佐為がアイドルに取り憑きます   作:エレティムさん

13 / 31
ヒカル編④

 

 斜陰はヒカルの部屋にお邪魔していた。

 本当に佐為がいるか確かめたい、一局打てば分かる、とお願いされて対局することになった。

 

 斜陰はただ佐為の導くままに、石を置く。

 

 ヒカルは、パチリと石を打つ。

 

 そして、斜陰はコトリと置く。

 親指と人差し指でつまむように持って、置く。私だけが初心者みたい……実際、私は初心者だ。和谷は才能あるって褒めてくれたけど、この二人からみれば、一人だけ赤子が混じっているようなものかな?

 

 佐為もヒカルさんもまっすぐに盤面を見ている。

 ……私も、盤面を見ているのは同じ。

 

 けど、この中で私だけが傍観者だ。

 ヒカルさんの目には、佐為しか映っていない。

 佐為の目には、ヒカルさんしか映っていない。

 盤面を通して、互いが互いの姿を見ているんだ。

 

 斜陰は、この場で自分だけが、ひどく浮いているような気がした。

 けれど、どうしてだろう? 不思議と嫌な気分ではなかった。佐為に導かれるまま、石を置いていくのは、心地よかった。

 

 

 

 しっかり寄せまで打ち切って、白と黒の宇宙は完成した。

 終局だ。

 

 ふとヒカルの方を見ると、目線は盤上に注いだまま泣いていた。

 

「……佐為」

 

 ぽつりとヒカルは呟く。

 目の前に佐為がいることを理解して。

 

「佐為っ! なんでいなくなったんだよ! 佐為!」

 

 ヒカルは、斜陰の存在なんて気にせずに話し続ける。

 

「お前がいなくなって、広島まで行ったんだぜ? それで、お前が本因坊秀策だった時の棋譜もすごい並べて! この間なんか、公式戦で塔矢に勝ったんだ! あと、お前と打った棋譜も全部、紙に書いたんだぜ? まあ、公開はできないけどさ。それと、そう和谷がさ――」

 

 そう、ヒカルは佐為の消えた2年間であったことをずっと喋り続けた。

 

 そして、ひとしきり話したところで、

 

「話すことがいっぱいだ……」

 

 と締めた。

 

 佐為はヒカルの持つ扇子を指し示す。

 

(……佐為?)

 

『ちゃんと受け取ってくれたのですね……』

 

 佐為はしみじみと呟くように言った。

 

「なんか言えよ! 佐為!」

 

 しかしその声はヒカルには届かない。

 

 しょうがない。

 斜陰はヒカルの持つ扇子を指さした。

 

「ちゃんと受け取ってくれたのですねって、佐為が」

 

「っ!」

 

 ヒカルは自身の持つ扇子に目線を落とす。

 

「……夢の中で扇子をくれたのは、ただの夢なんかじゃなかったんだ」

 

 ヒカルは、右手に扇子を握りながら、涙を流した。

 

『私だって、消えたくなかった。ヒカルの傍にいたかった。けれど、役目は終わったんです』

 

 佐為が言った。

 これもヒカルさんに伝えるべきかな。

 

「それと、佐為も消えたくなかった。ヒカルさんの傍に居たかったって言っているよ? 佐為が私に取り憑いた時も、ヒカルさんを調べてあげるって言ったらすごく喜んでたし」

 

 斜陰は言った。

 

「そっか……そりゃそうだよな!」

 

 ヒカルは吹っ切れたように顔を上げた。

 

 

 

 そしてその後、2局目が始まった。

 

 しかしそれは対局と呼べるようなものではなく、棋譜並べだった。

 

 ヒカルも佐為も丁寧に一手一手確認するように打っていく。

 斜陰もなるべく丁寧に打っていった。

 

『これは塔矢行洋との一戦です。この碁をヒカルに見せるために、神は私に千年の時を永らえさせたのです』

 

 佐為がこの棋譜並べをした理由とは何か?

 

 もちろん、ヒカルがこの碁を覚えているか確認するためなんかじゃない。

 

 佐為はこの碁を通して、ヒカルに問うべきことがあったからだ。

 

 パチリ。

 コトリ。

 黒のヒカルと、白の佐為。石が盤上を少しずつ埋めていく。

 そしてあと少しで終局というところで、ヒカルの手が止まった。

 

 盤面はぱっと見、白が僅かに勝っているように見える。

 実際、黒を持っていた塔矢行洋は、この碁に敗れ、プロ引退までしたのだ。

 

 でも実は、この局面、唯一の逆転の一手があった――

 

 

――佐為は問いかける。

 

 過去に縋り、本来の棋譜と同じように負けるのか。

 

 未来に向け、神の一手を目指すのか。そして、佐為に勝ち、佐為を超えるつもりがあるのかを。

 

 

 ヒカルは、盤面を見つめる。

 その目に迷いはなかった。

 

「俺だって神の一手を目指すんだ!」

 

 黒石が力強く、放たれる。

 それは、本来の棋譜にない手――オキだった。

 

 そんなヒカルの一手に、佐為は満足げに頷いた。

 

 

 ……実は、佐為がこの碁を並べたのには、もう1つの理由があった。

 

 佐為は斜陰の方を覗き見る。

 

――ユウコさんにも感じるものがあったようですね。

 

 斜陰は佐為に導かれ石を打つ度に、とても美しい盤上の宇宙を感じ取っていた。

 佐為の千年の碁の集大成とも言えるものに、ただのゲーム以上の何かを感じたのだった。

 

 

 

「ごめんな、付き合わせちゃって」

 

 気付けば日は落ちていた。

 棋譜並べをした後は、佐為とヒカルは何局も打ち続けた。

 たまに斜陰が佐為の言葉を伝えて、ヒカルが泣く。

 そんな風に時間は過ぎていった。

 

「佐為もごめん、心配かけるような真似をしちゃって。俺、手合いに出るよ。そしていつか佐為のように、未来に碁をつなぐんだ」

 

 ヒカルさんの言葉に、佐為は満足そうに頷いた。

 

『でも、1つだけ。ユウコさん、伝えてもらってもよろしいですか?』

 

(何?)

 

『私が見ただけでも、塔矢アキラや和谷に迷惑を掛けました。おそらくもっと。ですから謝るべきは、現代に生きる彼らに謝ってほしいんです』

 

 そして、斜陰は最後にその言葉を届けることにした。

 

「ヒカルさん、佐為が謝るべき相手は自分じゃないと、そう言っていますよ」

 

「っ! そうだなっ! よっしゃ! 善は急げだ!」

 

 ヒカルはバタバタとリュックサックを持ってくる。

 

「母さ~ん、ちょっと行ってくる~」

 

「ちょっとヒカル、こんな時間からどこへ~?」

 

「じゃあな……っと、名前も聞いてなかったな」

 

 ヒカルは、男装斜陰の姿を見た。

 

 斜陰はしかし、首を左右に振る。

 

「まだ、佐為が必要なの?」

 

 斜陰は尋ねた。

 今日の私は佐為の碁を見せただけ。『私』という存在は、二人の会話に参加していなかった。

 だから、今ここで私の名前を答えることは、佐為のオマケとして答えることに他ならない。斜陰の返答はそのような意味が込められていた。

 

 ヒカルは首を振る。

 斜陰の意思は伝わったようだ。

 そして、ヒカルはニッと笑った。

 

「佐為! またネット碁やろうぜ! それにお前も、プロを目指すなら師匠になってやってもいいぜ?」

 

 そう言って、ヒカルは飛び出ていった。

 

 ……へ? プロ??

 確かにヒカルさんはプロになったかもしれないけど、私がプロになることは絶対にない、と斜陰は思う。

 

「あの子は……最近は落ち着いてきたかと思っていたけど、まだまだねぇ」

 

 とヒカルのお母さんがやってきて、ため息をつく。

 

 ヒカルは行った。

 斜陰も帰ることにした。

 

「僕も失礼します」

 

「ごめんね、せっかく来てもらったのに」

 

「いえ、気にしないでください」

 

 これは社交辞令じゃない。

 本心でそう思っている。

 

 ヒカルさんは吹っ切れたみたいだけど、それは佐為も同じなんじゃないかな?

 

 佐為の消え方は、双方にとって不満の残るようなものだった。

 

 それが今日、溶けてなくなった。

 

『さぁ、ユウコさんもプロを目指しますか?』

 

 佐為が見たこともないような挑戦的な笑みを浮かべている。

 まさか佐為までそんなこと言ってくるとは。

 

(佐為だって、もう終わりでいいの? 神の一手、目指してもいいんだよ?)

 

 秋の夜。

 私と佐為の関係は再スタートしたような、そんな気持ちだった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。