「やっぱり、これじゃあ嫌だよ!」
夜。
shineとAsumiのネット碁が終わり、電話での検討をしていた時、斜陰はそう言った。
『え? 斜陰ちゃん、急にどうしたの?』
電話越しで奈瀬が心配する。
「だって、私だけのけ者にされること多いし……長々と符号言われても、ついていけないって」
斜陰は言う。
局後の検討でついていけないことが多いと。
というのも、電話で検討すると、どうしても符号のやり取りになってしまう。
その符号を、脳内に並べなければならない。
奈瀬と佐為にとっては何ら問題はなかった。符号でのやりとりでも、正確に脳内にイメージできていた。
けれど、斜陰は違った。符号を言われて、なんとか会話についていくだけで精一杯。おいて行かれること多々あった。
棋力の高い奈瀬や佐為には問題ないことでも、斜陰には問題大ありという状況が発生していたのだ。
『……確かに。これからは斜陰ちゃんもついていけるようにゆっくりやるね』
「違う」
『え?』
斜陰の頭の中では、すでに解決策まで浮かんでいた。
「そうじゃない。変えるべきは、明日美先生じゃない」
『えっと、じゃあ……saiとか?』
「それも違う。まあ私の実力が伸びればそれが一番いいとは思うけど、いつになるか分からないし……」
斜陰は言う。
「変えるべきは、ワールド囲碁ネットだよ」
『え!?』
「それに……地味に、過去の棋譜がなくなってしまうのも嫌だったんだよね。明日美先生の野良対局も、今はわざわざ見たいときは明日美先生にメールを打ってもらっているし」
『別にそれくらいはなんでもないけど……』
「それにもう1つ、一番の理由はこれかも? 絶対にこれだけは直してほしいっていうのがあるし!」
『え? そんな変なものってあったっけ?』
「あるよ、誰からでも対局申し込みができるっていうシステムだよ! これのせいで申し込みを拒否しても、またすぐ別の人から挑戦が来て……っていうループに入ることがあるから! 私がレートの一番高い人としかやらないって知らないのかなっていつも思っている」
『あー、なるほどね。saiになら、ダメ元でも挑戦したくなる気持ちはわかるかも』
「でも、結構めんどくさいんだよねー。特に2局目とか3局目とか、連続で打つ時は結構なるんだよね~」
『確かに、それは直したいね!』
「明日美先生、分かってくれる!?」
『ええ、私はそんな状態になったことないからイメージだけど……でもめんどくさいよね』
「うんうん、めんどくさいんだよ……ということで、明日美先生に指令を渡す!」
『指令?』
「明日美先生は、ワールド囲碁ネットの管理者? みたいな人に連絡取って、機能向上をお願いして!」
『え? 私が? そんなことやったことないよ?』
「でも私もやったことないし……わ、た、し、は、忙しいし!」
『……ニートでごめんなさいね』
一応、週1程度バイトをしている奈瀬だが、実態はほぼニートと変わらないのは、本人が一番よく分かっていた。
いや、就職活動中とか、試験勉強中とか言うのも、見方によっては不可能ではないが……
『じゃあ、私頑張ってみるよ、結果は期待しないでね』
「うん、期待して待ってるよ」
『期待しないでよね……』
そうして、奈瀬にミッションが与えられたのだった。
*
次の日の朝、今日は待ちに待った休日だった。
斜陰が目を覚ますと、佐為が話しかけてきた。
『それで、今週の休みは、また和谷のところへ行くのですか?』
「……いや? いかないけど」
斜陰は答える。
「一か月くらい、休日はちゃんと休もうかなって思ってるんだ。最近は佐為が満足できる対局も少なかったかなって思うし」
『いえ、奈瀬と打つのも楽しいですよ』
「まあ、佐為は関係なく、最近なんかいろいろあったような気がするし、ちょっと休もうかなって思っててさ」
斜陰は自室の高級ベッドで寝そべりながら、携帯を開いた。
ふわあ、とあくびをしながら、来ていたメールを確認した。
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From:和谷
お前、今度はいつ来るんだ?
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斜陰は返信する。
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To:和谷
ちょっと忙しいから、一か月くらい会えないかも?
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「私が忙しいのは本当だし……ってことで今日はひきこもるぞー!」
『休むことも人間には必要ですからね』
「佐為には必要ないかも?」
『どうなんでしょうね……あんまり考えたことがなかったですが』
そうして久しぶりに、斜陰は一日中、saiでネット碁に明け暮れるのだった。
*
『斜陰ちゃん、今日は暇だったみたいね……ずっとsaiが対局してたからびっくりした』
「今日は休日だったからね」
『……まあ、お休みはなくて、毎日仕事してたらそれはそれで問題だけど』
「そうそう」
夜になり、いつものように一局打った後、電話で話していた。
『それで、さっそく管理人さんに連絡してみたよ』
「どうだった?」
『それがダメだって言われちゃって……時間がないからできないって』
奈瀬は言った。
「そっかー……というか今更だけど、明日美先生って英語できたの?」
『え? なんで急に? 英語なんてできないけど。学校で習っただけだし』
「じゃあメールって何語で?」
『日本語だけど?』
「……それで返事も日本語?」
『ええ』
「変なところなかった? 管理人は海外の人かと思ってたけど、もしかして日本人なのかな?」
『あっ! そういうこと!? 確かに、日本語に変なところはなかったから、日本人なのかも』
「でも、時間がないからっていうけど、そもそもお金ってどうしてるんだろう? こういうサイトって私たちは無料で使っているけど、作るのってお金いらないのかな?」
『詳しくないけど、いるんじゃない?』
2人とも、コンピューターのことは全然知らないので憶測で話すことしかできなかった。
もちろん、佐為も知っているはずがない。
「お金が必要って話なら、私がお金を出してもいいけど?」
『え? いいの?』
「少しくらい……数百万くらいなら大丈夫だから」
『……斜陰ちゃんがトップアイドルだって思い出したわ』
「でもせっかく、日本人なら会ってみてもいいかもね」
『え!? 斜陰ちゃんが!?』
「私が会えるわけないでしょ! 明日美先生が会うんだよ」
『えぇ~……あんまり……そういうのは苦手だし』
「明日美先生ならできるよ! まあ会わなくてもいいけど、お金は払ってもいいって言って、交渉してみてください~」
*
そして数日後。
『お金が出せるならやってもいいけど、その前に一度顔合わせをしたいって』
いつものように電話で、奈瀬が報告した。
斜陰は言う。
「会えるんだね! でもやっぱり、ネット上だけでお金のやり取りをするのは、普通は怖いよね~」
『そういうもの?』
「ごめん、適当言った」
『でも確かにそうかも。それで、その管理人も東京に住んでるらしいから、すぐ会えるみたい』
奈瀬の朗報に、斜陰のテンションが少し上がった。
「それでいつ会うの? 明日美先生は明日は暇なはずだから、明日? 明日もって言った方がいいかもだけど」
『えーと、ちょっとまだ決めてない』
「え? なんで?」
『だって、斜陰ちゃんも一緒にどうかなって……私、1人で会うの?』
「いやいや、私はまずいって!」
『うん、わかってる。斜陰ちゃんも一緒に顔合わせするのは無理なのは分かってる。けど、近くから見てくれているだけでもいいから、一緒にいけないかな?』
「えー」
あんまり行く気はしない。面倒そうだし、楽しくもなさそうだし。
と斜陰は思った。
『ユウコさん、奈瀬はおそらく、知らない人とたった一人で会うということが不安なのでしょう』
「なるほど、でも、う~ん……」
確かに、不安になる気持ちは分かる。
しかし、せっかくの休日を潰すようなことはしたくないのだ。
それに私が近くにいるだけで、何の意味がある?
「それなら、明日美先生のホーム的な場所で会えばいいんじゃない?」
『え?』
「例えば、よく行った碁会所とか」
『なるほど~、確かに、それならいいかも』
その後、奈瀬と管理人との間で何度かやり取りし、実際に会う日時は決まった。
そして奇しくも、その日は斜陰の休日でもあった……