「……ッソが!」
「ちっ……!」
「で、デクくん……? い、いま終了て……!」
「はぁ、はぁっ、うん……! すっごいギリギリだったけど……でも!」
激戦を終え、三騎12名全員がそれぞれ肩で息をしている状況。
視界に入る二人の騎手の額には、スタート時に割り振られた『665』と『615』のハチマキがそれぞれあり……自身の額にも、ハチマキの締め付けが変わらずにあった。
「一千万! 守り、きった……!」
何度も何度も危機があって、綱渡りどころか紐渡りみたいな賭けもしたが……その結果。
緑谷を騎手とした麗日、常闇、発目の四名は、騎馬戦一位突破という快挙を成し遂げた。
「「いやっ、たぁあああああああ!」」
「皆で掴んだ勝利……否、栄光だ」
『マア、一番活躍シタノハオレダケドナ!』
「本当に……本当にギリギリだった……!
発目さんの開発したアイテムがどれか一つでもなかったらやばかったし麗日さんにも無理を強いちゃってなんどもキャパオーバーしかけたし常闇くんのダークシャドウがいる実質五人騎馬じゃなかったらできなかった作戦だし逃げの一手じゃなくて守りの一手だよねこれ最初にかっちゃんに捕まったのが拙かったいやそれを考えたら最初に早乙女さんに意識を割きすぎたんだそれ以外にも──」
「デクくん、ブレスいれよ。呼吸や。いまノンブレスブツブツやったら真面目に命に関わってまう」
「ここまで来るともはや一芸だな……」
「作ったベイビーたちがお役に立てたようでなによりです! まさか私も体育祭で使おうと思っていたベイビーたちが八割も出せるとは思ってもみませんでした!
あ、見てください! 結果が出ましたよ! 当然私たちが一位ですがっ!」
発目が指差した巨大モニターに、王冠のマークと緑谷たち四人の顔が映し出される。
それを見て、より一層胸に込み上げるものがあって……泣きそうになったのは、内緒だ。
続く二位。三つ巴の騎馬戦が激しかった上に、轟が何度も作り上げた氷が壁になったこともあって、他のチームの情報がほとんど入ってこなかった。
それでも、わかる。十中八九、彼がいるとしたらここだと。
「「「……だれ?」」」
なのに……知らない三人の名前と、A組の尾白の名前があった。そして、なによりもそのポイントだ。合計で2000近いポイントを獲得している。
三位に爆豪、四位に轟と続き……惜しくも進出を逃した五位には、天魔のチームに最初に突撃した拳藤チームが、390のポイントでランクインしている。
そして……残りの全チームが六位。全チームが、0ポイント。その中に天魔の騎馬もあり……。
第二種目騎馬戦、一位通過。
……その喜びが、あっという間に沈んでいった。
─*─
「えっ、と……あ、八木さーん!」
ガリガリの細身・2メートル超えの長身・金髪という結構目立つ容姿の人物は、人混みの中でも割と簡単に見つけることができた。
──ヤギ? 山羊? と周囲にいた幾人かが振り返り、人の名前かと理解して振り戻る。さらにその中の何人かが呼んだほうの天魔を見て、あれ馬じゃないと首を傾げていた。
「おーい──早乙女しょうねーん!」
……周囲にいた全員が、振り返って首を傾げた。そして、ああ聞き間違いだな、と呟き、納得&確信して、それまでの行動を再開していく。
「…………」
「……早乙女少年。生きて。お願いだから生きて。君いますっごい目が虚ろだから。虚無が在るから目の奥に。紐とか刃物とか持ってたら預かるからすぐに出しなさい。……持ってない? ほんと? 信じるよ?」
「あハは、イヤですネぇ。ワタシもぉさすがに慣れましたYO?」
「(うわーこれやっべ)ほ、ほら! 買いに行こう! ね! う、うわー私、出店なんて久しぶりだなー!」
〜出店買い物中〜
若干虚ろな目をした『雄英の女学生』を『金髪の不審者』が連れ歩いてる──という報告があったりなかったり揉み消されたりしている中、十数店を二人は無事に回っていた。
「あの、結構な量買いましたけど……やっぱり私も半分出しま──」
「出さないで! 本当にお願い! もうすでにボロッカスになってると思うけど、私の大人のあれこれのためにもここは私に払わせてくださいお願いします……!」
かなり本気で頭を下げる。ボロッカスになっている大人のあれこれをかなぐり捨てたふつくしい直角の礼に、天魔は取り出そうとした財布をしまった。
……この分はお弁当のグレードアップで返そう、という謎の決意と共に。
八木の両手、そこそこ大きな袋に詰められた、『日本のお祭りの出店といえば!』という品々。
……栄養バランスなんて知ったこっちゃねぇと言わんばかりの内容に、目の据わった天魔が収納魔法からエプロンを取り出そうとして、それを八木が宥めたのはつい先ほどである。
「あ……ちなみにさ、さっきはなにを作ろうとしたんだい?」
「玄米と山菜の混ぜご飯で作ったオニギリを」
即答だった。そして……止めたのを、ちょっと後悔した。
「あ、焼きオニギリでもいいかもしれませんね。お味噌とお醤油に良いのがありますから、香りもソースとかに負けませんよ?」
そしてまさかのスグサマグレードアップ。止めたことをかなり後悔した。それこそ。過去に戻れるなら止めた自分のほうこそ止めてやりたいレベルで。
……ガッツリ系も大好きだが、おじさんの体は無意識に健康に良さそうな食事を欲してしまうのである。
「……どうしよう。正しいことをしたはずなのに、早くもちょっと後悔し始めてるよ」
「はは。じゃあ、今度のお弁当で作ってきますね」
……両手の袋がなかったら、かなり真面目にガッツポーズくらいしていたかもしれない。
それくらいに、しっかりと天魔に胃袋を掴まれていた。
(まあ、掴まれる胃袋ないんだけどネ! ……。うん。これは止めよう……自虐ネタになっちゃうね。それも全然笑えないタイプの、空気が凍っちゃうやつだ)
気を取り直して。
USJの襲撃から二週間と少し。それから毎日欠かさず、天魔による食事と睡眠の改善を施された八木──オールマイトは、それはもう劇的に改善していった。
マッスルフォームの状態では衰えてきたパワーがだいぶ改善され、感覚的には全盛期と最低期の間くらいまで戻りつつある。活動時間はもっと顕著で、出久に個性を譲渡した頃には三時間を切っていたはずなのに、今ではなんと倍の六時間だ。
トゥルーフォームの状態も、まだだいぶ痩せているが……少なくとも『骸骨』というイメージはかなり薄れてきている。以前は事あるごとに吐血していたのが、それもなくなった。
(……本当に、足を向けて寝れないよなぁ)
『一食とはいえ普通に食事ができる』
『穏やかに眠ることができる』
それだけでも込み上げてくるくらいに嬉しいのに、目の前の魔女はその状況にこれっぽっちも満足していなかった。
改良と改善の模索。手を変え視点を変え、少しでもよくなるようにと。
……『天魔から相談を受けた』というリカバリーガールからこっそりと教えられ……軽く泣いたのは、まだ記憶に新しい。
二人はそのまま食堂……が超満員だったため仮設の休憩所まで赴く。八木へ魔法を施し、どこか懐かしい味に舌鼓を打った。
「その──さっきの騎馬戦、残念だったね」
「あー。はは……お恥ずかしい。彼──心操さんでしたか? 完璧にしてやられました。
小森さんと小大さんには後で謝らないといけませんね……最終的に、私が足を引っ張る形になっちゃいましたし」
浮かんだ苦笑には、負けたことに対するあれこれは微塵にもなく。
何よりも、組んだ二人への申し訳なさが強かった。
だからだろう。『女子扱い』……天魔は今回の件で、もう、本気で諦めようかと考え始めている。
なにせ『女子チーム』と心操に呼ばれ、それに真っ先に反論した天魔が騎馬の中で最初に行動不能になってしまったからだ。
……天魔が固まり、続けて小大。最後に、いきなりの事態に混乱してしまった小森、と順次記憶が飛んで……気付いたら競技が終わったいた。
小森曰く『返事をしたら固まっちゃったノコ』とのこと。
加えて、一人騎馬をしたことも完全に裏目に出てしまった。
「慰めになるかどうかはわからないけど……私もね、結構長い事ヒーロー業界に関わっているけど……あそこまで強力な『初見殺し』は、ちょっと見たことがないよ。事前情報がなければ、わ──オールマイトでも、対処は無理なんじゃないかな」
心操 人使。個性『洗脳』
声をかけ、返事を返してしまえば条件クリア。洗脳は一度に一人、かつ軽い衝撃で覚めるようだが……人数制限や時間制限は現在のところ未知数である。
八木から見ても、それは異様な光景だった。三騎馬は激闘を繰り広げる中で、残りの騎馬は一騎を除いて固まって動かないのだ。しかもそれを、ヒーロー科の生徒ではなく、まぐれで第一種目を突破したと思われていた普通科の生徒が一人で作り上げたのだから、なおのこと。
……一般の観客は、それをつまらないと判断しただろう。心無い者であれば『ヴィラン向けの個性だ』と罵るかもしれない。
だが、未来のサイドキックを下見に来たプロヒーローたちは違う。
『言葉で受け答えするだけで相手を無効化できる個性』を目の当たりにし、その真価をすぐに見出した。
例えば、人質を盾にするヴィラン。一か八かの手段も、万が一の犠牲も無くなるだろう。
例えば、裏社会に潜むヴィラン組織。洗脳の強度にもよるが、長年探したアジトが一発で発見できるかもしれない。
例えば、例えばと……ベテランであればあるほど、歯痒い思いをしていればいるほど、彼の評価を上げていく。
「ふふ、オールマイト先生でも無理じゃあ仕方ありませんね。なら、ヴィラン側に同様の個性の方がいないことを祈りましょうか。
……あれ? これ、真面目に冗談じゃ済まない……?」
割りとガチ。
情報がなかった場合、ソロのヒーローは本気で手立てがない。コンビか、少なくともサイドキックと二人以上で行動する、くらいの対策しか思いつかなかった。
「君の魔法でも無理そう?」
「……イメージが全くできないので、今はなんとも言えませんね……っと?」
天魔のジャージポケットからのんびりしたオルゴールの音色。スマホを取り出してみれば、『八百万さん』からの着信。
「なんだろう?」という疑問が浮かんだが、すぐに「聞けばわかるだろう」と判断し、八木に断りを入れてから通話をタップする。
……それが、おそらく天魔の人生で『一番忘れられないスマホ操作』になることを、彼はまだ知らない。
***
『レディースンエーンドジェエエエントウメェエエエン!! しっかりお昼して来たかぁ!? 我が校の食を司るクックヒーロー『ランチラッシュ』にぃ、悲鳴上げさせて来たかー!?
……え? 本当に悲鳴あげてた?
──……尊い犠牲にッ敬意を評し! さあ、いくぜ午後の部ぅ!』
『おい、勝手に
……えー、始める前に、雄英高校ひいてはランチラッシュからのお知らせです。
『雄英OB、OGの皆。食堂を懐かしがってくれるの嬉しいけど『大人の経済力を行使した食い溜め』をやってくれた全員は漏れなく今後出禁にする』──とのこと。
裏付けの取れた562名の卒業生は、以降学校行事による公開中でも食堂は利用できません。真面目に反省してください』
観客席の至る所で絶望に打ちひしがれる大勢を無視。そのまま、午後の部の最初に行われる自由参加のオリエンテーションに移ろうとして……。
『それでは、あー、午後の部のオリエンテーションを──そのー……』
歯切れ悪く言い淀むマイク。その隣で、一年A組の担任 相澤 消太先生は、眉間を強く揉んだ。
正直触れたくない。できるならこのままスルーしたいが……無理だろう、これは。
『……なに、やってんだ? おまえら』
眼下、オリエンテーションに出場するために会場入りしている生徒たちの中で、一際目立っている女子生徒たち。深い青に白いラインが入ったジャージではなく……その中にあって、やたらと映えるのは鮮やかなオレンジ色。
『ま、まさかのチアガール・コスプレー! HA、HAHA! あれか、観客へのサービスか! うん! かわいいZE!』
腋出しヘソ出し、スカート丈はかなり短く……衣装と肌面積の比率が大変なことになっている。親御さんが見たら『うちの娘に何着せてんだ!』と苦情が来そうな露出度だ。
「あ、あの……相澤先生! 午後の部の最初に、ヒーロー科女子によるクラス対抗の応援合戦があると……!」
──チアガールコスの作成者である八百万が、顔を青くしながらも問う。……本当は入場してからとっくに気付いているのが、『ある事情』によって藁にも縋りたいのだろう。
『……答えてやるが、なんだそれ?』
「──っ騙しましたわね上鳴さん峰田さん!?」
悲鳴のような糾弾を向けられるが、その犯人たちは作戦成功! とばかりにハイタッチ……しようとした上鳴が、膝をつき両手を天へ突き上げる峰田に目を瞬かせていた。
「上鳴ぃ、聞いてくれ上鳴ぃ! オイラの、オイラのリトル峰田が!」
「いや聞きたくねぇよ峰田のリトル峰田のことなんか。つかどうしたお前ガチ泣きしてるじゃねぇか!?」
呼吸。
「オイラのリトル峰田が、早乙女に反応してねぇんだ! つまり、つまりっ、オイラは正常だったんだぁああ!!」
『午後の部・オリエンテーションスタァアアアトォオオオオ!!? ゲッホ』
魂の叫び。相当に力を込めたのか、声に関する個性を持つプレゼント・マイクにも迫る声量がスタジアムに響き渡る──のを、とっさの判断でオリエンテーション開始を宣言したプレゼント・マイクにかき消された。
だが、現場でしっかりそれを聞いた……『七人』のチアガールの中で。
一番背が高く。
一番髪が長く。
そして一番、スレンダーな体型のチアガール──早乙女 天魔が膝を突き、崩れ落ちた。
……なお、登場から相当な数のカメラにフラッシュが焚かれていた1-A女子だが、天魔もそこに違和感なく入っている。それどころか……いや、もはや皆までは語るまい 。
「……ふふ、ふふふ」
無意識に座っただけなのに女の子座り(アヒル座りとも呼称)になっている。そして当然のように……違和感さんは、お仕事を放棄していた。
「……全国、中継。女装姿、堂々公開」
チアガールたちに向けられる無数のカメラ。そして、この状況を作り上げた二人の青少年への男性観客たちの賞賛の歓声。
その中で。
「──終り、ましたね。ええ、これで、なにもかも」
目を閉じ、静かに一筋の涙を流す。その姿はまるで、長い長い戦いを終えた戦士のように──……は、残念ながら見えなかった。
どこをどう見ても、『チアガールの大会で全力を出し切って、惜しくも一歩及ばなかった美女』である。
唯一の救い……かどうかは定かではないが、天魔だけスカートの下に膝上くらいまであるスパッツのようなインナーをつけている。まあ、それがグッとくる方々もいるらしいが。
「し、しっかり早乙女さん! でもこれだけは言わせて! すっごい今更やけどなんで了承したん!? いやほんまにすっごい今更なんやけど!」
(さ、さっきからチラチラ見える
「いやぁその……もう、諦めちゃおうかな、って。了承する前っていうか、提案される前から衣装作られて差し出されてましたし。返答する間も無く他のみなさんに更衣室まで押されましたし……だから、だから……」
ちなみに、天魔を更衣室まで押し込んだのは三人。
お祭りだからハッチャケたい酸性少女と透明少女、そして、チアガールが恥ずかしいから一人でも道連れを増やしたかったイヤホン少女である。
無重力少女とカエル少女は、着替え終わって更衣室を出たらすでに七人目がいた状態なので、非はないはずだ。
(同じ色白系だけど、くっ、肌質が完全に負けてる……!)
(む、ムダ毛がどこにもないんだけどぉ)
(……ねえ、線は? 結構背中丸めてるんだから出るでしょお腹に線が! お昼後だよしかも!?)
((自分だって線ないじゃん透明なん……ああ、なるほど))
(ちょ、今何をなるほどしたの!? ……無いからね!? お腹に横線なんてできないからね! ……でき、てないよね?)
「けろ。……被害者も加害者もダメージが大きいわね。黒幕の峰田ちゃんが一人勝ちだわ」
「あはは……私、これでも結構努力してきたんですよ? ハードな加重トレーニングしたりプロテインを多く摂ったり。実は地声もちょっと高かったから、魔法で喉を整形して違和感のないレベルまで低くしたり」
服を買いに店に行っても、店員からは確実に「レディースはあちらですよ?」からの「彼氏さんへのプレゼントですか?」のコンボで声をかけられる──などなど。
どこか疲れ果てたような様子とは裏腹に、出てくるわ出てくるわ、堰を切ったような勢いで重ねてきた努力とそれが水泡に消えた結末たち。
「でも、これで……おかげで、ええ。諦めが付きましたよ。
嗚呼でもこれ、流石にちょっとやりすぎましたかねぇ。将来色々やばそうです。ヒーローデビューはまあ……なんとかできるとして、結婚とかそのあたり、ははっ」
「けろ……大丈夫よ早乙女ちゃん。貴方、絶対引く手数多だから。それも男女年齢問わず」
「うん、むしろ争奪戦起きるんやない? ……結構血みどろな……」
「……。
え? あ、あの、すみません、お二人がなにを言ってるのかわからないです。あと目がすごい怖……あのぉ……?」
***
<NGシーン>
「はは、引く手数多、ですか。……なら蛙吹さんか麗日さん、もらってくれますか?」
「「「「「ぃ喜んでぇぇええええ!!」」」」」
「あ"あ"!? 引っ込めや
「お茶子ちゃん。爆豪ちゃんになってるわよ? あと、けろ。私も忘れないでほしいわ?」
<NGシーン その2>
「……」ガタッ
「……」ガシッ
「「……ッ」」グググググ……
読了ありがとうございました!
そして……おそらく、想像してなかった人は、多分いないと思います。