魔女のヒーローアカデミア   作:陽紅

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「ふん──下らん茶番だ」

 

 

 眼下にて繰り広げられた『友情ごっこ』を、男は下らないと切り捨てた。

 全身で『炎』を体現していながらも、男の見下す視線と吐き出された言葉には、一切の温度を宿していない。

 

 

 最初に辞退した三人にも。

 

 自身の繰り上げを他者に譲った少女たちにも。

 

 

 そして、自分からチャンスを掴む権利を放棄した、他の連中にも。

 

 最早──なんの興味を関心も、向けてはいなかった。

 

 

 ……いや、訂正しよう。騎馬戦で二位通過した組の騎手にはそれなりに関心があった。唯一の手札を晒しすぎたので、相手が余程の馬鹿でもない限りトーナメントでは早々に敗退するだろうが……『世間に己をアピールする』という点においては、現段階では一人勝ちに近い状況だろう。

 

 惜しむらくは彼がヒーロー科でないことだが……それも、彼に『芽』があるのなら、今後ヒーロー科に編入してくるだろう。

 

 

「……まあいい。どの生徒も最低限、研磨剤くらいにはなってくれるだろう。焦凍も一体なにを遊んでいるのか。全く……」

 

 

 轟 炎司……これほど名が体を表す男も早々いないだろう。轟くが如き炎を司る者。苗字から分かるように、轟 焦凍の実父である。

 

 そして、それよりもなによりも、世間に認知される肩書きと名前が彼にはあった。

 

 

 No2ヒーロー『エンデヴァー』

 

 日本でもトップ()()()の、ヒーローの一人である。

 

 

 雄英はUSJ襲撃直後に体育祭を行うに当たり、現役のプロヒーローをかき集めて警備体制を敷いた。

 本人も雄英の卒業生であり、しかも息子が通い、さらには襲撃事件の当事者ともあって、エンデヴァーには真っ先に警備の依頼が届けられ、それを了承。

 

 警備の合間に息子の成長を見守る父親……と表現すれば美談にもなるのだろうが、彼は苛立たしげな雰囲気を隠そうともしていなかった。

 

 

 

「……なにをしている」

 

 

 ──トップになれる。なれるだけの実力を持っている。なのになぜ、お前はそんなところにいる。

 

 

「お前は俺の、最高傑作なんだぞ……!」

 

 

 その呟きは、大衆の騒めきの中に消えていった。

 

 そして 、ゴタゴタの茶番の末、やっと表示されたトーナメント表。息子の出る試合を確認し、順当に行けば誰と対戦するかも予想し……その中で、ふと息子ではない名前に目を止めた。

 

 

 ──皆が放棄したチャンスを得た……この体育祭の中で、おそらく悪い意味で目立ち始めた生徒の、その名前。

 

 

「ふん……」

 

 

 気に留めたのは一瞬で、その足はすでに自身に割り振られた警備のポイントへ向かっている。他のヒーローたちが気を利かせたのか、どの時間帯でも競技場が見える位置だ。

 

 ……本当に一瞬だった。それ故に、『順当に行けば、自分の息子と準決勝で戦うだろう』と──そう確信していたことも、すぐに忘れてしまったのだった。

 

 

 

***

 

 

 

『くっ、ぷふ、まあなんだ、そんなに気にすんなよ天魔! あれだ! ちゃんと似合ってたぜチアコス! 今度生で見せてくれよ!』

 

「──今度、『食べたもの全部が生のピーマンの味と食感になる魔法』をかけてあげますね」

 

『すみません調子に乗りました許してください』

 

 

 肉を食べてもピーマン、魚を食べてもピーマン、米を食べてもピーマン。野菜ももちろんピーマン。

 朝昼晩、オヤツも夜食もピーマン尽くし。

 

 

『じ、地獄じゃねぇか……! おいやめろよ!? マジでやめろよ!?』

 

「飲み物は許してあげますよ? ……それで、なんですか? 急に電話なんて。クラスの人の試合が始まるから、ちょっと時間がないんですが」

 

『いや、やめてくれよ? ピーマンはダメだぞ姉さん泣くぞ? 公衆の面前でお前のズボンに縋り付いて恥も外聞もなく大泣きすっからな?』

 

 

 

 それはいやだなぁ、と苦笑を浮かべていると……コホン、というわざとらしい咳払いが一つ届く。

 

 

 

 

『──()、打っといてやろうか?』

 

 

 

 

 『なにに対して』なのか。そして『どんな手段』なのか、それを一切言わない。

 

 

 だが天魔は、それを聞かなくともなんとなくわかってしまった。

 

 ……天魔が頼めば、天魔が願えば。この人はきっと、様々に対してのあらゆる手段を、打てるだけ乱れ打つだろうから。

 

 

「……そう、ですね」

 

 

 ……自身を快く思わない感情が、色々な所から自分へと向けられている事を天魔とて察している。

 

 そう思われて当然だと自分で思うし、本心を言ってしまえば今からでも辞退したいくらいだ。

 

 

 ──だが。

 

 

 

「……いえ、やっぱりいいです。これ以上ややこしくしてしまうと、それこそ先生たちの胃に穴が開いちゃいそうですし。それに……」

 

『それに?』

 

 

 浮かべたのは、笑みだ。

 そして、もしもその場に……彼を知る誰かがいたら、きっと驚く事だろう。

 

 普段はしない、おそらく相当にレアだろう──不敵な笑みを浮かべる魔女が、そこにいた。

 

 

 

「『誰がどう見ても、納得する結果を出して捩じ伏せます』……そっちの方が、遥かに手っ取り早いですよね。そう思いませんか? 『クリムゾンローズ』」

 

 

 スマホ越しに聞こえる、息を呑んだときに生じる独特の沈黙。この後の展開を予想して、耳を少し離しておく。

 

 ゆっくりと数秒の間を置いて、通話先は大爆発した。

 

 

『くは、ハハ 、あっははははははッ! そうだ、そうだよなぁ! アタシとしたことが忘れてたぜ! いいなそれ、さいっこうにアタシ好みのやり方だ! うるせぇ奴は結果で黙らせる! 面と向かって文句を言う度胸もねぇ奴はすっこんでろってなぁ!』

 

 

 私、そこまで言ってませんよー? とツッコミを入れたいが、向こうの勢いが強すぎる。今は何を言っても届かないだろう。

 

 そうしてひとしきり上機嫌に笑い、それが落ち着いてきた頃──通話先の雰囲気が、あまり良くないものに変わったことを察する。

 ああ懐かしい。『狩られる側』の本能に、ビビッときた。

 

 

「あ、あのっ、そろそろ試合が始まりますのでこの辺で──」

 

『はぁー……あー、だめだやべぇ。卒業までーとか十八まではーって決めてたのによぉ。もー無理。もう我慢できねぇわ。おい天魔、()()()()()()()()から、お前ちょっとそこで待ってろ』

 

「攫……はい? あの、もしもし? 紅華姉さん? もしもっ……」

 

 

 ブツリ、ツーツーツー。

 

 ……画面を見れば、通話終了の表示。直前になにやらヒーローが絶対に言っちゃいけない単語が聞こえた。……聞こえた気がした、と濁したいが、残念ながらしっかりと聞こえてしまった。

 

 

(……と、橙子姉さんがなんとかしてくれるでしょう。きっと)

 

 

 もう一人の比較的常識人な方の姉に丸投げし、スマホをしまおうとして、メッセージアプリから『ババア乱心wwwたすてけ』と通知がくる。 …どうやら親友も近くにいるらしい。(たすけての打ち間違いか、それともネタに走ったのか)

 

 

 ──ここは任せました。私は先に行きます。

 ──ちょwww早乙女氏wwあの名台詞を改悪とは腕を上げてござるなww おけ試合頑張っ、早乙女氏の貞操は拙者が守りゅww

 

 

 

 二人だけで暴走した姉を抑えきれるだろうか、と一抹の不安をスマホと一緒にしまい……会場から上がった大歓声に慌てる。

 

 

 トーナメントの第一試合は、緑谷と心操の試合だ。片や個性の訓練に付き合い、片や、無意識の内に伸びていた自分の鼻を折ってくれた相手である。

 

 急いで席へと走る最中、歓声はその音量を徐々に下げ、戸惑うような騒めきになっていく。その予想外の状況に速度を上げた。

 

 

 クラス席へと駆け込めば、切島を始めとした面々が身を乗り出すようにして緑谷へと必死に声を上げている。『目を覚ませ』『しっかりしろ』など、明らかに劣勢な状況の時に送るタイプの声援だった。

 

 

 

「これは……あ、耳郎さん!」

 

 

 『体育祭中正座』という罰則を受けて、しかし同級生の試合を見ることで得るものもあるだろう。試合を観戦するために椅子の上で正座をしている耳郎に問う。

 心操の個性を鑑みれば、あの歓声の中で、おそらく彼女だけが掻き消されただろう試合内容を、正確に()()()()()()()()はずだから。

 

 

「早乙女! アンタどこ行ってたのさ! 今緑谷が……!」

 

「いえ、ちょっと電話を。それよりも──どうして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()んですか……?」

 

 

 二人が立っている場所は舞台の中央から大きくズレている。状況的に緑谷が心操を場外へ押し出そうとしたのだろう。そこで二人は棒立ちに……いや、緑谷が動きを止めていた。

 

 心操は騎馬戦で手札を晒し過ぎた。余程のことがない限り、ほとんどの生徒がある程度の対策を取れるはずである。

 それは緑谷とて同様だ──それどころか、データ分析に秀でる彼ならば、ある程度ではない確実な対策も考えていたはずである。にも関わらず、その結果は覆されていた。

 

 

(……緑谷さんの最善手は『開始直後に有無を言わせず衝撃波で場外に吹き飛ばす』……なのに、それをしなかった。騎馬戦での疲労が予想以上だったのか、それとも先を見据えて敢えて温存したのか……)

 

 

 諸々を知るためにも、耳郎に何故、と聞いたのだが……まず返ってきたのは、言葉ではなく悔しそうに歪んだ耳郎の顔だった。

 

 

「……早乙女のこと、言ったんだよ。あいつ」

 

「私のこと……?」

 

 

 最初は、チャンスを不意にした尾白たちのことを言っていたらしいが、それは緑谷も堪えたという。若干反論しそうになった様だが、ある程度予想していたので大丈夫だったようだ。

 そして、神経を逆なでする様な言葉が幾つか続き……最後の一押しで緑谷の勝ち、というその中で、彼は天魔の事を言ったらしい。

 

 彼がどんなことをどのように言ったのか……それは耳郎が口を噤んでしまったのでわからなかったが──その内容に思わず反論してしまい、緑谷は心操の個性に捕らわれたそうだ。

 

 

 ……その説明の合間にも、緑谷は踵を返して心操を押し進めた道を、そして自分が来た道を戻っていく。A組から焦りの滲む声援がより強くなっていくが、聞こえてないかの様に一歩一歩と場外へ近づいていった。

 

 当然、天魔とて心穏やかではない。親しい友人である上に、耳郎の言葉が事実ならば、悪く言ってしまえば『天魔の所為で心操の個性にかかった』と言えなくもないのだ。

 

 

 

 だが。

 

 

 

「……勝負有り。奇跡でも起こらない限り、逆転はない」

 

 

 ──なのに、何故?

 

 

 

(貴方が、そんなに苦しそうな顔をしているんですか? 心操さん)

 

 

 

 異常な行動を取る緑谷が目立っているせいか、会場の殆どが彼の表情に気付いていない。

 苦く、重く……とてもではないが、勝利に王手をかけた者が浮かべる表情とは思えなかった。

 

 その表情のまま、心操が視線を移す。偶然か否か定かではないが……明らかにある場所を見ようとしたその視線が、心操を見ていた天魔と交じった。

 

 

 表情はさらに強く歪む。そして、後数歩で場外、という位置まで緑谷が進み──その左手が不自然に跳ね、コンクリートの舞台に衝撃を叩きつけた。

 

 

『「……は?」』

 

 

 数人、いや十数人以上におよぶ者達の異口同音。それは洗脳の個性のかかった者達と、何より本人である心操が、その光景に本気で呆けた。

 ……内出血により紫色に変色した指は、きっと相当に痛むだろう。 天魔との訓練によって最近はほとんどなかったが、緑谷の個性が暴発した証拠だ。

 

 だが、それよりも、なによりも……。

 

 ()()()()。虚ろだった目に光が戻り、無表情だった顔に気迫が戻る。緩慢に歩くだけだった全身にも再び熱が走り──呆然とする心操へ向かって、再び駆け出した。

 

 

(まさか……自力で洗脳状態を解除した……?)

 

 

 どうやって? その疑問を考える間も無く状況は進んで行く。呆然としていた心操だが、ギリギリのところで我に返り……突進して来る緑谷に対して身構えることができた。

 

 ……尤も、身構えることができただけだ。組み合って仕舞えば、地力の差でじわじわと押されて行く。心操が勝利を確信せず、油断なく中央付近まで戻っていればまだ時間稼ぎもできただろうが──。

 

 

 どよめいていた会場は一転、再び歓声が湧き上がる。心操の個性があらかた周知されていたこともあり、『勝負はあった』と誰もが思っていたからだ。 未来のヒーローを見に来た観客たちが、逆転劇に熱くならないわけがない。

 

 

 ……その大歓声を前に、一人の少年の慟哭など呆気なく掻き消され、飲み込まれる。

 

 

 

 ──「……っ、土壇場で大逆転とか、そうまでして『自分は持ってます』アピールしたいのかよ!?」

 

 ──「…………っ」

 

 ──「いいよなぁ!? お誂え向きの個性を持ってる奴らは! 『憧れを真っ直ぐ追いかけられて』よぉ! ……なあ、なんとか、言えよ……っ!」

 

 

 足掻く。腰も体重も入っていない拳を打ち付けるが、それでも止まらない。むしろ、殴り慣れていない心操の方が拳の痛みに顔を歪め、気を逸らしてしまった。

 

 

 そこに生まれた、ほんの僅かな隙。緑谷の腕が心操ではなく、二人の間の地面に向けられて大きく空ぶる。

 

 自壊しない強度は衝撃と暴風を生み──……身構えることのできなかった華奢な心操を、軽く場外まで吹き飛ばした。

 

 

 

 ─*─

 

 

 

 芝生の上に大の字になって落ちる。受け身は取っていないし、そもそも咄嗟に受け身を取れるほど達者でもないが……幸いなことに飛ばされた先の芝生が衝撃の大半を吸収してくれたようだ。

 

 落ちてから数秒して、審判であるミッドナイトの勝敗宣言と、それに応じた歓声が鼓膜を震わせる。

 

 

 大きく、大きく呼吸。

 

 

「負けた、か……ま、当然だよな」

 

 

 その事実をただ受け止めて、そして、受け入れた。

 

 受け入れることは容易かった。なにせ、簡単な対策さえしてしまえば、自分の個性は途端に無力になる。手の内を晒しまくり、かつ十分に対策を立てる時間を置いた直後の試合で、効果を発揮するとは思っていなかったからだ。

 

 

 ……それでも、込み上げてくるものがある。溢れそうになるそれを、溢れさせてたまるかと意地で押さえ込んだ。

 

 

 緑谷がなぜ()()()()()はわからない。わからないが……。

 

 

()()()をそれだけ強く慕ってる、いや、想ってるのかね……)

 

 

 苦笑を浮かべる。

 

 

 思い出すのは、雄英の入試実技試験だ。

 

 ──緑谷と心操は同じ入試試験の実技会場にいて、そして、同じ人に助けられた。

 

 

 なのに、向こうは手を差し伸べられて言葉を送られた。そして、こっちはその他大勢のうちの一人だ ……やっぱり『もっている奴』はずるい。

 

 自分のことで精一杯な中で、ただ一人、あの美しい魔女だけが皆の為に文字通り飛び回っていた。自分ではどうしようもない危機に颯爽と翔け付け、あっさりと解決。そして何を言うこともなく、ただよかったと微笑みを浮かべて、また次へ。感謝を、お礼を言う暇もなかった。

 

 

(……憧れるな、ってのが無理な話だろ)

 

 

 ──酷い話だ。

 

 実技試験が戦闘重視、かつロボットが相手と言うことで、心操は自分の圧倒的不利に絶望し、諦めた。なのにその直後、理想のヒーローに出会ってしまったのだから。

 

 

 

 空を見上げる。いま、誰よりも低い位置にある視点から見上げる空は、どこまでも遠い。

 

 だが……ここからだ。そう、思えた。

 

 

 まだ折れていない。ならば、ここからまた、歩き出せばいい。

 

 

 

「まずは……そうだな。あの人に謝ろう。土下座でもなんでもして謝って、それから、体を鍛えて……」

 

 

 あの日抱いた『原点』は、未だ色褪せることなく、鮮明にこの胸にあるのだから。

 

 

 

 

【おまけ】

 

 

 

「あの、心操君。その──君も、やっぱり……」

 

「……なんだよ勝ち組。負け組を笑いに来たのかよ。……くそ。ああそうだよ。惚れて悪いか。お前だってそうだ──」

 

「……早乙女君は、男だよ」

 

「ろ……──ふへ?」

 

 

 

 




読了ありがとうございました。

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