元々、アースラのみんなにはお世話になってたし、なのはちゃんとフェイトちゃんも協力してくれるって言ったから、その手を惜しまず借りることにした。
はやてちゃんは、わたしたちがミッドチルダに移住する旨を聞いて少し悩んだみたいだけど、アースラの人たちがヴォルケンリッターの監視を続ける必要があるからって、嘱託魔導士になることを薦めたことで、はやてちゃんもミッドチルダに移住することになった。
ただ、あくまで一般人として、だけどね。管理局に正式に入局しているのはわたしとなのはちゃんとフェイトちゃんの三人だけ。ヴォルケンリッターのみんなはアルバイトとか非常勤局員みたいな感じだし。
それと、前世の記憶にある「機動六課」は設立されそうにない。理由はまぁ、はやてちゃんの不在なんだけど、スカリエッティ事件が起きそうな雰囲気がないのは、ヴィータちゃん曰く兄さんを攫ったのがスカリエッティだからなのかな?
でも、今の状況だとみんなそれぞれの仕事が忙しくて、兄さんを捜す時間が足りてない。だから、「前世の記憶のはやてちゃん」の真似じゃないけど、兄さんを捜索するためだけの部隊を作ってしまいたい。ロストロギア・裂夜の鎚の捕獲を目的とした仮設部隊ということで出来ないだろうか。
拡大解釈すれば、ロストロギアの確保・収容・保護を目的とした部隊ということにもできそうだし、設立にあたって必要な資金なら、失踪前に兄さんが残してくれた「ギルド」のお金があるし、ちょっとズルいかもしれないけど、保護責任者の「お姉ちゃん」にお願いしたら協力してくれるかもしれない。
でもまぁ、だとしてもまだ時期尚早かな。兄さんも急いては事を仕損じるって言ってたし、物事は長期的な目で先をしっかり見据えながら動かないとね。
コネもなければ、まだ管理局内部での地位もさほど高くはないから発言権がない。元ネタの機動六課を実際に設立まで持っていったはやてちゃんに、そのあたりどういう準備が必要なのか聞いてみるのもいいかもしれない。身に覚えなさすぎるだろうけど。
ところで、最近はやてちゃん調理師免許とってクラナガンの有名レストランで修行はじめたんだよね。わたしがここのところ仕事にばかりかまけてることもあって、前は横並びだった料理の腕がどんどん引き離されていってるのを痛感するのがつらい。
「ディアフレンド、起きてる?」
『おはよう、マイフレンド! どうしたの、また兄ちゃんのこと考えてた?』
「……ん、まぁね。ディアフレンドは、まだ兄さんのこと、ちゃんと覚えてる?」
『もちろん! 忘れるわけないじゃん! どんなに時間が経ったって、兄ちゃんはずっと、わたしたちの兄ちゃんなんだから!』
忘れるわけない、か。デバイスの記録として、という意味を含めても、羨ましい。
2年前、海都のことで喧嘩別れしたまま兄さんが失踪して、それからずっと、幼い頃に撮った一枚の写真だけを頼りに兄さんの思い出を辿っているわたしは、もはや最後に見た兄さんの顔をぼんやりとしか覚えてない。そりゃ二年見てないもん、仕方ないことだってわかってるけどね。
だけど、やっぱり忘れたくなんてない。兄さんの顔も、兄さんの匂いも、兄さんの温もりも、兄さんの鼓動も……本当は何一つ忘れたくなんてない。だけど、そんなわたしの思いとは裏腹に、記憶は零れ落ちていく。
「わたしは……ディアフレンドがちょっとうらやましいよ」
『うらやましい?』
「一度覚えたら忘れない記憶力がほしかった。兄さんの顔……もう写真みてもハッキリ思い出せないんだ。こんな顔だったっけ、って不安になる。匂いも、温もりも、鼓動も……もう覚えてないよ……」
『……忘れちゃったら、思い出せばいいだけだよ。もう一度兄ちゃんに会って、再確認したらいいだけだよ。わたしは、兄ちゃんの顔は覚えてるけど、匂いも、温もりも、鼓動も、わからないから』
そこまで言われて、はっと気づいた。ディアフレンドの言う通りだ、わたしは兄さんにもう一度会えれば、その顔を思い出せるし、匂いも温もりも鼓動もわかる。だけど、デバイスであるディアフレンドは、記録を更新することしかできない。
ずいぶんと、酷いことを言わせてしまったのかもしれない。わたしは「ごめん、ごめんね……」と謝りながら、「いいよ、家族じゃん」と紺色に点滅するディアフレンドは、わたしにとって本当に親友のような存在で、妹みたいな存在で、この子がいてくれるから、海都のいないミッドチルダでも頑張れる。
あ、そうそう。忘れてた。海都は地球だよ。ヴィータちゃん曰く、「海鳴市の守護者が一人くらいおらぬとな」ってことらしい。ヴィータちゃんたまに言葉遣いおかしくなるんだよね。前世の記憶じゃあんな設定なかったはずだけど、なんでだろ。
海都と「お姉ちゃん」には毎日連絡をしてるから、顔を忘れたりってことはなくて一安心。ホントはみんなミッドチルダに来られたらよかったんだけど、さっきも言った通り海都には海鳴を守ってもらわなきゃいけないし、お姉ちゃんはあんまり管理局が好きじゃないみたいだから無理強いはできなかったんだ。
『あ、マイフレンド、はやてちゃんからメールが来てるよ』
「かいつまんで読み上げてー」
『なのはちゃんとフェイトちゃんが泥酔して自宅に押しかけてきたから引き取って、だってさ』
「あらー。わたしまだお仕事終わってないんだけど……まぁ
上司のおじさまには二人の名前を出しておけばオッケーもらえるでしょ。こういう時お偉いお友達を持つと便利だよねー。
◆
「どうも、お世話かけましたー」
「いえいえ、おおきにな、透霞ちゃん。今わたししかウチにおらんし、やらなあかんことが山積みで二人に構ってやれへんねん」
「いいよいいよー。シグナムさんたちによろしくねー」
ばいばーい、と言って、はやてちゃんと別れる。わたしじゃ背負えないから、二人とも魔法で浮かしながら運んでるんだけど、やっぱデバイスのサポートなしで魔法使うと疲れるなー。
ところで、この二人俯いた状態で浮かすと本当に立派なモノをお持ちだってわかるね。はー、もう見てこのぱいんぱいん! 何これ水風船みたいにたっぷたぷなんだけど! そりゃこんなの揺らしながら教導だの戦闘だのしてたら隊員たちはたまったもんじゃないよ。
それに比べてわたしのこの貧相なことよ。身長だけ立派になって、お胸もお尻もむっちんぷりんとはならなかった。二人がぼんっ、きゅっ、ぼんっだとすれば、わたしはきゅっ、きゅっ、きゅっだよ。もっと出るとこ出ろぉ!
「いいもん……身長ならなのはちゃんはおろかフェイトちゃんより8センチも高いもん……」
ふふっ、もしも今兄さんがわたしを見たらびっくりするだろうな。中学まで中の下だった私の身長は今や173センチ! 男子平均にも匹敵する長身オブ長身! しかも身長だけは未だに成長中! なお胸の成長のことについて言及した人には明日の朝日が見えなくなる特典付き!
……ちょっと冷静になった。今の完全にセクハラだわ。やめよ。いくら女の子同士だからって言っていいことと悪いことがあるよ。それはそれとして今度揉みしだくけど。はやてちゃんおっぱい大魔神でよくフェイトちゃんとかに「これか! これが男どもをたぶらかしとるんか!」って言ってるけど自分のお胸も大したものだって自覚しなよ。
あれ言っていいのはバストA以下のド貧乳だけなんだよ。わたしみたいなエリート貧乳だけに許された言葉なんだってことを今度教え込んでやる。揉んでいいのは揉まれる覚悟のあるやつだけだ。
(二人を部屋に置いたらまた職場に戻らないとなぁ……)
今日、もう定時は過ぎてるとはいえまだ7時なのにこんなにベロンベロンってことは、珍しく二人とも定時後の予定が空いててテンションが上がっちゃったのかな。ここ最近みんな忙しかったもんね。飲んだ勢いではやてちゃんにも会いたかったのかもしれない。その結果が玄関でゲロったわけだけど。
いや、でも二人とも一応ルームシェアしてるんだよね。フェイトちゃんからたまに「なのはが帰ってこない……」ってメール来るけど。じゃあ予定が合わなかった原因の半分くらいはなのはちゃん側の多忙か。いやこの子ちょっとワーカーホリック入ってるから自業自得感あるけど。
でも、だとしたら大変だ。さっさと送り届けて二人っきりにしてあげないと。最悪この二人の濃密な百合空間に巻き込まれかねない。一応わたしはノーマルなんだ、はやてちゃんのことは親友とはまた違う感覚で好きだけどそれは料理面でのライバル心的なアレであって恋愛じゃないの。だからそれだけはやめてほしい。
「11階、っと……」
二人の住むマンションのエレベーターに乗り、11階のボタンを押す。途中、二人の醜態を誰かに晒すこともなく、どうにか二人の部屋の前に到着。なのはちゃんのスーツのポケットから鍵を取り出して、部屋に入る。
やっぱり綺麗にしてるね。ほとんどフェイトちゃんがやってるらしいけど。ところであの黒と金のプチ仏壇的な何かに飾られてる写真なんだけど、まぁプレシアさんのはわかるとして、どうして横に兄さんの写真も飾られてるの。まさか二人の中で兄さんはもう思い出の中の人なの?
「……書置きしとこ」
随分と飲んでいたようなので、はやてちゃん宅から運ばせてもらいました。はやてちゃんにはご迷惑をかけたので、後でごめんねって言っといた方がいいよ。あんまり飲み過ぎないようにしてね。
あと、兄さんはまだ死んでないから仏壇の写真はもっと別のところに飾ってね。二日酔いが酷ければこのお薬を飲んでおいてください、おだいじに。
これでいいかな。とりあえず酔い止めを置いておいて、帰ろうっと。
「じゃ、またねー」