ゆらり、と火を点けたばかりのタバコから、一筋の紫煙が登る。
副流煙と呼ばれるそれは、しかしすぐに吐き出された主流煙に飲み込まれてしまった。
「あーあ……クッソつまんねぇなぁ……」
気怠そうに、やる気なさそうに呟かれたのは、少し低い若い女の声だ。
癖の強い金髪の色合いは少し不自然で、染髪料か何かで染めているのは誰が見ても明らかだろう。
薄くなっていく紫色の煙を見つめる瞳は、髪と同じく金色。しかし、こちらは深く綺麗な色合いの虹彩から天然物だとわかるだろう。ーー残念ながら、胡乱げ極まりない状態なので果てなく淀んでいるが。
……その部屋の扉が、建てつけか年代か、とにかく軋みを上げて開いた。
「……タバコは止めんが、せめて真っ昼間から酒はやめろ」
「うるせぇ黙れ。やめさせたきゃ厄介ごとの百や二百、持って来やがれってんだ」
入ってきて早々呆れたような注意をしたのも女だった。こちらも若いが、達観がいき過ぎて老練な声をしている。
間をおかず黙らせ、金髪は瓶から直接酒を呷る。酒臭い息をブハッと吐き出し、またタバコを吸って紫煙を吐き出し……。
不摂生極まりない生活習慣の縮図を体現していた。
「……これで世間じゃプロヒーローの一人だというのだから、世の中間違ってるな」
「はっ、ライセンス剥奪されてねぇんだから別にいいだろ? なんなら『返上しますぅ』って委員会に送ってみるか?」
返答はため息。
……返上したところで、彼女の場合はすぐさま再交付されるだろう。それだけの実力と実績が彼女にはある。
ソファーに寝転がる金髪は、燃えるように赤いレディーススーツを盛大に着崩している。平均を軽く超える胸を支える黒い布が僅かに見えるほどにだらしが無い。
注意を諦めたもう一人の女は、向かいのソファーにドカリと腰を下ろした。白いワイシャツに黒のスラックスーーだが、ワイシャツのボタンは上下ともになかなか深い位置まで開けられて、金髪同様に豊かな肢体を晒している。
だというのに、こちらも色気に繋がらない。どこか排他的な……アウトローな雰囲気が強かった。
「おい、それアタシのタバコだろうが」
「それを言うなら、その酒は私が買ったものだ」
金髪沈黙。道理で美味い訳だという言葉を飲み込み、知らん顔を貫いた。
やれやれ、と言葉では勝ったものの金銭的な損得では負けた女は、苦笑を浮かべてタバコに火を点け、煙を吐き出す。
タバコの先の鈍い橙色。自分の髪と同じ色を眺めながら、呟いた。
「ーー確か、今日だったか」
「あ? 何がだよ? 今日は依頼も何も入ってーー」
「雄英の入学試験」
答えた途端、一気に空気が重くなる。気のせいだろうが、昇る二筋の紫煙が僅かに揺れた。
「……。あー、ああ、そうか。ふーん……」
ニタリ、と。タバコを噛む口が弧を描いた。
意外にも白い歯を見せ笑う様は、金髪の世間の上位に軽く食い込む容姿も相俟って、さぞ映えることだろう。
ーー金眼を闘志と苛立ちに爛々と輝かせ、咥えたタバコの食い千切らんばかりに噛み締められた口元が無ければ、の話だが。
「はあ……もう半年以上も前のことだろ? もういい大人なんだ。いい加減に区切りを付けろ」
「うるせぇ黙れぶっ飛ばすぞ。こちとら一分一秒も我慢できねぇってのにあの野郎、一年だぞ? 一年も延長とかマジでふざけてやがる。延長料金ふんだくるぞあのホームレス擬き!」
「……年齢も、キャリアも向こうが先輩だ。ここではいいが言葉には気をつけておけ。あと、 もう前に盛大にぶっ飛ばしただろうが」
相手の苦手分野を徹底的に押し付けた上での
……大きな舌打ちを一つ。怒りが再燃したが、手打ちとしてしまったため向ける矛先がない。眼光が鋭く血走るが、それだけだ。
「……おい。天魔から連絡は?」
「ん? ああ、週一の定期連絡くらいだな。便りがないのはなんとやら、ってな。……なんだ? 心配か?」
「はぁ? 何言ってやがる。
笑う。笑う。
獰猛に可憐に。夢見る乙女のように、しかし獲物を前にした獅子のように。
「アイツの近くにいるだけで毎日が厄介事のオンパレードなんだぜ? 気を抜いて酒飲む暇なんかない……! ああ、さいっこうじゃねぇか!
ーーしかも男なのに男臭くない!」
片腕を動かした反動だけで、寝ている体をソファーに座らせた金髪。気分が高揚しているのだろうか、瞳は潤み頬に朱がのった。
また始まった、と対面に座る女は、苦笑を浮かべながら一吹かし。
……金髪の名は、野咲 紅華。かの雄英高校のOGにして、最たる悪童とまで呼ばれた元・超問題児である。
現在はヒーロー名『
個性はヒーロー名の由来となった『薔薇』。主に制圧専用の銃火器と肉弾戦で敵を蹂躙することで有名な超戦闘系ヒーローだ。
薔薇の個性持ちなのに薔薇の香りが大嫌いであり、自身から常に湧き立つそれをタバコと硝煙で打ち消している。
個性が花であるからかどうか定かではないが、嗅覚が常人よりもはるかに優れており、何よりも異性の体臭が薔薇の香りと同様に大の苦手。
そしてなにより……生粋のトラブルメイカーにして生来の戦闘狂。
まだ24という年齢ながら蹂躙した敵の数は数知れず。高笑いとともにこの上なく楽しそうに蹂躙する様からついた二つ名も数知れない。(クレイジーローズ、ブラッドローズ等)
メディア露出を忌避するため知名度は低いが、知る人ぞ知るというヒーローである。
特に組織立った敵連中には要警戒ヒーローにリストアップされ、No1ヒーロー『オールマイト』とは違う意味で犯罪抑制に一役買っている。
そんな彼女が数年前……プロデビュー直後に拾った、一人の少年。
敵組織に拉致され、研究材料か被験体か、はたまた下劣な欲望の捌け口か。その直前にいた、後先のない子供。
ーー鉄格子の向こうから見上げてきた、鎖と枷で雁字搦めにされた弱いはずの存在は、しかし何一つ諦めていない強い信念をその黒曜の瞳に宿していて。
『欲しい』と、人に対して、あまり向けてはよろしく無い感情が溢れた。
(あと三年……いや、仮免だけなら今年で取れんだろ。雄英の教員共にタイマンで扱かれたってんなら、天魔ならまず確実にやれる。内容が変わってねぇなら、職場体験とインターンで引き込めるが)
「それじゃあ遅ぇな……今のうちから仕掛けるか? 他所の連中が目ぇ付ける前に、アタシのモンだって印でも付けとくべきか」
「鏡を見てこい敵顔。あと発言も色々と
アイツの成長を待ってるのは、何もお前だけじゃないんだ」
タバコを咥えながら、ニヤリと笑う橙色の髪の女。
……彼女の来歴は紅華とほぼ同じである。同年齢の雄英のOG、現役プロ。強いて言うならば彼女のクラスメートであり、委員長と問題児として在学中は睨み合い殴り合った仲だ。
彼女の名は人成 橙子。人形を作り操る個性『ドールマスター』。
同名でヒーロー登録しているが、コスチュームやサポートツールの開発を主な活動としているため、ヒーローとしてはほぼ無名である。
……ヒーロー科をトップクラスの成績で卒業しながら、なんの躊躇いもなく別の道に邁進する。紅華とは方向性は違うが、彼女もある意味で雄英の問題児であった。
ニヤリとニタリ……敢えて言うが、どちらもヒーローが浮かべて良い笑みではないのは確かだ。
二人とも顔も体型も優れているだけあって、悪の女幹部感が半端ではない。
二度三度と言葉の応酬が続き、そして酒盛りが始まり……卒業した弟分をどうするか、という話題で盛大に盛り上がるのだった。
***
Q.ちなみに模擬戦の内容って?
A.俺が『周囲に遮蔽物の一切ない拓けた場所で30m距離空けた状態で開始』。マイクが『市街地で自由スタート』だ。
苦手どころか致命的な悪条件を容赦なく突きつけて来る辺り合理的なんだが……流石に、ミニガン(強化BB弾。痛い)と対物ライフル(ペイント弾。かなり痛い)をドヤ顔で構えた瞬間は俺も引いたぞ。
Q. あ、それならまだ優しいほうですね
A.……は?
***
ブルリ。
「うぅ……やっぱり、まだ少し寒いですね」
少し強めに吹いた風に身を竦ませる。春が近いとはいえ、コートと防寒具がまだ必要な季節だ。高性能なコスチューム(現在ジャージ外見)だが、防寒防暑性能はほとんど無いので正直かなり寒い。
しかしそれは彼だけのようで……試験開始を緊張した面持ちで待っている受験生たちは寒さどころではないようだ。
その中で、一際ガチガチに緊張している生徒がいた。
「さっきの緑髪君……?」
試験内容を聞いてブツブツ呟きだしてメガネ君に注意されていた少年だ。キョロキョロと見知らぬ場に放り出された小動物のように落ち着きがない。
あれでは転ぶ。そうでなくとも、きっと無理をしてしまうだろう。
ーー私の役目は『試験中の陰からサポート』でしたっけ。
試験開始前は、まあ、自由時間だと思われる。
「……緊張しすぎですよ?」
「ひっ!? は、はイ! すみませんっ!」
音速で振り返って高速で直角腰曲げ謝罪。注目集めるなぁと苦笑しながら、つい最近同じような礼をされたような気がする。
ーーしゃ、喋った……!?
ーー想像よりちょい低いけど……イイっ!
ーー意外と気さくだと……ッ
「(あれぇ? 原因私っぽいですね)……いえ、こっちこそいきなり声かけてしまってすみません。でも凄い緊張してたみたいなのでつい……」
ごめんなさいね、と伝える様に苦笑する。
……クセ毛の元が、真っ赤になった。癖っ毛を葉とするなら幹が染まった感じだ。
「では、少しありきたりですが、上を見てください」
「う、うぇ!? は、はい!」
ビシッ(気を付け)バッ!(顔を真上に)。
どこの軍隊の上官と新兵だよ、というツッコミはやめてあげてほしい。
今まで女子とろくに会話をして来なかった少年が、超で絶が付きそうな年上系美女(しかし男)に親しげに声をかけられているのだ。
「(この子さらに緊張してませんか……?)空を見て、雲を見てください。それを意識したら目を閉じて、大きく深呼吸です」
それを聞いて、天魔が何をしようとしてるのか理解したのだろう。言われた通りに、自分を落ち着ける様に呼吸を深く、大きく。
「『心身統一』」
個性発動。イメージは『荒れて落ち着きのない水面』、それを『さざ波一つない鏡面のような水面』にし、それを『心と結び付ける』。
天魔が翳した右手がほんのり暖色系の光に包まれる。それが深呼吸する彼の体に移り、その全身を一瞬包んだ。
ーー混乱を落ち着かせ、過度な緊張を和らげる魔法だ。敵被害・自然災害に巻き込まれた市民を落ち着かせるために天魔が考案したものである。
「……え? これ、今なにを……?」
ガチガチだった体は自然体へ。挙動不審だった行動は、本人がそもそも小心者気質だったのか大して変わっていないが、それでも随分マシになったほうだろう。
「ふふ。緊張は解けましたか?」
「今のは明らかに普通じゃない落ち着き方だった。目を閉じていたからわからなかったけど全身を何かが包むのも感じたし……個性? 「あのー?」
だとしたら一体どんな? 精神を落ち着けるのか感情をコントロールできるのか、前者でも後者でもどちらにしろ凄いぞ。「もしもーし?」
避難誘導には冷静さは何より重要だし、感情をコントロールできたらヴィランの沈静化だってできるかもしれない……あ、あの!」
『はいスタートぉ!』
「あ」
ガパァ! と豪快に、幅だけで10mはありそうな金属の門が開く。
天魔と、天魔に対し何かを聞こうとしていた彼を含めた百名を超える受験生が頭上に『?』を浮かべながら、扉の向こうに広がる市街地を見ていた。
『スタートだスタート! 丁寧に位置についてーなんて言わないぜ!? ヒーローはいつ何時でも咄嗟に行動できなきゃな! さあ走れ走れ! 賽はとっくに投げられてるぜリスナー共!』
試験官であるマイクの声を聞いて我に返った受験生たちが一気に市街地へ流れ込む。
数秒としない内に、その場に残されたのは二人だけとなった。
「あ、わ、しまった出遅れた!? あの、すみません! 僕も行きます! あと、本当にありがとうございましたー!」
「(律儀ですねー)ええ。行ってらっしゃい。気を付けてくださいね?」
遅れを取り戻そうと猛然と走り出し、しかし即座に急停止。振り返って深々と頭を下げてお礼を言って、再び駆け出した。
その様子を微笑ましそうに見つめ、手をヒラヒラと振って送り出す。その姿は『素直で元気な愛息子を送り出す母親』以外のなにものでもなかった。
『あー、んんっ、そこの『黒髪の受験リスナー』、お前もスタートしろよー』
「あっ」
彼のスタートは、受験生の誰かが一番乗りで有ポイントロボを撃破したのと、同じタイミングだったそうな。
***
「……実家のお母さん思い出したわ」
『はは、実は僕も』
「私モダナ。……
「ハハ! 実は僕もさ!」
「「「いや校長のは絶対嘘だ」」」
読了ありがとうございました !
ヒロインアンケート改 深く考えずに直感で
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A組女子
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B組女子
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ヒーロー科じゃない女子
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前提が違う。天魔がヒロインで皆ヒーロー
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八木先生(ネタですヨ?)