「アイツ、全然来ねー」
和谷はぼやいた。
「アイツって、ユウのことかい?」
「ああ。アイツ、連絡しても、忙しくて~とか、家から出る気が起きない~とかで、全然来ないんだよ。せっかく俺が碁を見てやるって言ってるのにな」
和谷は早くユウから聞き出したかった。
絶対に何かある。
和谷は確信していた。
それはおそらく、saiをネットの死神shineの名で蘇らせた張本人、という可能性が高いとは思っている。ただそうじゃなくとも、何か絶対にあるというのは、もう和谷の中では決まったことだった。
「あ、そういえば、saiが斜陰のファンっていう説あったよな? 絶対にシャインがライブの時とかに、現れないっていう」
「ああ、前に和谷が言ってたことだろ?」
「俺気付いたぜ……もし、ユウがXなのだとしたら――ユウも斜陰の大ファンってことになる!」
「……それって重要なのだろうか」
「……いや、アイツが碁をしに来なくても、ライブには行ってるんじゃねーのか? なら、一緒に斜陰のライブを見に行こうと誘えば、アイツも来る! それで、ネットの死神のことも聞き出してやる!」
和谷は名案とばかりに、メールを打つ。
次のライブ、握手会でもいい。何かしらのファンイベントがある時に、誘えばいい。
次は――ライブが来週にある。
これしかない!
和谷はメールを打つ。
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From:和谷
To:ユウ
お前って、斜陰のファンだろ?
来週のライブ一緒に行かねーか?
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返信はすぐに返ってきた。
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From:ユウ
To:和谷
斜陰のファンじゃないし、ライブに見に行ったこともないよ
あとちなみに、その日は予定があるし
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と返信が来た。
和谷には分からない。
斜陰本人なのだから、斜陰のファンではないということに。
ライブをする側なのだから、ライブを見に行くことはないということに。
「……返信来たけど、斜陰のファンじゃないってさ。ライブも行ったことないって」
和谷は、完全にその可能性に気付かないのだった……
*
囲碁のレギュラー番組を作るということになったものの、時期というのがある。
通常、テレビ番組が変わるタイミングとして一番多いのは4月であり、季節の節目節目、7月、10月、1月ということも多い。
逆に言うと、それ以外の中途半端な時期に新番組が始まるということは稀だ。
斜陰の囲碁番組も、その例に漏れず、1月から始まることになった。
その初回の撮影は、年明け前に行うようで……
「ついに始まってしまうのね……」
テレビ局に奈瀬はいた。
「明日美先生! やっと一緒に働けるね!」
「……はぁ」
「楽しくない?」
「いえ、ちょっと不安で……ほら、私、前回の撮影の時は、ほとんどしゃべらなかったじゃない? けど、これからはいろいろ喋らないといけないだろうし」
「大丈夫! 好きに喋れば大丈夫だから!」
「そりゃ、斜陰ちゃんはそうだろうけど、普通の一般人はテレビで緊張するからね?」
奈瀬は言った。
でも、斜陰は否定する。
「そうじゃないよ? だって、私たちアイドルも、トークの修行とかしているわけじゃないからね? なのに、バラエティ番組出たり……みんな初めは、そんなもんなんだよ」
「そっか」
「それに明日美先生は美人だから大丈夫!」
「……どういう意味よ」
「美人だから、面白いこと言わなくても大丈夫! すべっても大丈夫! ほとんど黙ってても大丈夫!」
「だいじょうぶ、だいじょうぶって、テキトー言ってない? 大丈夫って言われすぎて、大丈夫じゃなく感じてきたんだけど……?」
奈瀬は首を傾げた。
「ま、実際のところはどうなるか分からないけどね~」
「やっぱりテキトーじゃん!」
「でも、トークがうまい人が受けるとも限らないのがこの世界だから。人気が出ても、すぐに消える人もいれば、人気がずっと続く人もいる。番組だって、人気が出ないで終わることもあるし、予想以上に人気が出ることもある」
「……でも、斜陰ちゃんは大人気アイドルじゃん? やっぱりコツとかあるんじゃないの? 人気も全然落ちているっていうよりも、今もまだ伸びているでしょ?」
「う~ん、それが私にもよく分からないし」
斜陰は心の底から言った。
「囲碁とかやり始めたのも、別に人気のためじゃないし。というか、普通に考えたら囲碁なんてジジ臭い遊び、私のファン層に刺さるとは思えないし」
『ジジ臭い……』
斜陰の何気ない一言は、佐為に刺さって、しくしく泣かせてしまったようだ。
ただ斜陰にはよくあることなので、スルーする。
「ってことで、ウケとか気にせず、楽しくやろう!」
「た、楽しく……と、とりあえず早くテレビに慣れたい……」
奈瀬は力なく、そう言った。
「あ、でも明日美先生は、司会も兼ねているっぽい」
「え゛」
撮影が、始まった。
スタジオに行くと、もう一人、男の人がいた。
固定は斜陰と奈瀬の予定だが、今回は初回のスペシャルゲストが登場しているようだ。
「えー、では、初回である今回はスペシャルゲストとして、塔矢行洋元名人に来ていただいております……」
奈瀬は緊張しながら言った。
緊張しないはずがなかった……
テレビとか関係なく、この状況は緊張せざるを得なかった。
奈瀬にとって、塔矢行洋は一番のスターだ。
子供のころからの憧れだ。
そして、もう一人。
劇的な反応を見せる者が――
『塔矢行洋っ!!』
今は斜陰の中に住んでいる、佐為が叫ぶように言った。
『私と同じく神の一手を極めんとする者っ! その眼光を見ただけで分かる。私がいなくなった後も、研鑽を怠ってはいなかったということに』
佐為が言った。
(私と同じくって……佐為、もしかして、神の一手をまた目指す気になった?)
『あ、いえ、私はもう、神の一手を目指してはいないんでしたね……』
佐為はしょんぼりと答えた。
塔矢行洋は、そんな斜陰と佐為の様子に気付くことなく話しかける。
「斜陰さん。私はアイドルには疎いが、君のような子が碁をやってくれるのは、囲碁界にとっても非常に有益だろう。まずは、そのことに感謝申し上げたい、ありがとう」
塔矢行洋は、頭を下げた。
「え!? 頭を上げてください! 別に囲碁が好きでやってるだけですから!」
「囲碁が好き……か。その気持ちを大切にしてほしい。強さばかりを求めるプロの世界にいると、時として、自分が囲碁が好きなのかどうか分からなくなってしまうことがある。囲碁がつらく苦しいと思うようになってしまうことがある」
「そう……ですね」
明日美先生のような状態になってしまうということだろう。
「えー、では、塔矢元名人と、斜陰ちゃんの対局を、行いましょう」
奈瀬はガチガチに緊張ながら、言った。
「ということで、斜陰さん。始めようか」
「はいっ!」
『……』
スタジオに、わざわざ畳の間が準備されており、そこに高級そうな足つきの碁盤が置かれていた。
塔矢行洋と斜陰が入室し、盤を挟んで向かい合う。
「どうかな? 4子くらいでいいかい?」
「は、はい! お願いします!」
斜陰も、塔矢行洋のことは佐為から聞いている。
佐為クラスの相手だと知っている。
実は、斜陰は佐為と対局したことはない。
だから今まで戦った中で一番強い相手と戦うことになる。
「「よろしくお願いします」」
『……』
佐為が黙って見守りながら、その対局は始まった。