──さて。
活気溢れる体育祭から少しばかり離れて、どこかの魔女の、あれこれをほんのりと語るとしよう。
これまでをご覧になられた諸兄の皆々様は、彼じょ──げふんげふん、彼が高校に入るまでまともな学生生活を送っていないことはある程度はご存知かと思われる。(高校も結構まともじゃないという指摘はこの際無視する方向で)
小学校は全体的に、中学校もほぼ大半が、個性のデメリットに振り回されるか、犯罪に巻き込まれるかして潰れている。
そんな状態なのだから、当然学校行事にもまともに参加したことがない。今回の体育祭で裏方に回ることを早々に快諾したのも、『それらの行事に対して思い入れが極端に薄い』という理由が少なからず存在しているのである。
運動会・体育祭という行事も、それに例を外れない。
知識としては知っているが、選手として参加するのは冗談抜きで初めてなのである。であれば当然……その行事でしか行われない競技の経験などあるはずもなく。
『騎馬戦』という競技も簡単な知識しかない。しかも、『二、三人で組んだ馬役に一人が乗って、動き回ってぶつかりあってハチマキを取り合う』──いっそ清々しいまでに見たままをそのままだ。
どういう風に組むのか、どういうところを気をつけるべきなのか、というのを知らない。まあ、ぶっちゃけてしまえば知っていてもいなくてもそこまで問題はないのだが……『知らない』という事実は変わらないのだ。
そして……知らないからこそ、補おうとして『想像』する。
ぶつかり合ってハチマキを奪い合う。……個性込みなら、もうそれはスポーツを超えた戦闘に近いだろう。下手をすれば大怪我だって十分にありえる。(一瞬クラスメイトのボンバーが強く脳裏に浮かんだのは内緒である)
──そんな競技に、女の子二人が残されているという。しかも、どちらも騎馬戦には向いていないらしい。
さて……もう、お分かりだろう。
魔女による、
全力全開の、
──超お節介が、やってくる。
***
「「…………」」
本件の当事者……あまり良くない言い方ではあるが、騎馬戦にて『余ってしまった二人』である、一年B組ヒーロー科の小大 唯と小森 希乃子は、それをどこか呆然と見ていた。
「「「………………」」」
違った。すぐそばに居た審判ミッドナイトも呆然としていた。
……『無生物の大きさを変えられる個性』と、『多種多様なキノコの胞子を飛ばし、そのキノコを生やす個性』。
片や『アイテム使用禁止』というルールが、片や『事前準備がないと味方も巻き込みかねない』という欠点が、今回の騎馬戦において、凄まじい枷となってしまったのである。
本人たちもそれを理解していたからだろうか、友人であるB組のメンバーといえど積極的に組みに行けず……結果、こうして二人が残ってしまった。
どちらも身体能力が特筆して優れているわけでもない。どのチームと比べても絶望的な戦力差があるわけだが……二人は諦めることだけはしなかった。したくなかった。
そんな感じで、たとえ二人でも、と決意を示したところ……まあ、それに思いっきり感化されちゃったのが我らが十八禁ヒーロー・ミッドナイト先生である。
残酷な現実を突きつけられようと、諦めない。諦めたくないとするその姿勢に、放送コードに引っかかりそうなほどゾクゾクと恍惚していた。
最下位繰り上げもダメ。
どこかのチームをバラすのもダメ。
そして、ワガママを言っていいなら……二人が
……この三つの条件をクリアーし、かつ、いますぐに来てくれる。そんな生徒。
──カモーンッ! 天魔ちゃん!
結構早めに候補に上がっていたし、あの子しかいない! という思いもあった。
他の教員よりも生徒達と精神的な距離が近い彼女にとって、妹や弟とまではいかないが、可愛い甥っ子姪っ子くらいには近いと勝手にだが思っている。……天魔の『美容魔法』(命名:香山 睡)にはたまにお世話になってます本当にありがとう。
だから、通信機越しにマイク&イレイザーからの天魔参加の一報は純粋に嬉しかったし、この……本当に偶然だろうかと思われる状況にも、ドクターストップのかかった青山には悪いが感謝したいくらいだった。
だが。
「……なに、あれ」
天魔の、『たまに予想の斜め上と言いつつ90度の直上を突き抜けていく』のを、できればちょっと、控えてほしい。
─*─
──クフ、クフフフ。
──……。あ、すみません。今回は拙者、ガチのマジでノータッチでござるので。そんな、『またお前変な入れ知恵したろ!』みたいなお目目はメッ! でござるぞ!?
──いやだって、拙者が最近早乙女氏に入れ知恵したのは『分身を相手に抱きつかせてから自爆させてはどうか』というもので……あ、ちょ! 待って肘と膝はそっちには曲がらな……っ! ちょっと想像してみて! ほらババアたちも満更でもないででででで
─*─
──タカラッ、タカラッという独特の、間隔が極端に短い連続した足音。そこから連想できる『ある動物』を想像し、出て来た姿に納得しかけて……すぐさま眼を見開いた。
『蹄の音から、おそらくは馬だろう』と。
否。
ゲートから現れ、凄まじい速度で疾走する姿を見て訂正する。
『上半身は人間、下半身は馬。なるほどケンタウルスの個性か』と
──更に、否。
減速せずそのまま舞台へ飛び上がる馬体を捉えたカメラが、美しく艶やかな黒毛の馬体と、『六本の逞しい脚』を映し出す。
『……なんだ、あれ。なんの個性だ……?』と。
大半の観客が、大半の生徒が、その姿に疑問を浮かべた。
ケンタウルス。個性が発現する以前であれば、それは、神話上の生物であった幻獣だ。
だが、それは当然馬と同じ『四本脚』である。『六本脚の馬』など……。
──「ま、まさか……『スレイプニル』……?」
……その手の話題に詳しい誰かが、ポツリと呟いた可能性。それは不思議と広がり、会場全体へ広がっていった。
スレイプニルとは『
【 ※ 脚の本数は八本であったり四本であったりと諸説あり 】
上半身は人間、下半身はスレイプニルという、ケンタウルスの亜種のような風体に静まり返っていた場内だが、次第に上半身……人間の部分に注意が向いてまた騒ぎ出した。
「て、天魔ちゃん……その、すごいわね」
下半身が馬体になっているためか、天魔の頭の位置が2メートルを軽く超えている。見上げるようにして問いかけたミッドナイトは、思わず生唾を飲み込んだ。
(な、なに、この子……いつもより)
「フフ、お披露目ってことで
魔女。魔性の女。
普段から女性的に綺麗だと思っていたが今日は……今は、レベルが違う。
『傾城傾国』が、そこにいた。
魔女の意識は、すでに自分が組むだろう二人に向いている。……その二人が無反応かつ呼吸すら止めていることにアタフタとし始めたその姿を見て、ほんの少しだけ冷静になって観察した。
見つけたのは──小さな違和感。
(……。髪?)
長い黒髪。普段なら後頭部の上で拳二つ分の大きなお団子を作って、なお脹脛まで届く純黒の美髪が……お団子が拳一つ分に小さくなって、その分長く流されている。
普段との差は、たったそれだけ。下半身が馬になっているという指摘はもちろんだが、顔の造形が変わったわけではない。だというのに、雰囲気がまるで違う。
(だ、大丈夫かしら、これ……)
色々と。本当に色々と、不安になったミッドナイトであった。
***
「なんか飛び入りでスンゴイ人来ましたね!」
「……え? 発目さん感想そんだけなん?」
「? むしろ他になにかありますか? それよりちゃんと私のドッ可愛いベイビーたちの使い方覚えてくれましたか!? 緑谷さんがちゃんと使ってくれないと私のドッッ可愛いベイビーたちが大企業に見てもらえないんですからね!?」
「Hey...イレイザー。これさ……」
「なにも言うな」
「俺らもしかして、ちょっと、焚き付けすぎた?」
「……わかってるから、なにも言うな」
「あとさ、ただの馬じゃないのって……」
「……普通の騎馬戦なら馬役は三人、人間三人なら脚は六本。どうせ『馬は自分だけやる』って意思表示だろ」
「あの外見で結構フェミニストだからなぁ……むしろフェミニストの対象だろうにどう見ても」
『HQ! 応答願うのさ! ちょっと一年生の部でとんでもない状況になってるらしいじゃないか! ──体育祭が終わったらOHANASHIしようね! 二時間コース(延長可)を予約しておくのさ!』
***
「……爆豪さん。人の背中でバチバチ小さいボンバーすんのやめろ。痛くねぇけど怖ぇから」
「あとそのヴィランの親玉顔止めて。……あの、マジでちょっと、怖いから」
「どーする? 縛っとく? 俺のテープで縛っとく? 多分多方面から褒められると思うんだ」
「黙れ処すぞ」
「「「一番処されそうな奴が言うな!」」」
爆豪チーム。切島を前騎馬に、左右を芦戸と瀬呂が付いている。攻撃力を爆豪が一手に引き受け、防御力と奇策にも対応できるチームとなっていた。……なお、現在は若干チーム内分裂が起きそうであるが、恐怖統治によりなんとかなりそうである。
上がりきった口角を隠そうともせず、爛々と輝く騎手の眼光は、まっすぐ二人の女子を騎手とした魔女を捉えていた。
……一年以内に超える。そう己に誓った。この体育祭がその最初のチャンスだと思っていたのに、当人が不参加という巫山戯た状況だ。しかも障害物走で緑谷に先を行かれて、フラストレーションのメーターは振り切れていた。
「──はっ、面白くなってきたじゃねぇか、なあオイ……!」
──違うメーターも、たった今振り切れた様である。
「そ、そっか。まあ、やる気になった様でなによりだぜ! んで、どうすんだ? 緑谷の一千万は当然として、やっぱ早乙女のチームにも攻めてく感じか?」
早乙女は強い。今現在、戦って勝てる見込みはほぼゼロだが、それでも諦めるつもりは毛頭なかった。
ポイント云々を無視して、爆豪が早乙女に執着しているのは明らかである。勝てる勝てないではなく挑むか否か……そう問いかけて、返ってきたのは強い舌打ちだった。
「──オイクソ髪ぃ。今すぐそのクソだせぇセリフ撤回しろ。じゃねぇと──テメェがほざく『漢』ってのが、クソ以下の存在に成り下がんぞ」
溢れ出すは、烈火の如き闘争心。そして、それ以上に、圧倒的に巨大な──プライドの塊だ。
「意味がねぇ、カケラもねぇ。女二人のサポートしてるあのクソ男女に挑んで、テメェは『勝ち負け関係なく挑んだ』とほざいて満足するつもりか、あ"あ"?」
切島に言っている──そのはずだ。なのにその言葉は、不思議と下へとは向けられていなかった。
言葉はまるで、自らへ突き立てる様に、強く深く、刻まれていく。
「
……誰がどう見ても、どう判断しても、揺るぎない絶対的な勝利。ならば、チーム戦など以ての外だ。
お互いが万全を期し、お互いが気兼ねなくあり、お互いがなんの憂いもない。望むはそんな勝負のみ。
──その勝負にこそ、必ず
「……っ、ああ! 悪い! 撤回だ撤回! 漢らしくねぇよな! ははっ、全くもって漢らしくねぇ……!! いいっぜぇ燃えてきたぁ!」
騎手と先頭が燃え上がり、燃え上がったが故に思わず込められた切島の握力に顔を若干しかめながら、左右馬の二人は苦笑を浮かべる。
「あー、やだやだ。熱苦しさが倍増しちまったよ。クールな瀬呂くんは、どうもついて行けませんねぇ……っ」
「そんな瀬呂くんにこう言ってあげよう、鏡見てみ? 似た様な顔がそこにあるから。……はぁ。熱苦しい熱血やろー三人に囲まれた美少女な私こそアレだよ。えっと……ほらアレ」
……なんだかんだ、似た者同士が組んだチームの様である。
そして、各騎馬がついに組み上がる。
「まあ、何はともあれ! これで全騎揃ったわ!
それじゃあお待ちかねの第二種目、騎馬戦!」
──始め!
読了ありがとうございました!
騎馬戦の組み分けですが、原作と違いB組で行われた二人騎馬がありません。
また、都合上若干の入れ替えが生じていますが、ご了承ください。