佐為がアイドルに取り憑きます   作:エレティムさん

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和谷のアパートにお邪魔します!

 

 斜陰は今回の休日も外出していた。

 

(あ~、こんなに外出していたら過労死しちゃうよ)

 

『でも昨日はあんなに楽しみにしていたじゃないですか』

 

(いや、別にそんなことないし。帰ってきたら、交渉して休み増やしてもらうしかないね!)

 

 とある駅。

 斜陰はいつものように男装して、ある人を待っていた。

 

「おーい、ユウ! やっと見つけたぜ」

 

「遅い。和谷のくせに、僕を待たせるなんていい度胸だね」

 

「いや、お前が北口と南口間違えなけりゃ」

 

「別に僕は間違えてないし……周りが悪かっただけだし」

 

「いや、それは無理があるだろ……」

 

「……」

 

 そう。

 今日の和谷は、自身のアパートで研究会を開く予定であり、斜陰も飛び入りで参加することになった。

 

 2人で歩いていく。

 

「そうだ、あれから碁を打ったりしたのか」

 

「え? 別にしてないけど?」

 

「なんとなくそんなような気がしたぜ……」

 

「でも詰碁はやったよ! ほら!」

 

 斜陰は和谷から貰った詰碁集を取り出して見せつける。

 

「お、ちゃんと使ってたみたいだな」

 

 和谷は受け取り、パラパラとめくってみる。

 書き込みはないが、明らかに新品ではない様子のものだった。

 

「こことか明らかに使った感があるよな」

 

「どこどこ~?」

 

 和谷はそのページを見せる。

 

「げ、そこは……」

 

『ユウコさんがやってる途中に寝てしまったところですね』

 

(やっぱりそうだよね……)

 

「ん? なんだ?」

 

「な、なんでもないから! ちょっと水をこぼしちゃっただけだから!」

 

「とかいいつつ、よだれなんじゃねーのか?」

 

「んな……」

 

「ベコベコになっているしなぁ」

 

 和谷は、斜陰曰く水がこぼれたところを、触る。

 

「あ、わ、わ……和谷の変態っ!!」

 

 チョップが和谷の頭に吸い込まれる。

 

「いった……くはないけど、何するんだよ!」

 

「……別に?」

 

「頭はやめてくれよな。碁打ちに一番大事なのは頭だからさ」

 

「じゃあ今度からはお腹にグーパンする」

 

「なんでそうなるんだよ……」

 

「……」

 

 2人で、和谷のアパートまでの道を歩いている。

 

(なんか私ばっかりボロが出てるような)

 

 ここまでの会話で、斜陰の失敗ばかりが話に上がっていることに気付く斜陰。

 

(和谷は私の下なはずなのに……これは仕掛けるしかないね!)

 

 男装斜陰は、何気なく口を開く。

 

「そういえば、和谷ってこの前の握手会行ったんだよね?」

 

 すると反応は劇的だった。

 

 和谷は一瞬で顔を赤くして、

 

「ふ、普通だったし!」

 

 と叫ぶように言った。

 

「え? 普通だったってなんのこと? 行ったってこと?」

 

 斜陰はあえてすっとぼける。

 

「あ、あ、ああ。そう。普通に行って、普通に帰ってきたってことだ」

 

「握手はした?」

 

「そりゃ、そうだろ。握手会、に行って、握手しない奴なんて、いねーだろ」

 

「へーじゃあ、どんな感じだったの?」

 

「ど、どんな感じって言われてもな……」

 

 和谷の脳裏にこの前のことが思い出され、顔がさらに赤くなってしまった。

 

「和谷~、赤いよ」

 

「は、はぁ!? ちょっと厚着しすぎただけだ! そもそもユウに言う意味ねーだろ!」

 

「そっかー、恥ずかしいんだ」

 

「は……なんでそうなるんだよ!?」

 

「恥ずかしくないなら言えるよね」

 

「和谷くんって……いや、やっぱなんでもねーぜ!」

 

「なになに? どうしたの、和谷くん?」

 

「だから言わねーって!」

 

「へぇ、やっぱ恥ずかしいんだ」

 

「そんなことねーけど、まあ、そういうことにしてやるよ」

 

 和谷はそう言って、歩く速度をかなり上げた。

 

『和谷の顔本当に赤いですね』

 

(うんうん、これならやった甲斐があったよ)

 

 斜陰は満足げに、和谷の後を追うのだった。

 

 

 

 

 アパートに着いた。

 他のメンバーは既に揃っているようだ。

 

「紹介するな。こいつはユウ。プロ志望ってわけじゃないし、へっぽこだけど、成長速度は進藤以上かもしれねーから呼んでみた」

 

「ユウです、よろしく」

 

 斜陰は帽子のつばを深く下げて挨拶した。

 

 メンバーは、斜陰、和谷に加え、伊角、フクともう1人、佐為も知らない人がいて、計5人のようだ。

 

『奈瀬の姿はありませんね』

 

(前はいたの?)

 

『それは分かりませんが、和谷がこのような研究会を開きたいという話は私がヒカルに憑いていた時からありましたから。その時の話だと、奈瀬も参加していても不思議じゃないのかと』

 

 と佐為は言った。

 斜陰も気になったので、聞いてみることにした。

 

「あ、そうだ。和谷って奈瀬明日美って知ってる?」

 

「知ってるが……なんでお前が知ってるんだよ。って、この前のテレビか」

 

 斜陰と奈瀬の対局は数日前に放送されている。

 

「で、どうなの? プロ目指しているんでしょ?」

 

「俺が聞きてーよ。あいつは、プロをまだ目指しているみたいだが……俺が開いている研究会にも来なくなっちまったし、あーあ、どうすんだろうな」

 

「来なくなったのは、この前のプロ試験中だったかな?」

 

 伊角が会話に入る。

 

「ああ、受かる可能性がなくなったタイミングで来なくなったんだ。一時的なものかと思ったが、それからずっとだな」

 

「プロにはなれると思う?」

 

 斜陰は何気なく聞いた。

 和谷は率直に答える。

 

「なれねーよ」

 

 悲しい声色だった。

 

「……もしかしたら言ってやるべきなのかもしれねーな」

 

「え?」

 

「お前はプロにはなれないってさ。あー、やっぱ、俺から言うことでもないか」

 

 和谷の言葉に、斜陰は内心ショックを受ける。

 

(そう……なんだ)

 

『このままだとなれないという話だとは思いますが』

 

(あんなに強いのに、プロに比べると全然なの?)

 

『いえ、ユウコさんとの対局を見る限りではそんな風には……ほんのあと一歩、いえ半歩でプロに届くというところまでは来ているようには見えました。勝負の巡りがよければ今の実力のままでも上がれる可能性はあると思いますし』

 

(プロ試験のことだね)

 

『ええ、調子が良かったり、タイミングよく相手の調子が悪かったりすれば……』

 

(そうだよね)

 

『ですが、このままではプロになれる可能性はごく僅かというのも事実でしょう。実力がもう少し伸びればあるいは……』

 

「じゃあさ、和谷が強くしたら?」

 

「俺じゃーな。多分だけど、奈瀬が今必要なのは明確な師匠の存在だと思うんだ」

 

「そうだね。この研究会には来ていたけど、上下関係って感じじゃないし、伸びは悪かったのかもしれない」

 

 和谷が答え、伊角もそう言った。

 

「そっか……明日美先生かわいいし、僕的にはプロになって欲しいけどなー」

 

「お前、あのテレビ番組で奈瀬見ただけだよな?」

 

「そうだけど」

 

 和谷の質問に堂々と答える斜陰。

 テレビ番組の撮影で見たわけだし、嘘は言っていない。

 

「はー、確かに美人かもしれねーけど、あれ見てそうなるか? 斜陰ちゃんの方が100倍かわいいだろ」

 

「ふぇっ!?」

 

「確かに。奈瀬も引き立て役に見えた。ただ、そう見えるように撮っているだけかもしれないけど」

 

「いや、あれは素の魅力の差だって!」

 

(べ、別に私がかわいいとか知ってるし……言われ慣れているし)

 

「わ、和谷が斜陰のこと好きなんて知ってるし……それは置いといて、和谷が奈瀬の師匠をするつもりはないの?」

 

「いや、年下の俺がやるのはな……それに別の理由でもやりたくねー」

 

「別の理由?」

 

「ああ! 斜陰ちゃん相手に、途中から弱いものいじめみたいな碁をしてたんだぜ? あれで斜陰ちゃんが碁を嫌いになったらどうしてくれんだよ」

 

「そうなの……?」

 

「ああ、最初は指導碁を打っていたのに、一手ミスしてから本気でつぶしに行ってる」

 

「奈瀬もプロ試験に落ちて、追い詰められているみたいだし……」

 

「にしてもあれはねーよ!」

 

(佐為、そうだったの?)

 

『ええ、あれはあまり上位者の打ちまわしとして褒められたものではないですね……』

 

(そうだったんだ。でも私は楽しかったけどね~)

 

「話を戻すと、和谷は師匠する気ないみたいだけど……えっと、伊角さんは、師匠やってあげないの?」

 

「やっぱり僕らにとって奈瀬はライバルって感じで、弟子とは見れないかな」

 

 そして、研究会が始まった。

 と言っても、斜陰は研究会に参加しているという感じではなく、部屋の隅で和谷に指導碁を打ってもらっているだけだったが。

 多面打ちも余裕な和谷は、斜陰と打ちながら研究会でトッププロやshineの棋譜、またそれ以外にも直近の伊角の対局など、いろんな局面の検討に参加していた。

 

「和谷! もう一局!」

 

「はいはい、分かったって」

 

 斜陰の4子局が行われている。

 本来ならもっと差はあるが、和谷は検討の方にメインで参加しているので、ギリギリ勝負になっている。

 

「うわー、あと一歩で勝てたのに!」

 

「最後のここの損がなければ、勝ってたな」

 

「くやしぃ~」

 

 そんな感じで、時間が流れていった。

 

 

 

 

 時刻は夕方に差し掛かろうとしていた頃。

 

 ピンポーン

 

 和谷のアパートの呼び鈴が鳴った。

 

「誰だ?」

 

 和谷が扉を開けると、そこに立っていたのは意外な人物だった。

 

「……奈瀬」

 

「みんな……久しぶり」

 

 奈瀬が立っていた。

 

 奈瀬は玄関に立ったまま、大きく頭を下げて、その状態のまま言った。

 

「みんなにはお願いがあるの! 私に引導を渡してください!」

 

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