魔女のヒーローアカデミア   作:陽紅

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MP29 騎馬戦! 4

 

 

「くっ、すぐに取り返……うわ速っ!?」

 

「馬の姿は伊達じゃないってことか。普通に走っても追いつけそうにない……なら──みんな! あのハチマキは諦めて他の騎馬からポイントを狙うよ! クラスもこの際無視! 正直、物間の提案を聞いてる余裕なくなった!

 ……あとポニー! アンタはちょっと本気で反省! これは個人戦じゃないんだよ!?」

 

「あい……本当に、ソーリーです」

 

「……。よし許す! さあ切り替えていくよ!」

 

 

「「「おう!」」」

 

 

(うん、持ち直せた! まだ十分巻き返せる!

 

 ……にしても、ちょっと信じられないけど本当に男子だったっぽいな……騎馬戦終わったら謝りに行かないと)

 

 

 

 

***

 

 

 

 タカラッ、タカラッと軽快な音で颯爽と駆け抜ける。何組かは増えたポイントを目当てに狙おうとしたようだが、追いつくことがまず出来ないので早々に諦めていた。

 

 

「……ん」

「ええ、そうですね。一応、防御とか囲まれた時の対処とか色々考えていたんですが……このまま走ってるだけである程度は大丈夫そうです」

 

「もうツッコまないノコ。……でも、大丈夫ノコ? 今かなり速く走ってるけど、ずっと走ってるとやっぱり疲れるノコ。──あんまり、無理はしてほしくないノコよ」

 

 

 頭に元々のポイントである『150』の、そして、首に先ほど取陰チームから奪取した『210』のポイントをつけている小森が、どこか心配そうに問いかける。小大は感情があまり表情に出ないようだが、それでも彼女からの気遣うような視線を背中に感じた。

 

 

「……ふふ、大丈夫ですよ。お二人とも軽いですし、この速度なら小一時間くらい余裕で走れそうです」

 

 

 

 ……乗馬の経験なんてあるはずもなく、小森の両手はしっかりと天魔の肩に掴まっている。小大はその小森の肩に手を置いて、連なるようにしてバランスを取っていた。

 

 鞍やら(あぶみ)(乗馬の際に足を乗せる馬具)がないので、所謂『裸馬』である。乗馬の経験がある者でも裸馬に騎乗するのは相当難しいので、乗馬初体験の二人がバランスを取ることに必死になるのも仕方のないだろう。

 

 

 

 ──言葉と視線と、行動。

 そこまで深い意味はない。……嫌な言い方になるが、良識のあるものならば『当然の言動』だ。迷惑をかけたのだから、助けてもらったのだから、そして、それが競技中ずっとなのだから。

 

 

 それでも。

 

 そうと理解していても……魔女は、まるで自分が『必要とされている』ようで──。

 

 

 

 より一層、魔女の本気度(やる気)が上がっていった。

 

 

 

 

 ──思考を回す。

 

 

 ……今は走り続けるのも有りだが、問題は『足を止めること』に特化した個性を持つ者が少なからずいるということ。

 今はその者達を避けて走っているが、()()()()()()()可能性がある以上、避け続けるのは難しくなってくるだろう。

 

 その上、二人を次の種目に進ませるためにはポイントが必要だ……逃げ続ける中でさっきのような好機がまたあると考えるのは、あまりに楽観が過ぎる。ある程度こちらから攻めていく必要があるだろう。

 

 

(ですが、お二人の個性を考えると……)

 

 

 

 

 ──できるの、ならば。

 

 背に乗る二人を主役にしたい。自分は『ほんの少し舞台を整えるだけ』の脇役に徹したい。

 

 だが、この騎馬戦という舞台……小大に至っては体育祭のルールそのものが、個性を完封してくる現状を考えると、それは少しばかり難しい。

 

 

 

 ──ならば。

 

 

 

「……小森さん、小大さん。ちょっと、お願いがあるんですが」

 

 

「ノコ?」

「ん?」

 

 

 

 

 

「──私の、『勝利の女神』になってくれませんか?」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

「もう。ほんっと、もう……ねえ、そろそろ誰かあの子に教えてあげてくれない? 自分が『絶世』系の単語が付く『異性同性ガン無視のマジでやばい魔性属性』を持ってるんだ、って。

 しかもなによ今のセリフぅ。『振り返りながら蠱惑笑み浮かべて』とか、誰から教わったのよその必殺コンボぉ。──あ、ちゃんとカメラ外した? お茶の間に届けたらやばいわよ今の」

 

『安心しろよミッドナイト! カメラマンは優秀だ! 現在進行形で放送禁止な身悶えをしている審判も、ちゃあんと外してるZE! ……って、聞いてねぇなありゃ』

 

「でも個人的な要望を言・う・な・らっ! あのセリフなら『後ろから優しく抱きしめながら耳元でそっと呟く』がイチオシね! いまの傾城傾国天魔ちゃんに言われたら……私、ワタシッ! ンア!

 

『おいカメラ止めろ』

 

 

 

***

 

 

 

「けろ。……来るみたい。二人とも警戒して」

「くっ、予想より少し早いな」

「そう? 私は開始直後からだと思っていたわ。……峰田ちゃん?」

「……ど、どうしよう。おいら、さっきの早乙女のとこに見て、あそこに飛び込みてぇって()()考えてた……! 性別的には『早乙女のハーレム状態だった』のにだ! つまりおいらは……おいらは……!」

 

「「…………手遅れ()」」

 

 

 

「っ、緑谷さん!」

「爆豪!」

「……。上鳴さん、早乙女さんの警戒はどうしましたの?」

「え? ……あ、やべ!」

 

「この状況で来られたらきついんだけどなぁ……!」

「余所見たぁ余裕だなクソナード!? つか邪魔すんじゃねぇよ半分野郎!」

「……そりゃ、こっちのセリフだ(……人選、間違ったか?)」

 

 

 

 

 競技場の雰囲気が、たった一騎の行動によって変わる。それはとても些細な変化であったが……ピリピリとした緊張感が張り詰め出していた。

 

 

「おい物間! なんか、小森たちに動きが……っつか、こっち来てるぜ!」

「ふーん。拳藤たちから奪ったばかりで、随分性急だね……身内の二人には悪いけど、お情け出場のA組は早速ご退場いただこうかなぁ!」

 

 

 A組の騎馬……その中でも、激しやすい上に高ポイントを所持している爆豪の騎馬を狙っていたのだが、開始早々に三つ巴の(しかも全部がA組高ポイント)激戦をおっ始めてしまう。

 

 『B組一丸でA組を下す』──という彼、物間の作戦の下に行動していた騎馬たちは、その三騎の攻防のあまりの激しさに尻込みし……終わるまで別の騎馬を狙おうか、と僅かに足踏みしていたところだった。

 

 

「──というわけで、任せたよ鉄哲ゥ!」

 

 

「俺か!? でも考えりゃ拳藤たちの敵討ちか! っしゃあ行くぜぇ!」

「『乗せられるの早すぎ』ってのと『お前がいかねぇのかよ』ってツッコミは……いいや、面倒だし」

「しっかり言ってるけどな……なんか、嫌な予感するから注意だけしてくれよ」

「言われずとも、油断慢心は致しま──っ鉄哲さん!」

 

 

 ──鋭く走った女子の声、その声の質を理解して咄嗟に警戒を高めるが……それは、致命的に遅かった。

 

 

 『まだ少しある』という距離は、走り方を変えた幻馬によって一瞬で詰められた。

 『攻撃手段に乏しい』という先入観は、騎手である鉄哲に叩き込まれた『黒く長い棒状の何か』への反応を遅らせた。

 

 鉄哲の個性『スティール』。発動こそすれば鉄の硬度を発揮するが……発動できなければ平均よりちょっと頑丈な男子高校生に過ぎない。バシンという痛そうな重い音は、鉄ではなく肉に叩きつけられた証拠だ。

 

 

「ぐあ……!」

「鉄哲!?」

 

「っ、守りま──」

「ま、待て! 今ツル出したらダメだっは、あああ!?」

 

 

 即座に反応できたのは骨抜。『柔化』の個性で周囲の足場を崩すも、僅かに間に合わず跳躍を許す。自分の騎馬を巻き込みこそしなかったが……身動きが取れなくなってしまった。

 

 塩崎の判断もまた早い。

 確実に来るだろう二撃目を予測し、そしてハチマキは取らせないと『ツル』……イバラをドーム状に展開するが、それが悪手だった。

 

 上から落ちて来た『巨大な布』。それの繊維にイバラの棘が絡まり、そのまま鉄哲らの騎馬に覆い被さってしまった。

 とっさにイバラを払おうとすれば、男子の誰かに引っかかった部分が引っ張られて騎馬ごとバランスを崩してしまう。

 

 

 ──当事者にも関わらず若干客観的に状況を見ていた泡瀬は、その巨大な布に見覚えがあった。見覚えがあったというか……今も自分が、サイズこそ違うが同じ物を着ているからだ。

 

 

(……え、ちょっと待て。じゃあ脱いだの? ……女の子が!?)

 

 

 ──ちょっとだけ、ほんとうにちょっとだけ──鼻呼吸に比率が寄ったのは、彼の名誉のために内緒にしておこう。どうせ、真実を知るまでそう時間はかからないのだから。

 

 

 

 

「ノコノコ♪ 作戦だぁい成功♪ 早乙女さん! 高ポイントハチマキ、ゲットノコ!」

 

「おかえりなさい、小森さん! 小大さんもナイスアシストです! それじゃあ一旦離脱しますよ!」

「ん!」

 

 

 そして布……『小大の個性で巨人サイズになったジャージの上着』の中から、いつの間に侵入していたのだろうか、ひょっこりと顔を出した小森を天魔たちが回収してポイントゲット。

 ……ほんの数秒の攻防は、天魔たちが奇襲から圧倒する形で終わった。

 

 

 

「……審判! 鉄哲を殴ったアレ、反則じゃないのかい!? ヒーロー科が『アイテムを持ち込んで』るじゃないか! いいのかなぁ!? 特別参加な上に、特別許可とか、幾ら何でも贔屓が過ぎるんじゃありませんかぁ!?」

 

『ウフフ、いい噛みつき方! 反抗期な青春もいいわね! 

 答えるけどセーフアウト云々の前に、審議すら必要ないわ! だって『ジャージの上』と──『髪の毛』よ?』

 

 

 

 高速で駆け、離脱していく天魔の右手。

 色故に若干わかりにくいが、目を凝らしてみれば……確かに紐状のものが数十本ほど、編みこまれるようにして一本の太い縄になっていた。

 ……髪にしてはやたらと太過ぎると思ったが、それを変えられる個性があのチームにはいるのだ。

 

 

 もちろん、ただの毛髪のサイズを大きくしたところで、武器になるはずがない。

 

 

 生半可な刃物では、傷付けることさえ難しい魔女の髪。

 ……ただの毛髪とは、何もかもが比較にならないだろう。

 

 

 

「ちょ。物間ぁっ、いやこの際誰でもいいから! 助けっ、小森のやつ置き土産に中で胞子ばら撒きていきやがった!」

「白くてデカイキノコ……毒があるやつはさすがに使わないと思うけど、いやでも小森なら痺れるくらいのなら十分あり得るし……しかし、これ、結構重い……!」

「ああああ私の髪が……」

 

 

 巨大化したジャージが盛り上っていく。見れば、四人の体から大量の白いキノコが元気に成長していく……物間は己の失策を認め、ため息をついた。

 

 

 『勝つために』『A組に一泡吹かせるために』だから、『妥協なく戦力を集中させよう』とクラスメイトたちに提案したのは物間だ。その結果、十中八九小森と小大があぶれるだろうと予測もした。

 

 

「……その結果が、アレを呼んじゃった、と」

 

 

 

 

 再びため息を一つこぼす。再びどうするかと思考を加速させるその片隅で思う──反則はなかったけど、アレの存在自体が反則じゃないか、と。

 

 

 

 

***

 

 

 

「あら──ニオウシメジですね。あれ」

 

 

 チラリと見た鉄哲たちの惨──現状を見た天魔が、彼らが引っこ抜こうとしている巨大なキノコを見て、あるキノコの名前をポツリと呟いた。

 

 

「ノコ!? せ、正解ノコ! 『大きい』『重い』『毒がない』って言ったらあのキノコノコ! よくわかったノコね!」

 

 

 『無名でこそないが一般知名度は低い』──そんなキノコの名を一発で言い当てた天魔に、キノコ大好きな小森はテンションを上げる。

 ……ジャージを脱いだことで露わになった天魔の肩(※黒のランニングシャツ着用)にドキドキしていたことなど、一瞬で忘我の彼方だ。

 

 

「ちょっと前に大物が一株丸ごと送られてきたことがあったんですよ。……キノコ料理のレパートリーを一気に増やしてくれた、思い出の食材です」

 

 

 生食は禁止、老成すると異臭を発する……という二点だけ注意すれば、非常に美味な上に使い勝手の良いキノコである。

 

 ただ、デカイ。ちょっと尋常じゃないくらいに大きいのだ。

 

 一株で10kgを超えることも珍しくなく、公式記録では100kg近い重量を叩き出したことがある『仁王占地(ニオウシメジ)』。無数のキノコが合流して一つの株となるので、本来は絶対にあり得ないのだろうが……人体に生えた場合、その行動阻害力は抜群だろう。

 

 

 ちなみに、どんな料理かと聞かれ。

 ゴロッとサイコロ状にしてシチュー。細くカットしてパスタの具。丸ごと炭火で焼いて醤油をかけたら、住まいのマンションで(めし)テロを起こした。

 

 そんなことを話していたら、背後からゴクリというかジュルリという音が聞こえた気がしないでもないが、いまはどうしようもないので気にしないでおこう。

 

 

 ──閑話休題。

 

 

 

(これで現在のポイントはおよそ1000……安全圏、とはまだちょっと言えませんね)

 

 

 所持していた初期ポイントは150。そこから拳藤らの210と、鉄哲らの705を加え、保有ポイントは一気に増えた。

 

 ──例年通りならば、次の第三種目は個人戦だ。そして、確実にトーナメント形式が取られるはずである。

 シード枠はなく、さらに第二種目で残った人数が42名なのを考慮すれば、先に進めるのは16名と見てまず間違いないだろう。

 

 実質四組の騎馬が次に進めることになる。現在でこそポイント合計は二位だが、状況によっては四位にギリギリアウト、というところだろう。

 

 

(せめて、あと500pは最低でも欲しいところですが……)

 

 

 

 確実に突破するならば緑谷の持つ一千万を狙うべきなのだろう。だが逆に、天魔は最初から『一千万だけは絶対に狙わない』と決めていた。

 

 

 

 熾烈な争奪戦は容易に予想できる上に、取ったら取ったで全騎馬から狙われる。自分一人なら取るのも逃げ切るのもどうにでもなるだろうが、二人はおそらく耐えられないだろう。

 

 その上、二人を世間にアピールする必要がある。そのためには、『天魔本人が騎馬の主力』となりその上で『二人の的確なサポートを受けた』──という形が望ましい。

 魔女の個性の万能性を考えれば、基本的にどんなサポートも必要ない……のだが、幸いにして天魔の個性は『ケンタウロスの亜種』と観客たちには思われている。攻撃系や補助系の魔法を使わず目立たなけれ──……。

 

 

 

「……あ」

 

 

 

治  使  が

癒  っ  っ

魔  て  つ

法  ま  り

   し  と

   た   

 

 

「…………」

 

 

 開幕当初。しかも、結構目立っていた中で、思いっきり魔法を使って治療を行っていたことを思い出す。

 

 ──作戦を思いつく前の出来事だからどうしようもない上に、治療を行ったことになんの後悔も反省もないのだが、こう……なんとも筆舌にし難い恥ずかしさがあった。

 

 

(あー、まあ、どうにかなるでしょう。どうあれ、私は第三種目は棄権するつもりですし。お二人さえ進めればいいわけですから)

 

 

 さっさと切り替えて、想定した安全圏と思われるポイントを取りに行くため、競技場に設営された巨大モニターを見る。

 騎馬戦開始から数分、すでに自分たちのようにポイントの奪い合いが発生し、所持ポイントも相応に変化しているからだ。各騎馬が今、どれだけのポイントを持っているか知る必要がある。

 

 ……理想は、一本で500に近いポイント。それを取り、そのまま速度を上げて逃げ切る。その上で三つ巴の一千万の行方に注意しながら……。

 

 

 

 

 

 

 

「………………え?」

 

 

 

 ゼロの数字が、並ぶ。

 

 そして。

 

 

 ()()()での最下位が、ずらりと映し出された。

 

 

 そして、緑谷しか狙っていない爆豪・轟のすぐ上に自分の順位があり……その緑谷と自分の間。

 

 ()()()()が、その1300近いポイントと共に、そのチーム名を映していた。

 

 

 

 蹄の音が、やけに聞こえる。ポイントの争奪戦が繰り広げられているはずなのに。

 

 意識して離れていたはずなのに。一千万を巡る三つ巴の激闘の音が、やけに聞こえる。

 

 

 

(なにが……)

 

 

 

 

 

『……おーい、そこの……ケンタウルス、でいいのか? まあいいや。そこの女子チーム』

 

 

 

 

 

 

 ……反応し、反論した記憶はある。

 

 だが、そこからの記憶が……試合が終って、審判であるミッドナイトに触れられるまで、完全に飛んでいた。

 

 

 

 慌てて後ろを確認する。そこには……まさに『心ここにあらず』といった小森と小大が座っていて……。

 

 ──小森の首にも額にも、ハチマキは一本もなかった。

 

 

 

 




読了ありがとうございました!

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