デュエル・マスターズ Mythology 作:モノクロらいおん
今はそのお気に入りの座は小鈴かチョウ姉さんに奪われてる感あります。
繁華街の外れ。路地裏の陰の奥にひっそりと佇む、小さく寂れたカードショップ、その名も『御船屋』。
隠れ家のようである、と言えば多少は聞こえが良くなるが、周知されることが繁栄と生存に直結する販売店において、認知されづらいというのは致命的な欠点である。
つまるところ、『御船屋』は繁盛していない。いつ潰れてもおかしくない、むしろなぜ経営しているのか不思議なくらい、客足が遙か遠いカードショップだ。
そんな店のカウンターで、小柄な少女がちょこんと座っていた。
身体の小ささよりも更に細く薄く、華奢な矮躯。
見るからに幼い風貌だが、その双眸は冷え切ったように無表情。子供らしさの欠片もなく、感情の一切合切を凍らせてしまったかのようで、まるで氷のようだった。
――
中学生の彼女が労役に務めるというのは、現代日本の法規が許さない。しかし彼女は紛れもなく現時点におけるこの店を預かっている者である。
要するに、彼女は店主の妹だから店番を任せられているというだけであるのだが。
肝心の店主はと言うと、生活費を稼ぐために余所で働いている。生活のために店を空けて労働するというのは本末転倒という気しかしないが、そもそもこの店に客など来ないため、なにも問題ないのである。
汐は鉄の表情でくすりともせず、カウンターの前で、誰もいない店の中で、くるくると椅子と共に回っている。
そう。今日は、誰もいない。
いつもならいるはずの、先輩たちすら、来ていない。
客がいないのはいつものことだ。しかし、ここを溜まり場とするあの二人も来ないというのは、汐の疑念を膨らませるに十分な理由だった。
つまるところ、汐は不機嫌だった。
常連の二人がいないこと。そして、
「……あの二人、絶対に、なにか隠している、ですよね」
誰もいない、誰も聞いていない店内で、ぽつりと呟く。
空城夕陽と、春永このみ。相応に敬意を払う先輩二人。その二人が、自分に対して、なにかしらの隠し事をしている。
勿論、二人が直接的にそのようなことを言及したわけではない。
しかし、二人の態度、行動には不自然な点が多い。
ここ最近、毎日のように通っていたこの店に、まったく足を運ばない。それが日常の一部だというのに、そこに足を踏み入れない。夕陽もこのみも、その“いつもと同じ日常”を尊ぶ人間であることは、汐も知っている。
なんの理由もなく、そのいつもと同じ日々を歪めるような二人ではない。とすれば、相応の理由があるはず。
試験期間……ではない。夕陽ならそれで足を遠ざけるかもしれないが、このみがそんなものに縛られて遊びを放棄するわけがない。夕陽にふん縛られてもこの店にやって来るはず。そもそも、そんなまっとうな理由なら、連絡のひとつやふたつはしてるはずだ。
ならばきっと、二人がここに来ない理由は、まっとうな理由ではない。
自分には言えないこと。自分を遠ざけようとしていること。
そう結論づけるしかない。
「少々、不愉快ですね」
顔色一つ変えず、汐は虚空に向けて毒を吐くように愚痴る。
まるで除け者にされたようだ。いや、まるで、ではない。
実際、除け者なのだ。二人揃って不通ということは、そういうことだ。
夕陽とこのみは古くからの付き合い、幼馴染みだ。小学校から高校まで、ずっと一緒の仲。
その二人が結託したとなれば、汐が付け入る隙は大きくない。
とはいえ、だ。
「……らしくない、ですね」
そのような行いは、あの二人らしくない。特に、このみがそういったことをするようには思えない。
となるとこれは、夕陽の入れ知恵か。
口の軽いこのみを黙らせて、なにかを画策……いや、隠蔽している。
なにを隠しているのか、までは検討がつかない。なんでもオープンにひけらかすこのみと違い、彼は多くを語らず、口を閉ざして秘める人間だ。隠し事とは言わないまでも、自分に言っていないことも少なくはないだろう。
しかし唐突に店に足を運ばなくなるほどのこととは、なんだろうか。あまりにも急にぱったり来なくなったということは、事態は急激に変化したのだろうが、それほど性急に変化する物事とは……?
「……これ以上は、考えてもただの妄想ですね」
汐は思考を打ち切り、方向を切り替える。
「それよりも、私がどうするのかを考えるべきです。ただジッと待っているわけにもいかないですし、兄さんあたりを使って探りを入れるとするですか。確か兄さんは、このみ先輩のお姉さんと旧知だったはずですし――」
店に誰もいないことをいいことに、ぶつぶつと呟きながら今後の方針を組み立てていく汐。
しかしそれは、ギイィ、という軋んだ扉が開く音で掻き消された。
珍しいことに客が来たようだ。ひょっとすると彼らなのではないか、と一瞬だけ期待する汐だったが。
「いらっしゃいませ……です」
淡々としているが、しかし後の声は気持ちしぼんでいた。
入店してきたのは、夕陽でもこのみでもなかった。
若い男だ。高校生……ではないだろう。恐らく大学生くらいの、若干あどけなさが残った軽薄な笑みを浮かべた青年だった。
「いやぁ、変わってないなぁ、ここ。柄にもなく、ほんのちょっとだけ感傷的になっちゃうな」
「…………」
「あ、可愛らしい店員さん。店主の人はいないのかい?」
「店長は今、席を外しているです」
なんですこいつ。
汐の第一印象はその一言だった。
視線は店を見ているが、微塵も陳列されているカードを見ていない。
朗らかに言葉を並べている癖に、言葉にひとつも感情がこもっていない。
これは、知っている。敵意も害意も感じさせない面の下に、利己的な本心を隠す詐欺師の貌だ。
汐の兄と、同じ貌だ。
「そっかぁ。ま、別に会いたいわけでもなかったし、そこはいいや。本来の目的は妹さんだしね。ねぇ、御舟汐さん」
「……なぜ、私の名前をしっているのですか」
「知りたいかい?」
「見ず知らずの人に名前を知られているのは、それなりの怖いですね。どこから漏れたのか気になるのは当然です」
「ははは、ごもっとも。でも情報なんてのは、誰かが知っている限り、どこからでも漏れるものだよ」
「…………」
汐の疑心が膨らんでいく。
閑古鳥が鳴いているこの店に客というのも珍しいが、それ以上に、おかしな客だ。客と言うことすら躊躇うほどに。
いや、これはもう、ただの客ではないだろう。明らかに、本来想定される客とは、違う意図がある。
ただの客とは違う、別の理由があって、彼はここにいる。
「あなたは、誰、ですか」
「僕? 僕の名前は青崎記っていうんだ。聞いたことない?」
「……知らないですね。苗字はともかく、そんな奇妙な名前の人は聞いたことがないです」
「まーた言われちゃったよ。確かに僕の名前は変わってると思うけど、やっぱり君も同じような感想を抱くんだねぇ」
「……?」
妙な会話の噛み合わなさを感じる。いや、噛み合わないというより、情報の齟齬があるような、あえて通じない出来事を喋られているような、自分が知らない出来事を前提に話を進められているような、そんな感覚だ。
砂を噛まされるような不快感が、じりじりと詰め寄ってくる。
「ま、そんなことは今はどうだっていい。大事なのは、僕は君が知りたいことを知っている、ということさ」
「私の知りたいこと……」
それは紛れもなく、さっきまでの独白。二人の先輩のこと、だが。
それを、こんなどこの誰とも知らない男が知っているだなんて、信じられようか。
「知ってるよ。空城夕陽君のことも、春永このみさんのことも。彼らの身になにが起こり、なにを手にして、どうしているのか。この場所から遠ざかった理由もそこから推測できるよ」
「っ」
流石の汐も、ほんの僅かに平静が揺らいだ。
まさか、本当に知っているというのだろうか。
彼らの名前も知っている。彼らの動向も知っている。
それは紛れもなく、彼らの情報を掴んでいるという確固たる証拠だ。
欺瞞やハッタリでは、ない。
「……私になにをしろと言うのですか」
「おっと、理解が及ぶと話が早いね。そういうところもそっくりだ」
「さっきから意味深なことばかり言っているようですが、結局、あなたはなんなのですか。なにが目的ですか」
「まあまあ僕の目的なんてさておき」
さておくな。
とは口に出さず、汐は青崎の次の言葉を待つ。
焦れったく、もどかしく、青崎は玉石混淆の、無意味の中に意義ある言の葉を紡いでいく。
「空城君も春永さんも、ちょっとした事件に巻き込まれてしまってね。まあ、事故みたいなものだけど、紛れもなく彼らはそれに関わってしまった。これはどうしようもない事実であり、その事実から逃れることはできない」
「事件……?」
「まあ、事件というか出来事というか。誤解を与えないような言葉を選ぶのは難しいね。どこぞの小説家さんが羨ましいことで」
「素直に言う気はないのですか」
「いいや? ただ君もどうせ、あの人と同じだろうからね。いくら僕が事実を説いても疑念を払拭しきれないだろう?」
――あの人?
誰のことだろうか。
「君らのような他人を信用しない現実主義者っていうのは、面倒くさいように見えて、逆に扱いやすくてね。だって、どんな荒唐無稽で破天荒な神話的事象だって、それが現実としてそこにあれば、認めざるを得ないのだから」
青崎はポケットの中に手を突っ込む。
そして、そこから当然のように出されたのは、デッキケースだった。
「こういうの、スマートじゃないから好きではないんだけどね。だけど君に対してはこの上なくわかりやすいだろう?」
「っ!」
その瞬間、汐は怖気を感じた。
脳が揺らされるような感覚。染みついた恐怖が浮上するように、知られざる脅威を認知するように、凍り付いた空気が本能的な憂虞を目覚めさせる。
「賢も愚も同じこと。だが、君が賢者と成り得るか、愚者に堕ちるかは、君次第さ」
異常さは、伝わってきた。
そしてそれ以上に、驚くほど冷静な自分がいた。
いや、困惑はしている。どういうことなのか、頭は理解できていない。
なのに、身体は知っている。このような状況、どう対応すればいいのか。本能レベルで、理解している。
汐は意のままに、中空に浮かぶカードを手に取った。
「そう、それでいい。そこにあるそれが、事実そのものだ。あとは神話の脅威を乗り越えられるかどうかだが、まあそこはなんとかしてくれたまえ。僕程度の小物に屈服されるようでは、生き残れないだろうからね」
青崎もまた、カードを手繰り寄せる。
その裏に計り知れないほどの偉容なる影を見つめながら、汐は戦いの場に身を投げる。
どこか淡い、懐かしさを覚えながら。
色々意味深な台詞が多々ありますが、今はあまり気にしなくてもいいです。そういう作品です。