とあるアイドルの撮影現場。
そんなところで、一人、本を読んでいるアイドルがいた。
「斜陰ちゃん、何読んでるの?」
「碁だよ」
答えたのは人気No.1アイドルの斜陰だった。
「へー、最近やってるって言ってたけど……碁って一人でもできるんだっけ?」
もう片方は、人気No.2のアイドル春奈だった。
「一人じゃできないけど……これは本で、詰碁っていう碁のパズルがたくさん載ってる感じ?」
「へー! なんか、すごそう!」
「分かってないでしょ~」
「でも、碁? すごい頭良さそうな感じだよね?」
「確かにそうかも」
『いえ! 碁に頭の良さなんて関係ありません!!』
「うわっ!!」
佐為に突然大声を出されて、驚く斜陰。
「うわっ!? ど、どうしたの斜陰ちゃん!?」
「いや、こっちのセリフ」
「え?」
「いえなんでもありません」
「ええ? 斜陰ちゃんって不思議系キャラだったの?」
「あー、えっと、碁に頭の良さは関係ないって」
『ヒカルは学校の成績は散々でしたが、碁の才能だけは素晴らしかった』
「なんか、プロになった人でも、高校にすら行けないくらいのバカもいたって」
と斜陰は言う。
『ユウコさん……何気にひどいですね。私もそこまでは言ってないですよ』
(でも事実じゃん。ヒカルさんも和谷も中卒だし)
『その理論で言うと、ユウコさんも中卒ですよね』
(私は中学の成績良かったし)
「じゃ、じゃあ、私でも碁をやれたりするのかな?」
「あ、うん。できるんじゃない?」
と話していたら、撮影準備が整ったようだ。
「はぁ、仕事かぁ」
斜陰は名残惜しそうに本を置いた。
「撮影嫌いなの?」
「うん」
まあ、仕事は全部嫌いだけど。
「えー、そうなの? 私は好きだよ! 本当に私? ってくらいに綺麗に撮ってくれるし」
「確かに。いっつも、誰これってなる」
「でしょでしょ? だから、最高に輝かせてくれるこのお仕事は、すごく好きなんだ!」
うわ、まぶしっ!
思わず目を閉じてしまうくらいに、春奈の笑顔は眩しかった。
そして。
ぼよよん!
春奈が上着を脱ぐと、水着姿が露わになった。
出るところはしっかりと出て、しかしウエストは細い。
(私なんでこの子より人気なわけ?)
斜陰も上着を脱ぎ、自身の胸元と比較する。
ないとまでは言わないが、小さい。
いや、冷静に見れば、斜陰の年齢から考えれば、ある方なのかもしれない。
しかし、目の前の特大火力を前にすれば無力と言わざるを得ない。
(やっぱり今日の仕事も憂鬱だ)
斜陰は嫌いな仕事を今日も頑張るのだった。
*
今日の仕事は、早めに終わって嬉しい
タワマンの自室で、帰ってくるなりネット碁にログインする斜陰。
『それにしても嘆かわしいことですね』
「え、急に何?」
『あの春奈という者、碁をやったことないのではないでしょうか』
「ああ……そゆこと」
佐為は今日の春奈とのやり取りを気にしているらしい。
『碁に熱中している子がたくさんいるのは知っています。けれど、この時代の普通の子供というのは、碁をやらないらしいですね』
「やらないどころか、大抵は碁って何? みたいなレベルだと思うよ。まー面白いテレビゲームなんかもあるし。将来もっと面白いゲームなんかがたくさん出てきたら、碁をやる人はいなくなっちゃうかも……うっ!」
斜陰は急に吐き気を感じた。
一方の佐為はメソメソと泣いているようだ。
『すみません、私の碁が消えてしまうかもしれないという悲しみが、あなたの心を覆ったのです』
「ちょっと言ってみただけ、冗談! 冗談だから」
『……本当ですか?』
「う、うん。消えるってことはないと思う。まあ、さらにマイナーになっていくかもしれないけど」
『うううう……』
「ちょっとっ!?」
斜陰は再び吐き気を感じた。
「いや、もしかしたら、すごいメジャーなゲームにかるかもしれないし!」
『かもしれない、ですよね』
「未来はどうなるか分からないから!」
『それはそうですが』
「碁ってすごい面白いし……休日の私が碁会所行くなんてすごいことなんだよ? だから大丈夫!」
『そう、ですよね』
「そうそう! 碁って最高に面白いから。佐為もそう思うでしょ?」
『ええ、その通りです! ええ、ええ。今の子供はやったことがないだけなんです! 碁を一度打てば、その魅力に取りつかれるのは間違いないですよ!』
さっきまで泣いていたのは嘘だったかのように、立ち直る佐為。
「取り憑かれるって佐為が言うと、冗談では済まないかも?」
『私が取り憑けたら、それはそれでいいんですが……私に次はないでしょうし』
「そうなの?」
『ええ』
佐為はなんとなく、今が最後だろうと、理由は分からないが確信に近いものを持っていた。
同時に内心思う。
――もしかしたら、私がこうしてユウコさんの元で蘇ったのは、ユウコさんの才能だけが理由ではないかもしれませんね。囲碁を世界に広めるため……でも私は強要させるなんてするつもりはありません。碁をたまにやらせてもらえれば、それ以上は望むまい……
斜陰がカチカチとパソコンを操作すると、ネット碁の世界にshineが降臨した。
いつものように一番レートが上の相手――もちろん、shineを含めれば2番目の相手と対局が始まる。
対局が始まると、瞬く間に観戦者は100人を超え、1000人に到達。中盤に差し掛かる頃には1万の大台に乗った。その後も観戦者の数は衰えることなく増え続けている。
国籍も年齢もバラバラな数多の碁打ちたちは、佐為の一手一手を見るために集まっている。
(佐為くらい強ければ、プロになるのも余裕?)
『ええ、当然です』
(そりゃそうだよね、ヒカルさんにもほとんど勝ってたし)
『私がプロになれば、本因坊――いえ、タイトル独占だってやってやりましょう!』
そうして、佐為の示す一手一手が、斜陰の手を通して世界に広がっていく。
ピロリとディスプレイに、投了と表示された。
気付けば、中押し勝ち。
ネットの猛者を相手に、流れるような完勝――しかも、今回もまた、遊びの手をいろいろと試している。
「佐為、ここで相手はここに打ったけど、こっちに打ってきたらどうしてたの?」
斜陰は対局が終わった後、棋譜を戻しながら、佐為に聞く。
以前はこんなことはなかった。
ヒカルと佐為の再会、そしてこの前の碁会所の経験によって、斜陰の何かが変わっていた。
対局後はもちろん、対局中にも斜陰は遠慮なく聞きまくっていた。
『ここはですね――』
佐為は嬉しそうに答える。
「そうだ、佐為。前々から気になってたことがあるんだけど」
『はい、なんでしょう?』
「初手天元ってどうなの?」
『ふふ、そうですね、では次に黒を引いたらやってみましょうか』
次局。
いつものよういつものように、一番高いレートの者と戦う。
実は今回の相手は中国のトップ棋士の一人だったが、黒を引いた佐為は初手天元を打っていった。
『初手天元なんていつぶりでしょうか』
(やっぱり、あんまりいい手じゃないの?)
『いえ……どうでしょうね。難しい手であるのは事実ですが、悪い手とは言い切れません』
そして、非常に複雑な碁が始まっていく。
(えー、複雑すぎて全然理解できないよ)
『大丈夫。今のユウコさんなら理解できますよ』
佐為は一手一手、手の意味を解説していく。
すると、斜陰も盤面で行われている高度な駆け引きを理解できた。
(楽しいね、佐為!)
『ユウコさんが楽しんでくれているなら、なによりです!』
佐為と斜陰のネット碁は、より一層楽しいものになっていった。