秘密の遊び   作:seiro

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この日が終わりの始まりだった。

 

 

 

 気持ちのいい朝だった。重い瞼を朝日で開き、伸びをしながら起き上がる。胸に広がる暖かい陽のにおい。

 朝ごはんはなんだろう、とか、今日の運勢はどうかな、とか。未だ見ぬ今日を想像する幸福感がアタシは好きだ。

 

 昔から早起きは得意な方だったと思う。親よりも先に飛び起きては朝ごはんをねだり、そのまま隣の友希那の家へ行く。アタシと反対に朝に弱かった友希那の寝顔を見ることが、幼いアタシの毎日の楽しみだった。あんまり早すぎるから友希那のお父さんたちも困ってたっけ。

 

 ──あの時の友希那、可愛かったなぁ。

 

 柔らかな寝息を零し、まるで人形のように眠る姿が鮮明に蘇る。

 その細い首へ手を伸ばせたら。鼻を、口を、髪を、呼吸を、脈を、心音を、彼女の全てを奪うことができたなら、アタシはどれだけ──なんて。

 

「っ」

 

 その先を想像して、ぴくりと身体が痙攣する。昨夜の熱がまだ残っているようだった。

 

「リサー、朝ごはんできてるわよー」

「はーい、今行くー!」

 

 気分を切り替え立ち上がる。机の引き出しを一瞥しながら、飛び出すように部屋を出た。

 

 

 

 

 

 ー ー ー ー ー ー

 

 

 

 

 

 

 

 今日は珍しく朝練がなかったため、久し振りに友希那と一緒に登校することになった。

 今は友希那の家の前。小鳥の囀りと欠伸を噛みながらアタシはじっと立ち尽くす。この時間も、もう10分を過ぎようとしていた。

 

「お待たせ」

「友希那。ううん、全然待ってないよ。むしろアタシも今来たところ……って、これちょっとデートっぽくない?」

「……行きましょう」

「スルー!? も〜、朝からテンション低いぞー?」

「リサが元気すぎるのよ……。昨日は少し遅くまで作詞をしていたから」

「そっか。お疲れ様」

 

 横顔を覗き込んでみると、そこには疲労の色が浮かんでいた。

 

 昔から変わらずあまり朝が得意じゃない友希那に時間を合わせたため、いつもと違う景色が流れていく。

 車の音。

 人の匂い。

 信号の点滅。

 風の温度。

 どれも些細なものだけど、間違いなく世界は大きく変わって見えた。

 

 ──はぁ〜……幸せ。

 

 胸いっぱいに暖かい空気を含むと、自分でもわかるくらいだらしなく頬が緩む。

 友希那が隣にいる。一緒に歩いている。時間を共有している。それだけで胸が高鳴った。この感情はなんなのだろう。

 

「そう言うリサこそあまり眠っていないんじゃない? 最近遅くまで起きているみたいだし、少し隈もできてるわ」

 

 一瞬だけ息が詰まった。

 

「あっ、あはは〜。ちょっと課題やってて……」

「体調を崩さないように気をつけて。バンド活動に影響するから」

「はーい☆」

 

 緩い微笑の裏側でひやりと雫が影を伝った。

 大丈夫、気付かれてない。気付けるはずがない。カーテンだって閉じてたし、なにより()()1()0()()()()()()()()()()()()()()()()。たとえ何が欠落してもこの自信だけは揺るがない。

 

 だから、アタシはアタシのように。いつも通り(今井リサ)をやればいい。

 

「どう? 順調?」

「……順調、とは言えないわね。まだ納得いかない部分があるの」

「たまには息抜きもしなきゃダメだよ〜? あ、今度一緒にショッピングモール行こうよ! 最近新しいスイーツのお店がオープンしたんだ〜♪」

「行かないわ。私にそんな時間はない」

「でも、今詰まってるんでしょ?」

「それは……」

 

 目を伏せて小さく拳を握る。

 

 ──変わらないなぁ、その癖は。

 

 どうしようもなく真剣で、真っ直ぐで、強い覚悟を持ってるのにちょっと現状を突き付けるだけで途端に歯切れが悪くなる。

 数秒の逡巡の後、友希那は嘆息を零した。

 

「……仕方ないわね。付き合うわ」

「やった、決まりだね☆」

 

 予定が増えたことに笑顔が浮かぶ。

 中学生の頃──友希那のお父さんのバンドのことがあってから、徐々に関係が希薄になっていったアタシたち。青春を犠牲にストイックさを増していった友希那と、そんな友希那に付いていけなかったアタシ。いつからか、二人の間に会話はおろか交わる視線すら失われていた。

 一緒にいたい。その気持ちだけなら足りていた。それはもう、十分なほどに。でも、それだけじゃ足りなかった。それだけの話だった。

 

 疎遠になっている間の日記の内容といったら、それはもう酷いものだったと思う。責めて、迫って、泣かせて、縛って叩いて切って沈めて塞いで──

 

 

 

「……」

 

 

 

 朝陽と微風を受けて煌びやかに舞い踊る銀の髪に、ゆるり、ゆるりと腕が伸びる。

 

 壊したい。

 今すぐにでも、乱暴に掴んでしまいたい。

 滅茶苦茶にしたい。

 あと少しで届く。もう、僅か数センチ。

 溜め込んだ激情を。

 積もりに積もらせ拗らせて、ドロドロに煮込んだこの歪みの全てを持って、友希那(これ)を、あたしだけのものに──

 

「? どうしたの、リサ?」

 

 不意に黄金が横目に揺れた。呼応するようにアタシの瞳の奥も震える。

 嗚呼、その綺麗な瞳だってそうだ。全ての仕草が心を酷く狂わせる。

 

「──ううん、髪に花びらがついてたからさ。ほら」

「ありがとう」

 

 ……ダメ、ダメだ。考えないようにしなきゃ。

 ちら、と友希那を窺うも、こちらを気にする様子はない。ただいつものように真っ直ぐ前を見つめていた。そのことにほっと安堵の息を吐く。

 

 ──危なかった……!

 

 ばくんばくんと心臓が跳ね回る。緊張、安堵、高揚、興奮その他さまざまな感情が胸の内に渦巻いた。

 ほぼ無意識に手が髪に伸びていた。アタシ、なんでこんなこと。もし友希那が気づかなかったら、そしたら──。

 

 ……とにかく抑えないと。特に友希那といる時だけは。偽って堪えて隠して包んで丸めて呑んで吐いて作って笑わなきゃ。大丈夫、大丈夫。今までずっとそうしてきたように、秘密を守って隠すんだ。

 

 

 

 ──隠すって、いつまで?

 

 

 

「あっ、そうだ」

「?」

 

 

 

 いつまでなんて、先のことはわからないけど。

 

 

 

「言うの忘れてたね。おはよう、友希那♪」

「……ええ。おはよう、リサ」

 

 

 

 

 あの日から、ルールはずっと健在だ。

 

 

 

 

 ー ー ー ー ー ー

 

 

 

 

 ──じゃあ、また後で。

 

 

 教室に着くや否や、友希那はそう言って小さく手を振った。

 それを見届けたアタシの胸には寂しさと何処からか湧き出た安堵が滲む。二人の時間はあっという間に終わってしまった。でもまた後で、放課後にあるバンド活動で会うことができる。それに、帰り道だって一緒だ。アタシ達はずっと一緒。今までも、これからも、何処でも、ずっと。

 

 席に着いてしばらくすると先生が教室に入ってきた。まるで耳に入ってこないホームルームを終えて、退屈な午前の授業が幕を開ける。

 アタシはノートを取りながら、さっきのことを思い出していた。

 あのまま手を伸ばし続けていたら。長年鍛えられた思考回路でそんなもしもを想像する。

 

 まず、力一杯髪を引くんだ。

 目の前には痛みと驚きで表情を歪めた友希那。そのまま雑に手を下に引いて、困惑に跪きながらこう言うんだ。痛い、やめて、どうしたの。それに対してアタシはただの無言で嗤う。沈黙が恐怖を掻き立てて、次第に涙が滲んでくる。野次馬が集ってきても誰も制止の声をかけない。無表情に無感情にただじっと見てるだけ。そして、友希那はついに──

 

「〜〜」

 

 ……今日のアタシは少し変だ。

 おかしいくらいに身体が熱い。浮つく。溶ける。まるで自分が自分じゃなくなっていくような感覚。大事な場所がきゅんきゅんと締め付けられるような、じんわりした快感、切なさ。

 

 ──ダメダメ! 授業中は絶対にダメ! 我慢しないと……

 

「っふ……」

 

 殺したような息が漏れる。同時、反射的に腰が引けた。

 静かな教室。みんなが授業に集中していて食い入るように黒板を注視している中、アタシはショーツ越しに割れ目をなぞる。

 

 ──気持ちいい。

 

 こんなこと、バレたら全て終わってしまう。授業中にシてるなんて、そんな変態みたいなこと……。

 やっぱり今日のアタシは何処かおかしい。はっきりわかっているのに、今はそれすら快感のスパイスにしかならない。最悪を想像してしまう。その度に息は荒さを増していって、波は大きくなっていって。もう気が狂ってしまいそうだった。

 

「……っ、ふっ……ん」

 

 指が激しさを増していく。硬く膨らんだ淫猥な豆は触らずともじんわりと身体を焦らし、カリッと引っ掻けば途端に腰がくねる。でも声は出さないように我慢する。ショーツはびちょびちょに濡れていた。

 

 ──やばい、気持ちよすぎる……。

 

 もう周りなんてどうでもよくなっていた。隠す気などとうに薄れ始め、溺れるように快楽を貪る。

 

 ぐちゅっ。

 

「……っ」

 

 僅かに耳に届いた自身の水音でふと我に返る。視線を俯けたまま耳を澄ませると、板書の音はおろか教室は完全な静寂に包まれていた。

 

 え──もしかしてバレた……?

 

 みんなこっちを向いてるの? 今のアタシを見てるの……? こんな、あられもない姿を……みんなに……!

 

 ──あっ、ダメダメダメ! まって、きちゃ……あっ、だめ、ほんとに、イッ……!

 

「〜〜〜っ!」

 

 腰が激しく跳ねる。反射的に手で塞いだ口は嬌声をなんとか呑み込んだ。

 津波のような快感と、それに伴う余韻が意識を包む。弾ける緊張感、ガクガクと痙攣を続ける下半身、半開きの口、引かない熱。頭が馬鹿になりそうだった。

 

 ──もう、いっそもう一回……

 

 どこまでも溺れてしまおうか。

 再び秘部へ手を伸ばしかけて──チャイムの音が鳴り響いた。

 挨拶を省いて授業が終わり、先生が教室を後にする。喧騒が戻ったクラスメイトの様子から、先程の行為がバレていないことがわかった。

 

「あれ、顔赤くない? 大丈夫? 保健室行った方がいいんじゃない?」

「あ、あはは〜、そうしよっかな! ちょっと熱っぽいし!」

 

 飛び跳ねるように席を立つ。気まずさと後ろめたさに苦笑いを浮かべながら教室を出る。

 

 ──次の授業はサボっちゃおう。

 

 粘度のある液体が内腿を伝う。アタシは保健室ではなく、逃げるようにトイレへと足を進めた。

 

 

 

 

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