまでですが……あと基本的に全ての食品系商品が半額切ります。ここから(全力で)走れば十五分くらいですね。HR終了と同時に駆け出せば十分間に合いますけど……行きますか?」
「お願いします!」「けろ。私もいいかしら」「……すまんが俺も頼めるか?」
「……。えっと、早乙女少年? なんかランチラッシュが君に向かってキレッキレなジェスチャーしてるんだけど」
「え? あ、本当ですね。何々……『五名求む。報酬は卵業務用パック、お米20kg、他希望品提供の用意あり』──」
「「「「「かしこまりました!」」」」」
「……早くも、分身を見ても驚かなくなってきた件」
「「「「「……っていうか誰よこの人」」」」」
「け、結構今更だね君たち!? えっと、私は──」
***
──雄英体育祭。
たかが『一高校の体育行事』と侮るなかれ。超常が日常になった現代においては、かつて四年に一度行われていた国際的祭典に代わる世界的な行事となっているのだ。
観客動員数は数万人を超えるとも言われており、正しく全世界が注目する一大イベントなのである。
(す、すごい……集まった人の熱気が、
緊張によって早くなる鼓動を意識しながら、緑谷 出久は感慨に耽る。
今まではただ、『画面越しに見ている』だけの、手も届かない遥か遠い場所。それがいまや、その場所に手どころか全身で挑もうとしている。
……鼓動が早くなる原因は、緊張だけではないかもしれない。
──緑谷少年。……本当のことを言うとね、私は雄英高校に来るの、実はちょっと消極的だったんだ。
──後継として君を見出せたから良かったけど、もし、この力を託せる者がいなかったらどうしようって不安だったんだ……あの頃は日々衰えを実感してたから、余計に焦っていたよ。
──でも、今は心の底から、雄英に来て良かったって思えるよ。早乙女少年に助けてもらえたことは勿論そうだけど……『次の世代』がちゃんと私たちの後ろにいてくれているんだ。って、実感できたんだ。
師は、拳を握る。そして、笑った。
一年A組だけではない。まだ短い期間だが、それでも二年生三年生と、直向きに前へ前へと進む若き未来のヒーローたちの姿を、彼は見てきた。
世間にひた隠しにする真なる姿だが……その細い体には滾るような覇気が溢れていて、浮かべた笑顔も、また力強い。
──私はまだ平和の象徴として立ち続ける。でもね、それでもいつかは限界が来るんだ。早乙女少年のお陰で大分余裕が出来たけど、そもそも私だってもう若くない。
だからこそ、新しいその次の世代のなかで、君に一際輝いてほしいんだ! 私の代で私がそうしたように。『
ドクン、ドクンと強くなっていく鼓動。深呼吸をすれば、全身に熱が回っていった。
体はまだ硬い。だが、口端がわずかに、しかししっかりと上がっているその顔を見て──隠そうともしない苛立ちを舌打ちに乗せた爆豪と、先制を告げようとした轟が黙る。
周りは関係ない、ただただ全力で……一位を獲りに行く。
そんな三人の気迫に釣られたのか、控え室にいる二十人の雰囲気はどこかピリピリとした剣呑なモノを孕んでいく。誰も言葉を発しない空間を払拭するように、最後の一人が扉を開けて現れた。
「皆さん、そろそろ時間ですよ。今日は日頃の訓練の成果を出し切って、全力で頑張ってくださいね! 私もしっかりと
雄英高校の指定体操服。その上に、『特別臨時広報部』とデカデカと刺繍された帯をタスキのようにかけ、これまたテレビ局のカメラマンが使いそうな肩に担ぐような巨大なカメラを携えた──
「「「「「………どういうことなの?」」」」」
早乙女 天魔が……堂々と『体育祭不参加』を体で表現しながら、そこにいた。
***
──あの、オールマイト。その……もし、僕がワンフォーオールを受け継いでなかった場合って……その、やっぱり……。
──君は本当に時たまスンゴイネガティブになるよね。……でも、その予想は大外れだぜ。確かに彼は凄いよ。正直、推薦でプロの資格が取れるのなら、私は真っ先に彼を推薦するし、大勢のプロヒーローに連名してくれるように頼みにいくだろう。でも……彼には、彼にだけは、ワンフォーオールを渡さない。
絶対に……『渡しちゃいけない』って、思うんだ。
読了ありがとうございました!