天魔がバファ◯ンを神と崇めかけた雄英高校入試試験から、早いもので三週間。
「ーー制服の新調、なんとか間に合いましたね」
ベッドの上で唸る天魔を眺めていたリカバリーガールが、ふと思ったことがキッカケだ。留年という特殊状況で、天魔は健康診断こそしていたが身体測定のようなことは一度もしていない。
十代半ば。成長期真っ盛りであり、見た目に反映されないとは言っても天魔は常日頃から体を鍛えているのだ。……一年でどれだけ成長したのだろうか、と気になるのは、養護教諭としてしょうがない事だろう。
計測の結果、リカバリーガール曰く、ぴったり10cm身長が伸びていたらしい。入学時は170に届くかどうかくらいだったはずなので、現在は大体180cmくらいだろう。
「ふふ、ふふふ♪」
魔女は、真新しい制服(※男子制服)に袖を通し、学生が一人暮らしするにはかなり豪華な賃貸の部屋で歓喜に震えていた。
……去年の入学時、業者が
ズボンである。男子制服である。そして、そしてなによりも……!
「180cm。 1 8 0 c m ! 」
『この子頭大丈夫?』と思われるかもしれないが、安心してほしい。良い感じにズレているままだ。
魔女という異形系個性の発現で、外見が魔性の女となった天魔は、当然初見で(初見以降も)女性扱いされることがほとんどだ。だからこそ『身長が高くなった』というだけで『女性扱いが減るかもしれない……!』と淡い希望を抱いているのだ。
ーーまあ、現実はそんなに甘くない。
脚スラァで腰タカァで腹ホッソォなモデル体型は不変不動。日頃から綿密なカロリーコントロールと体型維持のトレーニングをしている女性モデルが聞いたら、重く発狂し兼ねないレベルの黄金比を、特に意識せず保っているのだ羨ましい。
男子制服を着ているにも関わらず、男子ではなくパンツルックな美女がゴール。ーーもうあきらめたら? と誰か彼に伝えてあげてほしい。もれなくメッセンジャーには打ち拉がれて涙目上目遣いで『嘘ですよね……?』と縋ってくる天魔くんが付いてくる。
そんなことはつゆ知らず。ルンルンと♪が付きそうな様子で制服に着替え、身嗜みチェック。
(今日は入学式と簡単なガイダンスだけですから、特になにもないはず……帰りに、お夕飯の買い物も済ませちゃいましょうか)
最寄りのスーパーの情報を思い出し、曜日ごとにやっている特売を確認ーー残念そうにため息を吐いたので、今日は何もなかったのだろう。
教材の一切入っていない鞄は軽く、しかし何気に嵩張る。ので。
「『
しまう。
あらゆるゲームなどで大活躍している、いわゆる『アイテムボックス』というものだ。
友人である田中くんに教わったサブカルチャーで知った時、天魔は目を輝かせて『これが出来たらお買い物の時すごい楽ですね!』と、正しいのにどこかズレた感動感想を述べたそうな。
田中くんも田中くんで『マジ主婦の鑑ww ですが早乙女氏! お会計の後でしないとヴィラン待った無しでゴザルぞ!』と乗っていたので似た者同士なのだろう。
そして、『夕飯の買い物を楽にする』という一念で、結構どころかかなり凄いこの魔法は二週間ほどで完成。時間経過有り・生き物不可・容量限界あり、と制限はいくつかあるが、それでも天魔の使う魔法の中でいろいろと上位のものに仕上がっている。
……ヒーロー活動としての利用方法を試行錯誤し出したのは、完成から数年後のつい最近。呆れた顔で災害時の救援物資の運搬やらを指摘した担任がいなければ、未だに思い付かなかった可能性があったりする。
「よし。新学期! 気合い入れていきましょう!」
ーー元気よく出発し、そして五分後。
スマホが無いことに気付いて、若干恥ずかしそうに帰宅。そして、収納した鞄に入れていたことを思い出し、入れた気合いが全損したのは余談である。
***
通い慣れた……訳ではないが、月に一度は掃除に来ていた廊下を歩く。道中で迷っていた新入生に道を教えてあげたりしながら、特に問題はなくーー。
「机に足を掛けるのはやめないか! 雄英の先輩たちや机の製作者の方々に失礼だろう!?」
(……その机を先日掃除したばかりの人間がここにいますよー)
「あ゛あ゛!? んだテメェ文句あんのか!? どこ中だこの端役!」
言い争う声のどちらにも聞き覚えある。特にヤンキー認定まったなしなダミ声の男声は、その爆発とともによく覚えていた。
ーー合格できたんですねぇ……。と、扉の前で結構失礼な、しかし納得の得られるだろう感想を抱く。
今まさに扉を開けようとしていた手は、ピタリと固まっていた。
(わぁー、どうしましょう。すっごい帰りたくなっちゃいました)
「……あ、あの!」
必死に現実と戦っている中、いきなり来た真横からの声に、ビクゥッ! と肩と言わず全身を跳ねさせる。
……きゃあ系の悲鳴が出掛けたが、そこはなんとか気合いで飲み込んだ。
そして、その声にはこれまた聞き覚えがあり、ドキドキと心拍を跳ねあげた心臓を落ち着かせながらそちらを向けば、これまたまた見覚えのある少年がいた。
どこのグループかは忘れたが、最後に0ポイントの巨大ヴィランロボを殴り飛ばして、両足片腕に大怪我を負った少年だ。本人は完全に落ちたと当時は思っていたようだが……。
「貴方は……! よかった、合格できたんですねっ?」
「は、はい! それで、その、試験の時は怪我を治して貰って、それに、えと、緊張とかも収めてもらったり……色々と、本当に色々とっ、ありがとうございました……!」
深く、頭が腰よりも下ではなかろうかと思えるほどに、深く頭を下げる。少し涙声に聞こえたが、きっと気の所為だろう。
ーー「大したことはしていない」と返そうと思ったが、この感謝は受け取らねば失礼だろう。
「……どういたしまして。それと、頭をあげてください。今日からクラスメイトなんですから、まずやることがあるでしょう?」
差し出した右手。あの時は立ち上がるように、引く者と引かれる者で上下があったが、今回は違う。
「私は早乙女 天魔です。……これから、よろしくお願いします」
クラスメイト……友人として。そんな意図を正しく理解したようで、目尻に涙を浮かべながら右手を合わせた。
「っ、僕は緑谷 出久です! こちらこそ、よろしくお願いします!」
握手して、お互いに笑う。出久のほうはすぐに顔を真っ赤にしていたが、まあお約束だろう。
そこにもう一人。一件の当事者である少女が加わる。試験の時に出久が助けた娘で、説明会から天魔を注視していた一人だ。
元気印と言わんばかりのテンションの高さで、身振り手振りで0ポイントロボをぶっ飛ばした時の出久や、試験中に見たフィールドを飛び回っていた天魔を凄い凄かったと褒め称えている。
そして、三人で教室に入り、すでに揃っていたクラスメイト十八名全員の視線が三人……正確には天魔に集中する。
喜ぶような「あっ!」が数人分。
驚くような「あ!?」も数人分。
……威嚇するような「あ゛!?」は、一人分。
「あー……」と、忘れてたと続きそうなのは、ご本人。
二人ほど何事だ? と周りを窺い、後ろの二人も怪訝そうで。
「……なに、ヘンテコなコントしてるんだお前らは」
一体いつからいたのか。教卓と黒板の間に、雄英高校名物『
咥えていたゼリー飲料を一気に飲み干して完食し、寝袋の中から腕を、そして一着の雄英ジャージを取り出す。
「ーーまあいい。静かにさせる手間が省けた。
俺は相澤 消太。君らの担任ね。今から全員に体操服配るから、それに着替えてグラウンドに集合。早乙女は女子に更衣室の場所を教えてやれ」
「え、あ、はい。私ですか? 構いませんが……その、私、今日体操着持ってきて無いんですけど。
というか先生、またそんなゼリーだけで食事を済ませてるんですか? 食事はちゃんとしてくださいとあれほど……」
「安心しろ。コッチで新しいのを用意してある。……別にいいだろゼリー。手っ取り早いんだ。あとナチュラルマザーやめろ。んじゃ、一時解散」
もぞもぞと動いた直後、寝袋から足が生えて普通に移動を開始する。
それを扉が閉まるまで見送った一同は、しょうがない人だなぁと苦笑を浮かべる天魔に視線を戻した。
「……あ、あの、早乙女さん、でよろしいのでしょうか? これは、どうしたら……」
「とりあえず、言われた通り着替えてグラウンドに行きましょうか。相澤先生は時間にうるさい方ですから、できる限り迅速に。男子の皆さんはここで、女子の皆さんは今から更衣室に案内しますので、付いて来てください」
それぞれ指定された席の横にかけられた紙袋を取り、天魔は眼鏡をかけたーー見るからに優等生な男子に教室の戸締りとグラウンドの場所を手短に伝えた。
更衣室は男女であるのだがここは置いておく。
更衣室の場所は遠くはないがのんびり歩いていける距離でも無いので、駆け足だ。
「あ、あの早乙女さん!? 色々お聞きたいのですが!」
「け、けろ、私もよ!」
「後にしましょう! 相澤先生は本当に時間にうるさいんです!」
「駆け足!? ちょ、待っ、あんな先生がおるん!?」
「とうとうツッコミが無かった! 『制服が浮いてる』って誰かツッコンでよー!」
「雄英高校は先生も結構フリーダムです! それじゃあ更衣室はここですので、皆さんも急いでくださいね!」
じゃ、と言って駆け足ではない疾走で廊下をかけていく。自分も早く着替えなければならないからだ。
「いや、え? 更衣室ここじゃないの……?」
女子更衣室と書かれたプレートを見て、着替えず入ることもなく走り去った天魔を見て、本気で疑問符を浮かべる女子一同だった。
***
「……あのさ、あんまりこういう詮索したくないんだけど……早乙女ってもしかして、その、体に見られたくない怪我とかそういうの、あるんじゃないかな? 下ズボンだったし、あの急ぎ方って、ちょっと普通じゃないよね」
「ですわね……はっ!? 先生と面識がありそうだったのも、まさかその関係で……?」
「けろ。……それが事実だとしたら、私の足の怪我を治しにきてくれたのも……自分と重ねちゃったのかも」
「あれ……? なんでしょう、いま凄く嫌な予感が」
***
「体力テストぉ!?」
「いや、フツー入学式とか、ガイダンスじゃないんすか!?」
いつもよりどこか静かな雄英高校。その中で唯一騒がしいだろうグラウンドから私、早乙女 天魔がお届けします。
男子の皆さんが相澤先生に質問? していますが、この先生なら「入学式の時間が勿体無い」と言ってやりかねません。ってかやってます。
(なんで
(すみません。それ私が聞きたいです)
相澤先生の訝しげな視線がちょっと痛い。囲まれてるというか……こう、集合ポイントにされてるというか。出来れば男子側に行きたいんですが……あれぇ? なんか優しいというか心配そうな目で見られてますよ?
「(まあ、邪魔にならないならいいか)ヒーローを目指す者にそんな悠長なことをしてる時間はないよ。一分一秒を惜しんで先に進むくらいが丁度いい。
放課後にマックで駄弁ったりする高校生活をご所望なら、残念だったな」
ーーゴクリ、と何人分か聞こえ、盗み見れば顔を引き攣らせているのが何人もいた。
勿論、相澤なりの煽りだが、少なくない本心が混じっていた。『それくらいの覚悟で臨んで欲しい』と言うことだろう。
ちなみに、月一くらいのペースでマイクに引き摺られるように放課後マックで駄弁っている担任を天魔は知っているが……まあ、敢えて指摘することはないだろう。
「いまから君らにやってもらうのは、中学でもやったことのある一般的な体力テストだ。ただ、『個性使用有り』のだけどね」
「個性使用、有り……?」
全国の小中学校で行われる身体能力テスト。生徒の筋力・持久力・瞬発力などの数値を計測し、男女ごとの学年平均値を算出するために主に行われる。
当然、個性使用などすれば平均もなにも無いので個性無しで行うのが通常だ。
「まあ、説明は面倒だから実際にやってみようか。入試トップの爆豪。円に入って
「……。本気で良いんだよな?」
「円から出なけりゃなんでもいい。ほら、はよ」
「チッ……んじゃあ、軽ぅく……
ーー死に晒せぇ!!」
ーー爆★破ーー
(((((……死に晒せ?)))))
(……。あの、今チラッて私のこと見ましたよ彼。え? 気のせいですよね? こっちに向かって首掻っ切るジェスチャーしてますけど、そういうルーティンなんですよね? ね?)
投擲と爆破、さらには爆風によって速く高く飛んでいくボールは一気に飛んでいき……。
「はい結果、754m。とまあ、こういうことだ。各種目で、各人の個性を上手く使って最大値を出せばいい。簡単だろ?」
およそ人が投げたとは思えない飛距離に、一同は今起きた色々を一先ず脇に置いて色めき立つ。
『面白そう』『楽しそう』と声が上がり……相澤は不機嫌そうに顔をしかめるが、すぐに何かを思い付いたのか、ニヤリと笑った。
「ああ、ちなみに。測定で成績最下位は除籍処分にするから、そのつもりで気張れよ。面白そうだ楽しそうだ、気持ちが軽すぎる。そんな軽さで三年間耐えられるとは思わないんでな。合理的に間引かせてもらうよ」
(……あ、これ相澤先生本気ですね)
「改めて。ようこそ、雄英高校ヒーロー科へ。『自由な校風』が売り文句の我が校だが、それはなにも生徒たちだけに限らない。我々先生側もまた然り」
冗談だろう、と沈黙する新1ーAの面々だが、遊びのカケラもない相澤の顔に沈黙を絶句に変えていく。
「ーーさあ、最初の試練だ。Plus Ultraの精神で、見事乗り越えて見せろよ、有精卵ども」
***
「……いや、流石に『更に向こうへ』行き過ぎじゃねぇの? イレイザー」
「そうね。ほら見なさいよマイク。壇上に上がった校長が『まじかー』ってなってるわ」
「どっちかってと『うわー』か『あちゃー』じゃない?」
流石に、
読了ありがとうございました!
爆豪くんの飛距離が伸びていますが 、気のせいです。決して、空を飛ぶ誰かさん対策で遠距離攻撃の手段とか模索してないです。多分。
次回はほぼダイジェストの様になるかもしれません。
ヒロインアンケート改 深く考えずに直感で
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A組女子
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B組女子
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ヒーロー科じゃない女子
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前提が違う。天魔がヒロインで皆ヒーロー
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八木先生(ネタですヨ?)