デュエル・マスターズ Mythology 作:モノクロらいおん
……これどっちかっていうと後書きで言うべきことだな……
空城夕陽という少年を一言で言い表すなら、“凡人”だった。
もう一言付け足すのであれば、“中途半端な凡人”だ。
理屈で動いては感情に振り回され。
平等さを訴えては利益を求め。
利他の精神から自利の意思に成り代わる。
決して善人とは言えないが、悪人になれるわけでもない。
善行を為しても、悪行を見逃してしまう。善意に絆され、悪意に流される。
確固たる意志も、貫きたい信念もない、怠惰な思想。
ほとんど家にいない両親に代わって家事を請け負った妹に対して、その役割を代わろうと申し出ることはないが、兄としてその負い目を感じてしまう。そう思う程度には、責任感はあるが、しかし行動には結びつくないほどには怠慢であった。
なにもかもが、中途半端だった。善にも悪にも振り切れない自分が、嫌になる。
けれどなにより、そんな自分を受け入れてしまっている自分こそが、最も駄目なのだろうと、頭のどこかで理解していた。
それは、沈みかけた太陽のよう。
日の出づる暁にならず、天照らす中天でもない。
夜という闇に染まらずとも、輝きを失いつつある、夕刻の陽。
それが、空城夕陽という人間だった。
「……まあ、別にいいけどな」
一人になると、不意に考えてしまう、自己嫌悪と自己弁護に塗れた、不快な思索の渦。
結論は変わらない。なにも変わらないし、変えたくないし、変えたいと思わない。
だから自分は駄目なのだ、と思っても、夕陽の意志は薄弱に不変である。
変わることは、怖くて、億劫だ。だから、今のままでいい。
それで良いのか? 駄目だろう? と疑問を呈しても、なにも変わらない。
少なくとも、自分一人で抱えている限りは、そうなのだろう。
もっとも、こんな汚濁のような灰色の心中を誰かに吐露することなど、あり得ないが。
唯一の後輩である汐にも、幼い頃から一緒にいたこのみにも、ましてや生まれてから共に生活している妹にも。
自分の最大の“弱さ”を、知られようとは思わない。
いつものように、結論の変わらない自問自答を繰り返しつつ、おつかいの品を買って帰路につく夕陽。
その道中、不意に何者かの気配を感じた。
無意味ながらも思索に耽っていた夕陽は、その気配に気付くのに数瞬、遅れた。
目は開いている。が、覚醒するように視覚への意識が向く。そこではじめて、その存在を認識した。
街灯も少ない夜道。暗い路地。正面に、誰かがいる。
なぜか立ち塞がるようにして仁王立ちする、何者か。
「――対抗部隊の歩兵を発見」
低く、重苦しい。しかし、女の声だ。
機械的で事務的で、冷徹で冷血な言葉だが、それと裏腹に、凄まじいまでの熱量を持った炎のような声。
街灯の光は弱く、微かにしかその存在を視認できないが、かなり大柄な女だ。夕陽も決して背が高いわけではないが、低いわけでもない。そんな夕陽と同じか、それ以上は背がありそうだ。
彼女はどうやら、こちらを見据えているようだった。暗闇の中から、痛いほどの視線が突き刺さる。
「作戦行動開始。対象の“神話”を回収する」
「なに……? なんだって?」
女は誰に言うでもなく、自分に言い聞かせるように、小さく呟いた。
夕陽は、明らかにこちらを見ているが、対話ができるのか怪しそうな女に、困惑していた。
16年の人生の間、面倒くさい女に引きずり回されたことはあっても、不良に絡まれたことは一度だってない。この状況でどうすればいいのか、さっぱりわからなかった。
そうこうしながらたじろいでいると、女は続けた。
「一応、忠告しておこう。無用な血を流したくないのであれば、直ちに降伏しろ」
「は? 血? 降伏……?」
なにを言ってるんだこいつは、と夕陽の困惑は強まるばかりだった。
不良ではなく、頭の痛い人間と出会ったしまったのではないかと、別の恐怖がこみ上げてくる。
女はこちらの反応に、少し眉根を寄せた後、手を片耳に当てた。
「おい、どういうことだ」
そして、夕陽ではない誰かに、苛立った声をぶつける。ここにいない誰かと、通話でもしているかのようだ。
そのままいくつかの言葉を交わして、女は顔を上げた。
「ちっ……偶発的なコンタクトだったということか。かえって面倒くさいな。これなら、前任を捕縛して尋問にかけた方がマシだったか」
「なぁ、あんた……なにを言ってるんだ?」
苛立ちながら、女は視線を再び夕陽に向ける。
「お前は運がいい。最初に目を付けたのがあたしたちで」
「はぁ……?」
「あたしは戦争屋ではあっても殺し屋じゃない。故に兵士ですらないただの一般人にいきなり発砲はしない。戦場は無秩序で混沌だが、戦争には規律ある秩序だったものだ」
なにを言っているのかまるでわからなかった。
温厚でも友好的でもない。なにか物騒な言葉を並べているようにも感じる。
まるで突きつけられた銃を下ろされたような感覚だ。凶器を向けられてこそないが、まだそこにあるような、不快と恐怖。
じわりじわりと、その感覚が夕陽に染み渡っていく。
「あたしたちは“ゲーム”をしている」
「げ、ゲーム……?」
「あぁ。十二の“神話”を求め、奪い合う、凄惨な戦争だ」
神話を求め奪い合う?
なんのことか、さっぱりだった。
しかし、先ほどから何度か口にしている“神話”という単語。
それはまさか――
「話は終わりだ。お前の有する神話を頂こう」
「な、なにを言って……」
「ここまで情報を与えて、察することさえできないのは、愚鈍というものだ。お前は、今この瞬間、戦場の最中にいることを自覚しろ」
「っ……!」
殺気、というのだろうか。
痛いほどの圧が向けられている。目には見えないが、気配のようなものが、肌を突き刺している感覚に襲われる。
状況も、話の内容も、この女も、なにもかもが意味不明だが。
今のこの場が危険だということだけは、直感できた。
夕陽は踵を返して、女に背を向けて一目散に駆け出した。
「逃がさん!」
が、その行く手は阻まれる。
――燃え立つ炎によって。
「あつっ! な……なんだ!? この、火……!? 火事か!?」
思わず足を止めてしまう。その時、思わずおつかいで頼まれた荷物を、投げ落としてしまう。
ビニール袋に包まれた品々は、めらめらと炎の中で焼かれ、瞬く間に燃え尽きる。リットルで買った牛乳もあったが、液体だろうが関係なく、その炎はすべてを、完膚なきまでに、灰も残さず焼き尽くしたのだった。
「……!」
絶句するしかなかった。
ほんの数秒もしないうちに、すべてを燃やし尽くす火力。
それが、一瞬のうちに現れ、しかもいまだ燃え続けている。
この路地に、それほど燃えるものがあるとは思えない。火種も、燃え続けるための薪もない。
なのにこの炎は、凄まじい火力で燃えている。燃え続け、炎の壁となって夕陽の退路を断っている。
あまりにも不自然で、超常的で、あり得ない現象だ。
「ぱ、パイロキネシス、ってやつか……?」
「どう解釈しようが構わん。が、たった今、“軍神”によってこの場は戦場と認定された。軍神の立つ戦場において、敵前逃亡は許されない。逃げれば殺す。戦わなければ死ぬ。ただそれだけだ」
カツ、カツと女はこちらに歩み寄ってくる。声と違わない、厳めしく鋭い眼光が、射殺さんばかりにこちらを見据えている。
そしていつの間にか、女の手元には、一枚のカードがあった。
さらにもう片方の手には、箱。いや、あれは――
(――デッキケース……?)
この剣呑な状況では、あまりにも場違いな遊び道具だ。
だが、しかし。
“神話”と呼ばれるものが、関わっているのならば、やはり――
「……クソッ!」
デッキを持ってきてしまったのは、不幸だった。
いや、幸運だったのかもしれない。デッキがなければ、彼女の殺意はそのまま夕陽自身へとダイレクトにぶつけられたかもしれないのだから。
だがこのデッキは未完成。あと一枚。あと一枚だけ、足りない。このままでは、デッキ未満の、ただの紙束。
たった一枚あればいい。その一枚を、夕陽が既に手にしている。
(あのわけのわからないカード……やっぱり、あれが……)
悩んでいる間にも、背後から炎が迫ってくる。
――逃げれば殺す。戦わなければ死ぬ。それだけだ。
女の言葉がよぎる。それが嘘や妄言ではないことくらい、わかっていた。事実、逃げようとしたら、あの炎が退路を塞いだ。こうして身を竦ませて立ち止まっている間に、炎はこちらに迫ってきている。
戦う、しかないのだろう。
そのためにすべきことは、ただの紙の束を完成させなくてはならない。
たまたまポケットに入れっぱなしにしていた、あの一枚によって。
「やるしか……ない、のか……!」
選択肢などなかった。あるのは、混沌の中に活路を見出すか、ただ死ぬかの二択。中途半端で平凡な思想だからこそ、死など最初から弾かれた可能性だ。
だからこそ、怠惰な夕陽は迷わなかったし、迷えなかった。なにも考えず、無我夢中で、自分の意志を持つことなく、その道へと進んだ。
ポケットから三十九枚の紙の束と、一枚のカードを引きずり出す。
そしてそれらを、一つに――四十枚の、デッキへと変える――
――その瞬間、夕陽の
前書きでも言ったけれど、タイトルの話数表記とか諸々、なにかご要望とか在れば遠慮なくどうぞ。