佐為がアイドルに取り憑きます   作:エレティムさん

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アイドルは黒がいい!

 

「え? 打ち方?」

 

「ああ、そんなコトリコトリじゃ、様にならないからな」

 

 そうして和谷の手が伸びる。

 

 やばい!

 斜陰の脳裏に、前に和谷が自分の手を触った時のことが浮かび上がる。

 

 咄嗟に、

 

「そんぐらいできるから!」

 

 と言い、人差し指と中指で石を挟んで、一息つく。

 ふーっと息を小さく吐いて、石を盤に打ちつけた。

 

 ぺちょん。

 

 指が先に盤面にぶつかって、しょぼい音がした。

 

「できてねーじゃねーか」

 

 和谷は有無を言わさず、斜陰の手を取る。

 

「ほら、これで打ってみろ」

 

「う、うん……」

 

『和谷ってば、大胆』

 

 和谷の手が斜陰の手に触れてしまっている。

 そして、和谷に正しい手の形を作ってもらってから、盤に打ち付ける斜陰。

 

 パチリと音が鳴った。

 

「……も、もう余裕だから!」

 

 そして斜陰は自分一人で、もう一度、石を盤に打ち付ける。

 パチリと音が鳴った。

 

「ほら!」

 

 と斜陰。

 

パチ、ペシ、ペシ……

パチ、パチ、パチ

 

 連続で石を打つ斜陰。

 たまに失敗するが大体成功している。

 

「よし、あとは数をこなせばできるようになるだろ」

 

(よかった~……というかさっきの肩掴んできた時も、和谷遠慮なさすぎない??)

 

『和谷はそういうやつなんです。ヒカルの時もすぐ仲良くなってましたよ』

 

 

 

 

「次は実戦だ! 碁は勝てなきゃ面白くねーからな! 置石なしで勝ってこい!」

 

「分かった、和谷~」

 

「師匠とかなんか呼び方ないのか……?」

 

 と言われたが当然スルー。

 

 碁会所のおじさんたちと斜陰は打つことになった。

 

「ほらさっさとニギれよ」

 

 対局相手が決まり、相手のおっさんがそう言ってきた。

 

(ニギリって?)

 

『手番を決める方法のことです。白石を持った方が石をいくつか手に握り、黒石側はその石の数が偶数か奇数を当てるというものですね。ほら見てください、右手を握ったまま盤の上に置いていますよね? あれはユウコさんが黒石を置くのを待っているのです。黒石を1個か2個置くのです』

 

(じゃあ私が黒を持つには?)

 

『当てれば、黒になりますが』

 

(えー)

 

 つまり、外せば白になってしまうということ。

 それは不満だった。

 

「僕、黒が好きなんだけど?」

 

 と斜陰は対戦相手に言う。

 

「ええでええで、なんか黒で試したい打ち方でもあるのかな? 別にええよ」

 

 対戦相手のおっさんは快諾する。

 

(これが、アイドルの力だよっ!)

 

『アイドルは関係ないかと』

 

 斜陰は黒石がいっぱいに詰まった碁笥を、大切そうに撫でる。

 

(黒く輝くってまさしく『斜陰』って感じじゃない? だから、私は黒が好きかも。佐為はどっちの石が好き? なんとなく白を持っていることが多いイメージだけど)

 

『白石と黒石、どっちが好きか、ですか。あまり考えたことはなかったですね……』

 

 斜陰は碁笥に指を入れる。

 親指と中指で、黒石をつまんだ。

 そして、すくい上げるようにして、人差し指と中指に持ち替える。

 

――右上隅、小目!

 

 斜陰は強く打ち付けた!

 力みすぎて、ぺちょんと指を叩いたのはご愛敬……

 

 そして、碁が進行していく。

 

(相手の人――弱いね)

 

 斜陰は相手の実力を感じ取っていた。

 今まで戦ってきた和谷や奈瀬とは比較にならない。もちろん、ネット碁で見てきた猛者や佐為とも比べるまでもない。

 

『ええ。ですが、わずかに、黒が押されていますね』

 

(……うるさい)

 

 相手の実力を感じ取っても、実際に勝てるかどうかは別である。

 

 押したり引いたりを繰り返し、意外にも拮抗したまま、進行していく。

 盤面左下から、戦いが勃発。

 その戦いは、盤の半分ほどに及んでいた。

 

――ユウコさん、よく読めてます。

 

 佐為は斜陰の打ちまわしに、感嘆していた。

 基本、斜陰は見ていただけ。

 たくさん見ていたことで、石の流れを感じ取り、碁の筋というものをおおよそつかみかけているというのは分かっていた。

 しかし、一方で、碁に必要な読みの力は圧倒的に不足しているはずだった。

 

 相手は、力自慢の棋風だった。

 多少強引なところからでも、力勝負に持っていくタイプ。

 石と石とのぶつかり合い、つまり戦いの碁になれば必要不可欠な読みの力は、主に詰碁や実戦で鍛えられる。斜陰の実力が発揮されにくい展開だった。

 

――でも、予想以上に善戦していますね。それに……ふふ、楽しんでいますね。

 

 男装斜陰は、マスク越しでも分かるくらい、楽しんで打っている。

 

 左下から盤の半分に波及した戦いは、若干の白ペースで進んだ。

 しかし、戦いに一区切りがつき、手番は斜陰。

 

 斜陰は、上辺の大場に、パチリと人差し指と中指で挟んで打ち付けた。

 

 神の一手か。

 打たれてみれば、盤面これ以上はないと思えるほどの一手だった。

 

「ぐぅ」

 

 リードしている白も、簡単ではないと思いなおす。

 

(まだまだこっからでしょ?)

 

 

 

 *

 

 

 気付けば夜。

 

「ユウ、メシでも行くか?」

 

「いや、僕は帰るよ」

 

「親がメシ作ってんのか?」

 

「まあね」

 

 実際はそんなことはなく、問題はマスクを外さないといけないところにあるのだが、和谷に分かるはずもない。

 

「あー、一局目、負けちゃったよ~」

 

「お前、その後は勝ちまくってたじゃねーか」

 

 碁会所での互先の対局は、最初こそ負けたものの、それ以降斜陰は3連勝した。

 

「やっぱりちょっと悔しいかも」

 

「そう思うなら、ユウはもっと強くなれるぜ」

 

 和谷はニッと笑った。

 

「じゃあ和谷に勝てるようになる?」

 

「てめー!」

 

「うわっ」

 

 斜陰の頭を帽子の上から押さえつける和谷。

 

「俺に勝てたら、プロ目指せるぜ?」

 

「……忘れそうになるけど、和谷もプロだもんね」

 

「おい、どういう意味だ」

 

(プロの威厳みたいなものがなー)

 

 と内心思った。

 

「そうだ、ユウ。プレゼントだ」

 

 和谷が手渡してくる。

 

「へ? ……本?」

 

「ああ、詰碁の本だ」

 

「詰碁? なんか碁に関係する本ってこと?」

 

「お前、詰碁すら知らないのか……なんとなくそんな気もしてたけどな。この本は初心者レベルからプロレベルの問題まで載ってるから、お前にちょうどいいんじゃないか? まあ、後ろの方の問題は解かなくていいぜ」

 

「えっと、わた――僕にこれを解けと?」

 

「ああ! お前は読みの力が足りてねーからな。読みを鍛えるには詰碁が最適ってわけだ。あと、基本死活が怪しい部分もあるからな」

 

 斜陰は受け取る。

 『塔矢選詰碁集』と書かれていた。

 

(これって楽しいの?)

 

『ええ、ユウコさんならきっと楽しめますよ』

 

 パラパラとめくってみると、碁の部分図がいくつも載っている。

 とりあえず、最初の方の問題を見てみる。黒先白死と書かれており――

 

(これはここでしょ?)

 

『ええ、お見事です』

 

(これが難しいの?)

 

『難しいものは』

 

 後ろの方の問題になるととても難しくなっていく。

 

(これも黒先白死ってことは、この白を殺す手段があるってこと? ……全然わからない)

 

「あー、お前そもそもルールは分かっているのか?」

 

「多分?」

 

「はぁ、まあ、分からないことがあれば聞けよ。ってことでほら」

 

 和谷が何かを差し出してくる。

 

「ケータイ? くれるの?」

 

「なわけあるかよ! 連絡先交換に決まってるだろ?」

 

「へー、僕の連絡先が欲しいんだ。和谷のえっち」

 

「どういうことだよ……ほら、お前の師匠になったんだしな」

 

「うぇー、和谷が師匠かぁ」

 

「なんで嫌そうなんだよ」

 

「まあ、はい」

 

 斜陰はプライベート用の携帯を取り出すのだった。

 

「僕と連絡先交換できるなんて、すごいことなんだから。光栄に思ってよ?」

 

「へいへい」

 

 そうして、交換したのだった。

 

 帰り道。

 

(今日は帰ったら、詰碁やろうかな? あ、佐為はネット碁やりたかった?)

 

『いえ、一緒に詰碁をやりましょう!』

 

(……全然話変わるけど、今日の和谷、私を触ってきすぎじゃなかった?)

 

『和谷は年下相手にはそんな感じなんですよ。無意識でやっているんじゃないでしょうか』

 

(むぅ……なんか反撃したいな~、あそうだ!)

 

 斜陰は、メールを送る。

 『今度の握手会って参加する?』と文字を打つ。

 

(送信っと!)

 

 マスクの中で、ニヤついているのだった。

 

 

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