佐為がアイドルに取り憑きます   作:雷雷バーガー

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アイドルはテレビで碁を打ちます

 とあるテレビ番組。

 

 斜陰はゲストとして出演していた。

 

 それは某しゃべくりなんとかみたいな番組であった。

 

「えー、今日のゲスト! 溝口斜陰ちゃんの登場です!」

 

 ブシャーーーーーー

 

 煙が噴出する中、斜陰は前へ進む。

 

 パチパチパチパチ

 

 わーわー

 わーわー

 

『うわ! すごいですね! すごい歓迎されちゃってますね!』

 

(……)

 

『すごいすごーい!』

 

 斜陰は観客席を一瞥した後、中央の席に座った。

 

 基本的に、斜陰がこういう場で気にするのは、頭を空っぽにするということだけである。

 

 他のアイドルの子たちは自分を偽って無理して自分をなるべく良く見せようと必死になっているけど、素でいる方が楽だから、斜陰は全くしなかった。

 

 素でいる方が、楽だし、その上楽しい。

 頭をなるべく空っぽにして、子供のように楽しもう。

 そうすれば自然と笑顔は生まれる。

 

――ま、子供を嫌うっていう人はあんまりいないし、まあいいでしょう。

 

 そんな斜陰の考え方は素晴らしすぎた。

 

 結果として、斜陰がトップアイドルにまで上り詰める要因となった。

 

 そもそも斜陰は別に、テレビ画面のギリギリに映るような、ギリギリアイドルで良かった。

 だから、素で行くということに躊躇いはなかった。

 

 なのにこうして国民的アイドルにまでなってしまっている。

 

――この方法で上がってきたんだし、楽だし、変える必要はないよね?

 

 そんな思考の下、今日も斜陰は頭をなるべくすっからかんにして、素を出していく。

 

 

「久しぶりだね、斜陰ちゃん。どう? 変わりない?」

 

「はい!」

 

 斜陰は何も考えず、純真無垢な子供のような笑顔を弾かせる。

 

「前の時は、趣味が睡眠だったけど、何か新しい趣味でも見つけた?」

 

 司会の男が聞いた。

 

 ちなみに斜陰はこの番組2度目であった。

 

 前回の時では―――――― 

 

 

「趣味はっ……」

 

 そう言ってシールをめくると、斜陰の趣味が出てきた。

 

「睡眠! これはどういう?」

 

「私、睡眠が大好きなんです! 休む時間があったらずっと寝てます! 一昨日は時間があったから12時間ぶっ通しで寝たんです!」

 

 

――――――なんていうやり取りがあった。

 

 そのお陰か、それ以降、ある程度睡眠時間には気を配られたスケジュールになり、その上、週6まで仕事が減った。

 

 プロデューサーが『やるわね! シャイン!』と言ってきたが、斜陰には何のことか分からなかった。

 

 斜陰は頭が良いが、天然でもあった。

 というかむしろ頭が良いけど、頭を使うのは疲れるので、なるべく頭を空っぽしているというのが正しいか。

 

 だからこそ、斜陰はこんなトップアイドルになっても未だ、性格が捻じ曲がらずに済んでいると言ってもいい。

 

 もちろん、本人は気付いていないが。

 

 

 話を戻そう。

 

 司会の男が、

 

「前の時は、趣味が睡眠だったけど、何か新しい趣味でも見つけた?」

 

 と聞いてくる。

 

『碁です! ユウコさんはほぼ毎日ネット碁をやっているんですから!』

 

 そんな佐為につられて、斜陰はふわりと笑って、

 

「碁です」

 

 そう答えた。

 

 佐為の実力を知られれば面倒なことになるかもしれないが、(仕事が増えるかもしれないが、)

 別に趣味としてやっていることを言うくらいは問題ないだろう。

 

「え? 碁ってあの、囲碁のこと?」

 

「はい。白と黒を交互に打つゲームのことです」

 

「へー……シャインちゃん、趣味が渋いね!」

 

 そして他の男たちが、

 

「趣味がお爺ちゃん!」

 

 とか言って、からかってくる。

 

 もちろん反発する――

 

『キー! 囲碁は子供から大人まで平等に楽しめるゲームなんです! ユウコさんもなんか言ってやってください!』

 

――佐為だけだが。

 

「じゃあ、芝刈り行ってきていいですか?」

 

 天然斜陰に怖いものはない。

 頭空っぽモードの斜陰は、滑っても気にしないのだ。

 

 だからこそ、テキトーな返しをして、そして受け入れられる。

 そういう奴なんだな、と。

 

 

 

 そして番組内で、囲碁の対局が設けられた。

 相手はレギュラーのおっさんの一人で多少囲碁は齧ったことがある程度の者。

 

 自称アマ初段のおっさんだった。

 

 もちろん佐為には楽勝過ぎる相手だった。

 

 そんなこと斜陰にも分かっていた。

 

(ねぇ、佐為、どうせなら、全部取っちゃってよ!)

 

『……え? 今なんと?』

 

(だから相手のすべての石を取っちゃってよ! この人どうせ初段とかいいながら実は大した実力ないと思うし。芸能界ではよくいるんだよね、そうやって自分のことを大きく見せようとする人が。だから大丈夫だよ)

 

 斜陰はひどいことを言う。

 いつもの斜陰ならこんなことは言わないが、今は天然モード。

 子供のように、相手を傷つけることも平気でやってしまう。

 

『分かりました』

 

 佐為は受け入れる。

 そもそも佐為には受け入れないなんて選択肢はない。

 

 斜陰がやれと言ってきたらやるのみ。

 

――それが例えどれだけ険しい道であっても!

 

 そう。

 佐為は碁バカなのだ。

 

 碁のことで引けるわけない。

 

――相手の実力は最初の10手を見れば分かる。この者……予想外に強い!

 

 しかし斜陰にとって想定外だったのは、その男が意外と強かったということである。

 初段と言いながら実は二段くらいの実力があった。

 

――これは大変ですね……すべての石を殺すとなると尋常ならざる手段で攻めねばならない。ハメ手のような手も使う必要がありますか。

 

 ハメ手――相手に正確に指されれば、こっちが損をするような手。しかし逆に相手が応手を間違えば、たちまち優勢になる。

 

 コウやダメヅマリを使って、複雑な戦いへと持っていく佐為。

 

 対戦相手のおっさんは、全く読み切れない。

 

――変化が膨大すぎる! 俺にはさっぱりだ!

 

 相手の陣地になりそうなところへと鋭く切り取り、ぐちゃぐちゃの戦いに持っていく。

 

――右下は正確に指されれば、相手の地になる。だから手を入れなくてはならない。しかしそうすると上辺の白字がほぼ確定してしまう。ならば、ここは上辺へと打ち込む一手!!

 

 佐為は尋常ならざる手段で迫っていく。

 

 ある程度囲碁を知ってるものから見れば、ハチャメチャな碁。

 初心者同士なのかな?

 と思うような碁であった。

 

 その芸能人のおっさんは碁石を人差し指と中指でつまみ、正しい持ち方をするが、

 斜陰は親指を使ってつまみ、コトリと置くように打っている。

 

 だから碁の内容うんぬん以前に、その打ち方だけでも斜陰は初心者のようにしか見えない。

 

 そしてその偏見を持ったままハチャメチャな碁を見れば、すぐに初心者同士の対局だと思ってしまうだろう。

 

 しかし、世界でたった一人気付いている者もいた――

 

 

 ※

 

 

――その者は、棋院のテレビの前のソファで一服していた。

 

「ふぉっふぉっふぉ、面白い嬢ちゃんだ」

 

 桑原本因坊である。

 

 驚くべき妖怪性であるが、2年経った今でも、未だ本因坊のタイトルにしがみついていた。

 

 執念に似た何か。

 

――本因坊のタイトルは小僧が来るまで守っておくつもりだったが、こやつの碁は……まさしく小僧の碁を思い起こさせる。

 

 新初段シリーズの塔矢行洋VS進藤ヒカルの一戦。

 あれは小僧が自ら大きなハンデを背負って戦っていると考えれば、説明がつく。

 

 しかしこれはそれ以上――

 

――大方、すべての石を取り切るつもりじゃな、嬢ちゃん。

 

 そして手を入れなくてはならない右下を放置して、上辺へと打ち込んだ。

 

 院生クラスの実力があれば、右下に手を入れないといけないことは分かるだろう。

 しかし相手はそうじゃない。

 芸能人のおっさんであった。

 

「ふぉっふぉっふぉ。おもしろう嬢ちゃんじゃのう」

 

 桑原はそれは楽しそうに、タバコを吹かすのだった。

 




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