ダンジョンで友人のお守をするのは間違いだろうか? 作:翠星紗
リリっちの治療も終わり今はリビングで俺はコーヒー、彼女には紅茶を淹れてあげる。ソファに座りながら先ほどとは打って変わって借りてきた猫のように静かになってしまった。
そんな彼女を椅子に座りながら静かに眺める。癖のある髪から見える可愛らしい耳はヘタっと下がっており、彼女の瞳は俺の視線から逃げるように逸らす。
彼女のスタイルが綺麗に映し出す服は小柄にも関わらず、女性らしい膨らみが……
「どこを見てるんですか!!」
「あが!?」
紅茶の入っていたカップが飛んできて顔に直撃した。衝撃で顔がのけ反るが、カップが床に落ちる前に左足の親指とひとさ……
「ほぉおおおおおお!? つったああああああああーーーーーっ!!??!」
「何なんですか、この人は…」
ふくらはぎに電気が走ったかと思うと筋肉ちゃんが痙攣しだして脳に激痛を届けてくる。椅子から転げ落ち、吊った左足を上げながら泣き叫ぶミツキ。しかし、その足先にはしっかりとカップは掴んだままである。
そんなミツキの姿を見て、何度目か分からないため息がリリの口から洩れていた。
少し涙目になりながらも痛んだふくらはぎを撫でるミツキは呆れて自分を見るリリを見つめる。何だと思って彼を見ていると…
「べ、別に痛くないんだからね!!」
「そんな涙目になりながら言うことですか?」
流石になれてきたのか叫ばずに淡々と返すリリを見て少しつまらなそうにふざけるのを辞めたミツキ。足で挟んでいたカップを机に置き、再度椅子に座り髪の毛を雑にかきリリに話しかけた。
「で、なんで俺の家に居てんだ?」
「あ・な・た、が連れてきたんですよ!! もう忘れたんですか!?」
「♪」
「もぉ、良いです。リリは帰ります。治療は、その…ありがとうございました」
「さっきの冒険者になんで襲われてた?」
もうここに居る必要はないとリリは立ち上がりミツキに頭を下げて出て行こうとする。リビングを出て廊下の先にある玄関を視認した瞬間、リリの足が止まった。
彼に振り返ることなく、その場で止まる。ミツキはそんな彼女をただ静かに見つめていると、フワッと彼女の髪が動いた。
「リリは……サポーターです」
「サポーター?」
「はい。ソーマ・ファミリア所属のサポーターなんです。リリは戦闘向きではありませんし冒険者様について行って荷物を持つぐらいしかできません。先ほどの冒険者様の方とは短期契約でダンジョンに潜っていたんですが……」
「……金銭トラブルか?」
リリが俯き喋らなくなってしなったので、ミツキは問いかける。それが当たっていたらしく彼女は静かに頷いた。
サポーターを軽視している冒険者は多くいる。戦うのは自分、何も出来ないサポーターは荷物の番しかできない。
そういった考えを持つ冒険者はサポーターとのトラブルは多数起きている。
彼女も契約した内容と違う金額に不満を持ったか、あるいは不当な対応で逃げていたかと考えられた。
ただ、このまま彼女を返したところでまた狙われる可能性もある。どうしたものかと考えながらも彼の身体はすでに動いていた。
彼女の横を通り抜け、三つの個室のうちの一つの扉を開ける。そして、開けた部屋を見つめながら一人思案中。
そして、髪の毛をガシガシとかきながらリビングに戻り椅子に座る。
「なぁ、リリっち。このまま外に出てもさっきの奴に襲われるんじゃないか?」
「いえ。その辺は大丈夫です」
「あらま、さっぱり!?」
少しは動揺した姿を見せるのかと思ったら大丈夫と言い切った彼女に驚いてしまった。さっきまでの思案を返して!! ねぇ返して!!
「今までそういったことは多くありましたし、所詮………冒険者なんて」
「ん?」
「なんでもないです! ミツキ様に迷惑をかける訳にもいきません!」
「……そうか。まぁ、無理に止めはしないが――」
「それより……リリからミツキ様にご提案があるのですが 「よし、その提案承知した!」 まだ何も喋ってませんよ!?」
「一緒にダンジョンに潜りませんか、だろ? 別に良いよ。あ、金額は半々でいいか?」
「半々は貰い過ぎです! リリが三割でいいですから!」
「んじゃ、その提案呑まない。帰れ!!」
「なんでミツキ様が損するのに怒るんですか!?」
「一緒に危険を共にするんだ。なら手に入れた報酬に関しても綺麗に分け合うのが当たり前だろうが。これ、俺の常識。それを呑まないと契約しないからよろしく」
「……わ、分かりまた」
「よし。そしたら、明日の十時に俺んちに来てくれ。ダンジョンの前とかだと、さっきの奴に合うかもしれんからな」
んじゃ、よろしく。とリリに手を差し伸べるミツキ。彼女は伸ばされた手に驚いた表情を見せる。しかし、すぐに表情を戻し、頭を下げた。
「はい! よろしくお願いします、ミツキ様♪」
「……あぁ、それじゃ気を付けて帰れよ」
「はい!」
伸ばしていた手を引っ込め、バイバイと手を振るミツキにリリは笑顔で返して足早に部屋を出ていく。
彼女が出ていくのを見届けたミツキは椅子に座り込み、飲みかけのコーヒーが入っているカップを手に取り口に含んだ。
「はぁ…はぁ…っ」
逃げるようにミツキの家を出たリリは走る足を止めることはなかった。人ごみをかき分け、息が切れようとも。
冒険者のことを聞かれ、ごまかそうと声を出した瞬間。自分を見つめる彼の瞳に言葉が出てこなくなってしまった。連れてこられて治療をしているときとは違い、明らかにリリ自身を見ようとしていたからだ。
だから、全て嘘ではなく所々に本当のことを交えながら話した。けど、最終的には言葉が続かず黙ってしまった。彼の瞳を見ていたら嘘が付けなくなっていたからだ。頷くしかなかった。
これ以上自分を見られたらマズイ。だから、喋り方を変えた。普段、冒険者に言い寄るときの”仮面”を付けた口調に。けど、それは彼にすぐばれてしまった。少し表情が悲しそうにしていたのがリリにもわかった。
そういえば、ずっと彼のペースに呑まれていた。逃げることも出来ず、常に彼の手の中……
伸ばされた手も取ることが出来ずに逃げ出した。冒険者の癖に……リリの心を惑わす。冒険者に弱みを見せてはいけない。冒険者なんか……
嫌いです