魔女のヒーローアカデミア   作:陽紅

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MP36 魔女に導かれた者 前

 

 目を閉じる。呼吸をゆっくりと深く吸い、長く静かに吐き出して止める。……そうすることで少しだけ大きく聞こえるようになった、自分の心臓の音に集中する。

 

 ドクン、ドクンと脈打つそれは、大きくも穏やかだ。緊張はあるが過度ではなく、全身を程よい熱が満たしている。

 ──自身のコンディションが良好であることに、()は口角を僅かに上げた。

 

 

「……調子はどうだ? ダークシャドウ」

『わかりきったこと聞くなヨ! いつでも行けるゼ、踏影!』

 

 

 己が内に潜む、一生の相棒。いつも通りの調子と威勢のいい声に頷きを返し、ゆっくりと目を開けた。

 ……壁越しに聞こえてくる音。少し聞き取りづらいが、どうやら前の試合は早々に決着が付いたらしい。もしかしたらと、早めに控え室に入っていてよかった。

 

 

 再び深呼吸。

 

 思い出す──それは声だ。

 どこまでも(たお)やかで、底知れずに穏やかで……当時は何が嬉しかったのか定かではないが、どこか弾んでいた声が、紡いだ言葉。

 

 

 【──まず、常闇さん。貴方の個性は非常に特殊です。……私も先生方や専門家の方にこそ劣りますが、多種多様な個性を知っていると自負しています……ですが、正直貴方の個性──ダークシャドウ(この子)は、分類すらも難しいレベルで特殊と言えるでしょう】

 

 

 意思があり、思考を持ち、言葉を操る。それは最早一つの命だと。

 

 形はあれど制限は広く、痛覚はあれど傷つくことはなく、消耗はあれど消費することはない。

 

 

 これは最早、一つの個性の到達点だと。

 

 

 ……諸手を挙げた賞賛を受けて、かなり真面目に自分の顔が黒い羽毛で覆われていてよかったと安堵した。そうでなければ、おそらく真っ赤になっていたであろうから。

 

 

「……個性を発現──いや、お前と共に在って十年を経たというのに、俺は未だ、お前を正しく理解できていなかったんだな」

『気にすんなヨ! ッテイウカ、オレだってよくわかってなかったんだからナ! こっからだコッカラ!』

 

 

 光と相性が悪く、晴れの日中は弱体化する。かといって闇が深ければ、強くはなるが同時に凶暴性が現れ暴走の危険がある。前者はまだしも後者はヒーローとして致命的だ。だからこそ、『ダークシャドウの制御』が自分の主な課題だと思っていたのだが……。

 

 

 

 

 ──自分の浅慮に、反吐が出る。

 

 

 

 自分の個性だが、しかし相棒だ。

 

 根源は一つであるが、一心同体ではないのだ。

 

 

 制御するのではない。支配するのでもない。『共に強くなる』──それが、己が、己達が歩むべき道なのだと。

 

 

 

 ダークシャドウを個性ではなく、一つの生命として。

 

 共に学び、共に鍛え、共に試行錯誤し、共に挑み……そして──共に勝つ

 

 

 

 

 

 

 

 ──時間だ。

 

 

 

「──行くぞ、ダークシャドウ」

「あいヨ!」

 

 

 道は、示された。

 

 黒き魔女の導きにより、確固たると思える道が。

 

 

 

 ならば、あとは突き進むだけだ。自分と、相棒の二人で。

 

 

 登場口から舞台へと進む。降り注いでくる歓声は、おそらく自分に向けてではないだろう。

 『倍率三百倍。ただでさえ狭い門だというのに、彼女はたった四人しかいない推薦入学者である』……と紹介された彼女へ向けてだ──そう考えてしまうのは、少し卑屈が過ぎるだろうか。

 

 

 だが、関係はない。もし仮にそうだとしても、どうでもいい。

 魔女に教え、導かれたのはほんの僅かな時間だが──その僅かな時間にも意味があったのだと、証明するために行くのだから。

 

 

 

 

(まあ尤も──それは、向こうにも言えることか)

 

 

 

 ……黒き魔女に導かれた者。それは、自分だけではない。

 

 

 入学当初から見れば、最たる伸び代を見せた緑谷 出久。

 伸び代の先は未だ見えず、どこまで強くなるのか想像も付かない。

 

 夢への原動力を語り、魔女から全力肩入れ宣言を得た麗日 お茶子。

 体育祭準備期間中はずっと魔女の下で学び鍛えていた彼女も、恐らく相当な飛躍を遂げている。

 

 

 そして──。

 

 

『さぁ! さあさあ! ぶっちゃけるとオレが結構楽しみにしてる対戦カードがついに始まるZE! ってなわけで早速紹介しよう!』

 

 

 スピーカー越しに聞こえる大きな深呼吸……隣に座る相澤は、慣れた様子で両耳を塞いでいた。

 

 

 

『本年度推薦入学者の一人! 構造を理解できるなら生物以外の万物を造り出せる才媛! 八百万 百!

 

 VS!

 

 影に生き影を往く者!  COOLさでは学年トップクラスのこの男! 常闇 踏影!』

 

 

 先んじてリングに立つ自分に、反対側の入場口から進み、相対する位置で止まるクラスメート。

 ……本来であれば、対極にいるような自分とは接点などなく、あまり関わり合いになるようなことは無いだろうと思っていだのだが──今回、偶然にも一つの共通点が出来た。

 

 

 

 『魔女にこれまでの価値観を塗り替えられた者』として。

 

 

 

 

 表情を窺う。

 

 嗚呼……良かった。あれこれと意識していたのは、どうやら自分だけではなかったらしい。

 

 

 

 ほぼ時間を同じくして、二人の口角が少し上がる。

 苦笑というのも同じで、「まさか一回戦で当たることになるとは思ってもみなかった」……という感想も、きっと同じだろう。

 

 

 

「……念のため聞いておくが、足の痺れは?」

 

「──『全力を尽くせるように』と、先程()()()をかけていただきました。衣装のお詫びとこれまでのお礼とで、後日私が出せる限りの八百万家全力のおもてなしを計画中ですわ」

 

 

 

 この発言にどこかの魔女男子の背筋にゾクリと嫌な予感が走ったが余談である。『今日のノルマ(不幸)』はもう終わっていると楽観しなければ、後日訪れるだろうアレコレを回避できたであろうに……閑話休題。

 

 

「二人とも、準備はいいわね!

 

 それじゃあ──試合開始!!」

 

 

 

 直後。先制攻撃として速攻をしかけたのは、二人の個性を知る者の大半が予想した通り、常闇の黒影だった。

 空を翔けることのできる黒影の速度は相当な上、相手にしてみたら遠距離から近接攻撃をしかけられるという厄介さ。

 

 教員、そして試合をある程度予想していた生徒および観客たちは『八百万の防戦一方』や『八百万が反撃のチャンスを掴めるか否か』の凡そ二択に別れていた。

 

 

(……?)

 

 

 常闇は、「黒影に任せきりで棒立ちはよくない」という反省から、最初の位置から横へと動いている。より正確な判断と指示を出すには、相手とダークシャドウを視界に収める必要があった。

 

 ──黒影の攻撃。それに対して衝撃を殺そうと同じ方向へと跳び、さらには、作り出したナニカで高い金属音を響かせて防御した八百万。

 

 

(なんだ、アレは……?)

 

 

 陽の光を反射しつつ攻撃を防いだのは、磨かれたばかりのような鉄色。それが、八百万の肘から先を覆っている。

 防具ならば籠手・ガントレットと呼ばれる腕の鎧だろうが、随分と機械的だった。

 

 

 視線の先で、八百万がその腕を常闇へ向けて振る。一度腰溜めに引いてから突き出すそれは、回避直後で姿勢こそ崩れているが正拳突きの動きだ。

 しかし、当然届くはずがない。緑谷のように強力な衝撃が放てるならまだしも──と分析する常闇は銃声を聞き、拳の先端から発射炎を見た。

 

 

 ──咄嗟に、体が右へ飛ぶ。意識していたからこそ、彼は飛べた。

 

 その刹那の直後、彼がいた場所を高速の何かが通過し、そのまま飛んで壁へと当たる。

 ……壁に傷こそつけなかったが、当たれば、相当な痛撃となるだろう音を鳴らして。

 

 

 

(……早乙女。お前は一体、八百万になにを──!?)

 

 

 思考する間も無く、同じものを装備する逆の腕が突き出されるのが見え……冷や汗が、吹き出した。

 

 

 

***

 

 

 

 外した。

 

 最後とは言わないが、しかし、最大のチャンスであっただろう初撃。

 ……それを外してしまったことに歯を強く噛むが、それでも、一週間の練習が上手くいったことに、八百万はほんのり高揚した。

 

 

 

 『攻防一体型装具・試作37号』……36回の失敗を重ね、『なんとか実戦に使える』レベルになったのは、実は昨日の夜だったりする。

 

 

 両腕の肘から先。無骨なそれはとても洗練されているとは言い難いが、だからこそ重厚そうな見た目は高い防御力を連想させる。──単発式の銃と手甲を合体させた、八百万のオリジナルだ。

 

 

「はあっ!」

 

 

 突き出した右腕を戻しながら、同時に左腕を打ち出す。素人に毛の生えたような拙い拳は、しかし達人級の威力を飛ばした。

 

 

「くぅ!?」

 

 

 ギリギリ、だが今度は服にだが掠った。精密射撃こそ向かないが、この距離ならば十分に狙える。

 

 

『踏影っ!?』

「っ、戻るなダークシャドウ! お前はそのまま、八百万を攻め立てろ!」

 

 

 薙ぎ払いにくる、鉤爪のような影腕に、手甲を揃えて受け止める。威力の高さに全身が軋むが、とっさに払われた方向に飛ぶ事で事なきを得た。

 

 ──何度も受けては拙いですわね……回避か、最悪でも受け流さなければ……!

 

 

 やはり強い。その上に速い。長引けば長引くほど、不利になるのは八百万だろう。

 

 

(でも、戦える……!)

 

 

 手甲の一部をスライドさせ、装甲の内部に収まっている銃身と肌を隔てていた板をずらす。何度も失敗して計量した黒色火薬と硬質ゴムの弾丸を創り、再びスライドさせて銃身と肌を隔てる。

 ──これが、リロード。

 

 『創造』という、世界的に見ても稀少な個性を持ち、誤差を精密機器にしか測定できないレベルで突き詰めた八百万 百が装備して初めて、『防具』だけではなく『武器』としても使える装具となるのだ。

 

 

 

 

 その様子を見て、その『回りくどさ』の意味を理解して……それを伝えた魔女と、その魔女に教えを施した担任は、ニコリとニヤリ、それぞれの笑顔を浮かべた。

 

 

『Heyイレイザー! そんな意味ありげなニヤリ笑いしてねぇで、解説頼むZE!  ほら

アピールポイント! 常闇は事前情報でわかるんだけど、あれ、八百万の武器……武器か? とにかくアレなんだ!? つーか割と真面目に欲しいんだけど!? ……ろ、6桁で買えるかな? 7桁でも左端が1なら頑張るんだけど』

 

『はあ……まず、八百万の個性は『創造』。

 創り出す物を分子レベルで理解し、構造を熟知していないと宝の持ち腐れになる個性だ。それを実戦レベルで使えている時点で、彼女の優秀さはご理解いただけるだろう』

 

 

 一息。

 

 

『──だが、『何でも作り出せる』ってのは、時と場合によってはより危険な状況を作り上げちまう。武器として銃器や刃物を作り上げたとして、戦闘中にそれらが弾かれて落としてしまったとして……目の前に落ちてきたそれを、要救助者が使用してしまう。可能性はかなり低いと思うが……ゼロじゃあない。最近は大きな事案は聞かないが、数十年前に、航空機で数百人が犠牲になった事件が実際にあったんだ。

 ……人質を盾にされたヒーローが解除した武装を、犯人の一瞬の隙を突こうとした乗客が、誤った使い方をしちまってな』

 

 

 事実、その事件以降、ヒーローの持つサポートアイテム……特に、直接武器になりそうな品の規制や民間への意識通達が一気に強くなったのだが、それでも、類似の案件が完全になくなることはなかった。

 八百万は、それを踏襲する可能性が大いにあった。むしろ、他のサポートアイテムを使用するヒーロー達よりも遥かに高いだろう。なにせ、作り上げた武器は極論無個性でも使用出来るものが殆どなのだ。

 

 

 ……いままでは、だが。

 

 

(武装を作る際は細心の注意を、と余裕が出てきた二年あたりで伝えようと思っていたんだが……ったく。教師の仕事を取らないでほしいもんだ。しかも、身につけるべきは多いが、進む先が八百万の理想形じゃねぇか。

 ──アイツを教師にしようって校長の暴走も、かなり現実味が……)

 

 

 少し、真面目に考えてみる。

 

 まず地頭が良い。個性の鍛錬に集中するために、高校で学ぶべき必修の五教科を彼はすでに修了している。……根津が一年の分を終わらせればいいんじゃない? と伝えたつもりが、三年分終わらせてきて、試しにテストしたネズミが高笑いしていた。思えばあの頃から魔女先生をゴリ押しし始めた気がしないでもない。

 そして、なによりも万能性の高い個性故に、生徒達一人一人の千差万別とも言える個性に向き合えるだろう。しかも、分身を使えば、教師一人の現状よりも濃密に生徒たちへ対応出来る。

 

 

(──選択肢の、一つだ。今は、それだけでいい)

 

 

 

『……この場にいるサポートアイテムを用いる全ヒーロー、及び関係者諸兄。彼女を、そしてこの試合をよく見ておく事を勧める』

 

 

 再び一息。しかし、今回は少し多めに息を吸った。

 

 

『──原点(オリジン)だ。将来飛躍していくかもしれない未来のヒーローの、原点たる始めの一歩。それを、見れるかもしれないぞ? そして焦ってくれ。優秀な後輩に追い越されないようにな』

 

『Oh! ツンデレのツンが多すぎるイレイザーの高評価! コイツはマジだブボハッ!? おま、ちょ、今のレバーは本気だったろ!? 紙一重でズレたからよか……あ、はい。すみません。調子乗りました、反省してます。

 あ、そ、そうだ! 八百万の高評価はわかったけど、ほら、担任的には常闇の方のアピールも!』

 

 

 二、三……いや、五、六発の打撃音と悲鳴(ノイズ)がスピーカーから聞こえた。

 

 

『あー……先ほどこのバカが、この試合を楽しみにしている対戦カードの一つと言ったが……教師としては全ての試合を楽しみにしているよ。だが、ヒーローとしては……『この二人の対戦が一番楽しみだった』──それが答えだ。おら、試合を見ろ試合を。ミッドナイト先生もちゃんと審判してください』

 

 

 

 ……『三十路男』『ツンデレ』『意外とアリね!』というキーワードとともに、かなり稀少なアングラヒーローの写真がネット界隈で出回ったりしたが、ここでは余談としておこう。被害は同僚のDJ教師に集中するだけだろうから。

 

 

 

*オマケ*

 

 

 

「ケロ。早乙女ちゃんのキラキラガッツポーズね。しかも二連続だわ」

「梅雨ちゃん? なんかちょっと不機嫌?」

「……ごめんなさいね。多分、嫉妬よ。ケロ──私だけだったのに、なんて、ちょっと思ってるわ。羨ましいのもあるわね。早乙女ちゃんに教えられたのは五人いたのに、私だけトーナメントに出れてないの。だから、来年はもっと頑張るわ」

 

 

 

*ヨダン*

 

 

「先生! 私、ちょっと彼女と……あれ? 名前なんでしたっけ? ……。まあいいや! とりあえずちょっと彼女とおはなししてきますね! もうインスピレーションがドッパドパと出てきてるんです!」

 

「止まれ発目ぇえええええ!!! 今試合中だからぁ! あとお前、絶対話すだけで終わらせる気ないだろ! その手に持ったレンチとスパナとドライバーはなんだ!? ちょ、速、誰かそのバカを止めろぉ!」

 

 

 

 

 




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