謹慎中の授業内容を抑えるため、アリスと蓮はアリス邸にて勉強を行なっていた。
そんな中、蓮の脳裏に「当たり前だったもの」が呼び起こされていくのだった。
※このお話はYouTubeにて投稿されている「魔王が事件を解決したら駄目ですか?」依頼13の後日談となっております。
「…さて、そろそろ休憩にしましょうか。」
「んっ…ああ、もうそんな時間か。」
花吹雪く季節が過ぎ、四月下旬の温かな夕暮れ。
神薙蓮は、その友人アリス・マーガトロイドは、アリス宅にて勉強を教えてもらっていた。
「すっかり打ち込んじゃって、このペースなら謹慎中の勉強もばっちり復習出来そうね。」
「アリスの教え方が上手いからだって。ありがとな。」
「っふふ、どういたしまして。
紅茶かコーヒー、どっちがいいかしら。」
「ん〜、紅茶でお願い」
「わかったわ。」
人形に指示をして食器を取りに行かせると、アリスは紅茶を淹れていく。
そんなアリスをぼぅっと眺めながら…
蓮は無意識のうちに、窓の外に耳を澄ましていた。
「…静かだなぁ…」
「あら、そうかしら?まぁ確かに、蓮の地元と比べたらどうかはわからないけれど…」
「えっ…?あっ…!あぁいや、そうだな…」
夕暮れ時の外は帰宅ラッシュの真っ最中。道路には車が多く走り、大勢の人の声も聞こえてくる。
「…何か、足りない音があるのね…。」
その様子を見て、アリスはかちりとスプーンを置くと、蓮の隣に腰掛ける。
「…よかったら、聞かせてもらえるかしら?」
「えっ…?あ、いやそんな、つまんない話だし…」
「っふふ、そんなに遠慮しなくてもいいのよ?」
優しく微笑みかけるアリスの瞳はどこか包み込まれるような暖かさを湛えていて、柔らかく蓮の緊張と遠慮を解きほぐしていく。
「…実は…」
自然と、蓮の口から言葉が紡がれていった。
「…俺の実家の隣にさ。音楽やってる親子がいるんだよ。お母さんと娘さんなんだけどな。幼馴染っていうか、なんていうか…そんなもん。
それで、この時間くらいにレッスンしてたんだよ…。」
「なんの楽器をしているの?」
「ヴァイオリン。お母さんはピアノでプロやってるんだけど、教えられるからって。」
「へぇ…プロってその楽器専門!ってイメージだけれど、凄いのね、そのお母さん。」
「そうそう!結構その娘さんもキッズコンサートとかで賞取っててさ!ホントに音楽家って感じ!」
「あら、そうなの?凄いのねぇ、母娘共に。
ピアノとヴァイオリンなら一緒に演奏しても合ったりするのかしら?」
「うん、してるしてる!デュエットがすっごく綺麗で毎回聞き入っちゃうんだよなぁ…」
「…その音が聞こえなくて、それで静かだなって、感じたのね。」
「…うん…」
すっと表情が曇る。抱きしめ、頭を撫でてやりたくなる衝動を必死に抑えながら、アリスは優しく微笑みかける。
「…ねぇ蓮。ちょっと付いてきてくれるかしら?」
「ん…?あ、ああ、いいよ。どこに行くの?」
「お楽しみ。こっちよ。」
優雅に立ち上がり、人形を従えて歩いていく。
ここよ、と言ってアリスが入っていったのは、彼女の寝室だ。
「えっ…?っと、し、寝室…?何、寝るの…?」
「流石に違うわよ。ほら、あれ…。」
くすっと笑みを浮かべると、アリスは部屋の端を示す。
そこには、ヴァイオリンのケースがあった。
「…ヴァイオリン…?」
「私も以前やってたことがあるの。人形の精密操作の練習になるからって、虚也さんに言われてね。」
慣れた手つきで人形を操り、人形を使ってヴァイオリンと弦を取り出し、調弦まで済ませていくアリス。
蓮の瞳に映るその姿は、彼が妹のように思っていた少女のそれとよく似ている気がした。
「…その子やお母様の演奏とは、少し違うかもしれないけれど…
…気を紛らわすくらいにはなってくれるかしら。」
準備が終わると、アリスは人形を使って演奏を始める。
初心者の入門曲としてよく使われる、メロエッタ・ホワイトの"Lost city's Angel"だ。
柔らかな音色が部屋に響く。
人形を操って演奏しているというのに、まるで彼女自身が直接演奏しているような、細やかで正確な音色だった。
「………」
アリスの音に刺激され、幼く少し不安げな旋律が想い起こされる。
瞳に映るその姿は、先ほどまで彼が望んでいたものとは少しだけ違ったけれど…
「…大丈夫。素敵な音だよ…アリス。」
十分だ…と微笑みながら、蓮は瞳を閉じて…
…優しい音の温もりに、身を委ねていった。