「どうかなさいましたかな? お嬢様?」
そう言いながらじいやさんが私の近くへ。
私はすぐに先程の男性の姿を探したのだけど、もうどこにも見当たらなかった。
「お医者様……という人に話しかけられました」
「お医者? はて? 今日は先生はお見えの日ではないはずなのですが……」
そう言いながら首を傾げているじいやさん。
来る日もあるということは、あの人はここの先生だったのかな? その割には一人だけ真っ黒で変な恰好だったけど。
「スペちゃん! わぁ、スペちゃん、本当にきたのね!」
遠くからそんな声が聞こえて、そちらへと顔を巡らせてみれば、大きく手を振る髪の長い美人の姿。その姿振る舞いに、どきりと心臓が撥ねるのを感じつつも、知っている人に会えたという安心感に胸を撫でおろした。
彼女はそうしながら小走りに近寄ってきた。
「マルゼンさん」
近づいてきた彼女からふわりと甘い匂いが漂う。
それに再度ドギマギしつつもひとまずぺこりと頭を下げた。
「いらっしゃい。いつ来たの?」
「あ、ちょうど今なんです。ついたばかりで」
「そうなのね。じゃあ、全然まだ分からないわよね、ふふ。それにしても驚いたわ、学生期間中でしかもまだ一年以上残してこのファームに来る生徒がいるなんて本当にびっくりしたわ。それも可愛いスペちゃんだっていうじゃない。ルドルフと二人で笑っちゃったわ」
「あ、会長さんもいらっしゃるんでしたね?」
「ええ、いるわよ。丁度今繁殖中だと思うから、後で会わせてあげるわね。それにあなたの事を話したら、オグリも凄く嬉しそうだったわよ。是非一度勝負したいって。なんの勝負なのかしら?」
マルゼンさんは私の手を取ってピョンピョン飛びながら矢継ぎ早に話しまくる。
普段は大人びた雰囲気だけど、とっても優しいしお茶目なんだよね。特に私に対しては子供とか孫に接するみたいに優しくなるし。
この人、本当に可愛いなぁ。
ルドルフ会長さんのことはテイオーさんに聞いていたけど、オグリさんもいたんだ。今度一緒に食べ放題行こうって誘ってくれたままお別れになっちゃってたからかな? 私も会ってオグリさんと食べに行きたい。
「お知り合いのお方にもお会いできました様ですし、私はこれで失礼させていただきます。受付はもう済んでおりますので、間もなく担当の若くて美人で気立てが良くて身持ちの良い娘が説明に来ることでしょう。では後程お迎えに上がります」
運転手のじいやさんは私とマルゼンさんにぺこりと頭を下げてその場を辞した。
「運転手の方がいらっしゃったのね? 気が付かないままに話しこんでしまうなんて失礼なことをしてしまったわね」
「いえ、こちらこそ……。あの、マルゼンさん……その、マルゼンさんも、しゅ、種牡ウマ娘なんですか?」
そう言いながら、私に生えたものと同じものがあるのであろう、そのフラスカートの中へと注視してしまう。
すると、彼女は股の辺りをさっと手で隠して、私のおでこをちょいとつついた。
「こらだめよ。そんな風にじろじろ見たら」
「あ、すみません」
あ、やっちゃった。
凄く気になりすぎちゃった。
恥ずかしさに顔を覆った私に彼女はにこりと微笑んでから私の顔に触れた。
「最初だもの、しかたないわよね。まあ、そうね。あなたの想像通りの物がここにあると思うわよ。サイズは……想像通りかは分からないけどね、ふふ」
「そ、そうなんですか」
屈託なく笑って教えてくれたマルゼンさんは、じゃあまたあとでと手を上げて私から離れる。その先には、白いガウンのようなものを着た赤毛のウマ娘と、栗毛でふわりとしたマタニティードレスを纏ったお腹の大きなウマ娘の二人が待っていて、その人たちの腰に手を回して中庭へと出て言った。
あの人……ひょっとして妊娠……って、マルゼンさんの……
子供!?
よく見れば、同じようなお腹の大きな人や、薄手の浴衣姿の人たちが大勢いることに気が付いて……
「お待たせいたしましたスペシャルウィーク様。私が担当させていただきます、中山あぶみです。よろしくお願いいたします」
あ、気立ても身持ちも良さそうな人だ。
なんだか、なまなましいw