「つぐみ、公園行こうぜ公園!」
「へ……?」
何を言ってるんだろう、と言いたげな表情をしながらもいいよと言ってくれたあたり、実に彼女らしいと思う。
春も過ぎた辺りの放課後。いつものように2人並んで家路についていた途中で見つけた公園が目につき、ふとそんな事を言ってみた。つまり深い意味はないのだ。行き当たりばったりというやつ。俺ーー
「懐かしいな〜。昔よくみんなでこの公園で遊んだよね」
「なー。鬼ごっこする時とかモカの奴、自分が鬼になったらいっつも俺を狙いやがって」
「ふふ、尽くん、運動苦手だもんね」
ベンチに座って見回してみると、人は全くいなかった。夕暮れに差し掛かる前の時間帯だというのに誰もいないというのは珍しく、大体この時間といえば子供が遊んでいると思うが、どうやらそういうわけでもないらしい。
今の子供はやはり家の中で遊ぶことの方が多いのだろうか、と年寄りのような事を考えたが思い返してみれば自分もどちらかといえばそっちの人間だった気がする。というより、そういう人間だった。
「そいや、バンド活動はどうよ」
「うん、みんなで頑張ってるよ。あと、来月CiRCLEでライブをする事になったんだ!」
「そかそか。ええこっちゃ」
つぐみを含めた幼馴染たち5人が結成したガールズバンド『Aftergrow』は好調らしい。残念ながら楽器は一切わからない上にとある事情で俺は参加できていないが、幼馴染たちの音楽活動をファン1号として見守っている。
そんな感じでとりとめのない話を色々していて、ふと視界の端の時計を見ると時刻は5時を回っていた。
「そろそろ帰るか。陽も落ちそうだし」
「うん、そうだね」
ベンチから立ち上がり、公園を出た。
よく考えると話すだけなら別に公園じゃなくてもいいんじゃないかなという考えが頭をよぎるが、まあ高校生がブランコではしゃぐのもいかがなものかと思い、それはまた別の機会にという結論を出し、再び家路に着いた。
それからもそんな感じの話をしていると、やがてつぐみの自宅の前に着いた。楽しい時間というのはあっという間である。
「んじゃ、また」
「うん、ありがとうね尽くん」
おう、んじゃ。
そう言い残し、その場を後にしようと思った。
足を止めた。
「……あのさ、つぐみ」
振り返ると、つぐみはまだそこにいてくれた。
「どうしたの、尽くん?」
ああ、どうしよう。
言ったほうがいいのかな。
やっぱ言いたくねえな。
公園で本当は言おうと思ったんだけどな。
「あー」
「?」
やっぱ怖いや。
「……うーん」
「ど、どうしたの?」
「……つぐみ」
「は、はい」
なんでそこで改まっちゃうかな。
「あのな、つぐみ」
「う、うん」
「……告白されたって、本当?」
ああ、言っちゃった。
だけど、本当に言いたいのはそうじゃなかった。
花咲川学園の制服に袖を通すのにも身体が慣れた頃の事だった。
少し話が変わるが、幼馴染の1人である羽沢つぐみは、寝坊することが多々ある俺の気遣って、中学生の頃からモーニングコールをしてくる。今日もそのモーニングコールで目が覚めた。
つぐみは昔からそうだ。みんなに気を遣って、みんなの後ろからついて行って、みんなを見守る。
小学生の頃までは家に幼馴染たちが押し寄せて、みんながワイワイ俺を起こしに来たわけだが、中学生にもなると流石にそれもどうなんだという話になり、つぐみがモーニングコールをしてくれることになった。いやまあそれもそれかもしれんけど。
それから高校生になって。
「ちゃんと勉強すればよかった……」
羽丘学園中等部から高等部に上がる際の成績考査で俺は基準を満たせず、エスカレーターから1人、見事に転がり落ちたのだった。
それにより俺は別の高校への受験を余儀なくされ、花咲川学園を受験しなんとか合格した。エスカレーターから滑り落ちた俺にとって正直そこも怪しかったどころか限りなく無理に近かったが、そこは幼馴染たちの支援のおかげでなんとかなったと言う感じだった。
とりあえず、幼馴染たちとは別の高校に通う事になった訳だが疎遠になるような事はなかった。
むしろ目の届かないところに行ったせいか今まで以上に目をかけてくるようになり、つぐみを始め、幼馴染たち全員は何かと俺に気をかけてくる。
いやまあ、保護者かオメーらは、と。何度も言ったがそんな事知ったことではないと言わんばかりの構いっぷりだった。
しかしそんな事にも慣れてきたある日の事。それは突然だった。
「つぐがねー。同じクラスの男子に告白されたんだよ」
「ふーん」
「リアクションうす……」
「オメーにだけは言われたかねーよ蘭さんよ」
俺に関する近況をみんながチェックする日。そんな日があるのかという野暮なツッコミは置いておき、ファミレスに生徒会の仕事で遅れるらしいつぐみを除いた幼馴染たちが集まっており、その話は突如始まった。
と、つぐみが告白されたという話を切り出した上原ひまりは話を続けた。
「相手すごいんだよー。なんでも野球推薦でうちの高校に来たらしくて、もうプロのスカウトが目をかけてるって」
「ふーん」
「しかもイケメン」
「そっかー。つぐつぐモテるなー」
「……リアクションうす」
「まあひまりに言われるとたしかにそうかもしれないと思ってきた」
と言うか、だ。
「………………は?」
「え?」
「え、いや、は?誰が誰に告ったの?」
「え、いやだから。つぐが同じクラスのイケメン野球少年に」
なるほど。
羽沢つぐみはどうやらクラスのイケメン野球少年に告白されたらしい。
ふむ、と顎に手を当て少し状況を整理してみようと思う。
つぐみがイケメンに告白された。これはややこしいぞ、なるほど。
「……はああああああ!?」
状況がようやく見えてきた。
というか、認めたくなかっただけかもしれない。いや、きっとそうだろう。
「そ、そそそそれで!?つぐみは!?なんて!?」
「どうすればいいかなって、昨日あたしたちに」
宇田川巴はわりと冷静にそう言ってきた。
「そ、そうか」
答えは保留にしているらしい。
が、それが解決するのは時間の問題だろう。
「……イケメンかあ」
「イケメンらしいよ〜」
「……野球少年かあ」
「野球少年らしいよ〜」
「俺にないもんばっかだあ……」
「だね〜」
パンケーキをもきゅもきゅと頬張りながら、青葉モカは言う。いやまあそこはフォローしてほしいわけだがそれは届かぬ思いという事で。
「あぁぁぁまじかぁぁぁぁ……」
「だから早く告白しろって言ったのに」
「うるせえ!お前らに俺の気持ちはわかんねえよ!!」
「ヘタレなだけでしょ……」
相変わらず美竹蘭はストレートに感情をぶつけてくる。それはバンドのボーカルとして必要な事だろうが、今は言わなくてもいいかなと思いつつ、ため息をつきながら机に伏せた。
「これでいいのか?」
「うぅ……」
「早く答えを出さないと、つぐが先に答えを出すかもな」
「……だよなぁ……」
それは、嫌だ。
「じゃあ、答えは出てるな」
「ガツンといこうよ、尽!」
「なんとかなるっしょ〜」
「まあ、頑張って」
答えは出た。というか、出さざるを得なかった。
俺は店を飛び出し、こちらへ向かっていたつぐみを見つけた。
「くん!?どうしたの?」
「あー、事情があって解散になった。家まで送るよ」
「そ、そっかあ……じゃあ、お願いしようかな?」
よしきた。心の中でガッツポーズをし、俺はつぐみと家路に着いた。
そして、冒頭に至る。
「……うん。本当だよ」
そっか。いやまあ、そうだろうけど。
「みんなから聞いたの?」
「うん。……ああでも、別にみんな悪気があったわけじゃないから。そこは……」
「大丈夫、わかってるから」
ちょっと困ったように笑ったつぐみは、照れ臭そうに頰を掻いていた。
「……あの、さ」
「ん?」
「送っといてあれだけど、ごめん。もうちょっと、歩かない?」
「うん、いいよ」
つぐみはどうしてこんなに優しいんだろう。
俺たちは再び並んで歩いた。どこへ向かうか決めてない、所謂ノープランという奴で。
俺たちは歩いているが、2人の間には沈黙が走っている。こればっかりは仕方ない、と諦めていたが流石にこのままというのは。という事で。
「……つぐみは、どうしたいんだ?」
「男の子とお付き合いするっていうのは、女の子としては少し憧れてるよ。……だけど、ただそれだけで、自分のその気持ちだけでお付き合いするのは、ズルいんじゃないかなって」
「まじめだなあ」
「そうなのかな?」
そうやって言う人、俺らの世代は多いと思うけど、というとそっかー。と腕を組んで考えるつぐみ。ほんと真面目だ。
ー-そういうところが、俺は。
「……つぐみ、あのさ」
「ん?」
立ち止まった俺を、つぐみが振り返って見つめている。
言わなきゃ。今度こそ、ちゃんと。
「俺はその、イケメンでもないし野球が上手いわけでもないけどさ」
「だけど、俺は--」
「--俺は……」
言えない。恥ずかしいとかそんな気持ちじゃない。
今ここで言っていいのか。
つぐみを余計に困らせるんじゃないか。
そんなことをするぐらいなら、言わなくてよくないか。
ずっと友達で。幼馴染で。それでいいんじゃないかって。
そう思ってた。思い込んでた。気持ちを封じ込めた。
だけどそれじゃダメだって。納得できないって。
結局、自分のわがままだった。
「……つぐみ。もし、その人の告白を受け入れるなら、その時はそれでいい」
「だけど--」
「俺だって……いや、俺はつぐみが好きだ」
「ずっとずっと。そいつがつぐみの事好きだって言う前から、思う前から。好きだ」
「……困らせる気はないんだ。こんな時に言ってごめん。だけど、選んでくれ。つぐみは誰と一緒にいたいかを」
「自分自身で」
つぐみの顔が見えない。
否、見ないようにしてる。
見られたくないし、見たくない。
つぐみを困らせたくない。困った顔は見たくない。
「……尽くん」
「ん?」
「……尽くん、あのね」
「私ね、嘘ついてたの」
突然の彼女の告白に、思考がついていかなった。
嘘って、なんだろう。
「本当は今日生徒会のお仕事なかったんだ。遅れたのは、その告白してくれた子に返事をするため」
「答えは……お断りしたんだ。あの子には、悪いこと、したけど」
つぐみの口から告げられたのは、驚愕のものだった。
だけどどこか安心してしまった自分もいたし、納得できないって思っている自分もいた。
人間の感情というのは、よくわからない。
「な、なんで!?イケメンだぞ!?将来有望な野球少年だぞ!?」
「うん、すごく素敵な人だよ。だから、きっとその人は、これからもっと素敵な子に出会えると思うんだ」
「気持ちは本当に嬉しかったの。だけど、違うなって」
「告白された時、思い浮かんだのは、尽くんの顔だったんだ。家に帰って、寝る前も。思い出すのは、憐くんの顔」
「やっと気づいたんだ。……私、尽くんの事、好きなんだって」
「つぐみ……」
「……だから、ね。選択肢は、初めから尽くんしかいないんだ」
夢かな、って思ったけど。そんな野暮で空気の読めないこと、できるような思考回路じゃなかった。
「……つぐみ」
「はい」
「……その」
「うん」
「……あー。あーっとな」
「……ふふ」
つぐみが歩み寄ってきた。
何するんだろう、って思った瞬間。
力一杯握っていた俺の拳を、そっと自分の手で包み込んだ。
目の前には、優しく微笑んだつぐみの顔があった。
「頑張れ」
昨日何のドラマ見たのお前。
なんて、言えるはずもなく。
だけどそんなシチュエーションは、ヘタレな俺を元気付けるには、十分だった。
「……俺、つぐみのことーー」
自慢できる。今の俺はきっと、世界で一番、幸せなのだと。