「トランス○ォーム!」
「メタモル○ォーゼ!」
「トランス○ォームッ!!」
「メタモル○ォーゼッ!!」
「…………」
「…………」
「「──上等だ、表出ろ!!!」」
「……早乙女氏ぃ、だからあれほど魔法名は明確にと……! BBA達が無駄に拗らせるでしょいい加減にしてっ! っていうか真昼間から酒飲んで何この駄目人間ズ。
──あ、ちなみに拙者は『ファンタジーレイド』って感じの造語推しで。BBAとは違うのだよBBAとは。主に若──おっと、両肩がミシミシと何かに掴まれているでござるぞ? ハッ!? これはまさか『妖怪:事実を言われた酒飲みばばババイダダダ──」
***
「……?」
(なんでしょう。今、あんまり緊急感のない悲鳴が……気のせいでしょうか)
「えーっと、なんか勢いで始まっちゃいましたけど……軽く自己紹介しておきましょうか。
初めまして。急遽助っ人にお呼ばれしたA組の早乙女 天魔です。個性は『魔女』で、今の姿は魔法で変身してる感じになります」
「おー……! 魔女! 魔法!! ──あ、えと、ノコは……じゃなかった私は小森 希乃子。個性は『キノコ』で、胞子を飛ばして、どこにでもキノコを生やせるノコ。ただ、ばら撒いちゃうと味方も巻き込んじゃうかもだから、今回は……」
「ん」 訳:小大 唯……個性は『サイズ』。物を大きくしたり小さくしたりできる。生物には作用しないから、物を持ち込めないこの騎馬戦じゃ不利。ごめん。
「小森さんに小大さんですね。よろしくお願いします。『キノコ』と『サイズ』ですか……。
──ところで小森さんの生やしたキノコって、食用のキノコだったりしますか? それを小大さんの個性で大きくしたら、個人的に、とぉってもすっごい嬉しい個性相性に……」
「ん」
「あ、食べられるキノコもあるけど三時間で消えてしまうんですか? ……そう、ですか。ちょっと残念です。あ、すみません小森さん。勝手に──……小森さん? どうかしましたか?」
「ん?」
「え、あれ、だって今唯ちゃん……あれれ? え? おかしいのノコなのこれ? あれぇ……?」
─*─
ミッドナイトによる開始宣言の直後、各騎馬の反応は二つに別れた。
「で、デクくんどないす──」
「作戦を少し変更! 逃げの一手は変わらない! でも……っ発目さん、確か発目さんの個性って『ズーム』で、対象をある程度ロックオンできるって言ってたよね!?」
『早乙女 天魔』という存在を、脅威とするか否か。
脅威と見たのは、彼と組んだことのある梅雨や、模擬戦とはいえ相手をした上鳴たち。そして、USJの一件でその背を見ていた砂藤たちだ。戦わず、相対しない。接近自体もできる限り回避しよう、という方針。
逆に、天魔をそもそも知らないB組の全員と、最初から相手にしないと決めた爆豪や状況に応じては対処するとした轟らは、魔女を脅威から外している。
──その中で緑谷チームは、当然前者。さらに言えば、もっとも強く脅威と感じているチームである。
お茶子の窺うような声を強い声で遮り、指示を飛ばした。
「フフフよく覚えてますね緑谷さん! おっしゃる通り、私の『ズーム』は5km以内なら余裕です! ロックオンも、視界に入っている状態ならある程度高速で動いても追えますよ!」
「なら発目さんは個性込みで、早乙女さんのチームを全力で警戒して! 違和感や動きを感じたらなんでもいいからすぐに報告! アイテムやほかの細かい指示は全部こっちでするから!」
「緑谷、その対応。やはり、現状で最大警戒すべきは……」
前騎馬になった常闇が、ダークシャドウによる全域警戒を行いながら、冷や汗を一筋作る。その目は真っ直ぐ、黒き神馬と一体化した魔女へ向けられていた。
(く。一体、なんだ……この感覚は。無条件で、早乙女に跪きたくなる……!)
常闇にとって真に恐ろしいのは、天魔から滲む魔女としてのナニカだ。
心を強く持っていないと根刮ぎ持っていかれそうになる。肩に置かれた緑谷の手の握力が、危機感によって僅かに強くなっていなければ、正直ちょっと危なかった。
……低いポイント故だろうか、競技が始まったというのに体を捻るようにして横を向いて、のんびりと馬体の背に乗る二人と会話している魔女を見る。
「うん……警戒すべきは間違いなく、早乙女さんのチームだよ。何をしてくるのか全然読めない。全然読めないのに、やばいくらいに強いってことだけはわかる……!
もしハチマキを取られたとしても、ほかの騎馬からなら取り返せる可能性は十分あるんだ。なのに、その相手が早乙女さんになると、カケラの可能性も見出せない──ッ」
下半身が馬──正確にはスレイプニルらしいが──だからといって、『空を飛べない』という確証はない。実際個性測定の立ち幅跳びでは、空中を何気なく走っていたのだ。
そうでなくとも、障害物走の時に見せた透明化を使われてしまえば、索敵能力の低い緑谷チームに見つけ出す手段は無い。
絶対に取られてはならない。なのに──
(や、やっべぇ……本気で、冗談抜きで、これはヤバイ……!)
なにがヤバイか。
まず、どの騎馬もそのポイントの低さからわざわざ天魔たちの騎馬を狙いはしないだろう。取れても150Pと、正直旨味がほとんど無い──つまりマークされず、ほとんどフリーな状態で動き回れるのだ。仮にもし奪われても態々慌てて取り返す必要もない。ほかの騎馬から高いポイントを奪えば済むのだから、精神的な余裕もあるだろう。
さらに、天魔個人のスペックの高さ……もそうだが、『あのチームとしての総合力が未知数』なところにある。
以前の実習で梅雨と組んだ際には裏方に徹したが──今回は違う。全面的に天魔本人も動くだろう。……プロである
そして何より、天魔はそれほど望んでいないだろうが……彼以外の二人の女子の、この体育祭における進退がかかっているのだ。かなり、本気になるだろう。
そう……本気で、狙ってくるはずだ。
一千万ポイント。取れば勝利が確定する、緑谷たちのハチマキを。
「あ、緑谷さん! 動きがありましたよ!」
「早速!? いや、でも当然か! みんな警戒を!」
「……あ、いえ、その早乙女さんが、じゃなくて、
「──……。
んふぇ?」
なんか変な声が出た。テレビ中継されていないことを心から願いたい。
さて、発目が言った言葉の意味がわからず、もう直接見た方が早いと判断してそちらを見れば……。
『ぽ、ポニー! ポニーちょっとまってお願いだから落ち着ちゅ、待って待って勢い怖いコレ待って!』
『止め、止まっ、立ち上がりの瞬間になんでダッシュ!? あれ作戦は!?』
『姿勢が低い。これは腰にウラメシいダメージが来──……あっ』
『──見ィつけまシタ! マぁイ、ディスティニーッ♪』
四者四様に叫びながら天魔の騎馬へ向かい、猛烈な速度で突撃……というより今まさに体当たりをかました騎馬が、確かに一組。遠目から見えるメンバーの誰一人に見覚えがないので、おそらくB組のメンバーで組まれた騎馬だろう。
騎手の女子の混乱しきった顔と、後ろ二人の転ばないように必死に足を動かす様子から……なるほど、確かに先頭の人が暴走しているらしい。
……見たけど、わからなかった。百聞は一見にしかずという諺も、存外状況によりけりなのだろう。
「う、うわーすごいなさおとめさんあのタックルうけてもへいきそうだー」
「緑谷! 戻ってこい緑谷ぁ! 戦うのだ! 現実からは逃げられん……!」
結構な速度+四人分の重量でぶつかったにも関わらず、六本足の馬体はほんのちょっと揺れた程度だった。……あの馬体には、見た目通りの重量とパワーがあるのだろう。その上無茶苦茶な体勢で突っ込んできた四人を無自覚に支えてすらいる。
衝撃による騎馬崩しは効果なし。……そんな情報が得られただけでも良しとしよう。
何をどうやっているのかさっぱりとわからない上に、何がどうなっているのかもさっぱりだけれど──だからこそ『魔女』という個性の、さらに言えば『魔法』という力の底知れなさを改めて実感した。
『──て、敵襲ノコ! ……ってあれ、セツナちゃんのチームノコ?』
『とりあえずハチマキを守ってください! 今は私の方で迎撃を……迎撃──あの、すみません。迎撃しても大丈夫ですか?』
『うんセツナちゃんのチームだよーでも敵襲じゃないよー。襲う気ゼロだからキノコブッパも迎撃もやめてねー……うん、言いたいことはわかるから、その『襲う気ないなら体当たりすんな』って目も出来ればやめてね? はは、いや、ほんとごめん。こっちも結構混乱してるから。ってなわけでちょっとポニー! アンタ一体なに考えて……』
騎手は黒髪の……どこか飄々とした雰囲気の女子。右騎馬は赤みかかった茶髪のサイドポニー女子と、左騎馬には白い髪で片目を隠して──かなり辛そうに腰を引かせている女子。
そして、一件の原因となっただろう前騎馬は……。
『あのあの! お名前伺っテェもイィデスか!? ワタシ、角取 ポニー、言いマス!』
『あ、はい。私は早乙女 天魔です。……あ、あれ? これもしかして、また私やらかしちゃった感じですか……?』
頬を赤くして目をキラキラさせて、もう『魔女タウルス以外眼中にありません!』と体現している、頭部から大きな二本の捻角を伸ばす……どこか発音に癖のある女子。
……とりあえず、体当たりしたのは女子だけで組まれた騎馬のようだ。
「おいコラデクぅ! ハチマキ寄越せやオラぁ!!」
「かっちゃん!? やっべ忘れて……あ」
「ははっ、いい度胸だ爆殺してやるよクソナァドぉ……!」
***
「……。なあマイク。俺、教員席戻っていいか?」
「逃すわけねぇだろこんな面白──……楽しそうな状況で! ほら解説解説!」
「言い直すんならせめて意味を変えろよ。……ほら見ろ、主審がもう審判そっちのけで身悶えしてんじゃねぇか……」
***
「その、と、とってもとぉってもクールでビューティなお毛並みデェス! ボディソープ、なに使ってるでぃすか!?」
「あー、お話の前に、後ろの方の治療しましょうね。……腰はちょっと、ええ。放置や楽観視すると真面目に危ないので」
「? うしろ?
……れ、れいこー!? どうし、誰にヤラレタデェスか!?」
「「……犯人は、現在被害者から冗談抜きの怨めしそうな目で見られている方デス」」
「Why……?」
取蔭 切奈と拳藤 一佳の、若干感情が欠如した視線を受けてもなお首を傾げる角取 ポニー。
そんな三人の様子に苦笑しながらもパカパカと蹄を鳴らして後ろに回り、プルプルと震えている柳 レイ子の腰部に軽く手をかざして意識を集中する。
──集中したら、何故か険しい顔をした雄英高校の
なお……競技中にお前らは一体なにをやっているのか、と思われるだろう。
だが競技場の外──具体的には救護テントから叩きつけられた謎の
尤も、特大の爆発やら乱立する氷の隆起やら、さらにそれらを迎撃するような衝撃波やらが目立っていたので、天魔たちがあまり目立たなかった、というのもあるのだろうが。
(…………今さらっと流しそうになったけど、治療ってなに? ご本人集中してそうだから小森、ほらアンサー)
(ノコ。個性が『魔女』で、魔法が使えるって言ってたノコ。今の馬……馬? も魔法で変身してるって。っていうか、ポニーちゃんもしかして、もしかするノコ? その──女ノコ同士の……えっと/////////)
天魔を見て、ポニーを見て──それを二度ほど繰り返す。特に初見である天魔を念入りに観察して……一同が『コレはしょうがない』と納得し、むしろ見惚れてしまった。
「──……。はい、もう大丈夫です。所謂『ぎっくり腰』でしたね。競技もそのまま出られますよ。ですが、違和感が出てきたらすぐ教えてください」
「ど、どうも。……凄い、本当に治っちゃった」
本当に痛かったのだろう。
顔が青く、額にはわずかに脂汗が浮かんでいたのが……もうすっかり顔色も戻っている。騎馬を組んでいる状態なので手で触れることはできないが、足踏みしたり軽く跳ねたりして確認して、問題ないと判断したようだ。
よかったよかった、と優しく笑う天魔(ver.傾城傾国)は、その笑顔のままくるりと後ろを向き……。
「──自己紹介、し直しますね? 私は、早乙女 天魔と言います。はい。ご覧の通り、男子です」
「「「「はは。いやいや、そんなご冗談を」」」」
「ん? ……んん」
そんなリアクションである。
……想像はしていたし、心のどこかで諦めてもいた。むしろこれは悪化しているのではなかろうか。今まで一笑の下で冗談と断じられることなどなかったというのに。
『態々伝えなくてもわかってくれるだろう』──という細やかかつ何よりの願望は、もう捨てるべきなのだろうと──
「oh? わかってるですよ? とてーもクールビューティなボーイでぇす! こんなキレーな人、ワタシ初めて見ま──? ミンナ、どうしたデスカ?」
──えっ、早乙女少年が!?
──うっそだろおい……!
──コレハ……ヒト波乱来ルゾ
──学校公開で食堂も一般公開とかマジ早乙女くん案件なんですけ……え!?
──早乙女(くん)(少年)が初見で男子扱いされた、だと……!?
なにやら戦慄している教員席はスルーでいいだろう。
……個性発現後の人生に於いて、おそらく初めてだろう『初見で男子と判断された』ことに、誰よりも天魔が呆然としている。だがポニーの言葉を理解して、満面の笑みを──
「見ればわかりまぁす! とてーもキレーなホースボディでぇす! わたしの、グランパとグランマ、ケンタウルゥス♪ ボーイとガール間違えるなんてアリエマセンン!」
──浮かべるほど、彼の人生は彼に優しくはない。
満面の笑みを形作る前に表情のテンションは急降下し、そのまま深いため息を一つ。
下げて、上がったと思ったら、また下がる。……地味に、心にダメージが残るコンボだ。
「……とりあえず今は競技中ですから、そちらに集中しましょうか。私たちだけですよ? 現状こんなに呑気なの」
なお、暴走したのはポニーだけである。ちらっと拳藤から聞こえた作戦というのも気になるが、さっさと仕切り直すとしよう。
「それじゃあ、お互い頑張りましょうね」
「「「へ? あ、はい」」」
「あ、あとで! あとでお話ししまショウ! エスケープはダメですヨ!?」
そのまま何事もなかったかのようのB組の騎馬と離れ、蹄を鳴らし、加速する。
──「え、マジで男? いや、でも流石にあれは……」
──「……っ!? 切奈、あんたハチマキは!?」
──「ハチマキ? ……あああああ!? やられた!」
「あ、そうだ小森さん。『コレ』首にかけておいてください」
「──の、ノコ? え、これまさかセツナちゃんたちのハチマキ!? いつの間に!?」
「ふふ、 まあ治療費と慰謝料ってことで。さー、しっかり掴まってくださいね! 逃げますよー!」
読了ありがとうございました!