佐為がアイドルに取り憑きます   作:エレティムさん

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奈瀬と掲示板

 

 時系列が少し戻ります。

~~~~~~~~~~~~~

 

 

 奈瀬はもう院生ではない。

 

 和谷のアパートで定期的に開かれる研究会も、行かなくなった。

 

 プロ試験の終盤での2連敗。

 あれで合格の目が限りなくゼロになってしまってから、もうどんな顔でみんなに会えばいいか分からなくなってしまった。

 

 外で碁を打つ機会も人と話す機会も極端に少なくなった。

 半ひきこもり状態。

 親から言われて仕方なく、週に1~2日バイトしていること以外に外出することはない。

 

 実戦はネットだけ。

 碁の勉強としては他に、詰碁や棋譜並べ、戦術本を読んだりするくらい。

 

「私、これじゃあ強くなれない……」

 

 奈瀬は自室で、碁石を打つ。

 たった一人、一日何時間も打ち続ける。

 

 結局は、今までやってきた勉強法と何も変わっていない。

 

 ただ費やす時間が長くなただけ。

 

「こんな時に師匠が居たら……引導を渡してくれるのかな」

 

 奈瀬は自室で打ち続ける。

 強くなっている実感がなくても、これ以外の方法なんてもう残っていないのだから。

 

「はぁ……」

 

 気分転換は、ネット掲示板だけだった。

 奈瀬は棋譜並べをやめて、パソコンの前に座り、カチカチと慣れた操作をした。

 

 

 

【囲碁】【ネット碁最強!】死神スレpart102【人類最強?】

 

1:名無しの碁打ち

 

 ここはネットの碁打ちshine(通称死神)に関するスレです。

 

 

32:名無しの碁打ち

 

hikaruと打つのもやめたみたいで、またレートの高い人と優先的に打っているな

 

 

33:名無しの碁打ち

 

てか結局、shineって誰なわけ?

 

 

34:名無しの碁打ち

 

>>33

分からん

 

 

35:名無しの碁打ち

 

現役最強の緒方三冠にすら大きく勝ち越してるからなぁ・・・

 

 

 

36:名無しの碁打ち

 

ワイ、正体に気付いてしまう。

もしかして→塔矢元名人

 

 

37:名無しの碁打ち

 

>>36

それはない

4年前に現れたsaiと同一人物と言われているからな。そしてsaiは2年前塔矢行洋と戦ったのを最後に、姿を消した。ちなそのときはsaiの勝ち

 

 

38:名無しの碁打ち

 

>>37

はえ~、サンガツ

 

 

39:名無しの碁打ち

 

だけど、最近は明らかに遊んでいるような手が多いよな

 

 

40:名無しの碁打ち

 

>>39

前からやで

 

 

41:名無し碁打ち

 

いや、初手天元とか、隠す気もなくなったなって

 

 

42:名無しの碁打ち

 

もともと隠す気はないで

 

 

43:名無しの碁打ち

 

トッププロ相手でも初手天元で勝ちまくってるという事実

 

 

44:名無しの碁打ち

 

>>43

勝率は下がっている定期

 

 

45:名無しの碁打ち

 

>>44

勝率高すぎて、勝率考えるのが意味ない定期

 

 

46:名無しの碁打ち

 

トッププロが会心譜レベルの手を打ててやっと5分に戦えるとかいうバグ

 

 

47:名無しの碁打ち

 

Do you know who shine is?

 

 

48:名無しの碁打ち

 

うわ、外国人ニキ降臨

 

 

49:名無しの碁打ち

 

>>47

誰も知らないと思われ。

進藤四段が一番の手がかり説はある。

 

 

50:zelda

 

>>49

進藤に聞いても答えてくれねーんだよ

 

 

51:名無しの碁打ち

 

ゼルダさん、ちっすちっす

 

 

52:名無しの碁打ち

 

ゼルダさんの予想は誰なわけ?

 

 

53:zelda

 

>>52

多分、病気か何かで一人では碁を打てないんだと思う。

で、saiの時は進藤が補助していた。進藤は否定しているが。

今のshineは進藤とは別の奴が傍にいて、そいつのおかげで碁を打っている。あと、ハンドルネームから分かるように、斜陰の大ファンだろうな。ライブとか握手会とかイベントとログインしている時間が被っていることはない。これはおそらくshineの付き人の方の趣味だろーが

 

 

54:名無しの碁打ち

 

>>53

ひぇえ

 

 

55:名無しの碁打ち

 

>>53

合ってそうなのがやばい

 

 

55:名無しの碁打ち

 

お巡りさん、こっちです

 

 

 

 ここでレスは止まっていた。

 奈瀬はなんとなく、最近会っていないかつてのライバルにレスをする。

 

 

 

56:名無しの碁打ち

 

ゼルダはまだ斜陰のファンなわけ?

 

 

57:zelda

 

>>56

そりゃそうだ!

明日の握手会にも行くしな!

 

 

 

 ディスプレイに表示された文字列が、奈瀬の瞳に映った。

 

 楽しそう……

 私はこんなにつらい思いをしているのに。

 

「はぁ」

 

 

 

 

 

 ネット上にはshineの棋譜を集めたサイトがある。

 奈瀬はそのサイトを見ながら、リアルの碁盤――もちろん、足つきの碁盤を使って、棋譜並べをしていく。

 

 ogataseiijiとshineとの戦い。

 現役プロで最強と言われる緒方三冠。

 それなのに、shineは負けないどころか、優に上回っていく。

 

「この感じ……今更だけど……」

 

 shineは碁を楽しんでいることが伝わってくるような碁だった。

 

 奈瀬の脳裏にとある碁が思い起こされる。

 

――アイドル斜陰

 

 あの子の碁は、shine以上に、すごく楽しんでいることが伝わってくるようなものだった。

 でも、深くその石の流れを見てみると、shineと非常に似ている手が多かったことに今更気付いた。

 

「楽しんだ方が強くなるの?」

 

 奈瀬の中で答えは出ていた。

 楽しんだ方が強くになるに決まっている、と。

 子供の頃は毎日碁が楽しくて、それで棋力も伸び続けていたんだから。

 

「……でもどうやって楽しむの?」

 

 碁の楽しみ方なんて忘れてしまった。

 

 というか無理。

 今の状況で楽しめるとは到底思えなかった。

 

 プロ試験というものが、心に重しのようにのしかかっている。

 こんなものを背負っていたら、楽しめるわけがない。

 

 

――なら、カラオケとかショッピングとかで気分転換をする?

 

 そんなことが脳裏によぎる。

 でも、これもダメだ。

 一度遊ぶことを肯定してしまえば、碁の勉強をやめてしまうかもしれない。

 

 

 碁を楽しみたい。

 碁で楽しみたい。

 

 最近一番楽しめたのは――アイドル斜陰との対局だった気がする。

 

 じゃあ、彼女と打てば何か変わるのだろうか。

 あんな碁を打っておいて、今更どんな顔で会えばいいのだろう? よくわからないけど、なぜか彼女から指導碁の依頼が来てた……すぐに断っちゃったけど。

 

 『今の私が、今をときめくアイドル斜陰と会う』ということは、奈瀬の心には負荷の大きいものでもあった。

 

 

プルルルルルル、プルルルルルル

 

 電話が鳴っている。

 今はお母さんはいないんだっけ。

 

 奈瀬は電話を取る。

 

「もしもし、奈瀬です」

 

「もしもし! 和谷だけどさ! 斜陰ちゃんとの碁を見たぜ!」

 

 あ、今日が放送日だったっけ。

 

「奈瀬っ! お前、なんて碁を打っているだ! 碁は一部だけだったが、それでもお前が途中から弱い者いじめみたいな碁を打ってることぐらいは分かったぜ!」

 

 電話越しでも、怒っているのは分かった。

 和谷が本気で怒っていることなんて、今まであっただろうか。

 

「これで斜陰ちゃんが碁を嫌いになったらどうするんだ!」

 

「あ、ごめんなさい……」

 

「それは俺に言うことじゃねーだろ!? まあ、今後会う機会もないだろうけどな!」

 

「あ……」

 

「じゃあなっ!」

 

プー、プー、プー

 

 と電話が切られた。

 

 

「私、どうすれば……」

 

 奈瀬は床にぺたりと座り込んで、体を抱きしめるのだった。

 

 

 

 

 心は限界だった。

 

 たった一人で孤独に学び続けること。

 次のプロ試験で必ず合格しなければならないこと。

 

 友達とも会わす顔がなく、誰とも喋らない日々。

 ネット碁だって思うように勝てない。

 

 苦しい。

 苦しい。

 泣きたいほど苦しくて、けれど涙は出なかった。

 

 そんな状態のまま、ひとり碁を打ち続けることは、人生で経験したことのないような苦痛だった。

 

 トドメは、和谷の言葉だった。

 自分の碁まで否定された。

 もう私は、碁に打ち込み続けることはできない。

 

 奈瀬の心は限界を超えてしまった、

 

 

 

 

 それから数日後、奈瀬は和谷のアパートにいた。

 

「私に引導を渡してください!」

 

 奈瀬は、碁打ちになりたいという心を吹き飛ばすように、叫ぶようにそう言ったのだった。

 

 

 

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