光が、目に焼き付いて離れなかった。この世に生まれてすぐに、死ぬまでその光に導かれるのだと直感した。
ヨセフは生まれた瞬間を、鮮明に覚えていた。いつも夢を見た最後には、その光景をみて目覚めていたからだ。
しかし、今日は一味違った気がする。いつもは陽だまりのような温かさで朝を迎えていたが、今日はじりじりと照りつけるような、なにやら急かされるように起きた気分だ。
(何か良くないことでも起こるのか)
そんな不安を抱きつつリビングに行くと、母が待っていた。年齢を感じさせない、可愛らしく、誇らしげな笑顔で。
不安は的中した。母が自信満々な時の料理は、控えめに言って美味しくない。普段の料理はとても美味しいのに、不思議なこともあるものだ。
「おはよう、母さん。今日は何やら楽しそうだね」
声をかけると待ってましたとばかりに話し始めた。
「おはようヨセフ!朝からいいことがたくさんあったの!」
「それで朝ごはんにも力が入ってるわけだ。どんなことがあったの?」
「市場に買い物に行ったらね、町の皆さんが集まっていたの。聞いてみたらあなたのことを話してたみたいで、あなたのおかげでみんな助かってるって、母親の私までほめられちゃった!私なんてちょっと痛い思いして産んだだけなのにね。おだてられた気分でいっぱい買って帰っちゃて逆に困るくらいだわ」
まるで困ってなさそうな様子で今朝の出来事を話す母に、こちらまで明るい気持ちにさせられる。いつの間にか不安は消えていた。朝食が不味いだけであんなに焦燥感を駆られていた自分が恥ずかしいくらいだった。
「今更改まって感謝されるのもこそばゆい気分になるね。やっぱり町長さんのところのお嬢さんの病気が治ったのが広まったのかな」
「そうなのかもしれないわね。それに、あなたの力はそれだけ皆さんに必要とされているってことよ」
「必要とされるのはうれしいことだけど、あまり騒ぎ立てらるのも迷惑な話だよ」
「別に悪い噂されてるわけでもないんだからいいじゃない。さあ、今日も一日頑張りましょう!」
いつものように1日が動き始めた。
母は私を産んでから若返ったらしい。
物心ついたころから母は男を知らない可憐な少女のような容姿をしていて、おじさんに教えてもらい初めて知ったことである。
私は生まれた時、今にも死にそうな体であったらしい。ところが、その場にいた神父が神に祈ったとたんに私の身体が光り輝く炎に包まれ、それが消えた時には全くの健康体になっていたという。その炎にまかれた母も体が若返ったというわけである。そんなことがあったから、私は今でもたまに「奇跡の子」ともてはやされる。
父の顔を見かけたことはない。
なんでも人とは思えない神秘的な美貌であったとか、何をしていたのか分からないが大層な身分であったとか、なんとも素性の知れない怪しい男であったらしい。
私にとって父は近くの教会の老神父であったから、生まれの父の話はいまいちピンとこないものだった。
老神父は父のような厳しさと、祖父のような優しさで私を育ててくれた。
私は彼に懐いていたし、母からの信頼も厚かったので、母が家にいない時、私はいつも彼の教会にいた。彼は私に様々な教えを説いてくれたが、決して信者になることを強要することはなかった。
彼の教えは人の優しくすること、人を裏切らないこと、それにつきた。原罪を償うとか、神に祈る行為より、他人を気遣い優しくできた時、誤った道に進みそうな人を正道に正すことができた時に神父は私を褒めるのだ。
大層変わった神父だったとは思うが、私は彼に褒めてもらえることがうれしくて、これまでずっと人にやさしくしてきたつもりである。
私には生まれつき不思議な力があった。不可思議な出生によるものだと思われるが、体から炎を出し、自在に操ることができたのだ。ただ燃やすだけでなく、それは白く輝き、人を癒すこともできた。
町の人は、私のこともこの力のことも受け入れてくれたし、信頼してくれていた。私はその力を隠すことはしなかったし、誓って誰かを害するために使ったこともない。この町の教会で神父として生きてほしい、そんなことを言う人もいた。私もこの町で人に尽くして生きるのも悪くないと思っていたし、神父もそれを喜んでくれていたと思う。
だから私は、成人して大人になる前から教会で神父見習いのような立場で町の人たちを癒すことを仕事にしていた。
教会につき、掃除をしている神父に挨拶をする。
「おはようございます、サウロ神父。今日も1日お世話になります」
「おお、おはようヨセフ。今日も元気そうで何よりだ」
「母が朝からはしゃいでいたもので、こちらまで元気をもらいました」
「その元気を私ももらったようだな、君を見てから心も体も軽いし、心なしか目もよく見える」
神父はもう頭に老の一字がついてもおかしくない年齢で、目があまりよくない。昔一度失明するような体験をしたらしく、それゆえか癒しの力もうまく効いた感じもない。大切な人に限ってままならない力である。
「なにか不安なことでもあったかい」
神父は見えにくい目の代わりとでもいうように、人の内心を見抜くことがうまい。私が朝感じた不安も見抜かれたようだ。
「毎朝光を見て目覚める話は以前しましたよね?今日は、それが何やら急かすような感じだったので焦りを感じていたのですが、杞憂だったようです。母が少し朝食に気張りすぎていただけのようです」
「そうか、杞憂ならばそれでよいとは思う。でも、君は生まれからして特別だ、その力も含めてね。少し気にしておいた方がいいかもしれないね」
「あまり自分が特別だとは思うようにしていますが、そうですね、気をつけておきます」
そうだ、自分は特別ではない。過去に、初めて目の前で人が死んだときから、その思いはずっとある。いくら奇跡の子なんて呼ばれていても、聖書のイエス様のように人を復活させることなんてできやしない。
何もしなくても治る人の完治を、少し早めているに過ぎない。いくらそう思っても心の底のどこかで自分は特別だという思いがあることを感じるのだから、我ながら呆れてしまうくらいの俗物ぶりだ。
ましてや、この世には天使や悪魔、堕天使なんて本物の人外から、神様まで存在しているというから、なんというか、荒唐無稽を通り越してもはや言葉にならない。
「しかし、本当にその様な者たちが存在するのですか?神父を疑うわけではないですが、やはりこの目で見るまでは中々信じることは難しいですね」
「まあ、気持ちはわからなくもないが、こちらとしても信じてくれとしか言いようがないしな。それに、人外な存在に会うということは大抵は物騒なことがあるということでもある。それがたとえ天使様で会ってもな」
「では、結局は実在してもしなくても関係ないということになりますよね」
「そういうことになるな。とは言え、君に教授している魔術や君本来の力も彼らの存在を証明することになることは、前に話したことがあるだろう?」
「魔法は神の奇跡や悪魔の使う魔力を只人でも使えるようにした技術、私の力は恐らく神器と呼ばれる、聖書の神によるシステムで与えられた力、という話ですよね?しかし、こうして聞いた裏の世界の話を考えると聖書の教えや世界に散らばる神話がどこか薄く感じるというか、現実との相違に違和感を感じますね」
「所詮は伝記や伝説だから、現実とギャップがあることはしょうがないだろう。それに、教えは所詮教えに過ぎない。自らがどのように生きるかが大切だ。だからこそ
「与えられた力は力を持たない人に使うものである、ですよね?」
「そうだ、決して驕らず自身を過信せず、人に尽くして生きることが、やがて己に返ってくるということを忘れるな」
何度目だろうか、とヨセフは思った。この教えだけは力や裏の世界についての話の度に聞かされている。もはや血肉と同じだけの物として身につけていると感じていた。それに、この町で人々に尽くして生きることを決めているヨセフには、縁のない話のようにも感じた。それこそ英雄になるであろう人に聞かせるような話だろう。もしかしたらサウロ神父は長い人生で英雄と呼ばれる人や、反対に力に溺れ討たれたような人を見てきたのだろうか。そんなことをぼんやりと考えながら、ヨセフは準備を始めたのだった。