幼馴染とすることぜんぶ   作:紅乃暁

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#2「幼馴染とブラックコーヒー」

羽沢珈琲店。つぐみの両親が営んでいる喫茶店で、つぐみ本人も時たまというより殆どの頻度でせっせと働いている。

コーヒーなんてインスタントも手作りもイマイチ味の差がわからない程度に舌バカな自分は、小さい時は手作りオレンジジュースばかり飲んでいたのだが、小学5年生のある日に何となくコーヒーを頼んでみた。しかもブラックで。今思えばそれはただのカッコつけで、好きな女の子の前で大人な男を演出したかったのだろう。

当のつぐみは少し驚いたような顔をするとすぐに笑顔でわかった、と言ってカウンターの中へ入っていった。当時の俺はその時決まったな、なんて心の中で思っていたが勘違いも甚だしいと恥ずかしく思う。

当然、運ばれてきたブラックコーヒーを飲むと苦味が口の中に広がり、飲み込んでもその苦味はしつこく残りなんでこんなものを頼んだのだろうと後悔した。

後で知ったのだが羽沢珈琲店のコーヒーはその筋の人間が高く評価していたコーヒーだということを知り、同時に自分の舌バカ加減を知ることができた。

そのあと運ばれてきたケーキの味は今でも忘れられない。とにかく美味しかった。

 

「尽くん、今日はどうする?」

 

「……コーヒー。ブラックで」

 

「……ふふっ、わかった」

 

いつものスマイルをした後、カウンターの中に入るつぐみ。

放課後のある日。つぐみの店に来た俺は何となくあの日のことを思い出して、気づけば頼んでいた。つぐみは特に疑問も持たずに注文を受けていたが、俺が飲めないのは多分知っていると思うのだが。

しばらくするとつぐみがお盆にブラックコーヒーとサービスらしいショートケーキを乗せてやってきた。

 

「お待たせしました。ブラックと本日のケーキです」

 

「……どもっす」

 

「それでは、ごゆっくり」

 

マジの客みたいな扱いで少し寂しくなった。いやまあ客だけどさ。

黒い液体の入ったカップを手に取り、口の前まで持ち上げる。立ち込める香り。昔ほど不快な匂いとは思わないし、何となくいい匂いだと思えるようになった。

 

「……」

 

意を決して、それを口に運んだ。

当然、苦味はあった。だけど、先ほどの匂いと同じく昔ほど「うわ何これ飲みもんじゃねぇ」とは思わなかった。むしろその独特の苦味が、美味しく感じられた。

 

「……大人になったのかなあ」

 

コーヒーの旨味がわかるようになるなんて、昔は想像もしていなかった。

きっと一生飲むことはないだろうとさえ思っていたそれが、今こうして味わいながら飲むことができる。それが年月がそうさせたのか、単に味覚が変わっているのか、自分でもよくわからない。

 

「大人になったんだよ、きっと」

 

「へ?」

 

気づけば横につぐみがおり、身体がびくりとなった。

 

「人間ってね、苦いものを毒物だと本能的に思う傾向があるんだって。だけど年月が経つにつれて、全ての苦いものがそうじゃないって脳が認識し始めて、大人になった頃にはコーヒーが飲めるようになることが多いらしいよ」

 

「へー。苦い経験をたくさんしたってことかー」

 

「そ、そういうわけじゃないと思うなぁ……」

 

苦笑しながらつぐみが言う。それも苦い経験と言う奴なのだろうか。

 

「まあ何はともあれ、やっとここのコーヒーがちゃんと飲めたのは嬉しいな」

 

「ふふ、よかった。ケーキもぜひ」

 

「ありがと、つぐみ」

 

「どういたしまして。ーーあ、いらっしゃいませー」

 

来店して来た客の方に行ってしまったつぐみ。ケーキの感想を言おうと思ったが、まあ後でいいか。

 

「いやー、青春だねぇ」

 

「……いつからいたんだよ、モカ」

 

後ろの席から覗き込むようにして、こちらをニヤニヤと見ていたモカ。まじでいつからいたのだろうか。

 

「カッコつけて飲めないコーヒーを飲んじゃうジンジン、少しでもそんなジンジンにコーヒーを飲んでもらおうと頑張るつぐ。つぐは旦那さんを立てるのが上手なお嫁さんになりそうだねー」

 

「……へ?」

 

「つぐー。ごちそうさまー」

 

「あっ、ありがとうねモカちゃん!」

 

まるで嵐のように去っていったモカ。

ーー旦那を立てるのが、上手い?

 

「……どういうこっちゃ」

 

後日。自販機のブラックコーヒーを飲んだら死ぬほどまずくて、モカの言った事がようやく理解できた。

 

 

 

 

 

 

 

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