……久々のやらかしでしたのでダメージが大きかったデス。
「やべぇ! ビルの外壁が崩れたぞぉ!?」
「はいはい、っと」
「ちょ、ロボ吹き飛ばし過――きゃあ!?」
「ほいほい、っと」
「そんな個性をこんな密集地で使うなぁぁああ! あ、ちょ、待っ……!」
「よいしょ、っと」
「いやぁあああ!! 母ちゃんゴ◯ブリぃぃいい!」
「すりっぱ、っと」
「――……!」
「……」
「」
「」
「さすがにこれいそがしすぎじゃありませんか?」
2メートルほどの黒い棒のようなものに腰掛けて空を飛び、上品な装飾を施されたタクトを構える姿は、正しく童話に登場する麗しき魔女そのものだった。
……残念ながら度重なる急行案件で疲労が溜まりに溜まり……声に力なく、某動画投稿サイトに出現するゆっくり喋る何某のよう。その背中もどこか煤けたように見えた。
飛んでいる高度は、ビルの高さのおよそ二倍。そこから一望できる市街地フィールドの彼方此方で、乱闘でもしているのかという騒音が今でも聞こえる。
試験も中盤を過ぎており……ラストスパートでポイントを稼ぎに奔走しているのだろう。
(大袈裟だと思っていたんですが……リカバリーガールが正しかったようですね)
無理して無茶をする受験生。だが、当人たちは無茶をしている自覚は殆どないのだろう。
なにせ、受験生のほぼ全員が、周りを全く見られていないのだから。
――現代社会において、個性の公的使用は原則全面的に禁止されている。小中学校で最低限の個性制御こそ練習するが、言ってしまえばそれだけなのだ。
特殊な家系でもない限り、屋外・広い場所で個性を使う機会などまず無いと言っていい。そして当然、実戦を意識して個性を使った経験など皆無なのだ。
そんな受験生が全体の九割を超えている。阿鼻叫喚の世紀末一歩手前の群雄割拠。もう訳がわからない。
天魔も、去年一般入試で雄英を受けて合格しているので、この光景を見ているはずなのだが ……「ここまで凄かったかなぁ?」と首を傾げていた。
『意図的に他の受験生を妨害したら一発
それに――ごく少数ではあるが、『偶然妨害してしまった』回数がやたらと多い受験生もいる。
(……まあ、その辺は先生方が判断することですか)
気分やら機嫌は当然良くないが、合格の是非を決めるのは自分ではないと割り切る。
それに、たとえ合格できたとしても、待っているのは更に厳しい先生方の『査定』だ。特に天魔はその前例を目の前で見ていたので、ある意味で信頼をしている。
「さて、と。私もおつとめおつとめっと。
ん?」
見付けたのは、眼下。
ビルとビルの間に走る、迷路のような路地の先。『チンピラが集まりそうな犯罪誘発環境』として再現された行き止まりで、二人の女子が複数のヴィランロボに追い詰められていた。
どこかカエルを連想させる少女は足を怪我しているのか、右足を引きずっている。その彼女の前に、耳朶がコードのように伸びている少女が庇うように立っていた。
ジリジリと距離を詰められて、もう後がない。
「けろ……もういいわ。貴女だけでも逃げてちょうだい。このままだと、二人とも不合格になっちゃうわよ」
「できるわけないでしょ。その怪我だってウチのせいなんだし……それに、ここで怪我人見捨てて逃げるとか、ヒーローどころか人としても恥ずかしいって……!」
……状況を見る限り、どちらも戦闘性の低い個性なのだろう。逃げ場もなく、多勢に無勢。しかも一人は怪我人だ。
どう見ても、最悪。切り抜けられる要素がどこにも存在しない。
だというのに、自分よりも、相手を気遣い逃げろと言った。
だというのに、決して逃げず、己を貫き強がって見せた。
そんな二人に、しかし神様は微笑まない。
そんな二人に、だからこそ。
――魔女が優しく嬉しそうに。そして、なによりも慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
手にしたタクトを簪のように髪に差し、腰掛けた黒い棒を巧みに操り姿勢制御。
流星のように一気に急降下した魔女は、隕石のように……覚悟を決めた二人と、飛びかかるヴィランロボの丁度中間に着弾した。
いきなりの乱入に目を瞬かせる二人にニコリと笑みを向け――
「――『
――背後から飛びかかってくる、八体ものヴィランロボを、見ることはおろか振り返る事すらなく拘束し、無力化した。
「け、けろぉ……?」
「へ? いや、はい……?」
突然の状況変化に理解ついていけず呆然とする二人だったが、カエル少女はすぐに思考を再開した。
***
(この人……確か、説明会の会場で目立ってたとても綺麗な人だわ。空を飛んで来たように見えたけど……一体どんな個性かしら。それにロボットも簡単に拘束していたようだし。
――いえ、それよりも)
候補は色々と上がるが、いずれにせよ強個性であることに変わりはないだろう。
……そんなこと、よりも。
いきなり現れた相手に対し、蛙吹 梅雨が彼女に感じたのは、強い違和感だった。
(なんで私、こんなにリラックスしているのかしら……? )
右足首に走る鋭い痛み。将来を左右するだろう試験の真っ只中。すでに解決済みのようだが、危機的状況。
まだ挙げようと思えばいくつかあるが、どれもリラックスできる状況ではないことを示すだろう。
なのに梅雨は、疲れきってお風呂に入って、ベッドに身を投げ出した時のような――頑張って頑張り抜いてやり遂げたことを、両親に褒められて頭を撫でられている時のような……そんな、不思議な心地よさに包まれていた。
「さて、と。怪我は大丈夫ですか?」
「へ……あ、はい! いや、ウチは大丈夫なんですけど……その、こっちの子がウチを庇って……」
右足の怪我。走るどころか歩くことも結構難しい。体重がかかるだけでズキンとした痛みが走り、何もしなくてもジクジクと痛む。酷い捻挫か、悪ければ靭帯を痛めているかもしれない。
撃破されたロボが吹き飛んできて、 気づいたときには手遅れ。梅雨がとっさに飛び出し彼女を突き飛ばして、建物とロボットに右足が挟まれてしまった……というのがことのあらましだった。
説明をしているうちに、声はどんどん沈んでいく。先ほどまでは切羽詰まっていて理解が追いついていなかったようだが、落ち着いて理解をしていくうちに『自分のせいで』という
思いが強くなってしまったのだろう。
何度も言うが、今は雄英高校ヒーロー科、入試実技試験の真っ最中だ。将来の夢を叶えるための第一歩といっても過言では無い。
それを自分の不注意のせいで、自分以外の誰かの夢の邪魔をしてしまった。
……下唇をかみしめる彼女の表情には、色濃い罪悪感が滲んでいる。
「けろ。それは違うわ」
「いや、でもさ……!」
「確かに、この怪我は貴女を助けたことが原因よ。それは間違いないわ。でも、私は『自分も無傷で貴女を助ける自信があった』から行動したの。けど、貴女を突き飛ばすことに集中しすぎて上手く跳べなかった。私の油断や慢心も、少なからず原因であるはずよ?」
それに、と。足の痛みからか、どこかぎこちないが笑みを浮かべる。ちゃんと笑えてるかしら、と不安になるが、それでも精一杯の笑顔を浮かべた。
「さっきはああ言ったけれど、私、実は全然諦めてないの。……試験はまだ終わってないし、合否通知も貰ってないわ。なら、まだチャンスは絶対あるはずよ」
それは、信念とも、矜持とも呼べる何か。
プロヒーローたちからしたら、相手にも、それどころか見向きもされないかもしれない、未熟なものかもしれないが。
「『絶対に諦めない』……プロのヒーローだって、怪我をしたまま戦ったり救助活動したりするわ。なら、これくらいの怪我で諦めてたら、ヒーローなんて絶対なれないもの」
***
「……! ……っ!」
「ミッドナイト先生。自分の好みだからって机をバンバン叩かないでください。
あとマイクとその他。採点の終わったやつを引っ張りだして再採点しようとするな。公平性に欠けるだろうが」
「ギックゥ!? い、いやでもよ? ちょっぴっと加算するくらいいいじゃん? ほ、ほら、足怪我してるみたいだし!」
「――本音は?」
「健気にはにかむカエル少女が可愛いです」
「私情だらけでいいわけねぇだろ。それに、そもそも加算はいらねぇよ。――今からあの馬鹿が、加算しまくるだろうからな」
***
――灰かぶり姫に登場するあの魔女(※諸説あり)は、一体どんな気持ちで
義理の母姉に虐げられながらも健気に生きる少女への同情か。
それとも、ただ偶然通りかかっただけの、魔女の気まぐれか。
絵本の中の物語では終始主人公を中心にして進行するため、その魔女が『どうして』というのも、『その後どうしたのか』も描かれることは基本的にない。
だからこれは、個人的な妄想で、そうあってほしいという願望だ。
(彼女はきっと、見てみたかったんですね)
灰かぶりの少女ではなく、美しいティアラを載せたお姫様を。
届かない憧れを思って浮かべる悲しそうな顔ではなく、憧れのままになった心からの笑顔を。
……つまり、何が言いたいのかというと。
――早乙女 天魔。『陰から手助け』の範囲ギリギリの超お節介します!
……いいぞやれやれー! という知ってるヒーロー科教員数名分の声が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。
……ほどほどにしとけよ。という、同じく知ってるヒーロー科担任の苦笑が聞こえたような気がする。……ちょっと、気に留めておこう。
「『
言霊とイメージ。淡い若草色の風が天魔を中心にして微かに渦を巻き、長い黒髪がサラリと揺らす。そしてその風は二人を包むように移動し、彼女たちを包むようにまた渦を成した。
二人はいきなりの事に驚いているようだが、なにをする前に風はすぐに収まる。
「なにいまの……風? なんか気持ちい、じゃなくて、あれだったけど」
「け、けろ。……けろ? 痛くない? それに……」
大きな変化は、カエル少女の右足の怪我。
靭帯損傷一歩手前の捻挫と、放置してはいけない程の浅くない裂傷が、何もなかったように消えている。運動着の裾が血で汚れているので、余計に違和感が強かった。
……小さな変化は、二人の全身に。
実技試験で動き続け、さらに怪我や庇ったりで蓄積していた疲労感がきれいさっぱりなくなっていた。
そして――
「ちょ、今何をって……きえ、た?」
目を離し、意識を背けたほんの一瞬。
魔女はその存在の痕跡のすべてを消して、いなくなっていた。
それでも残るのは、拘束された状態で無理に動こうとした所為で、機動系に致命的なダメージを負った、最後の一撃待ちのヴィランロボ八体と……それを仲良く分け合って自らのポイントにして、ラストスパートをかける二人だけだった。
***
「あ、きたきた。おーい! 『私』ー!」
「こっちですよー!」
「おや、私が三番手ですか。結構時間かかったので終わりの方かと思っていたんですけど……あ、二人のほうはどうでしたか?」
「「ははは、そりゃあもう大変でしたよー」」
「ですよねー」
同じ容姿に同じ声。和気藹々と言葉を交わす三人は、所謂一卵性何生児というやつではなく、元は一人の存在だった。
手っ取り早く説明すると天魔の魔法である。実技試験はいくつかのグループによって行われるので、その数に合わせて彼は魔法で分身を作ったのだ。
……『やってみたら何かできた』と十数人の異口同音で宣って相澤を呆れさせたのは、まあ、余談である。
「それと、どうです? 分身の検証結果は」
「んー。まだ二人分の擦り合わせですが、まず思考の鈍化・身体能力の低下とかはありませんでしたね。その代わり」
「魔法行使が大分制限されます。私の方でそこそこ強い治癒を使おうとしたら、かなりギリギリでした」
「……『MP的なものが分身の数だけ等分される』って感じですか。思考のリンクとかあったら便利なんですけど、この分だと無さそうですね。
分身した後の記憶とか……あれ? この状況で怪我をした場合ってどうなるんでしょう……?」
「「……とりあえず保留にしません?」」
「〜♪ あれ? 皆ここに集まってる感じですか?」
「まあ成り行きで。それよりお疲れ様です『私』」
「それにしても随分ご機嫌ですね? なにかいいことでもあったのですか?」
「フフ。ええ、とっても。是非合格していてほしいと思える人が二人もいました」
「「「おー♪」」」
「ただ、いま……です」
「「「「おかえりなさ――どうしたんですか『私』!? ボロボロじゃないですか!?」」」」
「いえ、その…… 巻き込まれたというか巻き添えを食らわされたというか。はは……。試験終了直後に特大の爆破に巻き込まれまして」
「「「「……お疲れ様でした。本当に」」」」
一人、二人と増えていき、分身全員が揃い……
『ところでこれ、どうやったら元に戻るんですかね……?』とひとりが零したつぶやきに、暫く顔を青くする魔女たちがいたりいなかったり。
読了ありがとうございました!
……梅雨ちゃん、かあいいですよねぇ……
ヒロインアンケート改 深く考えずに直感で
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A組女子
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B組女子
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ヒーロー科じゃない女子
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前提が違う。天魔がヒロインで皆ヒーロー
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八木先生(ネタですヨ?)