今度の店は、宝石とブレスレットなどの装飾を売っている店だった。
「ヴィッキーおばさんおはよう」
「おやおや、珍しいね、ジュリアじゃないか。それにマリサもいるよ。それと、確かダンの息子のえーと、名前を思い出せないね」
「トニーよ」
「そうそう、トニーだよ。年を取ると名前を思い出せなくてね。
横にいる黒髪の綺麗な子は誰だい?」
「ユリア王子の知り合いで、橘愛さん。
愛さん、こちらの方は宝石の鑑定師で、その人に合った宝石を探してくれるこの国で一番の人なのよ。キャッツアイもヴィッキーおばさんが見つけてくれた」
「橘愛です。よろしくお願いします」
「そうかい、そうかい。
店の奥に行って、そこでみようかね。ここでは人通りが多くて邪魔になる」
ジュリアはトニーに振り向いて言った。
「トニー、悪いけど。ここで待ってていてくれる?」
「はい。分かりました」
ヴィッキーは、右足を少し引きずりながら、常設の古い店に入っていった。
「お前さん、お前さん」
店の奥からヴィッキーの旦那のクリスが出てきた。
「なんだね。
おや、ジュリアとマリサ、それとトニーがいるよ。
どうしたんだね」
「この黒髪の綺麗な子を見たいから、店番頼むよ」
「ほいな」
そう言ってクリスは表に出ていった。
店の中は思っていた以上に広く、壁中漆塗りの小さな引き出しで埋め尽くされており、独特な雰囲気を醸し出していた。店の奥にある古い座り心地の良さそうな椅子にヴィッキーが座った。
「愛、向かいの椅子に座って」
向かいの椅子も同じ感じの椅子だった。
「外はうるさくてしょうがないよ。
マリサ、悪いけど、表のドアを閉めておくれ」
「はい」
マリサは、今入ってきたドアを閉めた。
「さてと、早速見てみようかね。
右手を出して」
愛は言われるままに右手を出した。ヴィッキーは彼女の手を取って強く握りしめた。
突然、愛の中に暖かな感情が入って来て、まるで、彼女の本質を優しく包み込む様に見ている。
時間が止まったと愛が思った瞬間に、暖かな感情は去っていった。
「これは素晴らしい。内に秘めた能力がこれほど高いのは久しぶりだよ。
あらゆる魔法を使いこなす能力があるだけでなく、リサをも超えるかもしれん。しかし、問題は愛に合う宝石がここにはないんだよ」
三人はヴィッキーの話に驚いた。リサをも超える?
ジュリアが聞いた。
「リサお姉さんを超えるかもしれない、とはどういう事でしょうか?」
「うーん。そうだねー。
はっきり言うとだね、愛の努力次第では、ほぼ間違いなくリサの魔力を凌駕するだろうよ。今でも、相当な魔力を持っているんじゃないかな?」
「はい、おっしゃる通りです。
一昨日の朝、初めてファイアの魔法を使ったのですが、既に私と変わらないぐらいでした」
「初めてで、ジュリアと同じかね?
それはそれは。私が思っている以上かもしれないね。
しかも、愛には心の美しさが既に身についている。余程両親の教育が良かったのだろうて」
「心の美しさですか?」
「ああ、心の美しさは邪心が一切ないので、魔力が飛躍的に高まるんだよ。ダイアモンドに少しでもキズがあれば、魔法は思っていたよりも入らないのを知っているだろう?それと同じ理屈さね、逆も同じでね」
「え、逆ですか?」
「ああ、例の悪の大魔導師は心の美しさは一切なく、邪悪な心だけを持っている。それに、これは私の予測だけれど、彼はブラックダイアモンドを使っているよ。
だから、あれほどの魔物を操る魔力が出せるんだよ」
「そうなんですか。
それで、愛さんに合うのはどんな宝石なんですか?」
「ピンクダイアモンドだよ。ジュリアも聞いたことはあるはず。
しかも、並みのピンクダイアモンドでは半分以下の能力しか引き出せないんだよ。
えーと、確かこの奥に。あったよ。これだよ」
ヴィッキーが目の前のテーブルの上にある白地の布の上に置いたのは、大豆ぐらいの大きさのピンク色をしたダイアモンドだった。
「これでも倍の能力が出せるはずだから、身につけた方がいいね」
ジュリアは不思議に思った。
「ヴィッキーおばさん、普通は倍くらいの能力が限界と聞いていたのですが?」
「他の宝石はジュリアの言っている事が当たっている。
これには一つだけ例外があって、伝説のピンクダイアモンドを使える人は最大で五倍の能力を引き出せる。
ジュリアも知っているだろう、勇者の話を」
「はい。
もちろん知っていますが、ピンクダイアモンドとの関係がよく分からないんですが?」
「伝説の勇者はピンクダイアモンドを持っていたんだよ。 この事実は宝石の鑑定師しか知らないことだけどね」
「そうなんですか。
その勇者が持っていたピンクダイアモンドは、どこに行ったのでしょうか?」
「勇者の話の最後は知っているだろう?」
「はい。悪い奴らを倒した勇者とその国の王子の二人は、故郷には返って来なかったと」
「それが答えだね」
愛はヴィッキーとジュリアの会話を聞いていて、不意に母の言葉を思い出した。
「貴女の心の美しさに気付く人が現れた時、このお守り袋の中の石を見せなさい。それまでは決して中を見てはいけません」
もらった時は何を言っているのか全く分からなかった。
でも、ヴィッキーおばさんの話を聞いていると、今がその時と分かった。
「ヴィッキーおばさん。
実は母から、この様に言われた事があるのです。
『貴女の心の美しさに気付く人が現れた時、このお守り袋の中の石を見せなさい』
もしかしたらと思うのですが」
愛は、肌身離さず持っていたお守り袋を取り出し、ヴィッキーの前に置いた。
「おおー。これは。
ここからでも魔力が伝わってくる。これほどの魔力を持った宝石を感じるのは初めてのことだ。早く中を見せておくれ」
「はい」
愛はそう言って、初めて開けるお守り袋の中の物を、先ほどのピンクダイアモンドの横に置いた。
今まで石だと思っていたのに、中から出たのは横のピンクダイアモンドの四、五倍の大きさはある、同じピンクダイアモンドだった。
四人がその大きさに驚いた。
ヴィッキーはそれを丁寧に持って、鑑定を始めた。
突然彼女が興奮しながら言った。
「まさにこれは、鑑定師で言われ続けていた伝説のピンクダイアモンド。
でも、何故これを愛が持っているんだね?」
「これは母から譲り受けました。
母は誰からこれを譲り受けたのかは言いませんでした」
「ん〜〜ん。
ちょと待っておくれよ。
伝説の勇者は黒髪だったと言う言い伝えがある。
もしかしたら愛は、この世界の人間ではないのではないかな?」
「え、それは、そのう」
「いい、いい。言わなくても。
先ほど、ジュリアが一昨日初めて愛が魔法を使ったと言った」
ジュリアは口をすぐに抑えたけれど、ヴィッキーは分かったようだった。
「この世界に在るはずのない、このピンクダイアモンドが語っている。
これはあくまでも推測した話だけど、伝説の勇者は元いた世界に戻り、愛する王子と結婚して子供を授かった。子供が成長して、心の綺麗な子にこのピンクダイアモンドを渡した。もしかして、向こうの世界に再び危機が訪れる時、その子が召喚された時に必要だからと。
おそらく愛のお母さんとお父さんは剣術が出来て、お父さんは黒髪ではなくて、ここの住人と同じ髪の色ではないかな?」
愛も、ヴィッキーの質問で確信に変わった。
「はい、おっしゃる通りです。
母は日本人で私と同じ髪の毛の色をしており、父はここの住人と同じ髪の毛の色をしています。
母は橘流薙刀の総帥をしています。薙刀は棒術の一種で、橘流薙刀は橘家に代々伝わっており、母が二十三代目の総帥だと聞いています。
父は剣道、こちらでは剣術ですが、子供達に教えています。
父は子供の私が言うのも変なのですが、気品があり、時には威厳さえ感じていました。
そして、言いにくいのですが、ユリア王子に対して父と同じ様な気品と威厳を感じたのです」
「そうかい、やはりね。
この事は、この四人の秘密にしないといけないよ。たとえ国王でも言ってはいけない。何故なら、王宮には既に向こうの手下が紛れ込んでいる可能性が高いからね。もしこの事が向こうに伝わったら、今の愛では簡単に殺されてしまう」
これを聞いた愛は、思わず口元を右手で押さえた。
「今まで通りの生活を続けて、ジュリアに魔法を教えてもらうといい。
でも、人前では全力を出してはダメだよ。常に五分の一の力でやるんだ。でないと疑われる。
異世界からこの世界に愛が来た事は、既に筒抜けになっているはずだからね」
マリサは勇者について考えていた。疑問が出てきたけれど、答えが解らなかったのでヴィッキーに質問をした。
「ヴィッキーおばさん、質問があるのですがいいですか?」
「ああ、もちろんだよ。それで、何だい?」
「伝説の勇者は男性と聞いていたのですが?」
「ああ、それは私も今までそう思っていたよ。
でも考えてごらん、どこにも男とは書いてない。勇者としか書いてはないのでは?」
マリサは勇者に関する本を、接待の為に全て読んだ。ヴィッキーの言う通り、どこにも勇者が男とは書かれていなかった。
「マリサも分かったみたいだね。これは丁度いいかもしれないね。
もしかして、愛がこちらに来た時、失敗したと思われたのではないかな?」
「はい、その通りです。
来てすぐに、失敗したと言われました」
「ハハハ、これはこれは。失敗どころか大成功なのにねー。
でも、これを逆手にとって向こうにそう思わせておくのが一番だね。
スキルで職業は何になっているんだね」
「料理師です」
「料理師とは、尚更好都合だね。
表向きはあくまでも料理師として振る舞い、時間がある時に魔法と薙刀とやらを修行するといい。
そうだ、マリサは確か治癒と防御魔法が得意だったような」
マリサはすぐに答えた。自分にも愛の役に立てる魔法を持っているので嬉しくなった。
「はい、そうです。
愛に、それらの魔法を教えます」
「そうかい、そうかい。
それでは、私からも何かしないといけないね」
ヴィッキーはそう言うと立ち上がって、壁に埋め込まれている引き出しを何度も出し入れし、さっきの椅子に座った。
「ふう、どこに何を入れたか覚えていたつもりだったけど、やっと目当ての物が見つかったよ。
これらを見ておくれ」
ヴィッキーがピンクダイアモンドの横に置いたのは、どれも大きな宝石だった。
中でも一際目立ったのが、ピンクダイアモンドにも引けを取らないほどの大きさのダイアモンドだった。
三人は、その大きさに再び驚いた。
「これらは私からのプレゼントだよ。
おっと、分かっているよ。これらを受け取る訳にはいかないと思っているんだろう?」
愛は軽く頷いて言った。
「はい。
特に、ジュリアが持っている倍ぐらいあるこのダイアモンドは、凄く高価な物だと分かります。
それをプレゼントとして受け取る訳には」
「それは愛の立場からすれば最もだね。
しかし考えてもご覧よ、悪の大魔導師のせいで世界秩序が乱され、多くの人が殺され、家を焼き払われ、故郷を追われている。
その中で愛が現れた。それは一つの希望で、それに賭けたいのさ。
ま、綺麗事は今言った通りだけれど、私の本心は別の所にある。
最近は宝石の入手が困難になって来て、商売がうまくいっていない。誰か奴を倒して欲しいと思っていた所に愛が現れた。
商売的に言うとこれは先行投資になるんだよ。今のままではどっちにしろ商売を畳むしかない。それよりも、これらの物を愛に渡して奴を倒してくれたら、世界秩序が再び正常に戻って、商売も元どおりになる。
分かっているよ。この世界に来たばかりで奴を倒せと言われても自覚がないと思う。
それで良いんだよ。
どちらにしても、これらの宝石は私から離れる運命なんでね」
愛はヴィッキーに言われた後、色々な角度から考えてみた。
ヴィッキーの言う通り、この世界に来て間がないのに悪の大魔導師を倒せと言われても実感が全然湧いてこない。
でも、少しはこの世界の人達の役に立ちたいと思う気持ちはあった。
そして問題なのは、母が古の勇者で私がその娘である事実だ。さっき聞いたばかりで自分でも驚いたけれど、少なくても勇者としての素質は遺伝的に受け継がれているみたいだった。それは、マリサが見せてくれたスキルの情報で分かる。
これから先、自分がどう変わって行くのか全く予想が出来なかったけれど、一つだけ言えるのは、この世界が好きになって来ている事実だけだ。
「分かりました。
喜んでプレゼントを受け取ります。
ヴィッキーおばさんが言われたように、悪の大魔導師を倒せと言われても、今の私には全く自覚も実感もありません。
この世界を好きになってきているのは事実なのですが。
将来、私がどう変わるのかは今の自分には分かりません。けれど、悪に立ち向かわなければと思う気持ちは少しですが持っています。
受け取る理由としては曖昧ですが、よろしくお願いします」
「そうかい、そうかい。受け取ってくれるかい。
ありがとう、ありがとう。
これから忙しくなるよ。クリスに言ってこれらをブレスレットにしなくてはね。これらの宝石を目立たない様に細工をしてもらわないと、大きすぎて疑われるからね。
ところで、愛の彼氏は誰なんだい?」
予想外のヴィッキーの質問に、愛は完全に思考が固まって思わず背筋が伸びた。
誰もいないのに、何故唐突に言ったのだろうかと。
「おっと。これは、これは。
まだ、自覚できてないんだね。
忘れておくれ」
ヴィッキーの更なる言葉で、愛はそれからどの様にして店を出たのか、後から全く思い出せなかった。
愛は、ヴィッキーの店を出ると、この世界に来てからの事を思い出していた。
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