魔女のヒーローアカデミア   作:陽紅

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MP31 …魔女狩りの計…

 

 

「ありゃ、一佳? さっき『ちょっと用事があるから』って言ってなかった? もう済んだの?」

「あーいや、まだ済んではいないんだけど。あれは……どっちなの?」

「なにが……?」

 

「あ、でも大丈夫。可愛くて綺麗だった。これは本当」

「だからなにが?」

 

 

─*─

 

 

『雄英体育祭閉会式終了まで正座』

 

 罰則対象者:葉隠 透、耳郎 響香

 担任コメント:イベントだからと言ってはしゃぎすぎです。個人の尊厳を踏みにじったことを理解し、反省しましょう。

 

 

『個人種目にて敗退したのち、上記罰則に参加』

 

 罰則対象者:芦戸 三奈

 担任コメント:第三種目敗退後、上記同文。なお、体育祭優勝した場合は反省文を一週間以内に提出すること。

 

 

『被害者である早乙女 天魔に誠心誠意謝罪』

 

 罰則対象者: 八百万 百

 担任コメント:騙される奴が悪い……とまでは言いませんが、状況を的確に判断し、かつ情報を集めてさえいればこの一件は回避できたはずです。罰則対象の女子の中では一番軽い罰則ですが、『自分が始点である』ということを忘れないように。

 

 

 

 

 

 

『三ヶ月間、座学授業中正座』

『校内清掃活動従事』

『反省文の提出』

  +体育祭中上記三罰則

 

 罰則対象者:上鳴 電気、峰田 実

 担任コメント:

退学処分じゃないだけありがたく思え

 

 

 

─*─

 

 

 

 一年生各クラスの観戦席。その一年A組に割り振られた場所の、後方に設けられたわずかなスペースにて、正座で座る数名の男女がいた。

 現在、競技場でオリエンテーション競技の借り物競走が白熱しているのだが、打って変わって、そこは嫌な静けさに包まれていた。

 

 

「……男二人の罰則がやたらと重過ぎる気が。ちょ、ちょっとふざけただけじゃん。退学じゃないだけって……なぁ?」

 

「──と、犯人の一人はこのように供述しており、反省の色は薄い模様です。以上、現場の瀬呂くんでした」

「瀬呂くんやめてそれ結構ガチに聞こえるから」

 

 

 左から順に峰田、上鳴。その男子二人から少し間をおいて、未だチアガール状態の芦戸、葉隠、耳郎、八百万が並んで正座している。

 ……上鳴と芦戸、そして八百万は罰則内容からするとまだ条件外、もしくは正座免除なのだが……罪悪感からか、自主的に正座を始めていた。(上鳴は女子二人の自主性を見てからちょっと悩んでから)

 

 

 そんな一同の前で、空想カメラに向かって空想マイクを使い、空想スタジオへの中継を終えた瀬呂は、上鳴の様子にため息を一つ吐いて、彼の前でしゃがんだ。

 

 

「……ガチに聞こえるんじゃなくて、ガチなの。峰田もだぞ? お前らさ、早乙女が女子扱いされんの、結構マジで嫌がってたの知ってるだろ。

 

 そりゃあオレだって、たまに本気で『あれ早乙女ってどっちだっけ』って悩むけどさ……でも、本人が嫌がってることやらせちゃあダメだろー? もしもトラウマがある系だったらどうすんの? しかも全国放送だから取り返しつかねぇし……普通に、絶交クラスのやつだぞこれ?」

 

「い、いや絶交クラスって……」

 

 

 そんな大袈裟な──と苦笑しようとして、苦笑しようとしたのが自分だけな事に気付いて、頬を引きつらせた。

 

 女子は瀬呂の言葉にビクリと肩を揺らしてから俯き、峰田は顔を青くして震えている。

 

 

 

「が、ガチでヤバイ、やつ……?」

 

「ガチガチでやばいやつだと瀬呂くんは個人的に思います。……正直オレ、『わー女子のチア衣装可愛いー』って思う前に、腹立ったもん」

 

 

 

 ──いや、まあ可愛かったけどさ、と。内心で付け加え、上鳴の……いや、全員の反応を待つ。

 

 

 ──応えてくれよ、と。

 ……これまた、内心で思いながら。

 

 

 

「……バカかよ。正座で反省するよりも先に、やらなきゃいけない事あるじゃん……ッ!」

 

(お)

 

 

 勢いよく立ち上がり、真っ先に駆け出していくのは耳郎だ。それに間を置かず、芦戸と葉隠、八百万が追走。男二人もほとんど同じタイミングで駆け出そうとしたようだが……正座で足が痺れたらしく、盛大に転んでいた。

 

 

「……ふぅ。これでまあ、とりあえずは大丈夫だろ」

 

「お、おう……しかし、なんつーか、ちょっと意外だ。瀬呂って案外熱い奴だったんだな」

 

 

 席に座り、場の成り行きをハラハラしながら見守っていた砂藤が一仕事終えた感じの瀬呂に言う。

 

 それに対して瀬呂は肩をすくめ、苦笑を浮かべた。

 

 

「いやいやぁ、瀬呂くんはクールキャラだから。熱血は切島とかに任せるよ。

 

 

 折角さ……こんなにいいメンバーなんだ。空気がギスギスすんのは、嫌だろ?」

 

 

 バカをやるのも、盛り上げるのも、行き過ぎた時に冷ますのも、きっと自分じゃない。かと言って蚊帳の外は寂しいし、なによりも詰まらない。

 

 

(『良い感じになった空気を保つ』のが俺の性分なんだけどなぁ……まあ、今日はしょうがないっしょ)

 

 

 駆け出してから少しして……ちょっと離れたところから聞こえてくる悲鳴。

 

 そして、悲鳴の直後に「見るな男どもぉ!」という、なんとも頼もしい叫びと打撃音。そこから始まるもろもろをBGMに。

 

 

 ──瀬呂 範太は、短い昼寝を楽しむことにした。

 

 

 

 

「ん……あれ? これ早乙女。結局は女子扱いされてないか?」

 

「アレはネタ。みんなで楽しめるからおーけー」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 自由参加のオリエンテーションが終わり、セメントスがその個性で巨大な正方形の舞台を作り上げて行く傍で、その予定外は進行していた。

 

 第三種目はトーナメント形式の個人戦。純粋な戦闘力が競われるとあってか、観客の期待も否応無く高まっていった。そして、ミッドナイトが抽選によるトーナメント表の発表を行おうとした、まさにその直前。

 ──なんと、三人が同時に『辞退』を宣言したのだ。

 

 

 騎馬戦で二位通過を果たした心操チームの、心操を除くヒーロー科の尾白、庄田、鱗の三名である。

 

 

 

「バカなことをしてるって自覚はあるよ。たった3回しかないチャンスだってことも。……でも……! それでも俺は、他力本願で掴んだチャンスなんて受け入れられないんだ!」

 

 

 汚したくないプライドか、それとも、絶対に譲れぬ信念なのか。

 

 正々堂々たる三人の言葉と在り方はヒーローとして好ましいものであり、辞退そのものは観客たちに受け入れられたが……ここで困ったのは先生方だ。

 

 

 

 『だから、ソレ、もっと早く言ってよ』──と。

 

 

 

 いや、わかるのだ。

 

 三人とも大いに葛藤し、ギリギリまで悩みに悩み抜いた末の決断なのだろう。

 

 

 だが、障害物走と騎馬戦の間でのA組青山の前例があるせいで、どうしても、そう思わずにはいられなかった。

 

 なにせトーナメントはもう組んでしまっているのだ。試合の疲労やらの公平性のためシード枠など作れるはずもないので、すぐに三名分の空きを埋めなければならない。

 

 

 単純に騎馬戦の順位で繰り上げるならば、五位の拳藤チームなのだが……四人の中で一人だけ進めないというのもこれまた決まりが悪い。

 

 致し方ないが、拳藤チーム内の話し合いか、最悪ジャンケンで決めてもらうしかない……と、そんな雰囲気の中で。

 

 

 

「すいません。順位繰り上げの件なんですけど……その、私たちがその繰り上げを辞退する代わりに、他のチームを推薦してもいいでしょうか?」

 

 

 という、拳藤の発言。

 

 ……ここらへんから、昨年『留年した生徒』と『留年させた先生』の胸中に、どことなく嫌な予感が湧き始めていた。

 

 

 拳藤はさらに、推薦したいチームは二つあると言い、三名の空き枠を二と一に分け、その二チームの代表を第三種目トーナメントに進ませてほしいとも提案。

 

 

 二名の方の枠は、B組で構成された鉄徹チーム。指名された瞬間に鉄徹と塩崎がそれぞれ骨喰と泡瀬の二人に推され、トーナメント進出が決定。

 

 

 

 そして、残る一名枠が……もう、お察しだろう。天魔のいるチームが推薦された。

 

 なんでも『借りがあるから、それをここで返そうと思った』とのこと。

 ……おそらく、角取が暴走した際に柳が腰を傷め、それを天魔が治療した事を言っているのだろう。

 

 

 ──ここらへんから、昨年『留年〜中略〜の胸中に、どことなく湧き始めていた嫌な予感が、次第に強くなっていった。

 

 

 だが、まだチームとして推薦されただけだ。拳藤たちの視線が明らかに一人に集中している気がするが、気にしたら負けである。

 小森か小大。ルールを考えれば小大は圧倒的に不利だから今回は……と瞬時に考え、早速行動を起こそうとし──。

 

 

 なのに……両肩をポンと──左右で大きさの違う手で叩かれ、出鼻を挫かれた。

 

 

「ノコたちのチームからは早乙女さんノコ。……正直、騎馬戦も頼りっきりだったし、差し置いて進むなんてできないノコよ」

「ん」

 

 

 ここでようやく、天魔は一連の状況が『打ち合わせ通り』なのだ、と理解した。

 

 おそらくB組の拳藤。彼女の主導だろう。不機嫌そうにしながら、しかし口を挟まない物間を見ればわかりやすい。B組全員も納得済みという顔だ。おそらく、三人が辞退する旨を予め聞き、根回しのために動いたのだろう。

 

 

(こ、この流れで辞退するのは……)

 

 

 無理だ。

 

 辞退した尾白が、『自分の代わりに天魔が出る』とわかってから、沈んだ表情の中に明るいものが出てきている。ほかのA組の面々も納得した顔をしており……爆豪にいたっては戦意が昂り過ぎているのか、さっきから掌から小規模な爆発が止まっていなかった。

 

 

 場の雰囲気が、完全に天魔のトーナメント進出に固まっている。

 

 

 一縷の望みを懸けてミッドナイトや相澤に視線を送るが、どちらもバレないように首を横に振ることしかできず。

 

 

 

 ……必死に作った笑顔で、天魔は第三種目進出の切符を受け取った。

 

 

 

***

 

 

 

「……なあ、これ。ちょっと、やばくねぇか?」

 

「ちょっとどころで済めばいいが……な」

 

 

 

 思いがけない事の連続。しかも、全てが悪い方悪い方へと向かっているような……そんな錯覚さえ覚えてしまうほどに。

 

 相澤たちが天魔を騎馬戦に参加させたのは、あくまで『助っ人』としてだ。勝てば二人を進ませて、天魔自身は助っ人であることを理由に辞退することができる。彼の敗退には少なからず驚いたが……強力な初見殺しが相手ではしょうがないだろう。

 

 

 ここで、問題が起きた。

 

 

 助っ人であるにも関わらず、さらには、騎馬戦で敗退しているにも関わらず……チームの二人を差し置いて第三種目へ進出する。第一種目で敗退した他科の生徒たちはもちろん、観戦に来ている父兄たちだって『依怙贔屓』だと憤るだろう。

 

 不幸中の幸いは、トーナメントへは生徒たちの自主性により、ほぼ満場一致で進出が決まったことくらいか。尤も……それも、どこまでこの状況に対してのプラスになってくれるかどうか。

 

 

 ため息が出る。

 

 遣る瀬無いのは、『全員が悪意ではなく、限りなく善意に近い感情で行動した結果』だということだ。

 

 

 尾白達にしろ、拳藤たちにしろ、小森達にしろ。A組なんて、天魔の実力を知っているからこそ、むしろ『進んで当然』みたいな雰囲気を出していた。

 ……こんなことならば、先の襲撃でヴィランが天魔を強く意識している可能性があることを暴露し、生徒達と共有するべきだったと悔やむが、もう後の祭りだ。

 

 

(世間の評価は現状すでにマイナス。挽回の手段は少なく、さらにどれもが難しい……綱渡りもいいところだ。だが……)

 

 

 手にした端末から、公式・非公式を問わず、リアルタイムで更新されていく掲示板を確認する。……そこに並ぶ文字列を見て、相澤は舌打ちを抑えることができなかった。

 依怙贔屓だなんだという文句はまだ良い方で、酷いものでは『金で買った』だの『体を売って勝ち取った』だの。言いたい放題の書きたい放題だ。マスコミたちが動く原動力にもなるので腹立たしい。

 

 

「外野がうるさいなら、実力で黙らせればいい……。依怙贔屓ではなく、『強過ぎるから高校側が当初早乙女の体育祭出場を止めていた』とすれば、十分挽回はできるはずだ」

 

「『そんな無茶な!』って言いてぇけど……出来そうだな早乙女なら。いや出来るな確実に」

 

 

 隣のマイクの発言に、内心で同意しておく。しかし──

 

 

(……『何事もなければ』……今はそれを、祈るしかねぇ)

 

 

 

 ──祈るなど、非合理的だ。そんな暇があるなら、少しでも思考し、行動を起こし、結果をその手に手繰り寄せるべきだ。

 

 しかし今回ばかりは、流石にどうしようもない。

 

 

 

 

 ──相澤たちは気付くことが出来なかった。リアルタイムで更新される各所の書き込みが、『一つの意思の下に』少しずつ、巧妙に誘導されていることに。

 

 

 

 

 

 ──魔女を縛れ。

 ──魔女を追い立てよ。

 

 かつて史実に記された、無実の者を極刑にせし『魔女狩り』が如く。

 




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