「お、帰って来たな普通科の星! 試合内容あれだけどよく頑張っ……? あれ、心操どうした? なんか、燃え尽きて真っ白になってるけど」
「──……ああ、うん。まあ……試合に負けたからな。燃え尽きもするだろ。悪い、しばらくそっと、して、おいて──くれ」
「……お、おう。無理すんなよ……?」
「……落ち着け。落ち着くんだ人使。緑谷が嘘をついている可能性も十分にある。いや確かに凄いスレンダーだとは思ったけどそれはそれで全然問題ないっていうか、あれでもう完成しちゃってるというかあの人の魅力の本質はそういう外見的なところじゃないっていうか」
「心操? 今のあんた控えめに言ってもかなり危ないわよ? 大丈夫? ヒーロー呼ぶ?」
***
「た、ただい──うわぁ!?」
「み・ど・り・やぁ! おまっ、お前、ヒヤヒヤさせやがってこの野郎! でもよく持ちこたえた! ナイスガッツだぜ!!」
「デクくんお疲れ様ぁ! ほんま、もう、あれやったね! うん!!」
「麗日ってコーフンすると語彙がとっても残念になるんだねー。でもよく堪えたよ!」
本当にギリギリのところで勝利した緑谷がクラス席に戻ると、その彼へ向かって切島を筆頭にした面々が殺到する。直ぐに始まる第二試合に出る瀬呂と轟がいないが、一同の視線はやはり緑谷へと集まっていた。
「はっ、弱点も対処法も分かり切ってる相手に苦戦するとか、マジでありえねぇだろうがクソナードが」
「……なあ知ってるか緑谷。お前があいつの個性にかかった時にさ、爆豪がめっちゃ悔しそうな顔し──おっけぇ、黙る。黙るから正座中の足への攻めはだめだぎゃー!?」
「ははは……まあ、初戦突破おめでとう。……でも、どうやったんだ? 心操の個性──『洗脳』だっけ? あれ、解けるまで完全に意識なくなるのに……」
爆豪の容赦のない足への蹴りに、上鳴が悲鳴をあげる。それに苦笑しながら尾白が問うた。騎馬戦中ずっと洗脳状態だった彼だからこそ、あの個性の恐ろしさを身に染みてわかっているのだろう。
そして、この場にいるトーナメント非出場者は……全員が心操にハチマキを取られている。『洗脳の個性にかからないための攻略法』は誰もが思いついたが……『かかったあとの対処法』は誰一人として思いついていなかった。
「それ、は……実は僕もあんまりわからないんだ。なんか、気付いたら解けた……みたいな?」
「あ"あ"? ……んだそりゃ。てめぇマジでまぐれ勝ちかよ、使えねぇ」
流石の爆豪も心操の個性に対する事前対処法は考えられても、事後攻略はまだ見出せていないらしい。
ヒントにもならないとすぐに切り捨て、意識を次の試合へと向けた。
……嘘は、言っていない。
緑谷自身、訳がわからないことがあの時、起きたのだから。
洗脳下というあの特殊な状態の中。まるで、夢幻のように見えた無数の『光たち』。
そして、気付けば指が個性を暴発させ、洗脳状態から抜け出したのだ。
(確証は、何もない。でも……もしかしたらだけど……)
色の違う光──その数は、八つ。
それぞれが強い意志のようなものを放っていた……つまり、八人。
一人が力を培い、その力を一人に託し──また力を培い、その次へ。
平和を願う意志と、義勇の信念と共に受け継がれて来た『
それは、聖火のように人から人へと受け継がれ……そして、緑谷 出久がオールマイトから受け取った『
「……もっと、頑張らないと」
内出血により変色した人差し指。握り締めると、当然鋭い痛みを伝えてくる。……個性の暴発の証のようなその負傷は、『まだまだ未熟だ』と現実を突きつけられているようだった。
「ええ──頑張るのはいいですけど、とりあえず指の治療をしましょうね? というか握らないでくださいね? そもそも、なんで真っ直ぐリカバリーガール先生のところに行ってないんですか……!」
スマホの通話を切りながら、天魔が群がる切島たちを掻き分けて緑谷の下へ突撃する。……直前まで話していたのは天魔の医療関係の師匠だ。『アタシん所に来なきゃいけない不良な負傷生徒がどっかでほっつき歩いてるよ』とのこと。
……声は静かで穏やかだったが、アレは相当におキレになられていた。
怪我の放置は、状態の悪化やら後遺症の重症化に直結するのだ。ヒーローを目指しているとはいえ、まだ十代の未来ある若者……医療関係者として、無理をしがちな体育祭はその準備期間中も含めて、日頃以上に神経を尖らせているのだろう。
──そして、その気質は……弟子の天魔にも少なからず受け継がれている。
「ささささ早乙女しゃん!? ちょ! ちか、近ぃっ」
「近いじゃなくて治療です! ほら、暴れないで──『
いきなりゼロ距離に攻め込まれ、思わず身を引いて逃げようとした緑谷だが……その程度の抵抗など無意味とばかりに完璧に魔女に抑えつけられる。
……リカバリーガールについていく形で現場医療に携わった時、『痛みで暴れる患者を全身で抑え付けながら治療する』という……現状ではちょっと無駄な体術までも行使していた。
(ま、まつ毛長ぇ! ……違う! そうじゃない──あ。いい匂、ってそうでもなくて! あ、ちょ、まっ……!)
「……人指し指の骨は例外なく骨折、関節も歪んでます。放置すると最悪握れなくなりますね。普通に病院かリカバリーガール先生の案件で……? 聞いてますか緑谷さん」
「…………」
「けろけろ、器用ね緑谷ちゃん。立ったまま気絶してるわ」
「まあ、当然でしょうね。相当な激痛ですよこれ。無理をしすぎです。アドレナリンの分泌が止まって一気に痛みが来──?
あのー、皆さん? なんでそんなほっこり笑って……え?」
***
気分は西部劇。意識するのは、拳銃を用いた『早撃ち勝負』。
開始直後に勝負をかけ、そこで決める。
……遮蔽物・障害物のない舞台の上で瀬呂が轟に勝つためには、それ以外の手段がなかった。
トーナメントが発表され、自分の初戦の相手が轟であると判明してから──ずっと、
瀬呂はイメージを続けていた。
個性の差は圧倒的で、逆立ちしても瀬呂は轟に勝てないだろう。クラスの友人たちも言葉にこそしなかったが……口ほどにモノを言う視線が、自分に大きな同情を向けていた。
……だからだろうか。ちょっと、火が付いた。
その予想を覆してやろう、度肝をぬいてやろうと。
求められるのは速度。さらに開始直後の……一瞬あるかどうかの不意を突く。
先ずは足をテープで縛る、動かす前と後で踏ん張らせないためだ。
(そんで……)
本命。足を縛られたことで僅かにバランスを崩した轟の上半身を拘束。そして振り子のように遠心力で場外まで飛ばす。
轟は抵抗のために足を地面に押し付けるが、縛られているため踏ん張れない。会場が大きくどよめき、瀬呂は勝利を確信した。
(──こうなった、と)
一気に下がった外気温。そして、それ以上に体を凍てつかせる冷気が……瀬呂の両手足を完全に封印している。テープの射出口がある肘は当然として、足は太腿のかなり上の方までしっかりとだ。
戦闘続行不可能。そんな瀬呂に対し……場外ラインギリギリのところに生やした氷柱にて踏みとどまった轟。誰がどう見ても勝敗は明らかだろう。
「にしても、これは……」
競技の舞台どころか、観客席のギリギリまで迫り……更にはスタジアムの屋根を超えるほどの、巨大な氷の塊。
「いや……流石にやり過ぎだろ ……」
オーバーキルにも程がある。あまりにオーバー過ぎたためか、これ観客席とかに被害でてないよな? と心配すらできるほどだ。
やがて会場から聞こえてくる歓声はなく……むしろ、瀬呂に向けられたもの悲しげな『どんまいコール』が、なんとも哀愁を誘った。
***
「あ、お帰りなさい瀬呂さん。残念でした……惜しかったですね」
「──……(キュン)」
肩を落とし、ため息を吐き……『トボトボ』という擬音がこの上なく似合いそうな足取りで帰還した瀬呂へ届けられた第一声。
「どんまい」ではなく、「相手が強過ぎたからしょうがない」という雰囲気の、同情的なお疲れ様──でもない。
……天魔にくっついて丸くなり、今にも
色々とツッコミどころが満載なクラス席ではあるが、瀬呂は正直それどころではなかった。
ほんの十秒も掛からずに終わってしまったが、自分は本気で戦っていたのだと……筆舌に表しようのない感情が、冷えた体に熱さを焚べた。
かけられた言葉に返事すらせず、顔にいくつものシワを作り、何かを堪えるように足早にすれ違っていく。
その背中に首を傾げていれば、前の席に座っていた障子が複製腕に目と口を作り、こちらへと向けていた。
「すまない早乙女。今の『惜しかった』というのは……?」
「先ほどの試合ですよ? 『場外へ動かす方向が左右逆だったら』……あとは、そうですね──『動かす際に地面を擦らないようにしていたら』、瀬呂さんが勝っていた可能性は十分にあります。実際、あの攻め方でもあと数秒あれば轟さんも場外でしたでしょうし。
……尤も、轟さんも『瀬呂さんが速攻を仕掛けてくる』と予想くらいはしていたはずですけれど」
「なるほど……そう言われれば確かに。轟の氷の威力の高さで、瀬呂の戦術的な面が見えていなかったのか……強くなるのもそうだが、相応に目も養わなければ」
「切島ぁ! お願い俺のこと一発ぶん殴ってぇ!」
「は!? いきなりどうしたよ瀬呂!? 訳もなくダチ殴るとか、嫌だぞ俺ァ!」
「頼む! 『間違った道に進もうとしてるダチを救うため』的な感じで! 早く! じゃないと手遅れに……!」
「お、おう! わかった! ……歯ぁ、食い縛れぇ!」
「え? 別に硬化はいらな──ぶべらぁ!?」
……痛そうな音が少し遠くから聞こえたが、障子は努めて無視した。
そして、背後に座る魔女には奇跡的にも聞こえていなかったらしい。今もうつらうつらとしている蛙吹の頭を、穏やかな笑みを浮かべながら撫でている。
少し離れた場所から、麗日に瓜二つレベルでそっくりな女子が、苦しそうに胸を押さえながら二つ折りタイプの携帯電話で写真を撮りまくっている。連写機能をフル活用しているらしく、カシャカシャという音がやたらとうるさいのだが……これまた幸いにも後ろに座る魔女には……以下同文。
「──さて、と。会場の整備も終わったみたいですし、私もそろそろ行って来ますね」
「む。そうか、次は早乙女の試合だったか。……頑張れ、とはいらない声援かもしれないが」
「いえいえ、頑張りますよ。……それに丁度、頑張る理由が増えちゃったところですし」
轟の作り上げた巨大な氷壁。クラス席の目の前まで迫るそれの発する冷気で、クラス席は随分と冷えた。障子らには特に問題はないが、かつての屋内戦闘訓練の時のように、影響をもろに受けたのが蛙吹だ。
寒くなってくる=冬眠の準備をする というカエルの習性をそのままに、
そして……魔法で温めようとする天魔を、しかし蛙吹本人が止めた。
『試合の、前よ。私のせいで、消耗なんて、させ、たくないわ。……頑張って、ね、早乙女ちゃん』
──ちなみに。この言葉で、試合前に怪我の治療で魔法を使わせてしまった緑谷が崩れ落ちたわけである。
なお、蛙吹のその健気な姿に萌え落とされた女子たちが、天魔が出撃した後に人肌暖房を行うべくスタンバイしているので問題はない。
最後にもう一度蛙吹の頭を撫でて廊下へと進んでいく天魔を見送り、会場に大きく表示されたトーナメント表を見上げた。
(相手は……あれは、B組の女子、だったか)
植物の蔓のような緑髪の女子──くらいの認識しか障子にはできない。天魔と同じく、繰り上げによってトーナメントに進んだ少女だった、という追加情報も今思い出した。
……彼女の実力に関してはなんとも言えない。体型は華奢で、純粋な腕力ならば障子の圧勝だろう。
だが、個性やその練度によっては腕力の強さなどなんの役にも立たない事を障子は理解している。
「それでも……早乙女が苦戦する姿を想像すらできないのだがな」
比べるのは失礼だし、間違っているのだろう。
だが、そうとわかっていても……脳無より彼女が強いということは、ありえないだろうから。
『Yaーha! 氷の撤去終了! 舞台も整ったところで、行くぜトーナメント第三試合! 前の二試合と打って変わって今回は華々しいぞ! 『B組から現れた刺客』! 塩崎 茨! VS 『一年最大のダークホース』! 早乙女 天魔!』
巨大な氷が溶ければ当然大量の水が残る。それをセメントスが舞台を再構築するという力技で整え、第三試合。
……第一試合は物珍しさこそあったが、しかし派手さのない地味な試合内容で……続く第二試合は派手さこそあったが、あっという間の試合内容だった。
観客たちもそろそろ見応えのある試合を望んでいるのか、観客席の雰囲気に熱がこもり始める。
「──物言いを失礼いたします。『B組から現れた刺客』とは、どういう意味なのでしょうか? 私は友人の後押しを受けこの場にいます。刺客という言葉ではあまりにも……」
『え、えと、そういう意味で言ったんじゃなくて……』
「では何故刺客と? 確かに私たちB組は、私を含めたった二人しかこのトーナメントに残れませんでした。ですが、決して脇役に甘んじるつもりはなく、送り出してくれた皆のためにも全力を尽くす覚悟です。それを刺客と例えられるのは──」
塩崎は真剣だ。というよりも、冗談云々が通じ辛い真面目な女子なのだろう。
『A組にはいない感じの人ですね』と、どこか他人事のように苦笑を浮かべる。去年から世話になっている天魔としてはマイクを弁護したいが、どこからどう見てもマイクの表現が悪いのでどうしようもない。
『ご、ゴメンて! いや、ほんとすみませっ、ぎゃあ!?』
『──すまない塩崎。あとでこのバカには正式に謝罪をさせる。だが、今は切り替えて目の前の試合に集中してほしい』
「……わかりました」
おそらくは肘だろう。割とガチな感じで噎せ込んでいる音が実況されるが、相澤が放送の電源を落としたのか、急に静かになった。
「……ふう。さあ気を取り直して!
正々堂々、ヒーローを目指すものとして!
全身全霊、この場に立つ資格を得た者として!
悔いの残らぬように戦いなさい! ──第三試合……始めッ!!」
……ミッドナイトが同僚の失態を拭おうと熱い激励を乗せた合図に、観客の歓声が爆発する。
だが、それも……まるで津波のように押し寄せる茨蔓の濁流に飲み込まれたことで、尻すぼみになっていった。
読了ありがとうございました!