「ご覧ください。ここ京都レース場は今、大勢のファンの熱気に包まれて、今か今かと春の大一番、天皇賞の幕開けを待ち続けています。さあ、並み居る強豪の中、最速で駆け抜けるウマ娘は果たして誰か−−−−」
通路を抜けてターフに出れば、そこは割れんばかりの大歓声が響いていた。
右を向いても、左を向いても、人、人、人。
今まで経験したどのレースよりも、このレースが重要なんだってことがよくわかる。
「ふうぅ……」
胸に手を当てて、この気持ちを落ち着かせようとしてみた。
でも、胸のドキドキが全然収まらなくて、むしろさっきよりも悪くなったみたい。
私は、自分が今着ている白と紫のベースの勝負服に目を向けた。大勝負だからと、トレーナーさんが新調してくれたそれは、春の日差しを浴びて光輝いて見える。
トレーナーさんは、気負わないで楽しんで走れと、そう言ってくれたけど、でもやっぱりやるからには勝ちたかった。
日本一のウマ娘になる。
そう、私は『二人の』お母ちゃんと約束したんだもの。
だから、やっぱり私は諦めない。
どんなに緊張してても、どんなに怖くても、それでも全力をきっと出し切って見せる。
だから見ててね。
お母ちゃんたち……
× × ×
「よーし、それじゃあ始めるぞ!! チームスピカの今季総合優勝を祝して……」
トレーナーさんがそう言いながらジュースの入った紙コップを高々と掲げた。
それを見ながら私もコップを上げたら、突然トレーナーさんの前に飛び出したゴールドシップさんが。
「かんぱーーーーーい!」
「「「「「かんぱーい!」」」」」
その掛け声に合わせて、みんなでジュースを飲んだ。
だけど、一人だけ、前に立っていたトレーナーさんが渋い顔。
「ったくひでえな、ゴルシ。俺のセリフ取るなよな」
「あ? トレーナーの話がなげえから代わってやったんだけど。むしろ喜べって! な!」
「まあよ、嬉しいは嬉しいが。なんたって今季は初めてリギルに勝ったからな。おハナさんのあの悔しそうな顔。くっくっく」
「トレーナーおめえよ、だんだん性格悪くなってんな。ま、いいからいくらでも飲めって。私が注いでやっから」
「いや、それ買ってきたの俺なんだが」
「小せえこと言ってんじゃねえって、けちくさい。ホレホレ可愛いゴルシさんのお酌だぞ」
そんなことを言いながら肩を寄せ合っているゴールドシップさんとトレーナーさんの二人。
すごく楽しそう。いつもどおりで。
その隣でマックィーンさんが、なんだかムスッとした顔でいるのもいつも通りかな。
「本当にトレーナーさんはイヤらしいですわ。メンバーのウマ娘にお酌させて喜ぶなんてどうかと思いますわ、ふんっ」
「おやおやおやぁ? なんだよマックィーン妬いてるの? ちゃんと注いであげるってば」
「そ、そうですの? ではお願いしますわ。なんだか催促してしまったようで気が引けますわね」
と、真っ赤な顔のマックィーンさんがコップを差し出すと、ゴルシさんはペットボトルを持っている方とは別の手に何かを持って、ジュースを注ぎながらその何かの中身もコップに注ぐ−−−−
あ、あれ、芥子だ。
「マックィーン、スカートに何かついてるよ」
その隣で、テイオーさんがマックィーンさんのスカートを指さしてそう言うと、彼女はガタリと音を立てて立ち上がって−−−−
その瞬間マックイーンさんがクシャッと紙コップを握り込んだと思ったら、ニヤニヤしていたゴルシさんの口にその中身が全部飛び込んでーーーー
「むぐぅおぉおおおおおおおおおっつ!!」
口を抑えて転げ回るゴルシさんの脇で、マックィーンさんが、スカートを広げながら、濡れたハンカチを当てていた。
「ワタクシとしたことが、ケチャップをスカートに付けてしまうなんて、なんて失態を。メジロ家の恥ですわ」
「そんなに気にしなくていいと思うけどなー、ボクは。でも気になるんなら、後でボクのスカートを貸してあげるよ。確かマックィーンとボク、サイズ一緒だったもんね」
「助かりますわ、テイオー。そうしたら、後ほどお願いしますわね」
「うん!」
そう言ってテイオーさんがにこりと笑っている。
「この前のレースで私は5勝目あげたもんね。あたしの勝ちね」
「何言っている。菊花賞でこっちが一着、スカーレットが二着だったから、当然俺の勝ちだ」
「年間で言ったらあたしの方が勝ち数多いですぅ」
「直接対決で勝ったほうが速いに決まってますぅう」
「「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ」」
私達の隣では、スカーレットさんとウォッカさんが額を突き合わせて何か言い合っているし。ここもいつもどおりだよね。
そんなみんなを見ながら、どうも私は笑っていたみたいで、ふいに私の袖をちょいちょいと引っ張られる感触に気がついて、そっちを見ると、そこには私が一番大好きな笑顔があった。
「どうしたのスペちゃん? そんなにニコニコして」
「スズカさん」
ジュースの入った紙コップを持ちながらニコリと微笑んでくれたスズカさんを見て、思わず顔が熱くなる。
でも、顔をそむけたくはなくて、ずっとその顔を見ていたくて、だけどそんなことしたら失礼かなとか、そんなふうにも考えちゃって、だから私は目を見たまま頑張って思っていることを言うことにした。
「え、ええと……。その、みんなと一緒にいられて……みんなと走ることができて、本当に嬉しいなって、そ、そう思ってました」
一気にまくしたてるように言った私。
わぁああ、何言ってるんだろう。恥ずかしい。
でも、スズカさんは微笑んだままでうなずいてくれた。
「そうね。私もみんなと……スペちゃんと走れて本当に幸せよ」
「……!?」
スズカさんのその言葉で心臓が跳ね上がってしまった。
顔は熱いし、ドキドキするし、もう、きっと今顔真っ赤だ。
そんなことを思いつつ身を縮込めていたら、トレーナーさんの声が聞こえた。
「いや、本当にスペの言うとおりだ。俺はこのメンバーで一緒に駆け抜けることができて本当に嬉しかった。特に今年は新メンバーの二人も頑張ったからな。『キタサン』、『アーモンド』、これからはお前らがスピカの中心になるんだ! 頑張れよ!」
「はいっ!」
「ウィーっす」
「ちょ、ちょっと、アーモンドちゃん。もっとちゃんと返事しなきゃ!」
「ええ〜? ちゃんと返事したよ〜? っていうか、キタサン、マジメかっ!!」
「ま。真面目だよ! いつでも私は!! あ、先輩方すいません。これからも頑張ります!!」
真っ赤になって椅子に座り直す、黒髪ポニーテールの小柄なキタサンちゃんと、その隣で気だるげにケラケラ笑っている鹿毛のアーモンドちゃん。
二人共レースデビューして一年足らずだけど、もう重賞をいくつも取っている。キタサンちゃんはなんと秋の天皇賞をとっているし、アーモンドちゃんはジャパンカップでレースレコードまで出して勝っちゃうし。
私が必死に走ってブロワイエさんに勝ったあの時のタイムより速いとか、なんだかとっても心が折れそうなんだけど、ぐすん。
と、とにかくこの二人は逸材も逸材。本当に速いし、強い。
なんでスピカに入ってくれたのかなって前に聞いたんだけど、キタサンちゃんは、
『わ、私! み、みなさんの走る姿に感動して! どうしてもご一緒に走らせて頂きたくて、それで! スピカに来たんです! あ、あと、トレーナーさんが私の夢を叶えさせてくれるって約束もしてくれたので……』
キタサンちゃんの夢がなんなのかはまだ聞いてないけど、最初からやる気が凄かったから、私も応援したくなったんだ。
それは他のみんなも一緒。
頑張るキタサンちゃんに触発されて、今年はみんなもいつも以上に結果を出したんだもの。
アーモンドちゃんは逆に一見やる気無さげだったんだけど、一度走りだすと凄く速くて、しかも、速いだけじゃなくて、他の娘たちのリズムを狂わせるリードが上手くて、結局一人勝ちしてしまう。
こういう娘が天才なんだなって、私も初めて実感したの。でも彼女いわく、『るめーるに言われたまま走ってるだけだよ』だって。
るめーるさんて、誰だろう? 見たことないしね、謎です。
ちなみにアーモンドちゃんがスピカに入った理由は、最初にキタサンちゃんに誘われたからだそうです。本当にどこでも良かったんだね。
二人の新人ちゃんたちも楽しそうで、私たちも笑顔で楽しんで、またこんな風に楽しみたいな、また勝って祝勝会したいな、そんな風に思っていた時だった。
トレーナーさんがぽつり。
「いつまでも本当にこうしていたいな。そう、いつかお前らが『上がる』までだ、こうしていたいから、来年も頼むぞ! がんばってくれ」
「「「「「「「はいっ!」」」」」」」
一斉にみんなで返事をして、私はひとり頭にクエスチョンマークを浮かべていた。
ん? 『上がる』ってなんだろう?
× × ×
「今日は楽しかったわね、スペちゃん」
「はい、とっても」
部屋に帰ってきてから、久しぶりにスズカさんと二人でお風呂に入って、今は乾かしたスズカさんの髪を櫛で梳いている。私の髪はもうスズカさんに整えてもらった。スズカさんの栗毛の髪がキラキラ光って本当にきれい。
二人でこうやって時間を重ねていけることが本当に幸せで、この時間がずっと続いて欲しいって心から願っている私がここにいた。
ううん。きっと大丈夫、この時間はずっと続くはず。
トレーナーさんの言葉は不吉な感じだったけど、スズカさんとの時間は努力すればきっと手に入る。
そう、きっと私が勝ち続ければ良いというだけのこと。そうきっと。
「はい、できましたよ」
「ありがとうスぺちゃん。じゃあ、もう寝ましょうか」
「はい……あ、あの……」
「ん? どうかした?」
思わず口ごもってしまって二の句が告げない。でも、今のこの思いをどうしても伝えたくて、私はスズカさんの手を握って思い切って言った。
「あの!! きょ、今日、その……スズカさんと一緒に寝て良いですか!? その、久しぶりですし!!」
きょとんとした顔のスズカさん。
わわわ。ど、どうしよう。このまま嫌われたら私……
すごく怖くて、ドキドキして……本当に泣きそうになりかけていたけど、次のスズカさんの笑顔で私の力は抜けた。
にこりと微笑んだスズカさんが優しく言った。
「ええ、良いわよ。久しぶりに会ったのだものね」
「あ、ありがとうございます!!」
電気を消してからスズカさんの布団へと枕を持って近づくと、スズカさんは掛布団を持ち上げながら奥の方に身体をずらしてくれた。
私は一度だけ会釈してから、スズカさんの顔の横に枕を置いて、そっと布団にもぐりこむ。
まだ、布団の中は冷たかったけど、すぐにスズカさんの体温を感じて、私の胸はトクトクと脈打ち始めたのが分かった。
優しく私を抱くように布団をかけてくれたスズカさん。
その動作でふわりと私の鼻腔を甘い彼女の体臭が駆け抜けた。
その途端に、全身に鳥肌が立ったような強烈な刺激が駆け抜ける。
頭の中がぐるぐる回っているような気がして、でも、この幸福感だけは本物だということを理解して、ますます心臓が速く脈打った。
「寒くない? スぺちゃん」
「は、はいっ! 寒くないです! とってもあったかいです!」
「そう、なら良かった。おやすみなさい」
「は、はいっ! おやすみなさいです。スズカさん!!」
「くすっ。力抜かないと疲れちゃうわよ」
「は、はい……」
すうっと目を閉じたスズカさんのことを、そっと薄めで見つめ続けた。
本当にきれい。
走る姿も、お話しているところも、本当にきれいで素敵だけど、寝顔もとても綺麗……
とても……
可愛い。
トクトクと心臓が跳ね続ける。
その音をスズカさんに聞かれたくなくて、私は胸を必死に抑えて目をぎゅうっと瞑る。
でも、つぶっても、そこには優しく微笑むスズカさんの顔がずっとあって、その彼女と手をつないだり、肩を抱いたり、見つめあったり、そして抱き合ったり……
そんな妄想がずっと頭の中を駆け巡っていたように思う。
そしていつしか……
私の意識は夢の中へと深く深く落ちて行った。
× × ×
「す、スぺちゃん! あ、あの……」
「もう食べられないよぉ……? あれ?」
耳元で声がしたので目を開けようと思うのだけど、なかなか目が開かない。
あれ? 今日って何日? 授業? レース……?
良くわからないまま、まさかまた寝坊!? と、思わず恐怖に身を起こそうと思ったけど、なんだかいつもと様子が違っていて布団を跳ね上げられなかった。
だから、まず目を開いてみたわけだけど、目の前に可愛いスズカさんの顔があってまずびっくり。
そういえば、昨日の夜、スズカさんと一緒に寝たんだっけと、今更になって思い出して、うわわ、スズカさんと一緒に寝れて本当に嬉しいよ。とか、そうまず思ったのだけど、なんだかスズカさんの表情がいつもと違っていて不思議な気持ちになった。
なんというか、困惑気というか、恥ずかしそうというか……
そうこう思っていたら下腹部に違和感が。
あれ? なんか濡れてる……?
ま、まさか、私しちゃったの!? この年で!? す、スズカさんの布団で!?
子供のころ、お布団の中でおもらしして、お母ちゃんに思いっきり笑われたことを思い出す。
ど、ど、どうしよう。
こんなんじゃ私嫌われちゃう。
「す、スズカさん! ごめんなさい! すぐに何とかしますから」
「そうじゃなくて、スぺちゃん……慌てないで」
「い、いえ、すぐに何とかします。何とかしますから……え?」
多分お尻の下の辺りが一番濡れているんじゃないかと、慌てて手で布団を触ってみたのだけど、そのあたりを探してみても濡れている気配はない。漏らしてない? でも確かに濡れている感じがあって……
コツン。
あたしの腕が何か固い物に触れた。
と、触れたと同時に、今まで感じたことのないくらいのゾクゾクとした快感が頭に走って、同時にまた下腹部の辺りで濡れた感触。
「あ、あん」
と、何やら目の前のスズカさんが真っ赤な顔で涙目になってる。
え、えと。これはいったい。
今の状況がまったくわからない私は、恐る恐る掛布団をゆっくり持ち上げてみた。その間も濡れた感触はしたままで……
布団を持ち上げた途端、むわりと鼻をつく濃厚な臭い匂いが辺りに放たれる。と、同時に眩い朝日が差し込んだその布団の中では……
私のパジャマのズボンからにょっきりと伸びた長い棒のようなもスズカさんのパジャマの上着のボタンの間から中に侵入して、それの先があるのであろう胸の間の辺りをビシャビシャに濡らしていた。
「えええええええええっ~~~~!?」