デュエル・マスターズ Mythology 作:モノクロらいおん
そこは酷く奇妙な王宮のようだった。荘厳でありながらも荒廃しているような雰囲気があり、人の気配が希薄。本来なら多くの人間が存在しているだろうと思わせるのに、人の営みという感覚がすべて剥奪されたかのようである。
死者の館。人ならざるものの城塞。人類から切り離された、あるいは、人類を切り離した、神の支配する神聖なる帝国。神話に語られるべき神域。そう思わせるような場所だった。
その最奥の玉座のようになっている広間で、一人の男と、酷く幼い少女に対し、女が頭を垂れるようにして膝をついている。
「――報告します。スクルド、ロタ、グズルの三名が、旧《焦土神話》所有者の拠点であった要塞を発見、捜索を開始しました。エイル、フルンド、ゲイルドリヴルの三名は、旧《賢愚神話》所有者が埋葬されたと思われる墓地を発見、真偽を確認しつつ捜索のための準備を開始。シグルーン、スヴァーファ、シグルトリーヴァの特殊編隊は、旧《海洋神話》所有者の支配海域に侵入、こちらも捜索準備中です」
女はつとめて冷静に、機械的に、淡々と告げる。
死者のように、生者であることを放棄したように、己の役割に殉じるように、言葉を紡いでいた。
「おぅ、報告ご苦労。よくやった」
「よくやったー」
二人は恭しい女とは対照的に、不気味なほど陽気だった。
それでも女は、態度を崩さず続けた。
「もったいないお言葉です。それから……《萌芽神話》についてですが、こちらはフリスト、ミストの二名が“現”所有者の足取りを掴みました」
「《萌芽神話》か……《萌芽神話》かぁ」
「いかがなさいますか?」
「《生誕神話》との相性は良さそうだが、まだ必要じゃねぇよな。今のうちに押さえておくか? いや、周りに騒がれても鬱陶しいしな……とはいえ、握っておく価値はある、か」
「それではミスト、フリストに通達しておきます」
「そうしてくれ」
「たったふたりでだいじょうぶー?」
少女の言葉に、女はほんの少し、瞳を揺らした。
「戦力に関して懸念がありましたら、私が出向くことも考慮致しますが……」
「いや、お前は残ってろ。『ワルキューレ』の人数に不安があるのは確かだが、人員を割くほどのことでもないだろ。それより今は墓荒らしを優先しろ」
「承りました。それについても、他の『ワルキューレ』に通達しておきます」
「頼むぜ……さて。じゃあ、俺は“館”にでも行くとするか」
「……また、勇士とご歓談を?」
「歓談でも尋問でもなんでもいいがな」
男は立ち上がる。少女は彼の背中に、おぶられるようにぴったりとくっついていた。
「俺の勘だが、近いうちに大戦が起きる。それまでに戦力を蓄えて、連中を
「勇士の歓待ならば、本来は我々の役割ですが……」
「血の気の多い連中に首輪を付けてやったら、後のことは任せるさ。精々、いい思いをさせてやれ。勿論、連中を迎えるための、勇士の魂――“遺品”の回収も忘れるな」
「御意に――師団長」
◆ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ ◇
目深にフードを被った人影は、人気のない物陰で倒れる少女を見下ろしている。
少女は憔悴しきっており、目は虚ろ、全身が傷つき、汚れ、満身創痍。まさしく、死の淵にある。
フードの人物は救いの手を差し向けない。少女が死の世界に誘われるのを、ただ見送っている。
「《萌芽神話》の、保有者、発見。生存、確認。補足、死亡、まで、数刻。猶予、なし。実質、死亡、断定」
機械的で事務的な言葉を発しながら、少女の身体を、持ち物を、装飾を検分する。鞄を漁り、服を捲り、小さな手で不躾に彼女の身をまさぐる。
「……《萌芽神話》、発見、できず」
淡々と、けれどもほんの僅かに落胆を滲ませた声。
フードの人物はその場で立ち尽くし、ぼそりと呟いた。
「推測……ひとつ、道中、落とした。ふたつ、何者かが、持ち去った。みっつ、風、等の、現象により、飛ばされた」
呟きながら、自身の予想する可能性を指折り数える。
そして、フードの中に向けて、声を発した。
「連絡……こちら、フリスト」
『こちらミスト。応答しました』
フードの中で囁くような機械的な声が小さく響く。
「《萌芽神話》の、保有者、発見……けれど、神話カード、発見、ならず……ミスト、逃走ルート、追跡、申請」
『了解しました。フリストは別ルートの走査をお願いします』
「了解……通信、切断」
『あぁ、その前に』
「……?」
『師団長からの指令です。遺品の回収を忘れずに』
「……了解」
そこで、ぷつり、とフードの中の声がしなくなる。
そして、事切れる寸前の少女へと近寄った。
「追加任務……彼女も、勇士、候補、たり得る……ヴァルハラに、足を、踏み、入れる、権利、ある……導き、を……」
彼女の身なりを再び検分する。そして、最も印象的に目についた、髪を巻き付けているコテを、やや強引に引き抜いた。
「この先、死の館……あなたが、勇士と、選定、されれば……また、いずれ……」
抜き取ったコテを、纏ったローブの中に仕舞い込み、今度こそ踵を返して立ち去る。
もう振り返りはしない。見ずともわかることだ。
少女は光る泡沫の如く、その肉体、存在までもが、消え去った。遺品ひとつも残すことなく。
――フードの使者が、掠め取ったものを除いて。