起業した。
でも、日常は何も変わらないみたいだ。
「斜陰ちゃん、そろそろ本番始まるから」
「……」
「斜陰ちゃん? そろそろスタジオに」
マネージャーに言われる。
いつも通りに見える。
「あの、最近の私、どう思います?」
「どう思いますって……」
「どう思います?」
「……今まで以上に、女性的な魅力が出てきたように思うわ」
マネージャーは答えた。
「他には?」
「別に……囲碁への熱は冷めてないみたいねってくらいで」
「それ以外には、どう思います?」
「え……どうしちゃったの?」
困惑するマネージャー。
「本当に他には何もない?」
「そうだねぇ、他には……少し前からだけど、楽しそうな雰囲気になったってこととか? 前はもっと暗かった気がするから」
マネージャーは答えた。
起業のキの字も出てこなかった。
(……これは、やっぱり本当に知らないってことかな)
『そうじゃないでしょうか』
佐為も同意する。
「早く、行くわよ!」
「は~い、行きますよ~っと」
斜陰はダルそうに、スタジオ入りした。
入るとすでに、斜陰の所属するアイドルグループの子数人が席に座っていた。
「斜陰ちゃんは、そこの席にお願いね~!」
プロデューサーに言われて、席につく。
隣には、人気No.2の春奈もいた。
「あ、斜陰ちゃん! 最近、あんまり会えてない気がする~」
そう言って、春奈が抱き着いてきた。
「……先週も、会ったよね?」
「そうだっけ?」
もにゅもにゅ、ぼいんと、胸の暴力が押し付けられる。
「……撮影前だよ? 服にしわがついちゃう」
「あ!」
春奈はぱっと離れ、手で服を伸ばす。
「えへへ~、大丈夫大丈夫」
斜陰も自分の服を見下ろすが、特に問題なさそうだ。
「……もう、春奈の天然はずっと変わらないね」
「それが私の魅力なんだよ☆」
春奈は、ウィンクしながら、ピースした。
いつにも増して、テンションが高いような……
いつもこんなもんだったっけ? いや、さすがにここまでではなかった、はずだ。
「……テンション高い?」
「えへへ~、分かっちゃう~?」
「なんか、いいことあった?」
「違うよ、これからいいことがあるんだよ?」
「え?」
春奈の言葉の真意が分からず、聞き返そうとした。
が、その時。
「では、みなさん! 『クリスマスに何をする!? ~今を時めくアイドルの聖夜を聞いてみた!~』の撮影を始めま~す」
撮影開始になってしまった。
てか、これだ。
春奈は、斜陰をキラキラした目で見てきている。
この番組の内容が楽しみなのだろう。
……恋愛禁止の私たちに、何を期待しているのだろうか。
この番組も、春奈も、私からは何も期待した答えは出てこないからね?
斜陰は内心、大きな疑問を抱く。
そして、番組の最初は、クリスマスに予定があるかをアイドルの子たちに聞く、という内容になった。
「では次、斜陰ちゃんには予定はありますか?」
「たぶんあると思うけど」
「……な、なにーっ!? 画面の前のファンが、絶望の表情を浮かべていることでしょう!」
「いや、仕事があると思うって話」
と答えると、マネージャーが腕をクロスさせて、大きくバツを作っている。
「え? ないの?」
マネージャーは大きくマルを作った。
そして、決め顔で親指を立ててきた。
「だとしても、みんなが期待しているようなことはないからね?」
「しかし、斜陰ちゃんのクリスマスに予定がないというのは、世の男たちには、朗報ですよ! 今からでも斜陰ちゃんにデートを申し込んでも遅くないかもしれません!」
司会のお笑い芸人出身のおっさんは、斜陰の前にひざまずく。
どこから取り出したのか、花束を持って、斜陰に差し出した。
「ということで、僕とデートしてくださいっ!」
「何が、ということで、なんだよっ!」
お笑い芸人の相方が出てきて、司会の方の頭をはたく。
「あはは……今は恋愛する気はないっていうか、余裕がないかな?」
斜陰は、一応答える。
「それに私、一人で外出禁じられているから、マネージャーも一緒になっちゃうし」
「それでもいい! 相方合わせて、4人でダブルデートにしよう!」
「お前はまだ、諦めてなかったんかい!」
また相方が司会を叩く。
「はいはいはーい! 斜陰ちゃんの予定が空いているなら、私と遊ぼうよ!」
春奈が入ってきた。
なんでアンタまで入ってきた?
と斜陰は思いつつ、「クリスマスは一人でゆっくり~」などと適当に答えておいた。
そして、番組は、次の質問のターンに映った。
その内容は……気になる相手がいるか、という話になった。
「と、いうことで! 斜陰ちゃんには、いるんですか!? 気になる相手がっ!?」
「なんで、春奈が司会役になっているの?」
「まあまあ、そこはいいじゃないですか~」
「はぁ……まあ、私に気になる相手なんているわけないけどね」
「じゃあ、今までにいたことは? ちょっといいなって思ったくらいの、淡い恋心でもいいから~」
春奈は引き下がらない。
「う~ん、あんまりない気がするけど~……でも、ちょっといいなって思うくらいはあるけど」
斜陰は今までの人生を振り返る。
かっこいいなって思うことはある。
けれど、淡い恋心?
なにそれって感じ。そんなこと一度でもあっただろうか。
一瞬、茶髪の碁打ちのことを思い浮かべそうになったが、あれはアイツからの一方的な好意だから、全然違うし。
「……う~ん、本当に、恋心とか一度もない気がする。かっこいいなって思うことはあったけど。そもそも、あんまり恋心とかわかんない、かな?」
「ほんとに? それなのに恋愛ソング歌ってるの??」
「一日中あなたのことを考えているとか、病気? って思いながら歌ってる……あ!」
「あ!? 斜陰ちゃん、まさか心当たりが!」
「……うん」
斜陰が頷いた。
春奈の目が輝く。
他の司会のお笑い芸人や、他のアイドルメンバーたちも、注目する。
斜陰の口が開く。
「最近、割と、碁は一日中考えているかも」
「碁かいっ!!」
春奈がツッコむ。
周りの人たちも、みんなズッコケた。
「じゃあ、斜陰ちゃんの恋人は碁ってことで、クリスマスも囲碁しててください!」
ぶっきらぼうに言われてしまった。
「……言われなくても、碁をすると思うけど」
*
撮影が終わり、ソファに腰かける斜陰。
(はぁー、疲れた)
『ユウコさん、お疲れ様です』
(なんか今日の撮影は、ほとんどずっと座ってただけなのに、すごく疲れた感じがする)
立ったのは、理想のデートとか言って、デートのシミュレーションをした時くらいなのに。
『いろいろ、盛り上がりましたからね』
(……春奈が楽しそうだったから、そこだけはよかったけど)
斜陰はぼーっと、天井を見上げる。
すると、脳裏に盤が現れて、勝手に碁石が踊り始めた。
どんな展開なのかもわからないし、碁盤の全体ではなく一部分だけの小さな盤上で、黒石と白石が高速で並んでは消え、並んでは消えを繰り返している。
(佐為。さっきの撮影で、春奈に聞かれて気付いたけど……私ずっと囲碁している)
斜陰は心の中で、言った。
(ずっと碁盤が近くにあって、気を抜くとすぐに考えている。今もそう。撮影終わったと思ったら、いつの間にか、碁を考えていた)
『ユウコさんも碁打ちになってきたということですね』
佐為は微笑んで、答えた。
(みんな、こういうものなの?)
『どうでしょうか。ただ、脳内で考えるのは、プロを目指すものならば誰でもできることです』
越智は、対局に負けた後は、トイレでこもって脳内で振り返りを行っていた。
越智に限った話じゃない。
院生レベルなら誰でもできる。
『ふとした時に考えてしまうのは、碁打ちにはよくあることかと』
(そっかぁ)
そもそも、今まではこういう暇な時間は何を考えていたんだっけ?
……ま、いっか。
囲碁を考えるのは楽しいから。