佐為とヒカルのネット上での再会。
それから一ヵ月の時が過ぎようとしていた。
「昨日もsaiと進藤が打ってたぜ」
和谷が住むアパートの一室で、和谷はぼやくように言った。
「でも、失恋ではなかったみたいだね」
と伊角が言う。
「うるせー。にしても解せないよな。今回のsaiはいつも一番レートの高いやつとやっていた。だからこそ、みんなsaiとやるために、レート上げしてたっていうのに」
そう。
今回のsai――つまり、shineは、常に一番レートの高いやつとやっていた。
だからこそ、世界中の強者――日中韓のプロ棋士がこぞってワールド囲碁ネットに参加してレートの奪い合いをしていたのだ。
それなのに最近のsaiはおかしい。
大抵がHikaruと打っている。
Hikaruよりもレートの高いアカウント――例えばogataseijiなんかが居ても見向きもせず、Hikaruとばかり打っている。
この一ヵ月で何十という数を打っている。
もしかしたら100局近いかもしれない。
もちろん、Hikaruというアカウントが進藤のことなんてすぐわかった。
「けっ、やっぱり、進藤とsaiには何かあったんだ」
「弟子とかかな?」
「そうだろうな……最初はsaiが子供だと思った。その子供は進藤のことだったんだ」
和谷は確信を持ったように言う。
「でも、進藤の碁では……」
「ああ。つまり、saiが子供っていうのは、半分正解で半分間違いだったってことだ。saiは何かしらの原因で、一人では碁ができない。だから進藤が夏休みの時に、現れたんだ」
と和谷は推理する。
「一人で碁ができないというのは、何故なんだろう?」
「なんかの病気とかなんじゃねーの? で、進藤がネット上で打っているのは、今は海外の病院に行っているからとか? で、別の弟子の手助けで、今は碁を打っているとか?」
「国籍はJP、日本だけど」
「あー、そんなの知るかよ!」
和谷の推理は鋭いのだが、細かいところを突っ込まれると弱かった……
※
ここ一ヵ月ほどは、shineは、ほとんどHikaruとばかり打っていた。
斜陰は、ワールド囲碁ネットにアクセスするといつでもHikaruがいることに疑問を抱く……
「そうだ、佐為。今度の休み、ヒカルさんが出るイベントがあるみたいだけど、行ってみる?」
と何気なく、言ってみる。
『いいんですか!?』
「いいよいいよ」
『なんと、お忙しいのに……ユウコさんは聖母のごとき優しさを持っておられますね』
そこまで言う!?
でも、佐為にとってヒカルはすごく大事ってことかな。
そして迎えた休日。
とある囲碁イベントに出向いていた。
もちろん服装は男装スタイルである。
この参加棋士は数名いて、その中に進藤ヒカルの名前もあった。ついでに和谷の名前も。
平安な服装の佐為は、そわそわと周りを見ている。
少年斜陰もきょろきょろとしてみるが、ヒカルの姿が見当たらない。
「あ、和谷~」
代わりに和谷を見つけてしまったようだ。
手を振って駆け寄っていく。
「お前はいつぞやの中学坊主」
「中学坊主? 僕のこと?」
「そりゃそうだろ」
と和谷。
「和谷~、ひどくない? 僕は中学生じゃないし」
「えじゃあ、えっと」
と迷う素振りを見せる和谷。
なら、高校生か? でも、この生意気さなら小学生の可能性も――と逡巡する。
「なんで迷ってるの!? 年齢的には高校一年生だよ」
「見えねー」
「むぅ……」
一方、斜陰は、和谷の明らかに下にみる態度に、ちょっと不満だった。
最後に別れた時は、私の本当の声を聞いただけで顔を赤くしていたくせに、と思う。
「そういえば、僕の名前知らないでしょ? ユウって呼んでくれればいいから」
斜陰は敢えて、本名ほぼそのまま。ユウコだと女性バレしてしまうので、ユウと名乗る程度の違いにした。
「はいはい、ユウくん」
特に気にせず、明らかに年下扱いしてくる和谷。
「ユウでいいよ、和谷」
「はいはい、ユウね」
名前呼びさせても、全く動じた様子もなかった。
いや、私を男と思っているだから、当然だけど……
「むぅ……」
だが、斜陰は不満に思った。
せっかく大好きなアイドルの下の名前を呼び捨てで呼んだというのに、何もなさすぎない?
んー、ちょっともやもやするけど、まあ、いいや。
本題に入ることにした。
「ヒカルさんって、どこにいる?」
今回の目的はそれだ。
和谷は指導碁で来ているわけでもないみたいだし、本当にヒカルさんを見に来ただけだった。正確には佐為にヒカルさんを見せに、と言った方が正しいけど。
「お前、進藤目当てかよ……」
「だって、和谷の指導碁、今日ないし」
「うわっ」
いきなり頭を帽子の上から、押しつけるように斜陰の頭を触った和谷。
「へいへい、また指導碁来てくれるのを楽しみにさせていただきますよっと」
とおちゃらけて言う。
「それで進藤だが――」
といきなり、真剣な表情になる。
「――多分、今日も来ねーよ」
「え?」
「あいつ、一ヵ月前から手合いもイベントも全部さぼってんだ」
「え? 病気、とか?」
と斜陰は咄嗟に答える。
「ちげーよ。元気にワールド囲碁ネットをやる時間はあるんだ」
「確かに」
斜陰がログインすると大抵、Hikaruはいて、佐為と打っていた。
「和谷、知ってたんだね」
「そりゃsaiを追わないわけないだろ? 進藤だってすぐに分かったぜ」
そんなに簡単に分かるものなんだね。
確か、ヒカルと一番関わりがあった人だって、前に佐為が言ってたし、当然なのかな?
「というか、ユウ。お前が知っていることの方が驚きだぞ?」
「え? いやでも僕は囲碁はワールド囲碁ネットを見てただけだから」
「あー、確かに。そう言ってたなお前。進藤も名前そのままだし」
と和谷。
そこで、佐為が突然、突拍子もないことを言い出した。
『ユウコさん、ヒカルを見に行きましょう!』
(え? 見に行くって?)
『ヒカルの家に行くのです!』
※
佐為に案内され、少年斜陰は住宅街を歩く。
『ヒカル……どうしちゃったんでしょう? 一ヵ月前ってことは、私と打ったあたりからですよね』
(まー、佐為のせいじゃないよ。もう子供じゃないんだし)
『で、でも……』
佐為はあわあわと落ち着きがない様子。
――進藤! 出てくるんだ進藤!
遠くから声が聞こえる。
――クソッ! 明日も来るからなっ!
ズカズカズカと不機嫌を露わにしながら、おかっぱヘアの男が歩いてくる。
『搭矢アキラ……』
(って誰?)
『ヒカルの目標であり、ライバルでもあった人です。ヒカルの目覚ましい成長は彼のおかげでもあります』
塔矢アキラとすれ違い、入れ替わるように斜陰は家の前に立った。
(ここがヒカルさん家?)
『ええ、懐かしいですね』
ピンポーンと鳴らす。
「はーい……あら、またお客さん?」
お母さんらしき人が出迎えてくれる。
「ヒカルさんに佐為が来たって伝えてもらってもよろしいですか?」
「サイ……さんですね。ヒカルー、サイって方がお見えになって――」
その時、ものすごい慌てたような音がした。
ドタドタドタっと、ヒカルさんが下りてくる。
「さ、佐為? 佐為なのか!?」
ヒカルさんは肩で息をしながら、客人を見た。
一方の男装斜陰は、帽子のツバを軽く押さえながら、コクリと頷くのだった。