攻撃を受けた──そう錯覚してしまうほどの、衝撃すら伴った大音量。……自分だけに降り注ぐ大歓声に、緑谷 出久は昂ぶりを抑えきれなかった。
十五年。無個性として
「っ……!」
歯を食いしばる。
まだだ。まだ、泣くな──そう言い聞かせて、こみ上げた熱を必死に落ち着かせていると、自分のゴールから十秒とおかずに二人が駆け抜けてきた。
それは見誤ってしまった自身への苛立ちか、不甲斐なさへの怒りか……爆豪は元より、轟すらも正直ヒーローとしては望ましいとは思えない相貌で緑谷を睨んでいる。
『トップに続くように二位と三位がほぼ同時にフィニーッシュ! ちょっと際どいからカメラ判定だ!』
「あ"あ"!? どこに目ぇ付けてんだ!? どっからどう見ても俺が競り勝ってただろうが!?」
『顔!? 顔怖いから! これ全国放送されてんだぜ爆発ボーイ! ……ナイスなカメラワークに感謝しとけYO!』
スタジアムの巨大モニターを始め、お茶の間にお届けされる映像が不自然な動きで爆豪を外す。さらにはカメラマイクもギリギリで切られた為、大歓声の中で爆豪の声は殆ど掻き消されただろう。
(早乙女さん、ナイスフォロー……!)
モニターに映る映像からおおよその位置を判断して探してみるが、そこにカメラを構えているだろう魔女の姿はない。クラスメイトで『透明』の個性を持つ葉隠以上の隠遁技術だ。
画面が変わってラストスパートをかける他の生徒たちが映り……近距離から撮られた迫力ある映像に観客は大満足だろう。
その『迫力ある映像を近距離で撮影している誰か』のことなど、知りもしないで。
一番すごい人が、一番すごいはずの人が……誰にも知られずにいる。
……それが少しだけ。
本当に少しだけ、悔しかった。
***
「……よし、これで本日のお役目終了です。この後の進行は全部スタジアムで行うって話ですから、素人カメラマンは不要でしょう。やることがあるとしたら、怪我をした人の治療くらいですか」
最後の爆発からも死守したカメラを無事に返却し、二つの意味で肩の荷が下りた開放感に安堵する。……分身たちとも健闘を讃え合うハイタッチを交わしてから解除して、一人になった天魔は、さてどこに行こうかと考えた。
生徒用の観客席──は、ヒーロー科全員が無事に障害物走を突破した為、一人だけポツンといる羽目になる。……かなり目立つ上に、流石にちょっと寂しいので遠慮したい。
一般客側は当然ダメ。体操服で大いに目立つ。ならば着替えてしまえばいい、という話だが……皆が頑張っているのに一人だけ早々に終わった気分になるのもまた寂しい。
「……んー」
人目に付かないならば控え室だろう。確か、そこまで大きくはないがモニターもあったはず。だが……やはり、見られるなら皆の活躍は直接見たいし、直接声援を送りたい。時間的にももうすぐ第二種目が始まるはずなので、少しばかり焦る。
……そんな時だ。耳に、少し前から聞き慣れ出した、小さなノイズ音が聞こえたのは。
カメラマンをやっていた時に支給されていたインカムだ。本体である天魔だけが最後の最後で爆発に巻き込まれていたこともあり、ゴタゴタの中ですっかり存在を忘れていた。
『──ィッチマザーッ! 応答せよウィッチマザー! こちらHQ! ……頼むから返事してくれぇ!』
……咄嗟に音量を下げて耳へのダメージを最小限に抑える。声の主はプレゼントマイク──元から落ち着きのない人ではあるが、今回はさらに輪を掛けて慌ただしい。
「……はい、こちらウィッチマザー。ところであの、そろそろこのコードネームやめませんか? なんていうか、このまま私のヒーローネームで定着しちゃいそうなんですけど……」
『細けぇこと気にすんな! ……あ、でもそうなったらイレイザーに続いて二度目だな
教師生徒二代続けて名付け親が俺っていうのもちょっと感慨深ぁりゃあ!?』
『気にするな早乙女。……それよりも、お前今どこにいる? まだスタジアムの中か』
マイクに代わり相澤──ちょっとどころじゃ済まない痛そうな音が聞こえたが、まあ気のせいだろう。うめき声も気のせいだろう。
「いえ、もうスタジアムの外です……っていっても、殆ど目の前って距離ですが。あの……何か、ありましたか?」
緊急事態、というほど相澤の声は切迫していない。むしろ、どこか面倒臭そうな雰囲気も聞こえてくる声から感じられる。
──内心で、『もしや使ったカメラに故障が……!?』と不安になったが、どうやらそうでもないらしい。
ため息が一つ。
『時間がないから……単刀直入に言うぞ。
──お前、次の競技に出ろ』
……混乱は、さほどしなかった。
皮肉にも毎日襲いかかる四度の不幸によって、意識を切り替る速さもだいぶ鍛えられているらしい。
その上、疑いもしない。無駄で無意味なら、相澤は自身の判断でそもそも天魔への連絡すら止めるだろう。
つまり、いろいろな事情や過程、思惑もバッサリ切って──『そうしたほうが合理的だ』と相澤が判断したのだろう。
……疑いはしないが……それでも、苦味の強い苦笑は禁じ得なかった。
「──……えっと、事情を聞いてもいいですか?」
『ああ。当然だ。お前には聞く権利があるし、俺たちには伝える義務がある……だがまあ、こちらには向かってくれ。さっきも言ったが真面目に時間がない。なるべく急ぎで頼む。説明は道中でしてやる』
足を止め、人ごみの中を器用にUターン。途中で警備に呼ばれたプロヒーローがたこ焼きを頬張っている横を通り……今日の八木の昼食は敢えて屋台ものを提案してみようか。
『……まず、第二種目が騎馬戦なのは知っているな?』
即席でも瞬時に最適なチームを組めるか、または、限られた手段でどこまで足掻けるかを競う……だったか。
障害物走をクリアした上位四十数名が、それぞれ順位ごとにポイントを割り振られ、組んだ騎馬でポイントが合算。それを取り合い、最終的にポイントが多い上位が最終種目に進出……そんな感じの内容を『非参加だから』という理由で前もって聞いたことを思い出す。
……一位通過が一千万ポイントと聞いて、聞き直した記憶もまだ新しい。
『で……その障害物走、最下位で突破したのが青山だったんだが……最後の最後、ラストスパートで限界を超えて個性を使っちまってな』
そこでいきなり出たのはクラスメイトの名前。……おおよその事情を大体把握したからか、早歩きは駆け足に変わる。
青山 優雅。A組出席番号一番の、どこをどう見てもフランスとかそっちの出身だろうと思える外見の少年。個性はネビルレーザーと言い、腹部からビームを放てるのだが……。
──限界を超えると、お腹がだいぶやばい感じで痛くなるらしい。実習の直後は高頻度でトイレに駆け込んでるのを見たことがあるし、都度毎に変わる訓練場で一番近いトイレを予め教えているのも天魔だからだ。
彼の
『あいつ自身がもっと早めに申告してくれれば、此方としてもなにかしら手は打てたんだが……本人は最後まで出場しようとしたみたいでな。チーム決めの制限時間ギリギリまで堪えたようだが……明らかに顔が青くなってリカバリーガールがドクターストップを掛けた。なんでも『病院搬送三歩手前だった』らしい』
青山のリタイヤによる、代理……いや、この場合は穴埋めだろうか。しかし、だとしたらいくつか疑問が残る。
まず単純に、最下位の次位……つまり、惜しくも第二種目出場を逃した生徒を繰り上げてしまえばいいのではなかろうか、という疑問。
『イテテ……脇腹に肘はキツイぜマイフレンド。んで、早乙女リスナーの疑問も尤もなんだが……その『最下位の次候補』のリスナーが五人もいるんだなこれが。
……いや、信じて? うん。信じられないだろうけど。俺も正直信じられないけど!』
分身一人の記憶を辿れば、確かに最下位争いは接戦も接戦だった。それにわずかに競り勝ったのが個性限界を超えてしまった青山であり、その候補五名は画像判定を用いても『完全同着』だったそうな。
……ならば、公平にジャンケンなどでいいのでは? と思うが、それをするにも状況があまり良くないのだという。
『あー、そのぉ、今騎馬を組めてないのが二人いてな? どっちも女の子なんだYO……それも、二人とも騎馬戦に不向きっていうかなんていうか……』
『ついでに、候補五人の内訳は、サポート科三人、普通科と経営科に一人。サポート科は自作アイテムを殆ど使い切ってほぼ手ぶら……個性も運動能力も五人全員が、言い方は悪いが騎馬戦に活かせるものじゃない』
常識的に考えて騎馬戦は普通四人。最低でも三人が必要である。……異形系個性で体躯に優れたものならば二人でもできるだろうが、今は置いておこう。
その『今組めていない二人の女の子』が、身体能力的にか個性的にかはわからないが、騎馬戦に向いていないという。そこに大差ない一人が加わっても、正直戦力としては絶望的だろう。
……組み終わっているどこかのチームを分ければとも思うが、青山のリタイヤはシンキングタイム終了直前。どのチームだって本気で勝つために今のチームを組んだはずだ。それなのに崩されてしまっては、溜まったものではない。
「──それで私、というわけですか」
そうだ、と短い肯定。
そこで通信は切れると思ったが、まだ繋がっていた。
……長い通路を駆け抜ける。急ぐために風を足に纏わせ、速度を乗せた。
『……正直に言うとな。お前がこれからの体育祭は裏方に回ると言った時……俺も含めてだが、先生方は全員ギリギリまで納得しなかったんだ』
一歩十メートル。迫る角で探知系の魔法を使い安全を確認し、空気中の水分を氷結させてレールを作り、そこに乗って減速どころかさらに加速して角を曲がった。
『俺たちは教師だ。生徒にはできる限り平等に接しなければならん。……だが、俺たちは同時にヒーローであり──何よりも人間だ。感情移入もするし……少しくらい、私情込みの肩入れだってしたくもなる』
相澤が最多だが、今も相澤の隣にいるだろうマイクだって中々の頻度で、留年した天魔の訓練に顏を出している。
ミッドナイトも、ブラドキングも、スナイプも、セメントスも、13号も。そのほか多くのヒーロー教員が、担当学年の壁なんか知ったこっちゃねぇとばかりに参加し、天魔に経験談込みの実践訓練を課してくるのだ。
境遇に同情した。それもある。
将来を心配した。それもある。
向上心に奮えた。それもある。
だが、それよりもなによりも、『見たい』と思ってしまった。
『誰かの力になりたい』と自ら縁の下に行こうとする魔女が……光り輝く太陽の下、その純黒の勇姿を見せつける、その光景を。
その、最たる舞台。そして、まるでそのために用意されたような状況が、偶然にも転がって来たのだ。
『らしくないイレイザーに続いて俺だッ! さらにお前のHEARTに火をつけてやる!
残った二人の女子たちだがな、たった二人でもやる気満々だったZE! 『例え不利でも、例え勝ち筋がカケラもなくっても、諦める理由にはならないから!』ってよ!
──
……魔法を使う。
師たちに着けられた火は瞬く間に大炎となり……魔女の辞書から『自重』の言葉を添削してしまった。
***
「……ヒーローを守り支えるヒーロー、か」
「ンー? そりゃ確か、早乙女の目標だっけか。Haha、なんともアイツらしいじゃねぇか。──他の誰かさんなら呆れちまうが、早乙女の目標って言うんなら、オレは思いっきり頷けるZE」
「ふん。難儀な目標だ。果てしない上に、険しいこともこの上ない。それをわかっててやろうとしてるんだ。……アイツが個人でヒーロー活動する方が、ずっと結果を出せる。全くもって合理的じゃない」
「あーはいはい。この超合理的主義者め。それをわかってて全力で教師してるツンデレアラサーティーチャーどこのどなたでぶべらぁ!? だから! 肘は止めろって脇腹に!」